『明日の記憶』感想:1

明日の記憶』感想:1
あぁ、作ろうと思えば こういう映画が作れるんだなぁ―――
この映画を観ながら、
半落ち』でも『解夏』でも収まりがつかなくて、宙ぶらりんになっていた
私のささくれた気持ちが、
静かに穏やかに収まって行くのを感じました。

いたずらにドラマチックではない、お涙頂戴でもない、
余計なデコレートを加えないで、
ひたすら真っすぐに病気と向き合ったドラマ。

大事件が発生するわけでもない、奇跡が起こるわけでもない、
どこにでもいるような普通の男が壊れていく様(さま)を、
生真面目に、克明に、追って追って追い詰めて行ったドラマ。


しかし、確かにとても地味な内容の作品ではあるのだけれど、
「映画」としての見せ場、は、ふんだんにあって、
特に、病状の変化だけでなく、病人の謂れない不安や混沌や葛藤を、
エッジの効いた演技で確実に形にした渡辺謙さんと、
「不安」という、病人が持つ 最も危うくて曖昧(あいまい)な部分を、
VFXをうまくからめて「映像」という‘見えるもの’に
違和感なく転化させた堤幸彦監督の存在は、
この映画をこんなに「面白いもの」として成り立たせた絶対条件だった、
という気がしました。


病気に侵されていく佐伯を周囲の視線から浮かび上がらせるのではなく、
佐伯自身の感覚そのものを中心に据えて描くことで、
「病気、という得体の知れないものの正体」にまで肉薄して行く。
1シーン1シーン、とても大切なこと・肝心なことを
伝えているのだけれど、
どのセリフも映像も、説明的で退屈なものには なっていない。
病気の重さや暗さ、最後に訪れる不幸、がちゃんと描かれているのに、
観終わった後の、ほろ苦い哀しみと共に在る
微かな和み(なごみ)に救われる。


余計な不安を煽ることもなく、
かと言って、安直な気休めに流れることもなく。
なるべく「嘘」を削り取って、
「病気」を「病気そのもの」として描く。それ以上でも以下でもなく。

明日の記憶』は、
アルツハイマーという とてつもなくデリケートで複雑な病気を、
病気に侵された人間のさまざまな感情や感覚を、
見事に「映像」に描き出してみせた、稀有な映画だった気がします。


他の登場人物については、改めて。