さよなら、クロ(talk)

2003・7公開
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。

夢:翔は、この映画の初見の感想を、「深く突っ込まない、甘いところのある、でも、ひたすら丁寧な映画」と書いてたよね、当時のBBSに。
翔:ああ、そうだったね。
夢:それはどういう・・・?
翔:たとえばこの映画を、木村(妻夫木聡)・五十嵐(伊藤歩)・神戸(新井浩文)の「青春ラブストーリー」として観てしまうと、思いっきりベタだし、いかにも古臭い感じなんだよね。 神戸の死が、五十嵐や木村を10年間縛りつけることになるんだけど、それさえも、どこか、こちらの胸に強く痛みを押し付けるものではなくて。
10年後の森下(金井勇太)と矢部(内野謙太)の悪ガキコンビにしても、どこか人がいい、というか、朴訥(ぼくとつ)というか、こちらが安心して観ていられる「悪さ加減」だったし。
夢:うん。
翔:それを、リアリティがない、とか、嘘っぽい、と言うことも出来るし、私自身、「こんないいヤツばっかりいないだろ」と思わなくもなかったけど、でも一方で、ともすると、ただ「昔はよかった」という懐古趣味に逃げる映画になりかねないところを、演じる側も 制作側も 誠意を込めて、ひたすら丁寧に演出し、丁寧に演じ、丁寧に撮ることで、観ている側が、あまり違和感なく、すんなりと受け入れられる空気が出来上がっていたような気がする。
夢:うーん・・・・  
翔:テーマとしては、使い古されたものだし、彼らに対する描き方も、飛びぬけて傑出しているとは思えないんだけど、むしろ、その、「彼らを あえて 予定調和 とか 安心感 の中で描いた」ことが、「この映画の他の魅力的な部分を、しっかりと引き立てていた」 とも言えるんじゃないか。 
それは、逆の見方をすれば、少なくとも、この映画の主人公は彼らではなかった、ということにもなるんじゃないか、と。 だからこそ、彼らを、あんなふうに描くことが出来たし、そういうふうに描くことに、意味があったんじゃないか、とも思う。
夢:彼らが・・・主人公じゃない?
翔:・・・どう言ったらいいのかな、生徒たちにしても、クロという迷い犬にしても、そこに生まれた「ドラマ」を伝えたいために存在していたんじゃなくて、「そういう時代だった」ということを伝えたいために、存在していたんじゃないか、と。
夢:・・・・ん~?・・・・
翔:この映画の主人公は、生徒たちじゃない。 ひょっとしたら、クロでさえない。 クロや生徒たちが過ごしたあの古い校舎と、クロやそこに住む人々も含めた風景、ゆったり流れる時間と空気・・・といったものだったんじゃないか、と思う。
夢:うーん・・・・確かに、あの校舎は魅力的だったなぁ。
翔:あの校舎が、とても魅力的な佇(たたず)まいに思えたのは、もちろん建物そのものが魅力的だったから、ということもあるんだけど、むしろ、クロと共にそこに生きる人々・・・生徒、先生、家族が、皆、ちゃんとあの時代を身にまとって、自然にあの時代に息づいていたから、あの独特の空気感が生まれたような気がする。
夢。ああ・・・うん。
翔:生徒役の若い俳優たちにとっては、そういう空気の中に押し込められる、というのは、なかなかに辛(つら)いことかもしれなかった、と推察するんだけど、でも、妻夫木くんにしても、伊藤さんにしても、金井くんにしても、新井、内野、佐藤隆太近藤公園三輪明日美さんらにしても、どこか古風なところを持っていて、それがうまく画面に滲(にじ)み出ていて、とても良かったと思う。
夢:うんうん。
翔:妻夫木くんは、とっても不思議な人。 こういう役をやると、ちゃんとその時代に合ってる感じがするし、逆に、近未来のサイボーグあたりやらせても 嵌(は)まるんじゃないか、と思うし。(笑)
どういう役でも「自分と同化させてしまう」彼らしいうまさ、なんだろうだなぁ、と思う。
夢:うん。
翔:伊藤歩さんも、とても良かった。 生徒たちが、「あの時代」の雰囲気をうまく醸(かも)し出していると思われたのは、ひょっとしたら、その最たるものとして、彼女の佇(たたず)まいや演技によるところが大きかったかもしれない。
夢:うーん、なるほど。
翔:あとはもう先生方だよね。それぞれ個性的で、とても魅力的で、素晴らしかった。 中でも、10年間あの学校にいた、草間先生(塩見三省)、三枝先生(田辺誠一)、大河内用務員(井川比佐志)は、もう、あの校舎に溶け込んでいる、と言ってもいいぐらい、三者三様にあの空間に無理なく存在していて、味わい深かった。  
夢:そうだね。 生徒たちもよかったけど、確かに、先生方もよかったな。 保健室の結城先生(余貴美子)とか。
翔:ふたりの校長先生(山谷初男渡辺美佐子)も、1シーンずつしか出て来ないんだけど、すごく存在感があったし。
夢:うんうん。
翔:獣医夫妻(柄本明・根岸季依)、森下の母(リリィ)、神戸の母(角替和枝)とかも、ただのカメオ出演じゃない、ちゃんと彼らでなければならない理由があった気がするしね。
夢:うん。
翔:そのあたり(キャスティング)も、奇をてらったり話題性だけで選んだりしていなくて、丁寧だったなぁ、と思う。
★    ★    ★
夢:三枝先生を演じた田辺さんについて。 松岡錠司監督と田辺さん、と言えば、『ベル・エポック』(Movie6参照)が思い出されるんだけど。
翔:はい。
夢:石橋くん♪ 好きだったよね~ふたりとも。(笑)
翔:そうだね。(笑) 『クロ』の初見感想で、「私は松岡監督と相性がいいらしい」って書いたんだけど、本当に、石橋といい、今回の三枝といい、私にとっては、ストレートに田辺さんの魅力の一端を味わえた役だったから、どちらも。
夢:そう!そのあたりを訊きたかったんだ。(笑)
翔:石橋の時にも思ったんだけど、松岡監督が田辺誠一という俳優に求めているもの、って、どこか掴みきれないホワ~ンとした茫洋(ぼうよう)とした部分なんじゃないか、と思う。 それって、へたすると間の抜けた感じにもなってしまうんだけど、田辺さんだと、おおらか、というか、こせこせしていない、というか、ふところが深い、というか、むしろ「底が見えない」とか「全部見せられていない」って言った方がいいのかもしれないけど(笑)、とにかくそういう感じがするんだよね。
夢:「底が見えない」「全部見せられていない」かぁ・・・・
翔:そう。 そういう掴みどころのない、「何なの、この人は?」と思わせてしまうところ、って、私は、すごく面白いと思っていて。 
俳優として、普段はキリキリと自分を追い詰めて役作りをしている彼が、こういう、ストンと重荷を下ろして やわらかく演じられる役にあたった時、彼らしい 底知れない一面をポンと見せてくれる、それを受け取ることが出来る、って、幸せなことだなぁ、と。
夢:うん。
翔:それは、紛れもなく「私が田辺誠一で観たいもののひとつ」であることには違いなくて。
夢:うんうん。
翔:いや、田辺さんって、どんな役でも、修行僧のように苦しんで役作りしているんじゃないか、どれもこれも、けっして楽には演じてないんじゃないか、という気がしてるんだけど・・・・
夢:最近よくそんなことを言ってるよね、翔。(笑)
翔:何だか、田辺さんにとって「俳優」というのは、なかなかに大変な仕事なんだろうな、と。 以前から薄々感じていたことを、ここ最近、ますます強く感じるようになって来てるものだから。(笑)
夢:うん。
翔:でも、その中でも、この三枝先生は、比較的自由に呼吸しやすい役だったんじゃないか、とか、彼にとって、どちらかといえば作りやすいキャラクターだったんじゃないか、とか、そんなことを感じたので。 もちろん、想像に過ぎないんだけど。
夢:そうかぁ・・・・
翔:へんに作り込まなくていい、素直なキャラだったような気がするから。
夢:うん。
翔:そういう役を田辺誠一に与えよう、やらせてみよう、と思ってくれた松岡監督(をはじめとするスタッフ)の、監督(スタッフ)なりの「俳優・田辺が有する魅力」の捉え方、というのが、私には、すごく興味深くも思われて。
夢:うんうん。
翔:今にして思うと、『ベル・・』の石橋くんの頃あたりから、田辺さん独特の「可笑し味(おかしみ)」みたいなものが育(はぐく)まれて行った、という気もするんだけど。
夢:おかしみ・・・か。
翔:わはは・・でもない、ふふふ・・でもない、かすかな含み笑い、というか、笑いでさえない、ちょっとした「なごみ」というか、何か、ほわんとしたやわらかな感じ、なんだけど。
夢:・・・・ああ、うん、分かるような気がする。
翔:それって、少なくとも私にとっては、「俳優・田辺誠一の底はいったいどこだろう」的読めない部分でもあったりして。(笑)
夢:(笑)
翔:でも、正直、石橋をやった頃は、まだ拙(つたな)さが残っていて、そういう持ち味が、まだ「魅力」として十分にはこちらに伝わって来ない、ということもあったけど、今回の三枝先生は、かなり自分の魅力として消化していた、という気がしたから、なおさら興味深かった。
夢:ふーん・・・・うん、面白い。
翔:そのあたり、(おそらく監督の理解と許容もあって)田辺さんにブレがない、というか、いつものようにずいぶん考えて悩んで役作りをしたんだろうけど、最終的には、三枝先生の中に、田辺さんがきっちりと辿(たど)り着き、自信・・というか確信を持って作り上げたものがあった、という気がして、ものすごく惹かれてしまったんだよね。
夢:・・・・・・・・
翔:そういう茫洋さを自分のものにした田辺さんの三枝先生には、きちんと一本の背骨が通っていた、と、そう思えたことが、私にとって、この映画の最も大きな収穫、と言えるのかもしれない。
★    ★    ★
翔:余談になるけど、とても印象的だったのは、おそらくこの作品で初めて、田辺さんが「演技派」と呼ばれたことで、新聞広告の名前が、井川比佐志さんや塩見三省さんらと並んで出ていて、何だか誇らしかったのを覚えてる。
夢:うーん・・・あたしはちょっと寂しかったけどなぁ・・・ 若手の主役級の中に入ってなかった、というのが。(笑)
翔:確かにそういう気持ちも、どこかにあったけど。 でも、ま、さすがに高校生、ってわけには行かなかっただろうし。(笑)
夢:そう・・ね。(笑)
翔:たぶん、田辺さんにとっては、励みにもなってるんだろうな、という気もするし、あんなに大変な思いをして毎回役作りをしてる人に、「演技派」って言葉は、かえってプレッシャー以外の何ものでもないじゃないか、という気もするし・・・・(笑)
夢:うーん、難しいところだ。(笑)
翔:まぁ、ファンとしては嬉しい気持ちが大きいけど。 でも一方で、夢が言ったみたいに、脇で主役を支える役だけでは寂しい、と、思ってる自分もいるので・・・
夢:あ、思ってるんだ。(笑)
翔:思ってるよ!(笑) 
夢:よかった。(笑)
翔:「演技派」という言葉に縛られず、自由に、いろんな役をやって欲しいな、と。 もっとも、この映画以後の仕事を見ていると、田辺さん自身も、周り(制作側)も、そういう意味では まったく縛られてない感じがするけど。(笑)