『地の塩』感想まとめ

『地の塩』感想まとめ

9月2日に『地の塩』のブルーレイ&DVD-BOXが発売になりました。
連続ドラマW 地の塩 Blu-ray BOX 連続ドラマW 地の塩 DVD BOX
感想をまとめておきます。

『地の塩』
放送日時:2014年2月16日-毎週日曜 22:00-(WOWOW
脚本:井上由美子/演出:鈴木浩介 演出補:権野元/音楽:村松崇継
プロデュース:青木泰憲 河角直樹 制作協力:国際放映
キャスト:大泉洋 松雪泰子 田辺誠一 田中圭 板尾創路 陣内孝則
袴田吉彦 岩崎ひろみ 勝部演之 朝加真由美 大野百花 河原崎健三 きたろう 津嘉山正種   『地の塩』公式サイト 


『地の塩』(第1話)感想 【ネタバレあり】
久しぶりに観ごたえのあるドラマに出会いました。
脚本も、出演者も、演出も、音楽も、すべてが上出来、
人物描写が巧みな上に、先の読めない展開がテンポ良く密度濃く流れ、
画面から目を離すことが出来ないほどの吸引力があって、
ドキドキしながらあっという間に1時間が過ぎてしまいました。

たとえば同じwowowの『空飛ぶタイヤ』などは、
社会派ドラマとしての生真面目な一面を持ちつつ‘人間'を丁寧に描き、
ドラマとして非常に面白い作品に仕上げていたと思うのですが、
この『地の塩』は、
考古学という一見地味な研究分野に
捏造(ねつぞう)というスキャンダルを絡ませ、
さらには、未解決殺人事件というサスペンス要素まで盛り込んで、
大衆向けのエンターテインメントとして より興味深く観せよう、という、
いい意味で 非常に欲張りで意欲的な作品になっているように思います。
(最終回までこの姿勢が崩れないよう薄まらないよう祈りたいです)


メインとなる考古学の分野の人々については、
神村を筆頭に 真摯に一心に研究に打ち込んでいる という印象ですが、
肝心の神村は、高潔な学者とばかりは言えない、
人を魅了するカリスマ性の裏に、
人間臭い俗っぽさや彼なりの欲を持ち合わせているようにも思えて、
そこに大事な何かが潜んでいるような いないような・・
その曖昧さが何を意味しているのか、気になるところ。

考古学の大発見の陰でうごめく政治家・官僚・出版社等の利権。
教科書の内容や新聞紙面が、
こういった‘大人の事情'で作られることもある、というあたり、
お定まりのサイドストーリーとしてではなく、
主筋に深く関わってくるかもしれない、といった含みも感じられて、
なかなか興味深かったです。

一方の殺人事件も、早々に犯人のキャラが明確に示されて、
それがどうやらシリアルキラーの様相を呈しているようにも見え、
殺された少女の骨が発見されたことにより、
さらに次の事件に発展して行くような匂いを感じさせて、
これからどうなって行くのか、今後の展開が非常に気になります。

予告を観ると、かなり重要な言動がちりばめられているようですが、
はたしてそれが視聴者へのトラップ(罠)なのかどうか・・
次回もさらに楽しみです。


■ 登場人物について。

短い時間の中に、主な登場人物の思想や生活空間まで描き、
それも一人一人が単純な味付けになっていないので、
皆 非常に魅力的です。
それぞれの役に 明確な存在理由(その人を通じて伝えたいもの)が
あるからなのかもしれません。


何と言っても、
「神の手」を持つと言われながら何か秘密を抱えているらしい
考古学者・神村に、大泉洋さんを配したことが大きかった。
この人の 人好きのする柔らかさと 全てを読ませない掴みどころのなさが
役にとてもマッチして、
それが、このドラマの先に横たわる不安定で魅力的な揺らぎに、
うまくシンクロしていたように思います。

神村が思わせぶりな行動を取ると、
それが本気なのか 引っ掛けなのか まったく読めなくて、
もどかしいんだけど、そこがまたドキドキ感に繋がっていて、
ドラマの世界観にどんどん惹き込まれてしまう・・
演出としてわざとそういうふうに描いているんだろうけれど、
何となく大泉さん本人の持ち味にも繋がるような気がして、
まるで あて書きされたんじゃないかと思うほど。


神村が発掘した前期旧石器時代の塩名遺跡を
他に先駆けて載せる決断をした
出版社の教科書担当者・佐久間里奈に松雪泰子さん。
真摯に仕事に向かう姿勢に濁りがなく、
それゆえにこれから苦しみが始まって行くことになるのでしょうが、
周囲に翻弄されるこういう役は松雪さんの雰囲気にぴったりで、
この人だけは最後には笑顔になって欲しいなぁ、と
つい肩入れしてしまいます。


文部科学省資料保存庁次長・沢渡に陣内孝則さん。
神村に力を貸しているようでいて、
彼をうまく利用してのし上がってやろうという野心が潜んでいるようで
なかなか油断ならない。


神村に心酔する後輩・馬場に田中圭さん。
次回予告に「えっ!?」という場面があって楽しみ。


他に、新聞記者で里奈の元夫でもある新谷に袴田吉彦さん、
神村と手話でやりとりする母親・悦子に朝加真由美さん、
13年前に殺された少女の姉・米松小枝子に岩崎ひろみさん、
人骨発掘を偽造だと訴える男・国松にきたろうさん、
神村の恩師で日本考古学連盟名誉会長・桧山に津嘉山正種さん等々、
派手さはないものの 味わい深い面々。


その中でも、私が一番興味を惹かれたのが、
13年前の未解決殺人事件にからむ柏田を演じる板尾創路さん。
柏田が持つ‘闇'を ゆるゆるとなめらかに演じていて、
だからこそ怖さが浮き上がって来るような作り。
「考古学上の大発見と捏造」という硬派の社会派ドラマに、
一気に、しかもまったく違和感なく、サスペンス要素を吹き込んでくれた。
柏田が今後どんな行動を取るのか、神村とどう絡むのか、も
楽しみなところです。


13年前の殺人事件を警視庁捜査一課として担当、
迷宮入りになったことで奥多摩北署に配属転換され、
やる気をなくしている刑事・行永に田辺誠一さん。
神村が遺跡発掘現場でその被害者の骨を発見したことから、
もう一度調査に乗り出すことになります。

刑事役を数多く演じている(特にこの半年は4本も!)田辺さんですが、
この行永という男は、その中でも非常に魅力的な人間に私には思えました。
登場人物の多いドラマなのにもかかわらず、
人となりをきちんと描いてもらっているので、
彼が抱き続けて来た13年間にわたる慙愧(ざんき)の念と、
被害者への悼(いた)みとが無理なく伝わって来る。

そんなふうに 脚本における人物造形がしっかりしている上に、
田辺さんがその上に塗り重ねた色味が魅力的で、
彼のファンとしては、行永を観るのが本当に楽しかった。
しょっぱなのキャパ嬢との絡み、「ヤクザだもん」という言い方、
鼻つまみ者の屈折、上司への直談判、
神村へのタメ口、遺骨となって帰って来た被害者の霊前で見せた表情・・

この先、神村の手を借りて柏田を追うことになる、ということは、
田辺さんが洋ちゃんと力を合わせて板尾さんを追う、ってことなわけで、
大好きな俳優さん3人がこういう位置関係で並ぶなんて、
何て私得!と密かにほくそ笑む私なのでありましたw


地の塩=聖書に出てくることば。イエス=キリストの教え。
腐敗を防ぐ塩のように、世の中の模範的な人であれとの意
                             (番組公式サイトより)



『地の塩』(第2話)感想 【ネタバレあり】
【地の塩・・神は人をそう呼ばれた。
それは闇の中でも信頼と誠を尊ぶ唯一無二の存在だから。
だがその心が失われた時、美しい塩は悪魔の砂と化すであろう----】

『地の塩』第2話は、このナレーションからゆっくりと動き出します。

全4話のうちの第2話というのは、
物語の流れから行くと「起・承・転・結」の「承」の部分。
目立って大きな変化はないものの、じんわりと‘闇’が広がって来て、
初回でまったく繋がりのなかった遺跡発掘と殺人事件が、
徐々に渾然と混じり合って来たように感じます。

特に、柏田(板尾創路)が
ひたひたと神村(大泉洋)たちのテリトリーに入り込んで来る、
その不気味さというのは、何とも堪(たま)らないものがありました。

柏田の動きが呼び水となったかのように、
神村も 沢渡(陣内孝則)も 桧山(津嘉山正種)も
互いが顔を合わせて何か話すたびに
観ているこちらがダークな方向に引きずられて行くような気がして、
いったい誰が正しいのか、誰の言うことを信じたらいいのか、
まったく分からなくなって来る・・

中でも、神村と沢渡の会話には不穏な色合いがどんどん蓄積されて、
「おいおい神村〜あんたがそんなことサラッと言ちゃいけないだろう」と
ちょっと切ない気持ちになったり、
「余計なことは言わない」という二人の言葉に
共有する秘密がありそうで、ついつい勘ぐってしまったり。


一方、犯人の手掛かりになる腕時計が神村によって発見されたことで、
殺人事件の方もようやく進展を見せはじめます。
死体を埋めた時になくした時計を密かに探しに来た柏田は、
神村の捏造の証拠を見つけようと発掘現場にやって来た
国松(きたろう)をめった打ちにして殺害、
二つの糸が完全に絡(から)まって、思わぬ展開になりそうな気配・・

次回第3話は「転」の部。
ドラマがどう転がって行くのか、ますます興味は深まります。



さて、今回は、
細かいところなんだけど、人間描写という点で
興味を惹かれたシーンをいくつかランダムに挙げてみたいと思います。


被害者の見つかった場所で柏手を打ち「なんまいだぶ」と唱える柏田。
これはもちろん本当に信心深い人なら絶対にやらないことで、
(柏手かしわで南無阿弥陀仏は宗旨違い)
柏田に対して馬場(田中圭)が疑いを持つ伏線になるのではないか、
という気がします。


「自分を曲げるってことがどういうことかお前に分かるのかね、
研究者を全うしているお前に・・」
直後の回想シーンで沢渡の屈折を見せられるだけに、
この神村に対する一言が
どれほど複雑な心境の上に成り立っているのかを考えると、
ちょっと沢渡に同情してしまった。


妹の遺骨が発見されたことで世間の好奇の目にさらされる
小枝子(岩崎ひろみ)に 行永(田辺誠一)が言った
「似合わないこと言いますが、俺を・・私を信じて下さい」
発見した腕時計を持って来た神村に言う
「虫がいいけど、どんどん掘って何でも持って来て」
この自分を一歩引かせた言い方に、
行永の人間性が伝わって来るような気がしました。


人間性、と言えば、神村が講演会で話した
「小学校の友達が鎌倉幕府の成立を[よいくにつくろう]と覚えていて、
テストの答案に4192年と書き、周囲から‘未来人’と言われた」
という笑い話は、神村という人間の振り幅の広さを伝えるのに
非常に役立っているように思えます。
この話の流れの最後に、
「2014年春には、鎌倉幕府成立の時期を6学説紹介する教科書が出る。
いずれの学説にも軍配を上げない、それも正しい歴史の捉え方だと思う。
なぜなら、歴史は常に変化するから」
と話す神村の言葉にも深い意味が込められているのではないかと。

「神の手」と呼ばれる神村が、
母親(朝加真由美)とのコミュニケーションツールとして
その手を使って手話をする、というのも、興味深いところ。
このシーンがあるから、彼が沢渡とどんな物騒な会話をしても、
芯から悪い人間には思えないのだけれど・・
はたしてそれらは脚本の井上さんが周到に張った罠なのかどうか。


国松の調査を依頼しながら、娘(大野百花)には会わせない、と言い、
コーヒー代を置いて行く里奈(松雪泰子)と
元夫・新谷(袴田吉彦)の、絶妙な距離感。

そして何より、今回私が すごい!と思ったのが、
リビングで寝過ごした里奈が、娘・亜子を学校に送り出す時に、
玄関先で傘を渡そうとして、ふと外を見ると明るい・・というシーン。
本当に何気ない一瞬の出来事なのだけれど、
このワンシーンに込められたものを想像すると、何だかドキドキして。
傘というアイテムひとつで、伝わって来るものがあるんですよね。

おそらく里奈が寝過ごしたのは、夢を見ていたから。
その夢は、おそらく、雨の日に発掘現場を掘っている男の姿・・
つまり彼女の夢は、
そのひとつ前のカット(柏田が雨の中で掘ってる)の情景と同じもので、
しかし掘っているのは神村だったのではないか・・
そんな 何とも重苦しい雨の夢を見ていたのではないか、と。
里奈は、そんな夢を見てしまうぐらい、自分の仕事に責任を感じている
非常に真面目でストイックな人なんじゃないか・・
そんな彼女の性格まで伝わって来るような、
意味のあるカットだったように私には思われました。


そういう何気ない、でもいくらでも深読み出来そうな
シーンやカットが他にもあちこちにあって、
だからこそ人間描写が平板にならず、厚みや深みが出て、
ドラマとしての面白さに上乗せされた
独特のコクを醸し出してるんじゃないか、という気がしました。

そういうシーンが、今後もたくさん見られることを期待したいです。


追伸
ドラマの中で非常に有効に使われている雨のシーンですが、
ラストクレジットの後、何もない画面に雨の音だけが続く・・
この余韻の残る終わり方も好きです。


新約聖書「マタイによる福音書」(第5章13節)
 汝らは地の塩なり,塩もし効力を失はば,何をもてか之に塩すべき。
 後は用なし,外にすてられて人に踏まるるのみ。

   (あなたがたは、地の塩です。
    もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。
    もう何の役にも立たず、外に捨てられて人々に踏みつけられるだけです)



『地の塩』(第3話)感想 【ネタバレあり】
終盤、発掘再開を祝う塩名遺跡前での
神村(大泉洋)と里奈(松雪泰子)との静かで熱い応酬は、
非常に見応えがありました。
3話は、神村が本当に捏造したのかどうかをミステリータッチで追う、
というような展開になるのかと思ったのですが、
神村は、里奈の前であっさりと捏造したことを告白、
しかしそこからの神村の言葉には、非常に惹き付けられるものがあり、
この捏造を犯罪と言い切ることを躊躇(ためら)わせるほどの
説得力がありました。

罪を犯したはずの神村の言葉が一種神聖なものに聞こえるのは、
それでもなお、考古学者としての純粋な誇りや夢が、
彼の中に息づいていると感じられるからなのかもしれない。
私利私欲のためでなく、周囲の誰かのためでもなく、
遺跡の下から古代人の声を聴く、そのためだけに土を掘る・・

「嘘じゃないんだ。桧山先生と私の学説は疑う余地もなく正しいんです。
日本にも前期旧石器時代は存在したんですよ。
でも あの時 私が捏造しなかったら、
それが正しいと立証するための研究は出来なかった。
それは考古学において大きな損失です
だから私は石器を埋めて・・今ここにいるんです」

しかし、その学説にどれほどの信憑性があったとしても、
違った立場の人間から見れば、
神村の正しさは、正しいものではなくなるのですよね。
たとえば、塩名遺跡を教科書に載せようとしている編集者(松雪)や、
神村を‘神の手’と信じて慕う後輩(田中圭)、
真偽を糺(ただ)そうとする新聞記者(袴田吉彦)にとっては・・

一方で、一番動きそうだった警察が、
そのことにあまり興味を示さなかったのも意外だった。
行永(田辺誠一)には、事件性がなければ動けない、という建前の他に、
自分が関わったふたつの殺人事件の犯人捜査に神村の力を借り、
彼に信頼を寄せているという事情がある。
「捜査のために見て見ないふりをするとおっしゃるのですか」
と言う里奈のまっすぐな視線を受けて
「そうしてでも、私には貫きたいものがあるんです」
複雑な色を孕(はら)みながらも しっかりと視線を返す行永・・
このやりとりも、観ていて非常に惹かれるものがありました。
   (余談ですが、私が田辺さんのファンを長く続けているのは、
    こういう繊細な表情を見せてくれる俳優さんだから ・・のような気がします)


自分の学説が正しいと立証する研究を進めるために捏造した考古学者、
それを教科書に載せていいものか悩む編集者、
「本当のこと」より強いものはないと言う新聞記者、
考古学者に憧れ、だからこそ彼のやったことを受け入れられない後輩、
事件性がなければ動こうとしない警察・・
それぞれの立場の違いが その言動によって浮き上がって来て、
「捏造問題」に対する距離感の違いが明確になって行く・・
そこが、今回、私には 非常に興味深く感じられました。


一方、
13年前の殺人事件と今回の国松殺しの関連性を調べ始めた警察に
神村が協力するらしい、と知った柏田(板尾創路)は、
殺意の矛先を神村に向けて来ます。
しかし、そのことで逆に時計(証拠品)との繋がりを知られ、
追い詰められて行くことになります。

そのあたりの流れは 正直少し拵(こしら)え過ぎたような気がしますが、
柏田を演じる板尾さんには 薄っぺらな嘘っぽさが感じられず、
アブノーマルな空気をしっかりと作っていて、
どんな場面でどんな行動をとっても怖いところが凄いです。


次回はいよいよ最終回、
この柏田の神村への理不尽な恨みがどういう形で決着するのか、
捏造問題の成り行きと共に、おおいに興味を惹かれるところです。



『地の塩』(第4話=最終回)感想 【ネタバレあり】

塩名遺跡の発掘を再開してほどなく、
神村(大泉洋)は、
今度こそ本物の前期旧石器時代の人骨と石器を発見します。
最初、私には、そのあたりの流れが
いかにもご都合主義に感じられたのですが、
でも、本当に神村の言うとおり 「あと少し」の時間があれば、
前期旧石器時代 日本に人類が存在した、という
桧山(津嘉山正種)の学説が正しいと証明されたはずだったんだ、
この「あと少し」の時間が欲しくて神村は捏造したんだ、と考えると、
何だかちょっと切ない気持ちにもなりました。

この発見により、
塩名遺跡は間違いなく前期旧石器時代に人類が存在した地として
歴史に名を刻むことになり、
里奈が手掛けた教科書も、どこよりも先んじて「正しい歴史」を載せた、
ということになったわけですが・・

その大偉業に比べれば、
神村のやったことは、本当に微々たる嘘でしかないのかもしれない。
「本物」を見つけ出すまでのほんのわずかな時間、
その時間を‘作り出さなければ’遺物は発見出来なかった、
そこに間違いなくある「真実」を掘り出すために、
あとほんの少しの時間が必要だった・・
それは、長い長い歴史から見ればほんの一瞬の出来事、
わずかな時間差・・
そこに潜むほんのかすかな嘘なんて、
未来の人たちは気づくはずもない。 それでも・・


大きな真実を認めさせるためについた小さな嘘。
この「嘘」の切ないところは、
神村に、一切の欲がなかったところだと思います。
沢渡(陣内孝則)は言うに及ばず、
桧山(津嘉山)でさえ名誉欲があった、
里奈(松雪泰子)でさえ塩名の人たちのことを思って心が揺れた。
しかし、神村の考古学への姿勢には、
そんな人間らしい俗っぽさや しがらみが まったく感じられない。

純粋に考古学を愛し、土の下から「正しい歴史」を掘り起こす、
ただそれだけをひたすら追求していた。
他に欲しいものなど彼には何もなかったんですよね。
だからこそ、捏造してでも、正しいものを正しいと認めさせたかった・・

そして、そのわずかな嘘のおかげで、彼の正しさは証明された。
正しい歴史が拓けた――

だけど、もしかしたら、
そのわずかな嘘を もっとも赦(ゆる)せなかったのも、
神村その人だったんじゃないでしょうか。
塩名遺跡で神村が里奈に言った「真実は作るものです」という言葉。
その裏にある‘まやかし’に一番心を痛めていたのは、
実は、彼自身であったような気がしてならない。

神に愛された人間は、
たとえ己(おのれ)の正しさを証明するためであっても
嘘をついてはいけない・・
そう信じ、そう生きようとし、そう生きられず、
葛藤し一番苦しんでいたのは、彼だったのではないか、と。


神村の嘘は、柏田(板尾創路)という悪魔を目覚めさせた。
大事な弟子(田中圭)を人質に取られたのは、
彼にとって、自分を傷つけられるより辛かったはずです。

国松(きたろう)を殺した柏田が、
馬場(田中)を連れ去り 暴行したと知った時、
神村は、改めて
自分の嘘が招いた罪の深さを思い知らされたのではないか・・
そして、柏田が自分を襲って来た時、
それが、自分のやったことに対する罰にも思えたのじゃないか・・
(柏田に二度‘手’を傷つけられたのは象徴的な気がします)

最初、私は、エンターテインメントとして視聴者の興味をひくために
柏田という殺人鬼を登場させたと思っていたのですが、
最終回を観終わって改めて考えると、
柏田という「異物」がこのドラマに放たれた理由は、
そこ(‘神村の嘘’に対する‘神の罰’)にあるような気がしてなりません。


一年後、
いずこか知らぬ土地を歩く神村が、
なぜあんなに穏やかな顔でいられたのか――

彼は、神の子として「地の塩」になることは出来なかったけれども、
罪を懺悔することで、考古学者として正しく生きる道を拓くことが出来た、
だからなのかな、という気がしました。
そういう目で見たせいか、
彼の後ろ姿が、インディージョーンズのようにも感じられました。

     **

『地の塩』4話全編を通して、非常に面白く観ました。
脚本(井上由美子)のうまさ、演出(鈴木浩介・権野元)のうまさが、
随所に感じられた作品でした。
音楽(村松崇継)も素晴らしかったです。

特に最終回は、宗教色が濃く感じられ、
神村の心の底を覗き込まされているような気持ちになりました。


その神村を演じた大泉洋さん。
以前から好きな俳優さんだったのですが、
今回はもう決定的に惚れ込んでしまいました、
この複雑な役を、よくもまあ最後まで全(まっと)うしたものだな、と。
人間的な温かみや人馴れしたところがありつつ、
一切の驕(おご)りも欲も業(ごう)も歪(ゆが)みも感じさせない、
捏造という嘘さえも、一種崇高なものとして伝えられる、
神村の研究者としての奥行の深さを、
ここまで徹底的に演じてくれるとは思わなかった。
3話の里奈との会話や4話のスピーチには濁(にご)りがなくて、
すーっと心に入って来て、驚きました。

『リーガルハイ』や『半沢直樹』の時の堺雅人さんに似た、
虚構のドラマを 力づくでリアルに変えることが出来る貴重な俳優さん。
いやはや脱帽です。次の作品が楽しみです。


松雪泰子さん。
「誰も幸せにならない真実を暴く必要なんてあるのかな」という言葉に、
少しの嘘も赦さない里奈が内面に持つ‘やわらかい心’が
ふわりと浮き立って来て、
いかにも松雪さんらしい清らかさがにじみ出ていたように感じました。

里奈は、もっとも「地の塩」に近い存在だったのかもしれません。
そんな人だから、ひょっとしたら神村は、心の奥底では
彼女に自分の罪を暴いて欲しかったのかもしれない・・
なんてことを私が考えてしまったのは、
里奈を演じた松雪さんの持つ 清涼な空気感によるところが
大きかった気がします。

父親(勝部演之)や元夫(袴田吉彦)との
べったりにならない距離感も良かったです。
新谷(袴田)が自分の近くにいることを徐々に許すようになるあたりは、
里奈が、神村の嘘の意味を深く考え続けたことから繋がっている、
そのなめらかな受容もまた心地良かったです。

でもね〜、
今回や『ガリレオ容疑者Xの献身』みたいな役も良いですが、
この人のはっちゃけた役もたまには観てみたいんですよね、
いまだに『DRIVE』(SABU監督)の松雪さんが忘れられない身としては。


板尾創路さん。
正直なところ、ドラマの流れとしては、
神村と殺人犯・柏田(板尾)を絡ませる、というのは、
最後まで、どこか少し無理があったかな、という気もしますし、
この役は、神村を演じた大泉さんとは別の意味で、
心の動きを違和感なく作り上げるのが
非常に難しかったんじゃないか、とも思います。

でも、↑で書いたように、柏田が神村の罪を罰する神からの使い
のような存在だったら・・と想像してみた時、
私としては、大泉さんと対立する位置に板尾さんが配されたことが、
非常に興味深く感じられたのですよね。

俳優としての板尾さんって、
何となく観る側に単純な読み方をさせないような空気感があって、
得体が知れない雰囲気を持っている。
そのあたりが、今回の役にうまくはまった気がします。


田中圭さん。
神村への疑念をもちながらも、
柏田の暴行に屈しないことで神村を裏切らない姿勢を貫く、
その彼のまっすぐさが‘嘘’を背負った神村と対照的で、
神村の屈折を浮かび上がらせる効果があったような気がします。
くせのある役も多い田中さんですが、
今回のようなまっすぐな役も、前に出過ぎず嫌味なく演じられる、
ワキで光るいい俳優さんだな、と思いました。


陣内孝則さん。
この人のアクの強さが私はちょっと苦手だったのですが、
今回は、抑え気味に裏工作に長けた人間の昏(くら)さを表現していて、
興味深かったです。
桧山の絶大な信頼を得ている神村に対する密かな嫉妬や、
養母に育てられ、自分がどこから来たのか興味を持つようになった、
という里奈へのさりげない語りかけの中に、
沢渡の芯になる部分が浮き出て来て、
そこに陣内さんの独特の色味が加わることによって、
役としても魅力的になった気がします。


袴田吉彦さん。
里奈の元夫で毎朝新聞社の記者・新谷。
このあたりの役に袴田さんクラスの俳優さんが入ると
ドラマがグッと締まります。
里奈や娘・亜子との距離が徐々に縮まって行く様子に無理がなくて、
いつポキンと気持ちが折れてしまうか心配だった里奈の今後も、
この人がいれば大丈夫、という気がして、何だかホッとしました。


大野百花さん。
新谷と里奈のひとり娘。
大野さんのセリフがものすごく自然でびっくりしました。
里奈の娘とは思えない明るさやズバッと切り込むような物言いは、
父親似なのかな、なんて、あれこれ想像したくなるような
いい役に育っていたように思います。


朝加真由美さん。
神村の母・悦子。この役も、非常に印象的でした。
いつもの手話ではなく、たどたどしい言葉で
「母ちゃんはおまえを信じてる」と息子の手をさすりながら話す、
その姿にホロッとさせられました。
シャキッとした役も、こういったすこし陰影のある役も自在にこなす、
朝加さん、もうすっかり魅力的なお母さん女優ですね。


他に、津嘉山正種さん、きたろうさん、岩崎ひろみさん、勝部演之さん、
原崎健三さん、並樹史朗さん、増澤ノゾムさん、おかやまはじめさん
等々、それぞれにしっかりした役作りで、頼もしかったです。


田辺誠一さん。
捏造問題には直接関係ないポジションだったのですが、
脚本や演出に揺れやブレがなく、キャラ設定がきちんと出来ていたので、
安心して観続けることが出来ました。

最初の出(キャパ嬢とベッドの上でのやりとり)のインパクトに比べると、
徐々におとなしくなってしまった感は否めませんが、
それでも、13年間背負って来た雪辱を果たそうとする刑事としての姿、
特に、3話の里奈との会話や 最終回の神村を語る姿には、
行永という人間が蓄積してきた想いや感情が無理なく詰まっていたし、
酸いも甘いも噛み分けた大人としての自然な深さが
言葉の端々ににじみ出ていて、
観ていてすごく惹かれるものがありました。

もう15年以上この俳優さんを観続けていますが、
若い頃に感じられた 演じる上での痛々しさみたいなものが
いつのまにかゆるやかに払拭(ふっしょく)されて、
豊かで細やかな感情を表現出来る頼もしい俳優さんになったなぁ、
と、嬉しくもあり、感慨深くもあり。

でもきっと、彼の中には、ちゃんと棘がある、
求められれば、いつでも牙をむく用意が出来ている・・
そういう危うくて鋭利な俳優・田辺誠一がまたいつか観られることを、
ちょっと期待したりもしている私です。