フリック(talk)

2005・1公開
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。


夢:ん~・・・・・・つくづく難解な映画だったね。
翔:・・・・・そうだね。
夢:初見の時、翔は、小林政広監督と主役の香川照之さんに心を占領されてしまって、田辺さんにまで気持ちが辿り着かなかった、って言ってたけど?(笑)
翔:三度観て、三度とも違うものを受け取ったような気がしたから。 もう、ドキドキしながら、ズキズキしながら、とにかく、小林監督がばらまいたパズルを組み立てることに夢中になってしまった。 結局、監督の術中に嵌(は)まってしまった、ということなんだろうけど、それが何とも不思議な心地良さだったので。 
  確かに難しい映画なんだけど、その難しさに嵌まって抜けられなくなるような・・・意図を読めば読むほど、どんどん深酔いするような・・・でもそれが不快ではないような・・・とにかく不思議な魅力に満ちた映画だったんだよね、私にとっては。
夢:うーん、そうか。
翔:こんなふうに、映画から伝わる何もかもすべてを肯定しようと思わされた監督は、私にとっては、あとは橋口亮輔監督(@ハッシュ!)しかいない。 たぶんもうひとり、原一男監督もそうなるんじゃないか、という予感があるけど、残念ながらまだ『またの日の知華』を観ていないので・・・・
夢:小林監督と橋口監督(とおそらく原監督)に対しては、なぜそう思うんだろう? 他の監督とどこが違うの?
翔:何だろう・・・「映画」というものに「裸の自分」を全部晒(さら)してしまっている、と感じられるからかな。 逃げ場のない、身を削(けず)るようなギリギリの激しさ・厳しさを、自分の中に内包している・・・それを自分の映画に何とかして解放しようとしている・・・というような、切羽詰った痛々しさを感じてしまうので。 ―― もちろん、私が勝手に、ではあるけれど。
夢:うーん・・・・
翔:そういう人の作品に主演する、って、ある意味、すごく大きなものを背負わされるんじゃないか、という気がするので、本当に大変だろうなぁ、と思うんだけど。
夢:・・・・うんうん。
翔:主役の香川照之さんが、また、とても難しい役を与えられながら、ものすごく魅力的で、演技から醸(かも)し出されるものが味わい深くて、濃くて、否応なく彼に夢中にさせられてしまったんだよね。
  『ハッシュ!』で、橋口さんの期待に応えるのに精一杯だったように見えた(あくまで私見)田辺さんに比べると、さすがに香川さんは、俳優として監督と闘いつつも、最高の理解者でもあった、それだけの余裕があった、と、そんな気がしたので。 
夢:・・・・なるほどねぇ、それだけ小林監督と香川さんに夢中になってしまったら、田辺さんにまで気持ちが向かなかったのも仕方ないか。(笑)
翔:(笑) ・・・・・あ、いや、もちろん、『ハッシュ!』で田辺さんが見せてくれたものは、あの時点での俳優・田辺の最高のものだった、と思っているし、今回の香川さんとは逆に、あの時、おそらく、橋口監督の最高の理解者となり得なかっただろう田辺誠一が、なり得なかったゆえに、私は好きなのだ、とも思うけれどもね。
夢・・・・・うーん、うーん・・・・・
翔:・・・・ああ、また、分かりにくいこと言ってるよね、ごめん。(苦笑)
★    ★    ★
夢:作品の内容については、DVDを最初に観た時の 翔の推理が、かなりディープだったよね。 さっき翔が言ったように、3回鑑賞して、3回感想を書いて、それらがみんな、ちょっとずつ視点が変化してるあたりとか。(BBSpickup参照) そのあたりを、もうちょっと具体的に訊きたいんだけど。
翔:いや、あの推理(感想)も、結局は、私の妄想や空想の範囲でしかないんだけどね。 なんだか、1シーン1シーンに、いろんな仕掛けが潜んでいて、スーッと素通り出来ない感じがしたから。 1カット1カット全部「意味」があるように思えてしまって、そういうところを自分なりに読み解こうとすることが、すごく苦しいけど楽しい、みたいな・・・
夢:うんうん。
翔:カメラがまた、1シーン1シーン、ほとんど動かないし、「引き」で撮っていることが多いので、登場人物の表情がほとんど見えない。 ものすごく不親切な感じもしたけれど、むしろ、風景に溶け込んだ人物と そこにかぶさる声によって、かえって、観ている側としては、いろいろな空想を働かすことが出来たのかな、という気もする。 
夢:うーん、なるほど。
翔:アップの意味、カメラの動きの意味が、他の映画より、ずっと深くなっていたように思えて。 その真骨頂が、バーでの村田(香川照之)の度重なるアップだったり、伸子(大塚寧々)の部屋で村田が刑事としての妄想から解き放たれた(もっとも事件の真相に近づいた?)瞬間の微妙な揺れだったり、滑川(田辺誠一)の振り返りショットだったりするわけで。
夢:うん。
翔:映像そのものも、どこかうら悲しい苫小牧の町と、突然出現する伸子の店が、何とも好対照、というか、どちらもものすごく魅力的で、それもまた、すごく心に響くものがあったし。
夢:寧々さんがまた、すごく素敵で・・・
翔:寧々さんと香川さんと田辺さんがあの店に一緒にいる、というだけで嬉しかった、というのはあるよね。(笑)
夢:ほんとほんと。(笑)
翔:まぁ、そんなミーハーなことも含めて、この映画のことをあれこれ深く考え始めた時には、もう、私は自分から、小林監督の虜(とりこ)になろうとしていたのかもしれないけど。(笑)
夢:・・・ん~、そうか。 じゃあ、ひょっとして、あたしもそうなのかも。(笑) 
―――で、今回、改めて観直して、何か新たに感じるものはあった?
翔:第1章で、「ひょっとしたら」「もしかして」と感じたものが、第2章で、どんどん村田の妄想に繋がって行った、という感じがしたんだけど・・・
  「推理」として、あらゆる可能性を考えることが、刑事としての仕事ではあるけれど、それが推理なのか、妄想なのか、というのは、そこに現実に残されたもの(たとえば死体)があるかないか、だけの違いなのかもしれない、刑事にとっては。
夢:え?それはどういう・・・?
翔:たとえば、彼が妻殺しの犯人を射殺した時、窓の外を人影が通ったような気がした、とか、楠田健一(村上連)はどうやってあそこまで行ったのか、とか、滑川が部屋にいなかったのはなぜか、とか、ちょっと心に引っ掛かったことが、何か大きな意味のあることに思えてしまう。 そこから、どんどん妄想が広がって行く。
夢:うん。
翔:それは、でも、刑事としては、「推理」と言ってもいいものなんだよね。 ひょっとしたら、そういう推理(妄想)を いくつもいくつも積み上げることで、その隙間(すきま)から真実が見つかるかもしれないわけだから。
夢:うん。
翔:で、村田の場合、そういう、刑事としての一種のサガが、事件の「真実」を勝手に妄想したり、最終的には、事件を捏造(ねつぞう)するところまで追い詰められてしまったのかな、と。
夢:ねつぞう・・・・
翔:そう。 だから、第2章は、村田の頭の中で組み立てられた「推理」という名の妄想であり、捏造でもあるんじゃないか・・・佐伯(田中隆三)言うところの「真実なんてもんはいくらでも存在する」という部分が、この第2章なんじゃないか、と。
夢:・・・・・・・・
翔:で、この第2章をスッパリ切り取って、第1章とエピローグを繋げてみると、何が現実に起こったことで、何が村田の幻想・妄想(あるいは推理)だったのか、が、見えて来るような気がした・・・あくまで、私の空想として、だけど。
夢:現実に起こったこと・・・?
翔:村田の妻(葉月螢)殺し・楠田美和子(安藤希)猟奇殺人事件・楠田健一の自殺――現実に起こったことはこの3つ・・・とか、その3つを絡(から)ませて複雑にしてしまったのも、「たったひとつの真実」に最も近づいたのも、村田の妄想によるところが大きかった・・・とか。
夢:じゃあ、あの滑川の振り返りショットは、村田の妄想じゃなく、実際にあったこと、なんだね。
翔:いや、だから、ひとつの見方として、そういうこともあるだろう、と。
  まぁ、村田(の推理あるいは妄想)の中では、佐伯が犯人、ということになっているんじゃないか、と思うけれども。 彼を伸子に撃ち殺させることで、村田にとっては、「自分の中の事件」は解決した、ということになったんじゃないか、と思うけどね。
夢:・・・・・・・・
翔:佐伯が本当に死んだのかどうか、というのは、謎のままなんだけれど、それをはっきりさせたところで、あまり意味のないことなんじゃないか、とも思う。 滑川がすべての犯人だったかもしれない、ということも含めてね。 
そのあたりが曖昧(あいまい)なままなのが、妙な浮遊感や違和感に繋がって、逆に面白いとも思えるけれどもね、私としては。
夢:・・・・うーん・・・・
翔:いや、そもそも、村田が、滑川からの携帯のベルで起こされる、というところから・・・最初から全部、村田の妄想(あるいは夢)だった、と言えないこともない・・・つまり、真実の上に村田の妄想が重なり、さらにその上に村田の夢が重なる、という、三重構造になっていたのかもしれないわけだし。
夢:・・・・・・・・・ええっ!?
翔:・・・・・(笑)
★    ★    ★
夢:うーん、あたしも、酔いが回って来たような気がする。(苦笑)
翔:・・・・・(笑)
夢:でも、田辺さんのことを話さなくちゃね。 気を取り直して・・・・
―――さて、今回は、さすがの翔も、田辺さんに言及せざるをえないんじゃないかと思うけど。
翔:はい。(笑)
夢:あたしとしては、田辺さんのロングコートも、タバコをくゆらすところも、すご~く好みだったんだけど。(笑) 
翔:私も、今回観直して、改めて、なんてかっこいい役だったんだろう、 と思った。
夢:そうだよね!田辺さんはかっこよかったよね!・・・・よかったよ、翔がそう思わなかったら どうしようかと思った。(笑)
翔:いや、私だってビジュアルは大事だと思ってるし、ロングコートもタバコも、大好きなアイテムには違いないし。(笑)
夢:うん。(笑)
翔:今回、特に惚れたのは、伸子のスナックでタバコを喫ってるところ。 タバコをはさんでいる指がスッときれいに伸びて口元に来る・・・伏目がちの滑川の顔の前で煙がゆらめく・・・いやもう、堪能させてもらいました。(笑)
夢:うんうん。
翔:滑川という役の作り方にしてもね、演じている田辺さんに、不安やとまどいを感じることがまったくなかった。
夢:うん。
翔:本当の滑川がどんな人間か、というのは、実際にはよく分からないよね。 どこまでが事実で、どこまでが村田の妄想なのか、の判断がつきにくいから。
夢:うん。
翔:だけど、村田の妄想がひどくなるにつれて、村田というフィルターを通して見る滑川は、どんどん恐くなって行く。 見た目とか発する言葉の恐さじゃなくて、ストンと何かが抜け落ちた恐さ。 自分の内面をさらけ出さない、それどころか、どんどん防護壁をはりめぐらせて、正体不明になってしまうところなんか、ほんとに恐かった。
夢:あのラストの不敵な笑みがまた、ねぇ。
翔:そうそう。そこで終わってるからね、滑川は。 その後の真実というか、真相というか、そういうものが何も描かれていないからなおのこと怖かった、というのはあるね。 
  まぁ、それもすべて村田の視線で見た滑川でしかないし、全部妄想だった、ということも言えるのかもしれないけど。 さっきも言ったように、真実<妄想<夢、という三重構造になっていた可能性もあるわけだし。
夢:うーん・・・さっき翔が話した、「曖昧なままなのが、妙な浮遊感や違和感に繋がって、逆に面白いとも思える」というところに通じるのかな。
翔:そうだね。 「村田の眼」あるいは「妄想」というフィルターの向こうにいる滑川でしかない、というところが、もどかしいんだけど、トリップしたような何とも言えない眩暈(めまい)のような感覚もあって・・・
夢:うんうん。
翔:そういう、ちょっと不思議な役を演じている当の田辺誠一の演じ方、としては、やわらかい部分と、どこかきっぱりと強い部分があって、観ていてすごく興味深かった。
夢:きっぱりと強い・・?
翔:同じ「悪」ではあっても、たとえば『らせん』の織田恭助にしても、『サイコメトラーEIJI』の沢木晃にしても、最後の最後には、ある種の弱さをにじませていて、そこがすごく田辺さんらしい、と思ったんだけど、この滑川は、そういう弱さが皆無なんだよね。
私はよく、田辺さんに対して、「強い役をやって欲しい」と言うけど、考えてみたら、これほど強い役は初めて、というぐらいの役だったような気がする。
夢:そうか・・・そうだね、確かに。
翔:香川さんがまた良かったよね。 なんというか、妄想に浸りきった弱々しい感じ・・・ 刑事として、犯人を見つけなければいけない、という義務感が、最後には強迫観念みたいになってしまうところ・・・ 何だかものすごく切なかった。 そういう村田の弱い部分をすくい取ろうとする、ソフトな滑川が、また、とても良かったし。
夢:・・・あの、村田の涙を拭ってあげるシーンね。
翔:はい。 ―――ずっと思ってたんだけど、私は、田辺さんが、年上の人と共演してるのを観るのが好きなんだな。(笑)
夢:あ、そんなことを前にも言ってたね。(笑)
翔:このあいだトークした『笑う三人姉妹』での橋爪功さんにしても、『夢のカリフォルニア』『ラブドガン』の岸部一徳さんにしても、『忠臣蔵~決断の時』の中原丈雄さんにしても、ね。 田辺さんが、誰かにちょっとだけ甘えたり寄り掛かったりしているのを観るのが好きなんだな、と。
夢:『明日の記憶』の渡辺謙さん、とか?
翔:・・・いや、あれは甘えるわけにいかない役だったから。
夢:あ、そうか。(笑)
翔:だけど、今回の村田(香川)に対しては、むしろ逆に、甘えさせてやっている。 何だかそれが、ものすごく私の気持ちを揺さぶってくれたんだよね。
夢:甘えさせてやってる・・・?
翔:そう。 滑川が、年上の村田の支えになる・・・その部分って、この映画の大きなポイントでもあった気がする。 支えだったからこそ、村田は、滑川を疑う自分を、憎むほど追い詰めて追い詰めて、だけど一方で、刑事としての妄想が、滑川を犯人に仕立て上げることを望んでいて。 その板ばさみになってしまったことが、村田にとって、真相を暴くこと=ただ苦しいだけのもの、逃れたいもの、になってしまったのかな、という気もするので。
夢:・・・・村田にとって、滑川って、そこまで重要な人間だったの? あたしはそこまで感じることは出来なかったけど。
翔:いや、それは、私が田辺さんのファンだから、滑川を、この映画にとって より意味のある役だったと考えたい、という、いやらしい心理が働いているのかもしれないけど。(笑)
夢:・・・・・(笑)
翔:ただ、考えてみると、田辺さんって、今までたくさんの俳優さんと共演して来たけれど、相手からちゃんと十分に甘えられている、と感じられたことって ほとんどなかった気がする。
ペット系俳優(って、もはや田辺さんの代名詞みたいに使ってしまってるけど。笑)として、優しく包み込むように接し、それによって相手が心を解(ほど)く、というのは、しょっちゅうあるけれど、何だろう、こんなに最初から最後まで寄り掛かられて、信頼されて、甘えられて、愛されて、しかもそれを揺らぎなく受け止めている、そういう、軸のしっかりした、というか、力強い田辺誠一(の役)というのに、お目に掛かったことがなかった。 だから・・・
夢:うーん、そう言えば確かにそうか。
翔:見た目のかっこよさももちろんなんだけど、こういう映画でそういうところを見せてもらえたことが、すごく嬉しかった。
夢:そうかぁ・・・・うんうん、なるほど、面白いなぁ。
翔:何だか、田辺さん、どんどん変わって行ってるよね。 俳優として求められるものも、演じることでにじみ出て来るものも、歳を重ねるにつれ、どんどん変化して行ってる。 それを観るのが、本当に面白い、と、最近つくづく思うようになった。
夢:最近、まるで何かに急(せ)かされるように、トークを早く前に進めようとしているのは・・・
翔:・・・こういう作品を経て辿り着いた、田辺誠一の「今」を、早く語りたい、と思っているからかもしれないね。