今さら『探偵 由利麟太郎』感想

昨年(2020)6-7月、毎週火曜 21:00 からカンテレ(フジテレビ系)で放送された連続ドラマ(全5回)。
今さらながらの感想です。

横溝正史さんの原作は未読。

原作のもともとの時代設定は昭和(戦前~戦後)ですが、ドラマは現在に置き換えられています。
たとえば吾峠呼世晴さんが『鬼滅の刃』の設定を大正時代にしたことで あれほどの魅力的な世界を描き出したように、横溝作品の多くもまた、昭和中期という時代だったからこそ描き得た独特で魅力的な世界観があり 匂いがある。 そこのところを中途半端に変えてしまうと せっかくの横溝らしい味わいが台無しになってしまいかねないのですが、場所を京都に設定したこと、全体を通して彩度を落とした画面になっていたこと、等、横溝作品が持つ「ほの暗く切ない空気」を表現するために施したさまざまな仕掛けが、このドラマでは 功を奏していたように思います。
京都の街並みを走るのは、由利のフォードカスタムであり、三津木のスーパーカブ
由利が住んでいるのは骨董品店「加茂句堂」で、事件が起こる場所も、少なくとも画面内に映される外観は古い洋館などが多く、いわゆる「洗練された都会的な目新しさ」をうまく排除している。
実際、PCやらスマホやらのITも登場しますが、限定的な空間での利用に抑えているので、全体のノスタルジックな空気をあまり邪魔することなく、うまく馴染んでいたように思います。

さて、そんなハード面の作りに対して、ソフト面(登場人物)はどうか、というと。
こちらも、なかなかいい感じでした。
主人公の探偵・由利麟太郎(吉川晃司)は非常に魅力的でしたね。吉川さんの‘武士’と言ってもいいような古風な面立ちや立ち居振る舞いが、全体のレトロな色味の中にうまく溶け込んでいて不自然さを感じさせず、しかも古臭さを感じさせない。吉川さんには、時代を超越した普遍的な「芯」がしっかりと備わっていて、揺るぎがない、という気がします。だから、かなり現実離れした事件であっても そこに存在していることに わざとらしさがないし、事件に関わる人間たちに対しても、フラットに説教臭くならずに一定の距離を置いて向かい合うことが出来ているのではないか、と。
横溝さんが生み出したもう一人の名探偵・金田一耕助は、(ドラマや映画で金田一を演じた石坂浩二さんや古谷一行さんの印象が強いせいかもしれないですが)事件にどっぷりと浸かって犯人との距離を埋めようと藻掻(もが)く人間臭さがあるような気がしますが、原作はどうかわからないけれども、少なくとも吉川さんの演じる由利麟太郎は、必要以上に事件に踏み込まず、自分の感情をあえて封印して事件を客観的に観察して解いて行く、ウエットになりすぎないところに魅力があるし、それは吉川さんによく合っているように思います。

助手・三津木俊助(志尊淳)は、寡黙な由利の代弁者。 みかけは頼りなさげ(失礼w )だけれど、かなり才能があるのが言葉や行動力から見て取れます。由利を素直に敬愛しているし、由利よりも犯人に近づくことにあまりためらいがない。由利より随分年下だけれども、世間慣れしている感じ。志尊くんは切れ味鋭い都会的な青年、と言うより、柔らかくて温かみがあって人懐っこそうなところがあり、ぶっきらぼうで取っつきにくい雰囲気の由利(を演じる吉川さん)とのバディは、とてもバランスが良くて、観ていて楽しかったです。

二人に手を貸す警察側の人間が、京都府警の等々力警部(田辺誠一)。メガネにウェービーヘア、たいやきが大好物、というと、ちょっとおちゃらけてるキャラか、とも思いますが、仕事はいたって真面目だし、部下への指示もテキパキしていて、なかなか使えるw。
田辺さんは本当にさまざま役を演じて来ていますが、刑事役というのは特に 最初からきっちりとキャラが出来上がっているということが少ないように思われます。手探りでじっくりと役を作り上げて行く感じで、ファンとしては少しじれったく思うこともあるのですが、今回は、最初からキャラがしっかりと安定して揺らぎなく役に入り込んでいて、ちょっと驚きました。
(いやいや、今回だけでなく、最近の田辺さんは、どんな役でも最初からすんなりと躊躇(ちゅうちょ)なく役に入り込んでいるように思える・・ってのは、ファンとしてのひいき目でしょうか。w)
ゆりりん・トドと呼び合う由利とバディを組む3話は、特に、二人の過去話などもあり、三津木とは違った由利へのアプローチを見せてくれて、興味深かったです。

由利・三津木・等々力に大阪府警の浅原(板尾創路)らが加わった捜査側はもちろん、「加茂句堂」の女主人(どんぐり)や、事件にかかわる人間を演じる俳優さんたち(新川優愛中村育二佐戸井けん太水上京香赤楚衛二・尾上寛之・村川絵梨浅利陽介高岡早紀大鶴義丹・鈴木一真他)のいい意味でのレトロ感ある持ち味、事件そのものも今の時代から少し距離を置いていたこと、等に、制作側の横溝作品へのリスペクトが感じられたことも嬉しかったです。

ただ、こういうドラマではおそらく最も重要なことのようにも思うのですが・・
4つの事件それぞれに、何故そうなってしまったのか、何故そうしなければならなかったのか、という、言わば「事件の必然性」や、そこに潜む犯罪者たちの切なさ、切羽詰まった苦しさが、もっと観る側に強く伝わって来て欲しかった気がします。せっかく時代を超越して横溝正史の世界観をうまく作り出せても、事件そのものに観る者を引き付けるだけの魅力(説得力)がないと同情や共感を得ることは難しいし、事件や犯人との近づきがたさを生んでしまうことも否めない・・下手をするとただの絵空事になってしまいかねない・・そこをどう埋めて行くか、という作業がとても大事なのではないか、と。
必ずしも現実的である必要はないし、夢物語であってもいいのだけれども、いつの時代にも通じる横溝作品特有の「人間の業(ごう)」といったものが、ミステリーとしての奥深さやトリックの妙味という味付けを伴って観る者の心に染み入る・・そうして次第に由利たちの棲む世界に引きずり込まれて行く・・そういった一種の‘魔法’のような魅惑的な吸引力が不足していたのではないか。そんなふうに感じられてしまったことがとても残念でした。
吉川さんを始めとするレギュラーメンバーも、京都をロケ地に選んだことも、非常に味わい深くて、全体の空気感も素晴らしいので、このまま終わらせるのはもったいないです。
事件を起こさなければならなかった人間たちの「止むに止まれぬ切ない想い」をもっともっと掘り下げて、2時間ドラマとして再挑戦して頂きたい、と願っています。


『探偵 由利麟太郎』    
放送:2020年6月16日 - 7月14日 毎週火曜 21:00 - 21:54 カンテレ
原作:横溝正史 脚本:小林弘利 仲井陽(3話) プロデュース・演出:木村弥寿彦
音楽:ワンミュージック テーマ曲:吉川晃司「Brave Arrow」「焚き火」
プロデューサー:萩原崇 森井敦 福島一貴
制作協力:東映京都撮影所 製作:関西テレビ放送(カンテレ)
出演:吉川晃司 志尊淳 田辺誠一
板尾創路 どんぐり 木本武宏
新川優愛  長田成哉 中村育二 佐戸井けん太 
水上京香 赤楚衛二 尾上寛之 村川絵梨 浅利陽介
高岡早紀 大鶴義丹 鈴木一真 他
公式サイト