人間の証明(talk)

2004・7-9月放送(フジテレビ系)
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。

 
  夢:あまりにも有名な映画のリメイク。 「かあさん、僕のあの帽子どうしたでしょうね」というフレーズが、当時、TVで しつこいほど流れていたのが印象に残ってるんだけど。
  翔:本格的に映画と原作本のタイアップをやり始めた頃の角川書店角川映画)の代表作。 TVCFで煽(あお)って盛り上げたこともそうだけど、故・松田優作を始め、すごいキャストが揃っていたし、とにかく、すべてが鳴り物入りで、派手だった、という印象がある。
  夢:うんうん。 ――で、今回の2004年版『人間の証明』。
  翔:こちらはこちらで面白かった。 リアルタイムで観ていた時(2年前)は、登場人物が、先々どんなふうに動くか解(わ)からなかったし、やはり映画の印象が強かったから、映画とどう変えて行くのか、とか、原作や映画に描かれた「戦争」とか「人種問題」とかを、この時代にどう変換させて行くのか、とか、『人間の証明』という作品名自体が抱えているイメージを完璧に拭(ぬぐ)って観ることが出来なかったんだけど・・・
夢:うん。
翔:今回は、ずいぶん時間が経ったせいもあって、自分で勝手に作り上げていた過去のイメージを取っ払って、手垢がついていないひとつの作品として観ることが出来たような気がするから。
夢:そうか。 じゃ、作品の印象もずいぶん変わったんだ。
翔:いや、リアルタイムで観ていた時も、いいなぁ、とは思っていた。 全体にとても丁寧に作られているし、逃げていない気がしたから。
夢:逃げていない・・?
翔:適当に、とか、いい加減に、とか、そういうごまかしを極力なくして、作品に対して鋭く切り込もうとしている・・・と言ったらいいか。
夢:それは、スタッフが?それともキャストが?
翔:両方、だよね。 たとえば、ひとつの役に対して、俳優というのは、いつも全力でぶつかって行っているんだろうけど、時には掴み切れなかったり、迷ったり、ということもあるんだろうと思う。 そういう時に、適当に役作りしてしまうことも出来るんだろうし、それを許すスタッフもいるかもしれないんだけど、このドラマには、そういう「曖昧(あいまい)さ」が、ほとんどなかったような気がするから。
夢:うーん・・・・
翔:俳優の「本気」と、制作側の「本気」が、がちんこでぶつかって、その上で練り上げられて行く、本来ドラマって、そういうふうに作られなくちゃいけないもののはずなのに、最近、特に制作側に、逃げ腰になっているところが見受けられて、ちょっと残念だなぁ、と思うドラマもあったりしたので、そういう意味では、久しぶりに気持ち良く観ることが出来たな、と。
夢:・・・・・そうかぁ・・・
翔:もちろん、それでもなお満足出来ない部分、物足りないと思った部分、というのはあったんだけど。 たとえば田辺さんが演じた佐伯にしても、描き込み不足は否めなかったし。 
  でも、それでも、私には、なかなか骨のあるドラマに思えたし、そういうドラマに、田辺さんが請(こ)われて出演した、ということが嬉しかった。 フジテレビとしても、かなり力を入れて作ったドラマなんだろうなぁ、というのがすごく伝わって来ていたから。
夢:うんうん。
翔:他のキャストも 皆 素晴らしくて。
・・・まず、棟居刑事を演じた竹野内豊さんが、とても良かった。 ものすごく難しい役だったと思うんだけど、彼が、まっすぐに真ん中に立っている、その佇(たたず)まいから伝わるものが、すごくいっぱいあったような気がする。
夢:翔は、棟居役が田辺さんでなくて良かった、というようなことを書いてたよね、最近のBBSに。
翔:リアルタイムで観ていた当時は、そんなことは思わなかったんだけどね。 棟居って、過去にいろんなものを背負って生きてきて、今現在もひとり、というところから話が始まっている。 もちろん、回を追うにつれ、少しずつ心がほどけて行くんだけど、だとしても、その、最初から終盤まで引きずらなければならない「孤独」とか「痛み」とかを、再見した時には、なんだかもう「田辺誠一の演技」として観たいとは思わなくなっていたから。
夢:何故だろう?
翔:このドラマの中で、そこ(棟居という役)に位置づけられる田辺誠一、というものにも すごく興味があったのは確かなんだけど、この作品以降、いろんな役をやって来たのを観ていて、私自身、自然と、こういう種類の役は、もう卒業してもいいんじゃないか、という気持ちになって来た、というのが大きい気がする。
夢:でも、竹野内さんは、卒業しなくてもいい、と。(笑)
翔:うーん・・・・(笑) 彼には持っていてもらいたい。 というより、本質的なものとして、いつまでも捨てないで欲しい、と言うか、抱え続けて欲しい、と言ったらいいか。 いつか、田辺さんのように、それを自然と超(こ)えるような時が来るかもしれないけれど、彼の場合は、なるべく先延ばしにして欲しい、と思ってるワガママな私が居ます。(笑)
夢:・・・田辺さんは超えちゃったんだ?
翔:たぶん俳優としては、田辺さんはもう、そのあたり、スコンと抜けちゃってる感じがするから。 もちろん、「演技」としてそれを見せろ、と言われたら、ちゃんと見せてくれるだろう、と信じているから言えることなんだけど。
夢:ふ~ん・・・なるほどね~。
翔:ちょっと話は逸(そ)れるけど、たぶん、私は、竹野内さんには、ずっと「二枚目な俳優さん」でいて欲しくて、田辺さんには、「求められれば即二枚目になれる俳優さん」でいて欲しい、と思っているのかもしれない。(笑)
夢:・・・・・翔、それってずいぶん譲歩してない?(笑)
翔:してる・・かな。 いや、田辺さんはもう、俳優としての振り幅を、かなり広げてしまっているから、今さら昔のように、と言っても無理だろう、と。(笑)
夢:でも、竹野内さんには、どんな役でも二枚目になる、そういう俳優さんでいて欲しい、と?
翔:そう。
夢:翔としては、竹野内豊という俳優さんに対する興味、というのも、あいかわらず強いのかな。(笑)
翔:このまま進んだらどこに行き着くんだろう、という興味はある、田辺さんとは違った意味で。(笑) わがままな言い分だけど、竹野内さんには、妙に曲がらないで、このまま まっすぐ行って欲しい、と思うし。
夢:うん。
翔:逆に、田辺さんは、どこに行くか分からない、ひょっとしたらとんでもないところに行き着いてしまうかもしれない、そういう不安も ちょっとありつつも、興味や期待も大きい。 その曲がり具合(笑)というか、広がりを、今はすごく面白がっている自分がいるんだけど。
夢:なるほどなるほど。 ――他の登場人物については?
翔:緒形拳さん。 最初に観た時に感じたよりも、ずっと柔軟な演技をしている気がした。 1週ずつじゃなく、最初から最後まで続けて観たことで、役の流れがよく見えたせいかもしれないけど。 無理なく自然で、でもすごく存在感があって、「奥深さ」に嘘やごまかしがない感じがした。
夢:夏川結衣さん。
翔:さっぱりした感じが、とても良かった。 棟居に対して甘い感じにならなくて、友人以上恋人未満ぐらいで抑えていたのが、私としては、すごく好感が持てた。 男と女のこういう関係が、私は好き、ってことなのかもしれないけど。(笑)
夢:うんうん。 ――大杉蓮さん。
翔:私の印象としては、大杉さんの役としては久々のヒットだった。 ソフトな物腰の中に、しっかりと揺るぎなく強いものを持っている・・・棟居に対しても、すんなり言いなりになっているように見えて、実は、簡単には折れていなかったり、という、優しさと頑固さが共存してる感じが、好きだった。
夢:國村隼さんと風間杜夫さん。
翔:いやもう、なんだか凄かった! 途中、この二人が、ドラマをどれほど力強く引っ張ってくれたか。 この二人を観られただけでも、十分、このドラマを観る価値があった、とさえ思えた。
  夫と、その若い妻(横山めぐみ)の愛人、という、反目必至の関係なのに、同じ人を愛した、という共通項が、二人の絆をどんどん強いものにして行く。 その過程が、とても丁寧に描かれていて、また、演じている二人も、的確に役を捉えていた感じがして、どちらもとても素晴らしかった。
夢:松坂慶子さん。
翔:最初は、佐伯秘書(田辺誠一)の言いなり、という感じだったんだけど、回を追うにつれ、どんどん強さやしたたかさが出て来て、最終的には、只者(ただもの)じゃなかった、と。
  この役は、最終的には、もっとお涙頂戴にもなれたと思う。 でも、最後まで崩れない強い恭子が、私はすごく好きだった。 最後の最後まで、かたくなに心を開かない、流れる一筋の涙さえ、指でスイッと拭って、泣き崩れたり、取り乱したりしない、でも、だからこそ、この人が背負った苦しみや哀しみや業(ごう)が、軽いものではなかったんだ、と思わされる。
  その、こちらに突きつけられる「人間としての感情の複雑さや重さ」が、「ドラマ」という架空の世界の中から生み出された、ということに、何だかとても感動した。
夢:・・・・・・・・
翔:しょせんドラマはドラマでしかないんだけどね。 でも、こんなふうに、「観ている人に何かを伝えることが出来る」と信じているから、俳優は懸命に役になりきろうとし、制作側は懸命にいいドラマを作ろうとするんじゃないか、とも思うので。
夢:うん。
翔:前出の俳優さんばかりじゃない、過去と今との橋渡しの役を担った大室よしの役のいしだあゆみさん、革命という幻想を夢見続けた相馬晴美役のリリィさん、恭子の夫の鹿内孝さん、最後まで痛々しい弱さを引きずった高岡蒼祐さんを始めとする恭子の子供たち(堀北真希さん・池内博之さん)、松本奈緒さん、ことごとく棟居につっかかった佐藤二朗さんや最後に棟居をかばったおちはじめさんら警察関係者、泉谷しげるさんや平岩紙さん、ほんのチョイ役で出てきた三宅弘城さん・小市慢太郎さんに至るまで、「その俳優がそこに居る意味」みたいなものがあったような気がして、みんな、それぞれ「いいなぁ」と思えた。
夢:うんうん。
翔:ストーリーとしては、さっきも言ったけど、原作がずっと昔の作品だったことで、「現在の物語」として修正しなければならないところが出て来て、どうかなぁ、というところもあったんだけど、でも、原作や映画とは違った観点から構築し直したにしては、ちゃんと筋が通っていたような気がする。
  そのために、テーマとして弱まってしまった部分があったとしても、でもそれも、今の時代の『人間の証明』としては、いいのかな、とも思うので。
夢:うん。
翔:推理ものとしても、最近のドラマとしては、かなり出来が良かったように思う。 犯人は誰か、という謎解きの部分は弱かったけれど、完全な密室状態で、しかも時間の壁がある、そういう不可能に思える状況の中で、犯人がどうやって殺人を犯したのか、というところで、実は、その不可能な状況を作り出したのが、他ならぬ被害者本人だった、というあたり、すごく面白かったし、しかも、自分を刺した母親をかばうために、そういう行動を取ったのだ、ということが解かった時に、このドラマが一層深いものになった気がしたから。
夢:棟居が恭子に向かって、「嫌われても嫌われても、子供はあなたを愛し続けた」というようなことを言うよね。 そこでようやく恭子の気持ちが揺らぐ、そのあたりは、こちらもグッと来るものがあった。
翔:そうだね。 結局、このドラマにおける「人間の証明」は、そこが着地点だったような気がする。
★    ★    ★

夢:さて、田辺さんだけど。 外見から行ってしまうけど、あの頃の田辺さんは、本当にふっくらしてたよね。(笑)
翔:同時期に『イン・ザ・プール』を撮っていた、ということもあるだろうけど・・・
夢:ほっぺがつやつやで、何だか子供みたいで、おいおい、と、あたしなんかは思ってしまったんだけど。(笑)
翔:痩身、というのは、ある意味、田辺誠一らしさの最たるところでもあったりするから、ね。
夢:でも、翔は、この作品ではあんまり違和感なかったみたいだよね。
翔:いや、違和感はあったよ、私でも。(笑) やはり、それまでの田辺さんのイメージとはちょっと違っていたからびっくりしたし。
夢:うん。
翔:でも、この佐伯という役なら、そういうのもOKだ、とも思ったので。
夢:そうなの?
翔:棟居役の竹野内さんと対(つい)として観ると、その重さみたいなものが、妙にリアリティがあるようにも思えたので。
夢:まったく余分なものがついてない竹野内さんへの負け惜しみじゃなく?(笑)
翔:それはそうです。(笑) もっとも、これが『南くんの恋人』(同時期にオンエアされたドラマ)になると、またちょっと違って来るんだけど。
夢:あ、そうなんだ?(笑) ――で、佐伯友也という役、まぁ、恭子の選挙参謀ということなんだけど、役としてはどうだった?
翔:これだけ出来のよいドラマなら、もうちょっと佐伯を描き切って欲しかった、とも思う。 まぁ、田辺ファンだからそう思うのかもしれないけれど。(笑)
夢:いや、でも、やっぱりもうちょっと出番が欲しかったよね。
翔:出番も、なんだけど、佐伯なりの恭子への近づき方・歩み寄り方、みたいなものが、いまひとつきちんと描けていなかったようにも思うので。
夢:それはどういう・・・・?
翔:佐伯は、桐子(夏川結衣)を利用しようとしていたことを彼女自身に糾弾されて、そのことで、恭子という人間に対しても、自分が「選挙人形」のように扱っていたことに思い至ったと思う。
夢:うん。
翔:ちょうどその頃、相馬晴美の存在が、恭子にとって不穏なものであることに気づいて、晴美と対峙するんだけど、そのあたりになると、佐伯の中で、人間・恭子を理解しようとする様子が見える。
夢:うーん・・・どんなところで?
翔:もし、恭子のスキャンダルが心配なだけなら、晴美のアパートで、彼女に対して、あんなふうに説得するような話し方にはならない気がする。 もっとどこか冷たかったり、もっと高飛車だったり、あるいは逆に、もっと下手に出たり、懐柔(かいじゅう)しようとしたりするんじゃないか、と。
夢:・・・・・・・・
翔:だけど、あの時の佐伯には、何かもっと真摯(しんし)なものが感じられた。 選挙参謀として、義務的に恭子を護ろうとしているんじゃなくて、もっと、人間としての恭子に興味を持って、好きになり始めている、と言ったらいいか。 そのあたりの細かい描写は、田辺さんならでは、という気もしたから。
夢:うーん。
翔:だとしたら、もう一歩、恭子の身を案じ、恭子を護(まも)ろうとする佐伯の姿が、あっても良かったんじゃないか、という気もするので。
夢:恭子を護ろうとする・・?
翔:そう。 途中まで、ヒューマンなところに進んで行こうとしている佐伯、みたいなものが感じられたんだから、せっかくそういうキャラになろうとしていたんだから、ほんのちょっとでも、佐伯が警察から恭子を庇(かば)おうとする、そういうシーンがあっても良かったんじゃないか、と。
夢:ああ・・・そうか。
翔:警察の捜査が入ってうろたえる、で、恭子にたしなめられる、あのあたりも、選挙の心配だけでなく、「郡恭子」という人間を心配している、みたいな空気が少しでも感じられれば、役としてもっと深いものになったような気がする。
夢:・・・・・・・・
翔:まぁ、恭子との対比、として、あえてそういう作り方をしたんだろう、とは思うんだけど、でも、出過ぎず邪魔にならず、その辺の微妙な色味を出すというのは、田辺さんなら出来たんじゃないか、とも思うから。
夢:うん。
翔:それはやはり、演じている田辺さんじゃなくて、脚本なり演出なりのところで、きっちりとそういうところを捉えて、作って、その上で演じる田辺さんに求めてみて欲しかった、チャレンジさせてあげて欲しかった、と思う。
夢:なるほどね・・・
翔:最初はたっぷり自信過剰だった佐伯の鼻っ柱が折れて、次に、若僧とか青二才とか、まだまだ、という様子が見えて、そして最後に、恭子の過去と事件の真相を知って、恭子の身を案じ、護ろうとする、そういう流れが、きちんとドラマの中に描き切れていたら、もっともっと、私は、佐伯を、恭子を、このドラマを、好きになれていたかもしれないなぁ、と、そんなふうに思うんだけれどね。