『いのうえ歌舞伎☆號 IZO』:6(翔のモノローグ)

『いのうえ歌舞伎☆號 IZO』:6(翔のモノローグ) 
――ここにいるよ! ねぇ、先生、俺はいつでもあんたの傍にいるよ!

――気づいてよ! 気づいて、また頭を撫でてよ!

――そしたら俺はあんたのために、どんなことでもするから!


以蔵(森田剛)の、
武市(田辺誠一)に対するひたむきで真剣な想いの中身は、
いったいどんなものだったのだろう?
自分を拾ってくれて、
剣でしか生きられない自分に生きる場所を与えてくれて、
おまえの力が必要だ、と言ってくれた人に向かって放たれた「想い」は・・・


武市に自分の気持ちをぶつけようとしているわけでも、
武市の愛情を求めているわけでもなくて、
ただ、犬のように、ひたすら、
自分に声を掛けてくれることを待って、待って・・
以蔵はきっと、見捨てられるのが怖かったのかもしれない。

ただ、存在を受け止めてくれるだけでよかった、
すぐ傍にいること、その足元で尻尾を振り続けること、を
許してくれるだけでよかった、
そしたら、他には何もいらなかったのに・・


キャンキャンと、ク〜ンク〜ンと、
以蔵はまた、武市の足元にまとわりつく。
ひょっとしたら、見上げた先にいる背の高い男は、
自分のことなど、まったく眼中にないのかもしれない、と。
そのことが不安で不安で、
人を斬っても斬っても、その不安は埋まらなくて・・

もっともっと近づきたい! もっともっと傍にいたい!
誰よりも、何よりも、一番に!

武市が上へ上へ登り詰めて行くのとは反対に、
どんどん痩せこけて、ひねくれて、落ちるところまで堕ちて堕ちて、
身も心もボロ切れのようになった以蔵は、
それでも、冴え冴えとした澄んだ眼で、まっすぐに武市を見つめ続ける。

足蹴にされても、罵(ののし)られても、裏切られても、
殺されそうになっても、それでも武市を憎まずに、怨まずに・・
狂犬と呼ばれて、返り血で全身を真っ赤に穢(けが)して、
それでも一途にひたすらに、武市に向ける視線だけは、
なぜあんなにまっすぐなのか。


―――だって、「この人」と決めてしまった。
この人に付いて行く、と、この人のためなら何でもする、と、
そう決めてしまった。

自分の「剣」に意味を持たせてくれた、魂の恩人。
「自分の剣で、この人の<大望>を叶えさせてやりたい!」と、
そう夢見させてくれた、唯一の人。
だから、他の誰かに替えられるはずもない、
この人でなければ・・武市半平太でなければダメなんだ!!


―――犬は、決して飼い主を裏切らない。

最期の最期まで、武市を見る以蔵の眼はまっすぐだった、
同じ「逝く身」となった武市が、
ついにその視線を外すことが出来なかったほどに――――