『風林火山』(第10・11回)感想

風林火山』(第10・11回)感想
ん〜〜、こういう密度の濃いドラマの感想を2話分書かなきゃならない、
ってのは、本当にしんどいですね。(苦笑)
どこをどう切っても面白いシーンばかりなので、
とりあえず、気がついたところから、
かたっぱしから書いて行こうと思います。


▼まず、勘助(内野聖陽)ですが。
武田家の動きが風雲急を告げているので、
どうしても脇に置かれた感はありますが、
私は内野聖陽という人の、
眼光ひとつで繊細な感情を表現してしまうような、
研ぎ澄まされた俳優としての感覚がとても好きだ、ということに、
この山本勘助という役を通して、初めて気づきました。(笑)


10話で、庵原忠胤(石橋蓮司)から
信虎(仲代達矢)を駿府に連れ帰る役目を与えられた勘助の、
冴え冴えとした、邪心のない青みがかった眼を観た時に、
この人の「信虎への怨み」は、やはり、
あの晴信の一閃で斬り落とされたのだなぁ、と、思いました。
そういう思いをずっと抱いていたので、
11話で、いざ信虎を駿府に連れ帰る段になって、
ミツ(貫地谷しほり)の眼帯に替えた時も、
私には、どうしても、「あわよくば怨みを晴らしてやろう」という
勘助個人の「信虎憎し」の感情が入っているとは思えなくて、
むしろ、ミツに、信虎の滅び行くさまを見せたい、という
「愛ゆえの行為」というか、そういう気がしてしまって。


「殺気が感じられる」と信虎に言われた時も、
それは、勘助自身ではなく
「ミツの無念」が感じさせたものではなかったか、とか・・
また、信虎と剣を交えた時も、
自分の怨みから来る醜い刃ではなく、ミツへの「愛の証」としての
浄化された刃ではなかったか、とか・・
しかし、切り結ぶうちに、
少しずつ自分自身の怨念が湧き出て来そうになる、
その既(すんで)のところで、青木大膳(四方堂亘)に先を越されて、
我に返ったのではないか、とか・・
そんなことを感じたのですが、さて、本当のところはどうでしょうか。


▼武田勢では、何と言っても、信繁(嘉島典俊)にやられてしまいました。
何なの? 伝統ある歌舞伎座大衆演劇が殴り込みを掛けた!
みたいなあの緊迫感は。(笑)
あのチビ玉くんが、
こんなに大きくなっていたことだけでもびっくりなのに(笑)
これだけ堂々たる存在感を見せつけてくれると、
なんだか感無量のものがあります。


晴信(市川亀治郎)に頭を下げるシーンなどは、
これはもう、まさしく大衆演劇や歌舞伎の世話物のような、
義理人情の世界。
嘉島さん、さすがに台詞の切れも良く、感情の揺れの見せ方もうまくて、
亀治郎さんともども、
非常に出来の良い舞台を見せられているような気分になりました。


あと、信虎追放のシーン、
晴信から順に信虎に背を向けるのですが、
最後に残った信繁が、少し間をおいて、きっぱりと踵を返すところ、
何だか背筋がゾクゾクしました。
私が、完璧に信繁(を演じている嘉島さん)に惚れた瞬間でした。(笑)


▼信虎の気持ちというのは、とても複雑ですね。
今川義元谷原章介)や雪斎(伊武雅刀)の前で、
晴信について語る信虎には、
晴信の行く末を心配する、父親としての自然な感情が
滲み出ていたように感じられました。
そういうやわらかな気持ちを、
自分がはっきりと晴信の上に立ったという確信を持てた時にしか出せない、
というのが、信虎の不憫なところ、と言えるのかもしれません。

そんな信虎の感情にふと気づく義元、という、
ほんのちょっとのシーンも好きでした。
谷原さん、あいかわらず揺らぎがありません。


ただ、前々から気になっていたのですが、
脚本の段階での信虎の描き方については、消化不良の感があるのではないか
という気がしました。
観る側としては、
「信虎が追放されたのは、嫡男・晴信との親子関係に問題があったから」
というような短絡的な捉え方をしかねないのではないか、と。
確かに、この時代、跡継ぎ問題というのは、
国の存続そのものを揺るがす大問題ではあるのですが、
もちろん、それだけのために信虎が追放されたわけではなく、
領民の苦しみを理解せず、ひたすら領地拡大を狙って周囲に戦争を仕掛けた
信虎の独裁政治に対する不満が、
跡継ぎ問題と絡み合って、クーデターに繋がった、
そのあたりを、甘利(竜雷太)ら家臣の言葉だけでなく、
具体的に「場面」として描かれていたら
(最初の頃の葛笠村の描写だけじゃ足りない)
こちらに、さらに響いて来たものがあったのではないか、と思いました。


▼さて、今回見せ場もあった小山田信有(田辺誠一)。
うーん、半眼のまま無言で話を聞いてる信有の醸し出す雰囲気が、
めちゃくちゃ好きだわ。(笑)
でも、いざ言葉を発すると、
脚本が描いた「小山田信有という役そのものの魅力」に
負けてしまっていたように感じられました。
(信有が領主である)郡内が、
武田にとってどれだけ大きい立場にあるのか、
今川の動向に影響を及ぼすほどの力が、郡内領主にはある、
そういう力を持った自分が、信虎には付かない、という意思表示、
いざとなったら信繁を殺すだけの覚悟が、晴信にあるかないか、の確認、
ふすまの後ろに控える家臣の存在を見抜く洞察力・・・・
そこに描かれた信有の姿は、他の家臣とはまったく立ち位置の違う、
晴信と同じ、生まれながらに人を統べる立場にある人間の、
ある種の「有無を言わせぬ強さ」を感じさせなくてはならない
と思うのですが、
少なくとも私には、演じている田辺さんに、
正直、そこまでの「高い目線」を感じることが出来ませんでした。
(あくまで私個人の感覚です)
台詞にメリハリが足りなくて、一定のテンションで通してしまっているので
非常に大事なことを言っているにも拘(かか)わらず、
観ているこちら側に、
話している内容の深さが十分に伝わって来ないのですよね。
それでも、あのシーンがちゃんと「信有のもの」になったのは、
確かに、演じている田辺さんの魅力もあったでしょうが、
それよりも、脚本と演出の力が より大きかった、という気がします。

まぁでも、そういうふうに、
どこか無理に背伸びをして、なのに充足しない、
かと思えば、一方で、役をとんでもない方向に膨らませることも出来る、
そういう、田辺誠一という俳優の「すっぽりと役に収まりきらない」感が、
私は、大好きでもあるわけですが。(笑)


話がそれますが、
信有が、どこにも逃げ道のない役である、ということが、
私としてはとても嬉しいです。
ともするとお笑い方向に走ったり、
何かやろうとしたりする田辺さんですが(笑)
さすがにこの役は、そういうところに逃げることが出来なくて、
余裕もゆとりも遊びもなく、ひたすら生真面目に、役に向かっている。
今はまだ、信有という役そのものの魅力と、
せいぜい互角の勝負でしかないけれども、
いつか、今よりもっともっと明確に
田辺誠一が描き出す、田辺誠一ゆえの小山田信有」を観ることが出来る、
と、そう信じて疑わない自分がいるのも確かなので、
これからの展開を、楽しもうと思います。
少なくとも、脚本や演出は、
田辺さんに求めているものが一貫して揺らがない。
その期待に十分に応え、
さらに、求められた以上の信有に仕上げられるかどうか、は、
まだまだ「修行中の身」の田辺誠一次第、ということなのでしょうから。
(久々に挑発してます〜笑)