『賢者の愛』(WOWOW)感想

『賢者の愛』WOWOW 感想

これはもう、源孝志監督をはじめとするスタッフと、
中山美穂さんをはじめとするキャストが作り上げた
「独特の魅力的な閉鎖空間」が醸し出す
洗練された空気感や質感の味わい深さ、に尽きます。
よくもまぁ最初から最後までどこにも破たんなく
この空気感を保ち続けられたものだと驚いてしまいましたし、
観終わった後、それを味わえただけでほぼ満足している自分がいました。
よって、今回の感想は、
ストーリーとか 登場人物の行動や感情について、というより、
もっと感覚的なものになってしまいます、すみません。


物語そのものは現実的なものではない、
決して衝撃的なことが続くわけでもない、
感情は最後まで抑制され、淡々と時は流れて行く‥
しかし、真由子(中山美穂)も 百合(高岡早紀)も、
長い時間の経過とともに蓄積されていくものが間違いなくあって、
30年という時間を行きつ戻りつしながら、
彼女たちの人生のピース(かけら)が少しずつ埋められて行くのを
少し遠く(画面のこちら側)で観続ける というのは、
決して 退屈なものでもつまらないものでもありませんでした。

正直、私はこの物語の登場人物の誰にも あまり感情移入出来なかった。
真由子や百合はもちろん、直巳(竜星涼)も諒一(田辺誠一)も、
どこか 手の届かないもどかしい感じがあって、
身近なものとして納得したり共感したりすることが出来なかった。

それでも、興味深く観続けられたのは、
自分が今いる場所(世界)とは違う「向こう側の物語」を覗(のぞ)き見つつ、
「向こう側の人たちの心の内」を読み解く面白さがあったから、
のような気がします。

初恋の人を友人に取られる、彼らの子を自分の思い通りに育てる‥
それだけなら、いくらでもドロドロの愛憎劇に仕立てることが出来る。
しかし、このドラマは、
そんな「ドラマとして面白くするための分かりやすい濃い味付け」を
ほとんど入れ込まない。
にもかかわらず、真由子も百合も精神的に徐々に追い詰められる様子が
説得力を持って伝わって来る、
激しい感情の発露がないにもかかわらず、
二人の中で確実に崩れていくものがある、ということを、
しっかりと伝えてくれている。

このような一種ファンタジーとも取れる非現実的な世界を
どう 受け取る側に納得させるか、というのは、
特に、小説ではなく映像の場合は すごく難しいと思うのですが、
このドラマは、どこにも緩(ゆる)みがなくて、
すんなりとその世界観に入り込んで、酔わせてもらえた気がします。

マンガ原作のドラマなどもそうですが、
ありえない世界に説得力を持たせて観る側を引き込むというのは、
簡単なことではありません。
このドラマにも同じような難しさがあったと思うのですが、
俳優さんたちがその難題を楽々クリアしている(ように見えた)というのは、
本当にすごいこと。
そして何より、彼らが息をしている空間が、
嘘のないものとして彼らにまとわりつくようにそこにある、
彼らの生き方や感情を育ててきた空間として納得の行く世界がそこにある、
始まる前に、撮影場所・小道具・衣装・音楽等々において、
そのおぜん立てをしっかりと整えた監督以下スタッフの手腕も、
大きいものがあった気がします。

そうして、物語は、
最後のページを読み終えて小説本を閉じた時のように、
美しい余韻を残して終わる‥‥


出演者について。
中山美穂さん。
真由子のある種の清潔さというか、潔癖さというか、硬質な肌触りというか、
そういうものを本質的に持っていると思わせる凛とした雰囲気が
中山さんには備わっていて、
それが魅力としてすんなり伝わって来たことによって、
真由子の性格や生き方に説得力を持たせていたように思います。
彼女を筆頭に、キャスティングは本当に皆 完璧だったように感じました。

高岡早紀さん。
幻想的あるいは夢想的と言ってもいいこのドラマの中で、
百合の危うさを表現するのは、
かなり難しかったのではないか、という気がします。
男性を惹き付けるコケティッシュな魅力を持っている役にもかかわらず、
女性としての性的な魅力を生々しいものとして演じることは出来ない、
それをやってしまうと、
このドラマが持つ独特の水彩画のような空気感が削がれてしまうから。
さらに、百合の真由子に対する執着の中に、
ゆるやかな狂気だけではなく、それもまた形を変えた愛情に他ならない、
と観る側に納得させるだけの
深くて難しい内面も練り込んで行かなければならない。
でも、高岡さんはそれらの高いハードルを易々と超えて来た。
もともと好きな女優さんだったのですが、
今回ますます惹かれる存在となりました。

竜星涼さん。
この役は、ビジュアルがすごく大事で、
真由子が20年かけて作り上げた作品、という側面もあるので、
よくまぁこういう韓流スターみたいな端正な俳優さんを見つけてきたなぁ、
と感心してしまいました。
その上に、キラキラした若さと、不思議な古風な感じと、
甘さと脆(もろ)さが混在している風情があり、
なんとも魅力的。
直巳役に彼をあてた、ということで、
このドラマの大事なポイントの一つが確実に押さえられた、
という気がしました。

田辺誠一さん。
あいかわらず、中年男性の脂分みたいなものがあまり感じられない、
不思議な軽さとしなやかさを持っている俳優さん。
諒一の中にある乾いた部分とウェットな部分、
それを、さりげない表情やしぐさの中に滑らかに溶け込ませる‥
真由子と百合の「想い」の間をふわりと行き来して、
何にも縛られない軽やかさを表現する‥
いつのまにか余裕でこういう役をやれるようになったんだなぁ、と感慨深し。
まぁ、俳優生活も25年近くになるし、
47歳という実年齢を考えれば当然なのかもしれないけれど。

女性が描く(小説やマンガの)男性を不自然なく具現化することが出来る
数少ない俳優さんの一人なのですが、
なかなかそういうドラマで使ってもらえないウラミが、
ファンとしてはあります。
なので、今回、こういう作品に呼ばれたことも、
こういう役をこういうふうに演じてくれたことも、嬉しかった。
長年この俳優さんを観て来た者として、
キャスティングしてくれた人の慧眼に感謝したい気持ちになりました。


連続ドラマW『賢者の愛』
放送日時:2016年8月20日(土)- 毎週土曜 22:00- <連続4回> (WOWOW
原作:山田詠美「賢者の愛」
脚本:Sawa 監督:源孝志 音楽:稲本響
プロデューサー:松村英幹 企画・製作:日本テレビ
出演:中山美穂 高岡早紀 竜星涼  浅利陽介 草村礼子 朝加真由美
浅見姫香 上原実矩 川島鈴遥 小林里乃 内田健司
榎木孝明 田辺誠一 他
公式サイト