ベルナのしっぽ(talk)

2006・9公開
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。

夢:実話を基にしているからか、ドラマっぽくないお話だったよね・・ドキュメンタリーに近い感覚、と言ったらいいか。
翔:劇的に盛り上げたり、無理に感動的な場面を入れようとしたり、ということがなくて、淡々と穏やかに時間を追って行く様子が、気持ちよかった。 
夢:うん。
翔:何よりベルナが、最初のシーンから本当に素晴らしくって、あのつぶらな瞳に一発でやられちゃった、って気がする。(笑)
夢:動物の力は偉大だよね~。(笑)
翔:ものが言えない代わりに、全身から伝わって来るものがあって、それが押し付けがましくなくて、良かった。 よく画面の中で「名演技」をする動物がいたりするけど、この映画は、そういうところにも無理がなくて、普通の犬の姿だったのも良かったように思う。
夢:うんうん。
翔:でも、正直、初見では、ベルナの動きとか表情とかをしっかり観ていなかった。 やはり、人間の方に気を取られていた、ということもあって。
夢:まぁ、田辺さん目当て、ということがあったのは否めないし・・(笑)
翔:そうだね。(笑) だけど、今回観直して、ものすごく、ベルナに惹かれるものがあった・・・この映画は、結局、ベルナが主人公なんだなぁ、って。
夢:それは、どういうところで?
翔:ベルナが白内障になって、盲導犬としてしずく(白石美帆)に付き添うことが出来なくなった時、すごく荒れて、部屋の中をぐちゃぐちゃにしてしまうシーンがあるんだけど、ただ、犬が自分の思い通りにならなくて悪さをしてる、というんじゃなくて、人間と似たような複雑な感情があったんじゃないか、って。 観ていて、唐突に、『明日の記憶』の佐伯を思い出して・・・
夢:えっ!?
翔:佐伯が、医師に病名を告げられた時の、悔しさや やるせなさに通じるものがあるんじゃないか、って。 それまでの仕事が充実していればいただけ、それを奪われる時の気持ちはどんなだろう、どれほどのダメージを受けるんだろう、と。
夢:うーん・・
翔:そういう感覚って、たとえば普通の愛玩犬にはないものなんじゃないか、と思うんだよね。・・・いや、まったくない、とは言わないけれど、盲導犬という仕事を持ったベルナには、格段に強いプライドがあったんじゃないか、という気がして。 仕事が出来なくなるやるせなさは、人間と何ら変わりないもので、たとえば佐伯にも、誰にでも、通じるものなんじゃないか、と思ったりもして。
夢:そうかぁ・・・
翔:しずくは、そのベルナのプライドを、一番理解していた。 本来なら、隆一(田辺誠一)の言うように、盲導犬としての役目を終わらせて、普通の犬として余生を送らせるのがスジには違いないんだろうし、そうすることが 決まり なのかもしれないけれど、しずくは、ベルナが、最後まで盲導犬として生きることを強く望んでいることを知って、何とかしてそれを叶えてあげたい、と思った。
夢:・・・・・・・・
翔:それは、一見、ベルナと離れたくない、という、しずくのワガママのようにも見えるけれど、決してそうじゃないんだと思う。 盲導犬に対する偏見に対して、一緒に闘って来た戦友みたいなものだから、どうしても、ベルナの気持ちを尊重したい、と思ったんじゃないかな.
夢:うん。
翔:だから、ベルナは、最期まで誇りを持って生き抜いたんだろう、と・・・ある意味、仕事をしている人間の理想の姿だったようにも思う。 そんなふうに思いながら観ていると、最後のほうで、歳を取ったベルナが、しずくに引かれてよたよた歩きながら幼稚園から出て来る姿が、とても愛おしく、尊いものに思えた。
夢:うんうん。
翔:確かに劇的なことは何も起こらないストーリーではあるんだけど、むしろ、わざとらしくドラマチックな作りにせずに、ドキュメンタリーに近い風合いに仕上げたのは、正解だったように思う。
夢:そうかぁ・・・なるほどねぇ。
翔:ただひとつだけ・・・
夢:・・・・・ん?
翔:しずくの、ベルナに対する気持ちはいいとして、夫・隆一に対しては、どうだったんだろう、と。 しずくがベルナの病気に気持ちを全部持って行かれているあいだ、隆一は、じっと病気の痛みに耐えていたんだろう・・ひょっとしたら、彼は、ベルナに対するしずくの気持ちを推し量って、黙っていたのかもしれない・・そう考えると、隆一の病気に気づかなかったしずくを、何となく、どこかで許せない気持ちにもなってしまって・・・
夢:・・・・う~ん・・・・
翔:もちろん、この映画が、あくまでベルナが主人公なんだ( と、さっき自分で言ったんだけどね、私は)としたら、そういうふうに観ちゃいけない映画なんだろうな、とは思うんだけど。 
夢:・・・・うん。
翔:まぁ、私が田辺ファンだから、つい隆一に肩入れしたくなってしまう、ということも、あるとは思うんだけど。(苦笑)
★    ★    ★
夢:登場人物について。 まず、白石美帆さん。
翔:しずくの気の強さ、優しさ、が自然に滲んでいたように思う。 母親(市毛良枝)との確執も、しずくの、ちょっと意固地なところが出ていて、きれいごとで済ませてないところに、逆に、何だかとても親近感が持てた。 
夢:うん。
翔:彼女の、なるべく人の手を借りたくない、という気持ちは、何年か前(眼が見えていた頃)まで実際に自分がやっていたことを、そのままやって行きたい、という、負けず嫌いな性格によるものだと思う。 肩肘張って意地張って、無理してるようにも見えるけど、その、ちょっと頑張り過ぎぐらいの自立心や反骨心がなければ、周囲に盲導犬の存在を理解してもらおうとする気持ちも、ここまで強いものにはならなかったかもしれないし、実際、理解してもらうには、もっともっと時間が掛かったんじゃないか、とも思う。 実際、彼女のように、盲導犬を連れて外に出て、多くの人と触れ合って偏見を跳ねのけなければ、理解は得られなかったわけだし、ね。
夢:何だかリアリティがあったよね、しずくの性格とか、そのあたりの設定に。
翔:性格もそうだけど、場面ごとに歳を重ねて行く感じもすごく自然で、観ていてすごく安心感があった。 こちらの心に、引っ掛かりなく気持ちよく入って来る感じ、と言ったらいいか。
夢:うんうん。 ――― しずくの夫・隆一(田辺誠一)については?
翔:幼い頃から視覚を失っている隆一は、しずくとは反対に、万事控え目で、自分が盲目であるせいで周りに迷惑をかけないように、ひっそりと生きて来た、という感じがする。
二人の性格の違いが、さまざまな出来事に対する二人の受け止め方の対比になって出て来て、そういうところも面白かった。
夢:赤ちゃんが生まれた時に泣いちゃった隆一が可愛かった。(笑)
翔:赤ちゃんの眼のことを一番に心配して、見えると分かって号泣する、ちょっと女々しくも感じたけど、でも、実際に自分の眼が見えなかったら、子供はどうか、って、不安でしょうがないはずだし、あれが正直な反応なんだろうな・・・逆に言えば、それだけの心配を抱えていたんだな、と。
夢:うん。
翔:田辺さんが演じる隆一は、しずくとの対比ということもあって、とにかく、おとなしめで、引いて引いて、という感じだったんだけど、しずくの肩を抱きしめる指の力だとか、子供に話しかける穏やかさだとか、全体に夫・父親としての「確かさ」があって、白石さん同様、本当に普通にスルンとこちらの気持ちの中に入って来る感じで、今まで、田辺さんの思いっきり振り切った演技を数多く観て来た者としては、その違和感のなさに、ちょっと感動すら覚えてしまった。(笑)
夢:うんうん。(笑)
翔:ただ、具体的に演技という点で言うと、眼が見えない人間の瞳の動かし方だとか、身体の動きだとかが、やっぱりどこか完全ではなくて、見えている人間の動きになってしまっていたところがあった。
夢:難しいよね、眼が見えない演技、というのは。
翔:そうだね、すごく難しいと思う。 その点は、白石さんも苦労したんだろうな、と思ったけど。
夢:うん。
翔:ただ、田辺さんは、『神の雫』の遠峰一青で完璧にリベンジしてくれた、と思ってるけどね、私は。 私の中では、一青のあの、後半の、眼が見えない演技、というのは、ものすごく惹かれるものがあったから。 何だろう・・・眼が見えないことと引き換えに、何かを確実に得ている、そういうものが透けて見える、そういう、幅、というか、厚みを持った演技だった気がするから。
夢:一青の話になると熱くなるね~、あいかわらず。(笑) どれだけ一青が好きなんだ!?って思うけど。
翔:う~ん・・・・うまく言葉にならないほど。(笑) 
夢:あらら~!(笑)
翔:いやいや・・・あの『神の雫』の思いっきり虚構の世界と、ベルナの世界とを並べちゃいけない、とは思うけど。
夢:まぁね、この時期の田辺さんって、1年ぐらいず~っと、普通のサラリーマンとか農家の青年とかやってて、トークやるたびに、早くこの「普通」を抜けたい、ずっと続けてこういう役ばかり観るのは辛い、って翔は言ってたわけだけど。
翔:でも、それも、何となくこのあたりで一段落かな、という気もしているので。 そういう段落の区切りで、この隆一という役が、田辺さんによってこんなふうに演じられた、というのは、すごく意味のあることなんだろう、とも思っているけどね。 
夢:うん。
翔:今回のこの役が、きっと、一青のあの 眼が見えない演技にも何かしら繋がっているんだろう、とも思うし、こんなに「普通」に、夫を演じ、父親を演じることで、確実に掴んだものもあると思うし、本当に、俳優にとって、どんな役も、無駄になることって何もないんじゃないか、って。 
夢:そうだね。
翔:この役が、この先、田辺さんに何をもたらしてくれるのか、楽しみにしたいと思います。