今さら『探偵が早すぎるSP』感想

昨年(2019)12月12・19日、24:09から2週連続で読売テレビ日本テレビ)系で放送されたドラマ。今さらながらの感想です。

いや~楽しかったですね、前年7‐9月深夜に放送された連続ドラマの方は観ていないのですが、うわさ通り、千曲川滝藤賢一)+一華(広瀬アリス)+橋田(水野美紀)トリオの破壊力が半端なかったです。
コメディのサジ加減というのはなかなか難しくて、無理矢理笑わせようとすると逆に痛々しく感じて 観るのが切なくなってしまうことも多いのですが、このドラマに関しては、スタッフにしてもキャストにしても「笑い」を作り込み過ぎることなくユル~く遊んでいる感じが伝わって来て、観ている側も心地よくユルユル~な気持ちで楽しむことが出来ました。この良い意味での「自由な遊び感覚」みたいなものは、深夜ドラマの空気感と相性がいい気がします。

何と言っても広瀬さんのコメディエンヌとしての資質の高さは特筆もの。W主演の滝藤さんは、本当にどんな役もこなせる人で、コメディでも何でも役つくりの的確さ・安定感には定評がある人なので、広瀬さんがどんなに突っ走ってもしっかり受け止めて、時には倍返しする余裕さえあるのがすごいと思いました。(時々アドリブ合戦みたいになるのが楽しかったw)
その(ある意味やりたい放題の)二人を後ろからユル~く支えているのが水野さんで、この人演じる橋田の真面目さが程良いブレーキ(暴走気味の一華と千曲川の安全装置)になっていたように思います。(出来れば水野さんの切れのいいアクションがもうちょっと観たかったけど‥)
本編で練り上げられたトリオの魅力が、SPでも揺るぎなく継承出来ていた、ということなんでしょうね。

さて、そんな出来上がった空気感の中に「特別出演」の田辺誠一さん。
マジシャン@田辺というと『キレイ~神様と待ち合わせした女』を思い出しますが、全体の色味としては『ライアーゲーム』に近い感じがしました。
そう、ゲーム‥なんですよね。女の子(麗華)か一華かどちらかの命を奪う、というのもゲームの範疇(はんちゅう)。奇術師である桝田(田辺誠一)は、殺意に繋がるような憎しみとか恨みとかを二人に対して抱いているわけではなく、純粋に千曲川と勝負したかっただけなので、観る側としても桝田に嫌な思いを抱かなくて済んだし、何と言っても「誰も死なない!事件を起こさせない!犯罪防御率100%!」の千曲川が付いてるなら、彼女たちのどちらかが命を落としたり大怪我したり、というシリアスな展開には絶対にならない、というのがお約束でもあったので(そのあたりの笑いの中のシリアスのバランスがけっこう大事だった気がする)安心して コメディとして割り切って観ていられた気がします。

田辺さんとしては、絶対に「あっち(トリオ)側」に行きたかったと思うんだけどな~。で、一緒に遊びたくて何かやろうとしていたのも感じられたのですが、見事にカット(フレーム外)w。後編は特にトリオのおふざけもほどほどに抑えられていて案外真面目な話の流れになっていたこともあり、田辺さんも遊びようがなかった気がします。
でも、ま、今回のところは、桝田の立場としては、それで正解だったんじゃないでしょうか。マジシャン・桝田があまり遊びに走らないことで、逆に千曲川たちが思いっきり遊べていたように思うので。

桝田の最後の表情、かすかに微笑むところが良かったなぁ、余韻があって。
千曲川も桝田も お互いに対して「相手にとって不足なし」と感じていたように思うので、また機会があったら出演可能‥なんじゃない?
で、その時はもうちょっと遊んでもいい‥んじゃない?w


『探偵が早すぎるSP』    
放送:2019年12月12月12・19日 24:09-読売テレビ日本テレビ)系
原作:井上真偽『探偵が早すぎる』 脚本:宇田学 監督:瑠東東一郎
音楽:イケガミキヨシ 主題歌:edda「フラワーステップ」
チーフプロデューサー:前西和成 プロデューサー:中山喬詞 河野美里(ホリプロ
制作協力:ホリプロ 制作著作:読売テレビ
出演:滝藤賢一  広瀬アリス  水野美紀
大和田伸也  矢野聖人 小林涼子 野澤しおり 田辺誠一(特別出演)他
公式サイト

今さら『刑事7人』(シーズン5)感想

先月「シーズン6」の放送が終了しましたが、こちらは昨年(2019年)7月からTV朝日系で放送された「シーズン5」の 今さらながらの感想となります。

「刑事資料係」というシールが剥がされ、新たに「専従捜査班」の文字が張られる‥
今回から本格的に専従捜査班が動き出す‥というオープニングが、かっこよかったです。

「‥専従捜査班は未決の事案、いわゆる未解決刑事事件を主に取り扱う部署でありますが、ビッグデータを活用し、過去の捜査情報をもとに未来の犯罪を防ぐため対策を講じます。より高度で複雑化した犯罪に対して迅速に対応し、急増の一途をたどる凶悪事件から都民・国民を守るため設けられたものです。この専従捜査班が出来たことで、警視庁が今以上に信頼のおける捜査機関であると実感していただけることを自信をもってここにお約束致します。専従捜査班にご期待下さい」
警視庁刑事部長の定例会見の最後に専従捜査班について説明があり、それを聞いて、観ているこちらも このチームの立ち位置をサラッとおさらい。

‥って、おさらいするのはいいけれど、最初観た時には、それでもまだ何となくピンと来なくて。う~ん そのあたり「シーズン4」を観た時の 私の個人的な感覚(チームの空気感になかなか馴染めず、すんなりとドラマに入り込めなかった)を引きずっていたのかもしれない。
なぜ馴染めなかったか、というと、たぶん、田辺誠一さん演じる海老沢のキャラがイマイチ掴みどころがなくて、私にはあまり魅力的に感じられなかったから、なんじゃないか という気がしますが。

今回(シーズン5)の海老沢も、最初は なかなかこちらの気持ちにフィットして来なくて、田辺ファンの私としてはちょっと残念な気持ちにもなったのですが、それでも、チーム全体の空気が「4」に比べてだいぶ練れて来たことや、海老沢のキャラの色味が徐々に出て来始めこと、7人の個性がそれぞれバランス良く機能し始めたこともあって、観続けるにつれ、徐々にドラマに入り込んで行けるようになり、各回、楽しみどころを見つけられるようにもなり、事件そのものの面白さにも より気持ちが行き届くようになりました。

たとえば1・2話、一度画面に登場した真犯人が、捜査の流れの中で自然と目立たなくなり埋没して行くが、捜査の終盤になって唐突にフッと浮かんでくる‥とか、7話、のどかな田んぼ道を全速力で走るスーツの男と 派手なシャツの男の死、という、まったく結びつかない2つの出来事が、捜査によって少しずつ絡み合い、やがて意外な全体像が見えて来る‥といったように、各回、事件そのものも 動機も 簡単に読み切れない作りになっていたのは さすがだと思ったし、最近の刑事ドラマによくある、警察内部の上司や同僚を簡単に悪者にする、という話もなくて(最終回は、逆に 自画自賛し過ぎのような気がしないでもなかったけど)良かったです。
正直、事件が突拍子過ぎたり、動機がなかなか納得出来なかったりして 犯人の気持ちに寄り添えない回もありましたが、天樹(東山紀之)たちの捜査に置いてきぼりにされながらもw何とか食らいついて行こうと思える面白さがあったように思います。
特に、地面師サギ(5話)、アポ電サギ(8話)、帝金事件(9話)など、実際の事件を想起させるような回が印象に残りました。

5話は、恒例の チーム非番の一日、でしたが、一人の女性の死から地面師サギに繋がって行く意外性があって、面白かった。 大地康雄さんが嘘っぽくなりがちな空気をしっかり締めてくれていたし、片桐(吉田鋼太郎)を中心に7人のメンバーそれぞれの立ち位置での捜査がきっちり出来上がっていて安心感がありました。天樹を心配する堂本(北大路欣也)が、仕事仲間としてではなく、義父としての顔を見せるところも良かった。
個人的には、佐々岡理事長(上杉祥三)をエビちゃんがとっちめるシーンが嬉しかった。中の人(田辺誠一)が上杉さんをとっちめる日が来るなんて‥と嬉しいやら感慨深いやら、私の頬ゆるみっぱなしでしたw

9話はちょっと色味の違う不思議な内容でしたが、このお話も私は好きでした。
謎解きの面白さ、事件解決までの道筋の面白さ、無理矢理感のなさ‥ドラマを作るにあたって大切にしなければならないことはいろいろあると思うのですが、事件がただのゲームになってしまっていないか、事件を起こしてしまった人々、あるいは事件に巻き込まれてしまった人々の痛みが、きちんと観る側に伝わっているかどうか、というのも大事な気がします。
全10話の中には、正直、そのあたりで、観る側の私がつまづいてしまった作品もあるのですが、この9話は、実際の帝銀事件にプロットを借りて「ファンタジー」と言っていい世界をうまく作り上げ、その空気感を壊さないように犯人と共犯者を優しく包み込んだような感触があって、興味深かったです。
「底におしこめられ、今が続くなら何かが起きて欲しいと望む若者がいるかもしれない。そういう若いやつらが戦争を起こしたらどうする」という片桐の問いに、「殺(あや)めれば‥捕まえるだけです」と応える天樹の真っ直ぐな視線には、いろいろと考えさせられるものがありました。

ドラマの売りでもある 天樹のビッグデータ、今回は、過去ファイルを熟知した天樹の記憶からヒントを得ることも多く、「4」の時よりもうまく使われていたように思います。
事件のカギを過去のデータから探り出す、その天樹の才能は、単に記憶力だけでない、飛び抜けた想像力や空想力で事件を再構築していく類(たぐい)まれな能力がある、ということなのかもしれない。
今回、自分なりにそういう観方が出来るようになって、天樹が人としてさらに魅力的に感じられたことも大きかったです。

拓海(白洲迅)のポジションがいいですね。若さと、警察官になりたかったという気持ち。時に 暴走するチームについていけなくなることもあるけど、彼らしい優しさが捜査に反映された時には力を発揮する。しっかりとチーム内での足場が出来ている気がします。

今回、青山(塚本高史)が裏社会に顔が効くことが分かったのも嬉しかった。情報をくれた人間にお金を渡そうとして環に止められる、そのシーンが好きで、以後 彼を注意して観ていたら、一人で行動して何か情報を掴んでくることがちょこちょこあって、目が離せなくなりました。

環(倉科カナ)は、天樹を天樹君と呼ぶところがすごく好きです。
10話は環メインだったけど、父親がらみのしっとりしたお話だったので、環を中心にチーム全体で大立ち回り、なんてのも観てみたい気がしました。

さて海老沢。
↑にも書きましたが、エビちゃん やっと少しキャラが見えるようになってきましたね。
正直、こんな くたびれた感じがいいのかどうか私にはピンと来なくて、最初 ちょっとまだ浮いてるかなぁ とも思ったけれど、そこはそれ、こういうキャラの出し方に手慣れた人でもあるので、最後の頃には すっかり みんなを脱力させて和ませるポジション獲得、最後の打ち上げ(飲み会)が楽しみになっていました。
エビちゃん一家のAマークには笑わせてもらったなぁ。
10話、拓海に家族の写真を見せて、「保身のために正義を曲げたらこいつらに怒られちまう」と言う時の顔が好きです。
家族で歩いている時に召集がかかる。奥さん(だよね?)が「どこに行くと?」というシーンがあるのですが、奥さんもしかして九州出身なの?とか、孫と自分の末っ子がほぼ同い年?とか、この家族のことをいろいろ想像するのが楽しかったです。
シーズン6で そのあたり もうちょっと明らかになってくれることを期待しています。


『刑事7人』(シーズン4)    
放送:2019年7月10日-毎週水曜 全10話 TV朝日系
脚本:吉本昌弘 吉原れい 池谷雅夫 谷口純一郎 徳永富彦 及川拓郎
監督:兼﨑涼介 及川拓郎 星野和成 長谷川康 安養寺工
音楽:奈良悠樹
エグゼクティブプロデューサー:内山聖子テレビ朝日
ゼネラルプロデューサー:三輪祐見子テレビ朝日
プロデューサー:山川秀樹(テレビ朝日) 和佐野健一(東映) 井元隆佑(東映
制作:テレビ朝日 東映
出演:東山紀之 田辺誠一 倉科カナ 白洲迅 塚本高史
吉田鋼太郎 北大路欣也 他
公式サイト

今さら『坂の途中の家』感想

昨年(2019)4月-6月、毎週土曜 22:00から WOWOW連続ドラマW枠で放送された全6回のドラマ。今さらながらの感想です。

WOWOWならでは、の非常に重厚で奥深いドラマ。
「彼女は‥私です」という終盤の里沙子の台詞を、私は、まるで自分がつぶやいたように感じました。

湊かなえさんの原作は未読。
私が彼女の映像化作品を観たのは『紙の月』(映画)に次いで二度目ですが、どちらの作品も、逃げ場のない世界に閉じ込められた人間の息苦しさを しっかりと描き切っていて、非常に見ごたえがありました。

特にこの作品は、被告の安藤水穂(水野美紀)と境遇が似ている山咲里沙子(柴咲コウ)はもちろん、子供を授かりたいと願っているけれど不妊に悩み半ば諦めかけている女性誌編集長・芳賀六実(伊藤歩)、裕福な実家の生活が忘れられず子供にお金をかけることに夢中になる妻を止められない会社員・山田和貴(松澤匠)、共働きで子育てしながらキャリアを目指す裁判官・松下朝子(桜井ユキ)ら、裁判に関わった登場人物それぞれの日常を被告人に絡(から)めて行くことで 事件をいろいろな方向から多角的に捉えることに成功していて、本当に隙(すき)がない。
息をつめて観ていて息苦しくなったこと何度か。続けて観るのはつらいんだけど、観ないではいられない、観る者の眼を惹き付けて離さない、その吸引力(引き寄せる力)が凄かったです。

生後8ヶ月の赤ちゃんを死なせた母親。その事件の補充裁判員に選ばれた女性が、裁判を通じて、自分の中に封じ込めていた過去や今現在のさまざまな問題と向き合って行くのですが‥

はじめはすごく良い家族に見えた。子育てや家事を丁寧にこなす専業主婦の里沙子、妻を支え子供にも優しく接する夫・陽一郎(田辺誠一)、聞き分けのいい3歳の娘・文香(松本笑花)‥しかし、裁判が進むにつれ、薄皮を剥(は)ぐように、そんな「幸せな家族」が抱えている問題が 私たちの前に少しずつ暴(あば)かれるようになります。
自分の子育てと 周囲の人たちのやり方が どうしても合わない、何とか自分のやり方を通そうとするのですが、そうすればするほど、いろいろな問題が里沙子にのしかかって、やがてそれが被告人・安藤水穂の立場と被(かぶ)って見えて来る‥まるで事件に至るまでの水穂の気持ちをなぞるように 徐々に追い詰められて行く里沙子の姿を観るのは 本当に切なかった。

陽一郎は子育てにも理解を示し、姑・里子(風吹ジュン)も何くれとなく手助けしてくれる、なのに、里沙子の孤立はどんどん深まる。なぜか‥
陽一郎の言葉はいつも少しキツいんですよね。毒が潜んでいる、と言ったらいいか。
わがままを言う娘・文香をちょっとのあいだ路上に一人きりにする、確かにそれはかなり危なっかしいことではあるけれど、洋一郎が里沙子に言った「幼児虐待」というのとはちょっと違うだろう、と。
さらに、里沙子がストレスから毎日ビールを飲むようになるのを「アル中」と言ったのにも引っ掛かった。だって、陽一郎だって毎日ビール飲んでるのに、なぜ里沙子だけアル中ってことになってしまうのか、なぜ男の人は毎晩飲んでも問題ないのに、女性(母親)は同じことをしてもアル中って言われてしまうのか。‥そのあたりから、どんどん引っ掛かることが増えて行く。
思えば、過去、「仕事をしたい」と陽一郎に言っても、里子が専業主婦でなにくれと面倒を見てもらった陽一郎は、それが母親の正しい姿だと思っているので、耳を貸さないことがあった。自分がこうしたいと思っても、本当の意味で救いの手を伸ばしてくれない、それがずっと続いていたことを思い出す。
里沙子が裁判で出掛けているあいだ文香を預かってくれている里子が、イヤイヤ期ど真ん中の文香を甘やかしてやりたい放題させていることにもストレスはたまる。
何かあると、陽一郎から里子に(あるいは里子から陽一郎に)速攻で連絡が行くのもしんどい。
それでも、何とか自分の気持ちに折り合いをつけて、やっと少し落ち着いてきたかと思うと、すかさず陽一郎は同僚を家に連れて行くと言い、里沙子が自分たちの分しか料理がないと言うと、簡単なのでいいから、おふくろから10分レシピもらっただろ、1時間ぐらいで帰るから‥って、おい!
これねぇ、陽一郎のどこが悪いの?と思っている人も多いのかもしれない、里沙子に対する言葉に少しトゲがあるだけで。
でもその「少しだけ」が積もり積もって常に里沙子の心に刺さり、きつい状態が積み重なって、どんどん精神的に追い詰められて行く‥ああもう(陽一郎を演じている)田辺さんのファンなのに腹立つったらない!

そうやって、観る側にも いつのまにか里沙子と同じような鬱屈(うっくつ)や痛みが蓄積されて行く、それは、妻として女性として少なからず里沙子と同じような経験をしたことがあるから、だから共感し共鳴するんだと思う、重い息苦しさと共に。

う~ん、だけど‥
二度目に観た時には、ちょっと違った捉え方をしている自分がいたのも事実で‥
陽一郎は、里沙子への言動には問題があっても、文香に対してはとても優しいし、世話も焼くし、食べ物をこぼしたときに雑巾を持って来させて自分で片付けさせたり、ジュース買ってと言われて 飲むのは家に帰ってからな、と諭(さと)すことが出来る、いいお父さんでもあるんですよね。 もしかしたら、里沙子のように厳しくしつけなくとも、文香はイヤイヤ期をスムーズに乗り切れるのかもしれない、ひょっとしたら陽一郎が100%悪いとも言い切れないんじゃないか、と。
誰かだけが100%正しくて あとはみんなゼロ、なんじゃない、みんなそれぞれ正しいところがあり、間違っているところもある、そこが悩ましいところなんですよね。

で、ふと、里沙子たちが結婚してすぐ住んだ 坂の途中の家(アパート)で生活していた時のことを考える。そこで文香を出産し、世話をしていた里沙子は、どういう生活をしていたのか‥その時期のことを自分の内で封印してしまうほどのどんなことがあったのか‥その時 陽一郎は里沙子にどんな言葉をかけたのか‥母乳が出なくて姑にいろいろ言われた、ということぐらいで、詳しくは描かれていないんだけど、だからこそいろいろ想像し、考えさせられました。

ママ友の篠田さかえ(酒井美紀)のように、深刻に考え過ぎず、甘え上手で、物事をサラリと受け流せる人もあれば、里沙子や水穂のように、生真面目で、何でも自分の内に抱え込んで、もっとしっかりしなければ、もっと頑張らなければ、と自分に強いてしまう、そんなふうにしか生きられない人もいる。
いい母親だと思われたい、とか、順調に何の間違いもなく子育てしていると見られたい、とか、どこかでちょっとした見栄や虚勢心が働くのも、当たり前の事だし‥
妻として母親として、は もとより、人間としてどうすればいいか、ということの正解はない。だから、難しいな、と思うし、だから、悩んだり迷ったりしてしまうし、だからこそ、自分で考えることを諦(あきら)めて、誰かの言いなりになってしまったりもする‥でも、結局はそのことが自分の枷(かせ)になってしまう、ということもあるのかもしれないなぁ、と‥
「自分を否定せずに子育てするのは難しいですよね」
「自分じゃない誰かの常識にとらわれて生きるのはつらいですね」という言葉のように。

陽一郎は、里沙子が家を出るのを止めようとして「あなたはどうして私に悪意を持つの?」と言われ、はじめて自分の言動が何かしら里沙子の気持ちに圧(の)し掛かっていることを知り、さらに児童福祉司の新庄(西田尚美)からはっきりとモラハラモラルハラスメントと言われて、やっと里沙子の言葉の意味を真剣に考え始めます。
一方、家を出た里沙子は、ホテルに訪ねて来た実母・富路子(高畑淳子)に対し、私が離れて行くのが怖かったから いつまでも可愛そうな子供のままでいさせたかったの?と尋ね、富路子は答えられずにその場を去ります。

相手を支配することで自分の腕から出て行かないようにする、そういう愛し方しか出来ない人がいる‥里沙子は母親の心情を思い測ることで、ギリギリのところで自分を押さえつけていたものを吹っ切ることが出来、もう一度裁判所に向かいます。
里沙子だけでなく、六実も、和貴も、朝子も、それぞれに収束への道を見出して行くここからの展開が、ちょっと切ないながらも、それぞれの新たな一歩を踏み出すことに繋がっていて、肩に力が入ったまま画面に釘付けになっていた私は、やっと少し息をつくことが出来ました。

「子供がいる人生といない人生、お互いに想像し合えたら、もう少しだけ楽になれるのかもね」職場や公園で心痛める出来事が重なったにもかかわらず(いや、だからこそ?) 里沙子に対してそう言えるまでになった六実も‥
「君の言う不自由とか豊かさっていうのはどうしたってお金でしか測れないもんなのかな。これがあるからこの子は幸せだって言えるものを、お金じゃなくて、品物じゃなくて、俺たちが与えてやることは無理なのかな、もう一度二人で‥」と妻に電話した和貴も‥
「私仕事辞めようと思っていたんです。でも今日の青沼さんの判決を聞いてやっぱり続けたくなりました。福岡へ行きます、子供も連れて」と言ってキャリアへの道を踏み出した朝子も‥

カラッと日本晴れ、みたいな展開にはならない、だからこそ 観終わってからもあれこれ考え続けることを止めることが出来ません。
現実に起こるさまざまな幼児がらみの事件を聞くにつれ、特に今の日本は、子供の命の重さをややもすると母親だけに背負わせてしまいがちな社会になってしまっているんじゃないか‥ 父親も、周囲の家族も、社会全体も(ひょっとしたら母親自身も)、子供一人一人が開かれた社会の住人なのだということを認識していないことも多い、だから、もう少し母親と子供に対してみんなが想像力を働かせてあげられたら‥
そして、もっとも大事なことは‥

「母親はいつでも救済されるべき立場ですか。一番に救済されるべきは子供です」
という青沼裁判長(利重剛)の言葉なのだ、と改めて感じました。

「判決。懲役10年。母親として被害者を守るべき立場にありながら、被害者を生後8ヶ月という短さでこの世を去らせてしまった責任は重大であると言わざるを得ない。しかしながら、初めての育児で戸惑っている中、周囲の人の言葉、心ない言動にさらに自信をなくしてしまったこと、誰にも助けてもらうことが出来なかったことや、助けを呼ぶことも出来なかったことは、事実としては否定出来ない。
被告人の罪は被告人一人によってなされたものではあるが、その根本的な理由については、本件に関係する夫や義理の母といった家族を含めたすべての人間のさまざまな事情が重なり合い、それらが一手に被告人に対する大きな心理的圧力になってしまったと見るべきである。その意味においては被告人にとっては避けようのない行為だったとも言え、そのすべての責任を被告人一人に背負わせるのは必ずしも妥当ではない。本来であれば、関係するすべての人間がこれを分かち合うべきものであると裁判所は思慮します」
青沼裁判長の言葉を聞いて、初めて嗚咽(おえつ)を漏らす水穂。今まで法廷では一言も言葉を発しない、泣きもしない、すべての感情を殺して来た、それが彼女なりの罪の償い方であり 周囲の人たちへの抗議でもあったのかもしれない、ようやくそこから解き放たれた、という気がしました。

裁判が終わり、裁判所に向かってさよならとつぶやく里沙子。
彼女に駆け寄る文香。そして陽一郎。
この時 陽一郎は里沙子に何と言ったのか、二人はどんなことを話したのか‥
「家族の物語」はこれで終わりじゃない、これからも続いて行くんだなぁ、と、厳しい気持ちとやわらかな気持ちとその両方で二人の姿を観ている自分がいました。


重苦しい始まりから、甘いだけじゃない少し苦味を含んだ余韻の残るラストまで、少しの緩(ゆる)みもない素晴らしいドラマでした。
原作を徹底的に読み込み、そこからさらに物語の本質に踏み込んだと思われる脚本(篠﨑絵里子)にも、それを的確に映像化した演出(森ガキ侑大)にも、すごく惹かれました。
映像の美しさ。雄弁さ。これには本当に参ってしまった。
周囲の人たちのインタビューが実は水穂のことではなく里沙子の事だった、というミスリードがピリッと効いていたし(特に美千花(滝沢沙織)の言葉には 何となく悪気(わるぎ)を感じて、後に陽一郎が相談していた大学時代の友人だと知ってゾクッとした)、水穂と義母(倍賞美津子)のやり取りが水穂寄りと義母寄りの両方描かれる、どちらが実際のことなのか、とか、舅(光石研)が考えた手立ての一つが結果的に里沙子を救うことになったのは偶然だったのかどうか、とか、陽一郎の同窓会のハガキは本当に最初から冷蔵庫に貼ってあったのか、とか、坂の途中にあるアパートでの生活はどんなものだったのか、とか、観ていて読み切れない部分もいろいろあったのですが、それをあえて分かりやすく丁寧に描き込み過ぎない、けっして親切じゃないところも良かったです。
妄想過多気味で、ついあれこれ深読みしたくなる私としては、好き勝手に読み解く楽しさが思う存分味わえた、幸せなドラマでした。


出演者について。
演じる俳優さんも、みなさん、役に対して誠実に丁寧に演じていた印象が強く、どの役も、演じ過ぎず、出過ぎない、その程良い加減が心地良かったです。

柴咲コウさん(山咲里沙子)
柴咲さんが持つ 一種のほの暗さみたいなものが、里沙子にぴったりだと思いました。 魅力的でもある眼差しの強さをすんなりと封印して、どこか自信なさげで、でも突っ張らないと自分の弱さに負けてしまうから頑張っている、そんな里沙子を力まずに演じていて、観ていて何の引っ掛かりもわだかまりもなくスーッと心に入り込んで来る感じがして、里沙子が自分の性格に近かったこともあって、感情移入しまくりました。

水野美紀さん(安藤水穂)
回想で、同じ場面の夫や姑や実母とのやり取りが、姑たち目線と水穂目線の二種類演じられるのですが、それが本当に微妙なところの変化だけなのにすごく伝わるものがあって良かった。どちらが正解かではなくて、受け取る側によって同じ言葉でも正反対に感じられることってあるよなぁ、と。
水野さんは私の中で、スカッとかっこいいイメージがある(いまだに円道寺きなこ(@恋人はスナイパーの印象が抜けきらない)のですが、今回はそういう部分はまったく出て来なくて、裁判や回想の中の水穂のあまり表情を変えない顔と、終盤、海辺で里沙子と愚痴を言い合う、その清(すが)しい笑顔との対比に、水野さんの 水穂を演じる姿勢 みたいなものが透けて見えたような気がしました。

風吹ジュンさん(山咲里子)/倍賞美津子さん(安藤邦枝)/高畑淳子さん(三沢富路子)/長谷川稀世さん(安田則子)
母4人‥ですね。実は、私の年齢からすると、里沙子よりこちらの方がずっと近いw。
だからなのかどうか、「嫁はこうあるべき、母親はこうあるべき、姑はこうあるべき」という昔からのあるべき姿に囚(とら)われてしまい、自分のやり方を曲げられない彼女たちに対して、簡単に、嫌い、とは言い切れなかった。
里子の良かれと思ってつい口出ししてしまう気持ちも、富路子の子供を束縛したい気持ちも、邦枝の嫁に対する憤(いきどお)りも、すごく良くわかる。自分の長年の苦労や辛抱やそれを乗り越えて来た自負心があるから、子供世代との違いをすんなり受け入れられない。そのあたりのリアリティがガンガン響いて来て、年齢が近いからなおのこと、確かにこの人たちの言葉は苦しくてつらい気持ちしか抱くことの出来ない身勝手なものかもしれないけれど、そのすべてを否定することもまた出来ない気がしました。
風吹さんのまとわりつくような重い優しさ、倍賞さんの激しさ、高畑さんのひんやりした空気感、長谷川さんの自信なさげな雰囲気‥それぞれ絶品でした。

光石研さん(山咲和彦)
陽一郎の父(里沙子の舅(しゅうと)ですが、家のことはすべて里子に任せっきりで、な~んにもしない。いるよなぁこういう人。(苦笑)
でも、里沙子がつらい時に「頑張ってるよ」と言ってくれて。この一言で救われた、と思ったら、そこから転げ落ちるように、この人のツテで精神科に連れて行かれたり児童福祉司が訪ねて来たりして、里沙子はどん底に‥
たまに動いたと思ったら、ますます悪い方に行っちゃったじゃないか~と思ったんですが、その児童福祉司が結果的に里沙子を救うことになるんですよね。
‥で、結局どんな人なのかよく分からないw。でも、分からなくて正解なような気もします。設定は70歳前後だと思うのですが、威厳ある感じじゃないし、重みをあまり感じない、少しだけ浮いた感じが、すごく説得力があったように思います。
光石さんが田辺さんのお父さんかぁ‥とちょっと感慨深かったですが、違和感まったくなかったですね。

伊藤歩さん(芳賀六実)
六実を描くことで、この事件を違った角度から見ることが出来、事件の深さがより浮かび上がって来たように思います。仕事をバリバリこなしながら、子供が欲しい想いが募る。そういう彼女にとって、水穂のしたことは絶対に許せない。一方で、部下の心ない言葉に傷ついたり、公園で知り合った少女の母親に罵倒を浴びせられたり、つらい想いもする。伊藤さんは、その、凛とした部分とやわらかな部分のバランスがすごく良かったです。

桜井ユキさん(松下朝子)
時々心配げに里沙子を見る、この人のまなざしが好きでした。
桜井さんの名前だけは知っていたのですが、ちゃんと認識して観たのは今回が初めて。今後いろいろな役がまわって来そうで楽しみ。

西田尚美さん(児童福祉司・新庄)
この人が結果的に里沙子の封印を解いてくれたと言っていいんじゃないでしょうか。児童福祉司というのは子供の問題だけを扱うんだと思っていたのですが、考えてみれば、児童の問題は、ほぼ親の問題でもあるんだよなぁ。
西田さんは本当にいろんな役をやる人で、ひそかに女田辺と呼びたいぐらいなんですがw、今回の新庄は、仕事に全力ゆえに上司に煙たがられてる、だけど、だからこそ当事者の真の痛みに辿り着ける‥まるで少年のような純粋さで一直線に相手の心に向かって行く感じが、すごく役に合っていたように思います。

田辺誠一さん(山咲洋一郎)
『紙の月』でも思った事ですが、こういう役をやると本当に憎たらしい。でも、いかにも憎々しい、っていうんじゃなくて、うまく言葉に出来ないくらいほんの少しだけ嫌な気持ちにさせられるんですよね。それが少しずつ積み重ねられて行く。だからなおのこと観ていてイライラさせられる‥のは、制作側と田辺さんの思うツボにはまってる、ってことなんでしょうね。
本来なら、もうちょっと若い俳優さんに当てられる役だったんじゃないかと思うのですが、田辺さんでドンピシャリ。陽一郎の徐々に圧し掛かってくるような あの息苦しくなるような 自覚ない悪意は、田辺さんだからこそ出せた空気感だった気がします。
普段はノホホ~ンとした感じの人(あくまで私個人のイメージですがw)なのに、役によって本当にイメージが変わる。それは、役に対する読み込みの深さ(『由利麟太郎』の脚本の付箋の多さったら!)だったり、想像力の豊かさによるものなんじゃないか、と、だから、こんなにも幅広く、いろんなジャンルの役のオファーがあるんだろうな、と(いつもながらの甘々~なファン目線ですがw)、ドラマを観終わった後、改めてそんなことを考えました。



連続ドラマW『坂の途中の家』
放送:2019年4月27日 - 6月1日 毎週土曜22:00 - 全6回 WOWOW
原作:角田光代 脚本:篠﨑絵里子 監督:森ガキ侑大
音楽 :山口由馬 エンディング MuseK「silence」
プロデューサー:岡野真紀子 黒沢淳 金澤友也
製作:WOWOW テレパック
出演:柴咲コウ 田辺誠一 
伊藤歩 眞島秀和 桜井ユキ 松澤匠 松本笑花
西田尚美 倍賞美津子 高畑淳子 佐藤めぐみ 滝沢沙織 利重剛 酒井美紀
光石研 風吹ジュン 水野美紀 他
公式サイト

今さら『雪の華』(映画)感想

2019年2月より映画公開。今さらながらの感想です。

これは少女マンガです。‥と 自信を持って言い切ってしまいますがw。
中島美嘉さんのヒット曲『雪の華』をモチーフにしたオリジナル作品ですが、私には、「意図的に 映画で‘少女マンガ’を描こうとしている」 と思われてなりませんでした。

最初、美雪(中条あやみ)の「一生分の悲劇背負ってます」的な台詞が どうしても心に響いて来なくて、さらに100万円払って悠輔(登坂広臣)と恋人契約 なんていう話になって、うわ~無理無理、これは最後まで観るの辛いかも‥と思ったのですが、観続けるにつれ、美雪がどんどん可愛く感じられて、その可愛さに引きずられてラストまで行くうちに、「要するにこれは‘少女マンガ’なんだ」と感じるようになり、この世界観を受け入れることが出来るようになったような気がします。

正直、数々の深いテーマを手掛けて来た岡田惠和さんの脚本なのに‥という物足りなさもあったには違いないのですが、ほのぼのとしてひたすら優しい「これぞ少女マンガ」といった空気を確信犯的に作った中に、ただカワイイだけでない、どこか捻(ひね)ったところが所々に差し挿(はさ)められていて、そこが興味深いと思いました。

主人公が病気になって余命が告げられて‥という映画なら、きっとこんな展開なんだろうな、という こちらの予想を少しずつ覆(くつがえ)して行く‥実写の人間の生々しさを出来るだけ拭(ぬぐ)い取りつつ、マンガの良い意味での嘘っぽさ(自由な‘作りごと‘の魅力)をあえて踏襲する、そうすることで、安易にお涙頂戴にしない、悲劇に浸り過ぎない、だから、どこかさっぱりしていて、一種のさわやかさみたいなものも伝わって来る‥

もちろん、本当に病気になったら、本人も周囲もこんな余裕ある気の持ち方なんて出来ないのがあたりまえだし、映像化するなら そこもちゃんと描かないと、と言う人もいるかもしれない。
けれど、この映画は、そんな「病気がもたらす切なさ・辛さ・苦しさ・痛々しさ」をバッサリ斬り捨てて、「余命を宣告された病弱な少女」(‘少女’でなく‘女性’と書くべきかもしれませんが、あえて)を軽々と飛翔させる。
詳しい病名をあえて出さず、病気であることの切実さを回避しようとする、だから現実味がないし、しょせんキレイ事でしかない、だけど、もしこの映画が「少女マンガ」なんだとしたら、余命を告げられた少女をそんなふうに描くことも許されるのかもしれない、と。
それがいいか悪いかは、観た人それぞれの感じ方でいいと思いますが、私は、闘病映画に間々ある「泣ける!」と連呼される作品の、「悲しいでしょう、切ないでしょう、さぁ泣いて下さい」みたいな、泣かせることが第一義になってしまっているような姿勢に乗り切れない人間なので、病気と闘わず共存しようとする美雪の言動を(マンガテイストなので少々こそばゆく感じながらも)最後には認めていました。

それと、実はとても大切な事だと思うのですが、実際に 美雪本人や母親(高岡早紀)が「少女マンガ」というキーワードをたびたび口にするほど 設定自体はかなり無理矢理ではあっても、出逢って付き合い始めた美雪と悠輔の感情の流れとしては、不思議なほど不自然さを感じさせなかった(少なくとも私には感じられなかった)。
それは第一に、美雪の、見た目に似合わぬ 良い意味での しぶとさ、したたかさ、強さ、に因(よ)るような気がします。
誰かの支えがなければ生きて行けない‥といった弱さや甘えがなく、主体的で、すべてを受け容れた上に楽しんでしまおうとするゆとりがある。
悠輔に「こんなふうに ままごと してればいいわけ? 恋愛ってそういうもんじゃないだろ」と言われ、「契約成立したんだからいいじゃないですか、需要と供給が一致して」と言い返したり、悠輔の家に遊びに行って、妹(箭内夢菜)の険悪な空気に、「初美さん、もしかして嫉妬してます? ひとに嫉妬されるの人生初めてなんです、ありがとうございます!」とか、入院直前にフィンランドに行ったことを心配しつつ怒る母親に対して、「お母さんにはあんまり怒られなかったから ちょっと嬉しいかも」とか、矛先(ほこさき)をかわす一言が絶妙で、こちらも思わず笑顔。
そういう駆け引きが無理なく自然と出て来る。病気だけど頑張ってる‥んじゃなくて、心の持ち方が前向きなんだろう、と。
対する悠輔も、美雪の自由過ぎる行動に振り回されつつも、それを自然と受け容れて彼女の隣にいる、義務感から仕方なく、嫌々ながら、ということじゃなく、彼自身の素直な柔軟性と優しさによって。
観進めるうちに、そういう二人の姿が微笑ましく思えるようになったし、本当に「映画で少女マンガを読んでいる」ような不思議な気持ちにさせられました。

さらに、これも大事なことだと思うのですが、お店とかホテルとか、画面上に繰り広げられる光景がどの場面もとても素敵で、一種の「統一した香り」のようなものが感じられ、そこは実写として伝わるものがマンガより遥かに雄弁だった(きっとこの空間をマンガで描くのは至難の業だろう)ということもあり、こういう映画の作り方・伝え方もあるんだなぁ、と興味深く感じました。


中条あやみさん。
もうほんとに、この人の透明感というのは、とっても素敵です。以前にも書きましたが、現代的というよりはちょっと古風で、そのレトロ感が魅力にもなっている人。
観ていて、『ハチミツとクローバー』(映画)の蒼井優さんが思い浮かんだのですが、この映画のおかげで、(少女マンガが原作ではなかったのに)中条さんも少女マンガの透明でやわらかな空気感を表現出来る女優さんなんだなぁ、と感じられて、嬉しくなりました。

登坂広臣さん。
登坂さんというと、やはり三代目JSBのかっこいいイメージが私の中では強かったので、少女マンガテイストの登場人物ではあっても、華やかさや美しさをあまり活かすことが出来ない普通の青年である悠輔という役が、登坂さんにそぐわないのではないか、とちょっと思ったりしたのですが、美雪の言うこと為すことすべてを受け止め 受け容れる素直さだけでなく、無骨で朴訥としたところもあり、繊細さもあり、美雪の病気に流されないブレない強さもしっかりある、というところが出ていて、適役だったと思います。

高岡早紀さん。
出番は少ないのですが、こういう役で出てくれるというのが嬉しい。なぜ美雪と離れて暮らしているのか、どういう仕事をしているのか、なんの説明もないのだけれど、観ているだけで きっと仕事バリバリこなしてるんだろうな、と思える。美雪との距離感もべたべたしてなくていい感じでした。

田辺誠一さん。
美雪の主治医。すごくフレンドリーで、頼もしくて、その上に 美雪を心配する気持ちが眼差しからきちんと伝わって来る、こういう人が医師(せんせい)だったらいいな、と思わせる好人物。もうほんと、こういう役には抜群の安定感を発揮しますね。いい意味で男性性を感じさせない、清潔感・清涼感がある、田辺さんならでは、の、少女マンガ鉄板の役づくり。楽しかったです。


雪の華』Snow flower
公開:2019年2月1日
監督:橋本光二郎 脚本:岡田惠和 原案:中島美嘉雪の華
音楽:葉加瀬太郎 主題歌:中島美嘉雪の華
製作:渡井敏久 田口生己 製作総指揮:濱名一哉
制作会社:エー・フィルムズ 製作会社:映画「雪の華」製作委員会
配給:ワーナー・ブラザース映画
出演者:登坂広臣 中条あやみ
高岡早紀 浜野謙太 箭内夢菜 田辺誠一
公式サイト

今さら『BLEACH 死神代行篇』感想

2018年7月より映画公開。今さらながらの感想です。原作は未読です。

死神とか‥ホロウとか‥ソウルソサエティとか‥こういった独特の世界観を持つ作品というのは、まず初めに、その世界がどういう成り立ちであるのか、登場人物がどういう背景を背負っているのか、を観る側にある程度理解してもらわなければならないと思うのですが、イラストやアニメ(これがまためちゃくちゃカワイイw)などをうまく使って分かりやすく説明しようとする工夫が感じられて楽しかったです。

ただ、観ている側の私がちゃんとそれを十分理解し納得出来たかというと、ちょっと消化不良だったかなぁ‥
物語が人間界だけでない重層的な世界を表現しようとしていたので 仕方ないところもあるんだろうけど、どうしても 登場人物全体に説明不足の感は否めず、ある人物の説明を他の人物にさせていることが多いので、台詞そのものも説明口調になってしまい、人となりの魅力を十分表現出来るまでに至っていないように感じられたのが残念でした。

それと、全体の流れはそれほど複雑ではないので ある程度は掴めたのですが、物語の肝(きも)になるんじゃないか、と(私が勝手に)思った、ルキアの一護に対する「情」が、具体的にどういったものなのか、が、私にはしっかり伝わって来なかった。
なぜルキアは一護に惹かれるのか‥
霊圧が強いから、というだけでない、そしておそらく 恋愛 とかいう甘酸っぱいものでもない、たぶんそこには、「家族」に対する屈折した憧れ・羨望があるのではないか、という気がします。弟(けっして兄ではないよなぁw)に対するような感情、と言ったらいいか。私としては、観ていてそれがルキアの気持ちとして一番しっくりくる気がしました。
なので、ルキアの孤独感みたいなものが もうちょっとしっかり描かれ、そこに、一護と、彼の家族や友人たちとの日々の暮らしぶりがもっと絡んで来ると、ルキアの心の揺らぎが、よりストレートに 観る側に伝わったんじゃないか、と。

とは言え、あんまり難しいことを考えずに観る分には楽しい映画だったことは間違いないことで。
全体的なビジュアルのセンス、ロケーション、スピード感、が良いので、画面を観ているだけで楽しかった。(珍しく3回もリピしたw)
一護の初登場シーンの高架下、一護やルキアがホロウと戦う住宅街や公園、二人が特訓する橋の下とか、遠景にある高層ビルと手前の大きな木(画面内のバランスが絶妙!)とか「絵になる」場所が多くて、いちいち感激して、で、ロケハン大変だっただろうけど面白そうだな~、なんてことまで考えたりして。

全体的にスタイリッシュな空気感が漂う画面ではあったのだけど、特訓シーンはアナログっぽくて、昔のスポ根マンガを観ているようで、それもまた興味深かったです。そういう空気をあえて作っている、リスペクトした上であえて一護に「汗まみれになること」を求めているようにも感じられて。

その、ちょっと懐かしい香りみたいなものに惹かれてしまった、昭和のど真ん中を生きて来た私みたいな世代wには、最後の戦いの場(空座駅前)の大掛かりなオープンセットは 特にワクワクさせられるものでした。
こういう映画に付き物のVFXとかCGとかもまったく違和感なくて楽しかったのですが、その魅力に安易に頼り過ぎない、ウルトラマンと怪獣がミニチュアセットを豪快にぶっ壊しながら戦っているみたいな、一瞬でなくなってしまう 後戻り出来ない中で身体張ってる感じが、一種のスポーツを観ているみたいな爽快感にも似ていて、演じるほう(撮るほうも)は大変だったと思うけど、観ているほうはすごく楽しかったです。

出演者。
一護の福士蒼汰さん。正直、今迄この人の魅力をイマイチ掴みかねていたのだけど、今回は、心地よく思いっきりよく 役 に飛び込んでいたように感じられて、すんなりと気持ちよく入って行けました。おちゃらけてるところとウエットな部分のバランスがいいのは、本人もだけど、スタッフの一護という役の作り方も良かったのかもしれない。
ルキア杉咲花さん。この人のちょっと陰の入った少年のような雰囲気は、こういう役に合っていると思います。ただ、ルキアそのものがしっかりした背景(そこに至るまでの必然)を十分に与えられていないので、ちょっともったいない感じがしてしまった。
恋次早乙女太一さん。この人の殺陣はさすがに見ごたえありました。刀を持った時の構えがかっこいい。白哉とのバランスも良かった。
白哉(MIYAVIさん)のひんやりした空気感にはちょっとびっくりしてしまった。横顔の美しさ+あの髪型が似合っちゃうって相当すごいことなんじゃないだろうか。
雨竜(吉沢亮さん)の立ち位置がいまいちよく理解出来なかった(クインシー一族が具体的にどういうものなのか、とか、なぜ死神に滅ぼされたのか、とか)のと、チャド(小柳友さん)や織姫(真野恵里菜さん)が、しどころがなくて可哀そうだったのが、ちょっと残念。そこまで丁寧に描く時間がなかったんだろうな、とは思いましたが。(そのあたりは続編で、という思惑もあったのかもしれませんが)

最初観た時、ひょっとしたら一護の母親・真咲(長澤まさみさん)は以前は死神だったんじゃないか、だから一護や妹たちは霊力が強いのではないか、と思ったのですが‥違ったのね。(観た後でウィキ読んで知ったw)
ルキアにあの男は殺せまい。情がうつっている。死神にとって情というものは病に等しい。罹(かか)れば衰え、根を張れば死ぬ」という白哉の台詞を聞いて、勝手に一護の父親・一心(江口洋介)と真咲の「人間と死神の道ならぬ恋」みたいなことを妄想してしまったんだけどw。
見事にはずれましたが、そんなこんなあれこれ妄想を広げるのは楽しかったです。

浦原喜助田辺誠一さん。現世に残った元死神、ということですが、空気感みたいなものはある程度うまく伝わっていた気がします。ただ、この役も、雨竜やチャドと同じように 書き込み不足という感じで、田辺さんの演じ方としても、喜助をしっかり掴まえきれていないように私には思えました。う~ん、田辺さんだったら、もう一味(ひとあじ田辺さんなりの喜助への解釈を入れ込むことも出来たんじゃないか、と。(もうちょっと深い「喜助@田辺」を観たかった、というファンのわがまま、ご容赦)

個人的には、一心・真咲・喜助でスピンオフ作って欲しいですw。


BLEACH 死神代行篇』
公開:2018年7月20日
監督:佐藤信介 脚本:羽原大介 佐藤信介 原作:久保帯人BLEACH
音楽:やまだ豊 主題歌:[ALEXANDROS]「Mosquito Bite」
撮影:河津太郎 編集:今井剛 製作:和田倉和利 製作総指揮:小岩井宏悦
制作会社:シネバザール 製作会社:映画「BLEACH」製作委員会
配給:ワーナー・ブラザース映画
出演:福士蒼汰 杉咲花 吉沢亮 真野恵里菜 小柳友
田辺誠一 早乙女太一 MIYAVI 長澤まさみ 江口洋介
公式サイト