『地の塩』(第4話=最終回)感想

『地の塩』(第4話=最終回)感想 【ネタバレあり】

塩名遺跡の発掘を再開してほどなく、
神村(大泉洋)は、
今度こそ本物の前期旧石器時代の人骨と石器を発見します。
最初、私には、そのあたりの流れが
いかにもご都合主義に感じられたのですが、
でも、本当に神村の言うとおり 「あと少し」の時間があれば、
前期旧石器時代 日本に人類が存在した、という
桧山(津嘉山正種)の学説が正しいと証明されたはずだったんだ、
この「あと少し」の時間が欲しくて神村は捏造したんだ、と考えると、
何だかちょっと切ない気持ちにもなりました。

この発見により、
塩名遺跡は間違いなく前期旧石器時代に人類が存在した地として
歴史に名を刻むことになり、
里奈が手掛けた教科書も、どこよりも先んじて「正しい歴史」を載せた、
ということになったわけですが・・

その大偉業に比べれば、
神村のやったことは、本当に微々たる嘘でしかないのかもしれない。
「本物」を見つけ出すまでのほんのわずかな時間、
その時間を‘作り出さなければ’遺物は発見出来なかった、
そこに間違いなくある「真実」を掘り出すために、
あとほんの少しの時間が必要だった・・
それは、長い長い歴史から見ればほんの一瞬の出来事、
わずかな時間差・・
そこに潜むほんのかすかな嘘なんて、
未来の人たちは気づくはずもない。 それでも・・


大きな真実を認めさせるためについた小さな嘘。
この「嘘」の切ないところは、
神村に、一切の欲がなかったところだと思います。
沢渡(陣内孝則)は言うに及ばず、
桧山(津嘉山)でさえ名誉欲があった、
里奈(松雪泰子)でさえ塩名の人たちのことを思って心が揺れた。
しかし、神村の考古学への姿勢には、
そんな人間らしい俗っぽさや しがらみが まったく感じられない。

純粋に考古学を愛し、土の下から「正しい歴史」を掘り起こす、
ただそれだけをひたすら追求していた。
他に欲しいものなど彼には何もなかったんですよね。
だからこそ、捏造してでも、正しいものを正しいと認めさせたかった・・

そして、そのわずかな嘘のおかげで、彼の正しさは証明された。
正しい歴史が拓けた――

だけど、もしかしたら、
そのわずかな嘘を もっとも赦(ゆる)せなかったのも、
神村その人だったんじゃないでしょうか。
塩名遺跡で神村が里奈に言った「真実は作るものです」という言葉。
その裏にある‘まやかし’に一番心を痛めていたのは、
実は、彼自身であったような気がしてならない。

神に愛された人間は、
たとえ己(おのれ)の正しさを証明するためであっても
嘘をついてはいけない・・
そう信じ、そう生きようとし、そう生きられず、
葛藤し一番苦しんでいたのは、彼だったのではないか、と。


神村の嘘は、柏田(板尾創路)という悪魔を目覚めさせた。
大事な弟子(田中圭)を人質に取られたのは、
彼にとって、自分を傷つけられるより辛かったはずです。

国松(きたろう)を殺した柏田が、
馬場(田中)を連れ去り 暴行したと知った時、
神村は、改めて
自分の嘘が招いた罪の深さを思い知らされたのではないか・・
そして、柏田が自分を襲って来た時、
それが、自分のやったことに対する罰にも思えたのじゃないか・・
(柏田に二度‘手’を傷つけられたのは象徴的な気がします)

最初、私は、エンターテインメントとして視聴者の興味をひくために
柏田という殺人鬼を登場させたと思っていたのですが、
最終回を観終わって改めて考えると、
柏田という「異物」がこのドラマに放たれた理由は、
そこ(‘神村の嘘’に対する‘神の罰’)にあるような気がしてなりません。


一年後、
いずこか知らぬ土地を歩く神村が、
なぜあんなに穏やかな顔でいられたのか――

彼は、神の子として「地の塩」になることは出来なかったけれども、
罪を懺悔することで、考古学者として正しく生きる道を拓くことが出来た、
だからなのかな、という気がしました。
そういう目で見たせいか、
彼の後ろ姿が、インディージョーンズのようにも感じられました。

     **

『地の塩』4話全編を通して、非常に面白く観ました。
脚本(井上由美子)のうまさ、演出(鈴木浩介・権野元)のうまさが、
随所に感じられた作品でした。
音楽(村松崇継)も素晴らしかったです。

特に最終回は、宗教色が濃く感じられ、
神村の心の底を覗き込まされているような気持ちになりました。


その神村を演じた大泉洋さん。
以前から好きな俳優さんだったのですが、
今回はもう決定的に惚れ込んでしまいました、
この複雑な役を、よくもまあ最後まで全(まっと)うしたものだな、と。
人間的な温かみや人馴れしたところがありつつ、
一切の驕(おご)りも欲も業(ごう)も歪(ゆが)みも感じさせない、
捏造という嘘さえも、一種崇高なものとして伝えられる、
神村の研究者としての奥行の深さを、
ここまで徹底的に演じてくれるとは思わなかった。
3話の里奈との会話や4話のスピーチには濁(にご)りがなくて、
すーっと心に入って来て、驚きました。

『リーガルハイ』や『半沢直樹』の時の堺雅人さんに似た、
虚構のドラマを 力づくでリアルに変えることが出来る貴重な俳優さん。
いやはや脱帽です。次の作品が楽しみです。


松雪泰子さん。
「誰も幸せにならない真実を暴く必要なんてあるのかな」という言葉に、
少しの嘘も赦さない里奈が内面に持つ‘やわらかい心’が
ふわりと浮き立って来て、
いかにも松雪さんらしい清らかさがにじみ出ていたように感じました。

里奈は、もっとも「地の塩」に近い存在だったのかもしれません。
そんな人だから、ひょっとしたら神村は、心の奥底では
彼女に自分の罪を暴いて欲しかったのかもしれない・・
なんてことを私が考えてしまったのは、
里奈を演じた松雪さんの持つ 清涼な空気感によるところが
大きかった気がします。

父親(勝部演之)や元夫(袴田吉彦)との
べったりにならない距離感も良かったです。
新谷(袴田)が自分の近くにいることを徐々に許すようになるあたりは、
里奈が、神村の嘘の意味を深く考え続けたことから繋がっている、
そのなめらかな受容もまた心地良かったです。

でもね〜、
今回や『ガリレオ容疑者Xの献身』みたいな役も良いですが、
この人のはっちゃけた役もたまには観てみたいんですよね、
いまだに『DRIVE』(SABU監督)の松雪さんが忘れられない身としては。


板尾創路さん。
正直なところ、ドラマの流れとしては、
神村と殺人犯・柏田(板尾)を絡ませる、というのは、
最後まで、どこか少し無理があったかな、という気もしますし、
この役は、神村を演じた大泉さんとは別の意味で、
心の動きを違和感なく作り上げるのが
非常に難しかったんじゃないか、とも思います。

でも、↑で書いたように、柏田が神村の罪を罰する神からの使い
のような存在だったら・・と想像してみた時、
私としては、大泉さんと対立する位置に板尾さんが配されたことが、
非常に興味深く感じられたのですよね。

俳優としての板尾さんって、
何となく観る側に単純な読み方をさせないような空気感があって、
得体が知れない雰囲気を持っている。
そのあたりが、今回の役にうまくはまった気がします。


田中圭さん。
神村への疑念をもちながらも、
柏田の暴行に屈しないことで神村を裏切らない姿勢を貫く、
その彼のまっすぐさが‘嘘’を背負った神村と対照的で、
神村の屈折を浮かび上がらせる効果があったような気がします。
くせのある役も多い田中さんですが、
今回のようなまっすぐな役も、前に出過ぎず嫌味なく演じられる、
ワキで光るいい俳優さんだな、と思いました。


陣内孝則さん。
この人のアクの強さが私はちょっと苦手だったのですが、
今回は、抑え気味に裏工作に長けた人間の昏(くら)さを表現していて、
興味深かったです。
桧山の絶大な信頼を得ている神村に対する密かな嫉妬や、
養母に育てられ、自分がどこから来たのか興味を持つようになった、
という里奈へのさりげない語りかけの中に、
沢渡の芯になる部分が浮き出て来て、
そこに陣内さんの独特の色味が加わることによって、
役としても魅力的になった気がします。


袴田吉彦さん。
里奈の元夫で毎朝新聞社の記者・新谷。
このあたりの役に袴田さんクラスの俳優さんが入ると
ドラマがグッと締まります。
里奈や娘・亜子との距離が徐々に縮まって行く様子に無理がなくて、
いつポキンと気持ちが折れてしまうか心配だった里奈の今後も、
この人がいれば大丈夫、という気がして、何だかホッとしました。


大野百花さん。
新谷と里奈のひとり娘。
大野さんのセリフがものすごく自然でびっくりしました。
里奈の娘とは思えない明るさやズバッと切り込むような物言いは、
父親似なのかな、なんて、あれこれ想像したくなるような
いい役に育っていたように思います。


朝加真由美さん。
神村の母・悦子。この役も、非常に印象的でした。
いつもの手話ではなく、たどたどしい言葉で
「母ちゃんはおまえを信じてる」と息子の手をさすりながら話す、
その姿にホロッとさせられました。
シャキッとした役も、こういったすこし陰影のある役も自在にこなす、
朝加さん、もうすっかり魅力的なお母さん女優ですね。


他に、津嘉山正種さん、きたろうさん、岩崎ひろみさん、勝部演之さん、
原崎健三さん、並樹史朗さん、増澤ノゾムさん、おかやまはじめさん
等々、それぞれにしっかりした役作りで、頼もしかったです。


田辺誠一さん。
捏造問題には直接関係ないポジションだったのですが、
脚本や演出に揺れやブレがなく、キャラ設定がきちんと出来ていたので、
安心して観続けることが出来ました。

最初の出(キャパ嬢とベッドの上でのやりとり)のインパクトに比べると、
徐々におとなしくなってしまった感は否めませんが、
それでも、13年間背負って来た雪辱を果たそうとする刑事としての姿、
特に、3話の里奈との会話や 最終回の神村を語る姿には、
行永という人間が蓄積してきた想いや感情が無理なく詰まっていたし、
酸いも甘いも噛み分けた大人としての自然な深さが
言葉の端々ににじみ出ていて、
観ていてすごく惹かれるものがありました。

もう15年以上この俳優さんを観続けていますが、
若い頃に感じられた 演じる上での痛々しさみたいなものが
いつのまにかゆるやかに払拭(ふっしょく)されて、
豊かで細やかな感情を表現出来る頼もしい俳優さんになったなぁ、
と、嬉しくもあり、感慨深くもあり。

でもきっと、彼の中には、ちゃんと棘がある、
求められれば、いつでも牙をむく用意が出来ている・・
そういう危うくて鋭利な俳優・田辺誠一がまたいつか観られることを、
ちょっと期待したりもしている私です。



『地の塩』     
放送日時:2014年2月16日-毎週日曜 22:00-(WOWOW
脚本:井上由美子/演出:鈴木浩介 演出補:権野元/音楽:村松崇継
プロデュース:青木泰憲 河角直樹 制作協力:国際放映
キャスト:大泉洋 松雪泰子 田辺誠一 田中圭 板尾創路 陣内孝則
袴田吉彦 岩崎ひろみ 勝部演之 朝加真由美 大野百花 河原崎健三 きたろう 津嘉山正種   『地の塩』公式サイト