『いのうえ歌舞伎☆號 IZO』:5(パンフレット)

『いのうえ歌舞伎☆號 IZO』:5(パンフレット)
お約束の『IZO』パンフレットについて、
印象に残っていることを簡単に書いてみたいと思います。


メタルな表紙、全ページモノトーンの64ページ。
荒神』のパンフのような楽しさやかっこよさはないですが、
(写真は、みんな怖い顔してるし〜・・笑)
メインキャストのインタビュー、過去の自分と今の自分の往復書簡、
ゆかりの人からの一言、などは、なかなか読み応えがありました。


特に印象に残った言葉、ふたつ。

☆――「戯曲や脚本には、台詞とト書きが書かれている。
けれど、そのすべてを表現しても、
それだけで≪芝居の時間≫が埋まるものではない。
書かれてはいない≪何か≫をすることを俳優は求められ、
その≪何か≫こそが、俳優の真贋を問う大きな仕事なのだ。…」
     フリーライター尾上そらさんの、木場勝己さんへのメッセージより)

こういう文章を読むと、背中がゾクゾクします。
俳優というものの価値は、まさにそこにあるんじゃないか、と思うので。
石投げられるの覚悟で言うと(笑)
私が、昨年の作品の中で、一番その≪何か≫を田辺さんに感じたのは、
肩ごしの恋人』の柿崎でした。(だから、石投げちゃダメだって!笑)


☆――「…ある人の話によると、“人間何回目か説”というのがあるとか。…
その説からいえば僕は絶対人間1回目やと思うんです。
その前はきっと犬。(笑)
以蔵も間違いなく1回目。新兵衛は2回目で、このふたりの違いはそこ。
武市先生は5回ぐらい、龍馬は30回ぐらいやっていて、
もう達観しているのではないかと。…」
                         山内圭哉さんのインタビューより) 

いや、これ読んで、いっぺんに山内さんが好きになりました。(笑)
すごい!こういう見方もあるんだ!と、目からウロコ。
武市は5回で龍馬は30回、って、
なんだかものすごく説得力があるなぁ!
演じてる俳優さんにも通じてないか?とか思ったり。(笑)


田辺さんのインタビューで印象的だったのは、

☆――「…今、中国や韓国の映画に勢いがあるのは、
背負っているものがあるからだと思うんです。
宗教であるとか、家族であるとか、友情であるとか、経済的なこととか。
生きるために背負っているものが設定としてあるから、
受けるんだと思うんですけれど。…」

この視点、というのは、
演技者ではなくて、制作者のものなんでしょうね。
こういう考え方、捉え方、が、俳優でもある田辺さんの中にある、
というのが、すごく興味深かった。
そうかぁ、最近のドラマが薄っぺらなのは、
何のために生きているか、という確かな荷物を
役に背負わせていないから、なのかもしれないなぁ。


☆――「…怒る以外の感情、例えばうれしいとか、高揚しているとか、
人間っぽい感情を何ヶ所か、印象的な入れ方ができるといいですね。…」

これは、武市半平太の役作りの話。
このあたりをどうするか、ということを、
田辺さんも考えていたんだなぁ、と、何だかすごく嬉しかったです。

  ☆「 」内は『いのうえ歌舞伎☆號IZO』パンフレットより引用(…は省略部分)


≪私への往復書簡≫は、いかにも田辺さんらしい内容。
武市のおもいっきりコワイお顔と同じページに、
すすめ!!パイレーツ」や「マカロニほうれん荘」の話が
出て来ちゃうのがまた・・(笑)
他の人たちが、皆、比較的真面目に「過去の私より」「今の私より」
を書いてる中で、
こういうユーモアたっぷりの一捻り(ひとひねり)ある文章を書ける、
というのが、田辺さんの楽しさ、なんですよね〜。(笑)


橋口亮輔監督からのメッセージは、
ハッシュ!』で築いたものの確かさを、
改めて再確認させられたような気がしました。
いかにも橋口さんらしい切り口で、
ちょっとスパイスが効いてる感じも、あいかわらずだなぁ。(笑)
今の田辺さんをメインで使うとしたら、
橋口さんは、どんな役を与えるんだろう、なんてことを、
ふと考えてしまいました。