『明日の記憶』感想:2

明日の記憶』感想:2
この映画には、私の好きな俳優さんがたくさん出てきます。
田辺誠一さん、香川照之さん、遠藤憲一さん、大滝秀治さん‥‥
彼らがこの映画に請(こ)われたことが、とても嬉しかったし、
他の出演者にしてもそうですが、
「この人のこういう部分がこの映画には必要なんだ」という
明確な選出理由があった、と思われる使われ方をしてるので、
それぞれの魅力を見直す意味でも、
ひとつひとつが興味深い役になっているなぁ、
という気がしました。

 

香川照之さん。
もう、ほんっとに大好き。(笑)
村田(フリック)のような役がこの人の本領なんだろうな、
とずっと思ってたんですが、今回の河村を観て、
この人に、役の上での本領ってのはないのかもしれない、
と思うようになりました。
いわば、俳優であること自体が本領、というか。(笑)
いつも思うのですが、今回も、河村という人間の「作り方」が、
ものすごく、観てるこちら側の「河村像」を広げてくれる、というか、
興味を惹かせてくれるというか、
とにかく、否応なく河村を好きにさせられてしまうんですよね。
その辺のちょっと強引に持って行かれる感じ(笑)が、
なんとも心地よかったです。

 

遠藤憲一さん。
それほど多くの作品を観ているわけではないのですが、
彼のようなポジションから真ん中に出て行った(本人の思惑はどうであれ)
大杉蓮さんとか寺島進さんとかと違い、
あいかわらずこの辺の位置にいるのが、逆に嬉しかったりします。(笑)
長谷川(遠藤)と佐伯(渡辺)の短いやりとりや、
ふたりの佇(たたず)まいの中に、
同期なのに何故、長谷川は局長で、佐伯は第二営業部長なのか、
の理由付けがちゃんとあったような気がして、
深刻なシーンなのに、なぜかとても微笑ましかったです。

 

大滝秀治さん。
もう『特捜最前線』の頃から大好きで。(笑)
飄々として、とぼけてて、でも頑固なところもあって。
この人が本当のおじいちゃんだったら、さぞやっかいだろう、と、
そういうふうに思わせてしまうところが、すごいなぁと。
いや、実際の大滝さんは、
ものすごく優しいだろうと思うんですけどね。(笑)
今回、どこか仙人めいて浮世離れしているところがあって、
夢かうつつか、みたいなところが、
私には、とってもいいなぁと思えました。

 

樋口可南子さん。
今回のような映画で、渡辺謙さんと対の立場になるというのは、
楽なことではなかったと思うのですけれど、
脚本・演出含めて、ただ従順でものわかりよく、忍耐強い立派な妻、
というだけの作り方でなかったことには、
何だかすごくホッとさせられました。
好きな仕事もすれば、友人と会ってお酒も飲む、
「佐伯雅行の妻」というだけでない
「佐伯枝実子」というひとりの女性としても、
ちゃんと存在場所がある、ということ。
もちろん、あまりにも素晴らしい奥さんであることに
かわりはないのですが、
ほんのちょっとでも、そういう「個」の一面を描いてくれて、
しかも、外で働く枝実子を、
樋口さんが、すごく瑞々しく演じてくれたことが、
妻という立場にいる私自身の気持ちを、
少し救ってくれたような気がしますし、
この映画に戻れば、
そういう部分を持ち合わせたからこそ、
あの、とても印象深い 美しいラストシーンに繋がった、
雅行と枝実子の、個と個としてのふたたびの出逢い、に繋がった、
ようにも思えます。

 

及川光博さん。
うーん、こういう映画の、こういう役に、彼を使う、ということが、
私には、この映画をただの闘病日記みたいなものにしたくない、
「映画」というもののエンタテインメントとしての姿勢を失いたくない、
という現われなんじゃないか(堤監督起用と似通ったところで)
という気もするんですが、考えすぎ、というもんでしょうか。
ミッチー、とてもいい味出してます。
彼の、どこか周囲と一線を画してる感じが、
医師として、患者との距離を保とうとしているようにも取れて、
私にはヒットでした。

 

自由なキャスティング、という点では、
アートディレクター・馬場役のMCUさん(キックザカンクルー)も、
良かった。
普段は、やる気があるんだかないんだか分かんない雰囲気で。(笑)
佐伯が会社を去る時、ひとりひとり写真を渡すんだけど、
最後に彼だけ無造作に逆向きに手渡す、
そのいい加減さが いかにも、って感じで、でも、そういう奴でも、
佐伯との別れるのが淋しいんだろうな、って思えて。
そういうエピソードの差し込み方も、
この映画はすごく上手かったように思います。

 

できちゃった結婚をする娘夫婦に、吹石一恵さんと坂口憲二さん。
このふたりの明るさは、本当に救いでした。

 

陶芸教室の先生・木梨憲武さんや、枝実子の友人・渡辺えり子さん。
袴田吉彦さん、水川あさみさん、市川勇さんら、会社関係の人たちも、
皆、それぞれ個性が立って、魅力的だった。

 

どん底に落ちた佐伯が、あすなろホームを訪ねるところは、
私のとても好きなシーン。
画面に大写しになったパンフレットを下げると、
写真と同じ、自然に囲まれたホームが遠くに見えて、
そこにたどり着いた佐伯が、
施設長に案内されて、ゆっくりとホームを見学するうち、
少しずつ何かを感じ取って行く。
そこにいる人たちと、何よりそこにある豊かな自然に出会った時、
観ているこちらも、ホッと優しい息つぎが、
ようやく出来たような気分になって。
この時、施設長を演じているのが、木野花さん。
たっぷりと緑があふれる自然の中で、
この人の持つやわらかな雰囲気に接することが出来た佐伯に、
よかったねぇ、と言ってやりたかった。
何だか涙がでるほど嬉しいことに思えました。

 

そして、渡辺謙さん。
素晴らしい俳優さんに出会うと、私はいつも、
「この人にとって‘演じる’ってどういうことだろう」
と思わずにはいられないのですが、
今回は、そういう素朴な疑問さえも、持つのがおこがましい
ような気がしました。
あえて渡辺さんがこの映画にかけた並々ならぬ情熱の部分に目をつむって
ただ、俳優・渡辺謙の演技、という部分だけを観よう、と思ったのですが、
いやもう、彼が演じているその姿から受け取るものが多過ぎて、
胸がいっぱいになってしまいました。
これはもう、誰が何を言うより、
ただ、佐伯雅行という男を演じた渡辺さんを観てもらえばいい、
(渡辺さん演じる)佐伯が、全身で、雄弁に「演じることの意味」を
答えてくれていた、という気がします。

 

で、演技とは別なところで感じたことを少し。
「自分が作りたい作品」に巡り会って、
実際にその作品を映画化しようとした時に、
自分の想いが克(か)ち過ぎることが 往々にしてあるのですが、
この映画は、そういう、独りよがりだったり、自己陶酔だったり、
というところがまったくなくて、誰が観ても非常に分かりやすく、
しかも、骨太のテーマを真っすぐに伝える工夫が随所になされていて、
重くて暗い内容であるはずなのに、
私など、不謹慎にも、とても観やすかった、とさえ思ったのですよね。
でも、だからって、観客に媚びている、というわけではなくて。

 

病気、の重さを、映画、という媒体を通して伝えようとする時に、
過剰に情緒的になったり、劇的に盛り上げたり、という、
そういう「嘘」をつかずに映像にする、ということが、
本当は非常に難しいんだと思う。
この映画は、その難しいことに挑戦していて、しかも、
同時に、観せ方としては、
エンタテインメントとしてしっかり成立させている。
だから、観やすい、と感じたんだと思う。
それはやはり、堤幸彦監督の力によるところが大きいと思うし、
この映画の監督を堤さんにオファーしたのは、他ならぬ渡辺さんで、
その辺りの、渡辺さんのプロデューサーとしての皮膚感覚みたいなものも、
すごいな、と、素直に思いました。
映画が本当に好きで、映画のことを本当に良く知ってるんだろうな、とも。

 

観客は、真面目で地味な映画を作っても喜んではくれない‥
手っ取り早く泣ける映画を作ったほうが喜んでくれるだろう‥
確かに、エンタテインメントであるからには、
そういう計算もあるだろうし、
泣かせる良い映画もたくさんあるから、
すべてが悪いと言ってるんじゃないんだけど、
でも時々、観客は、そんなに甘っちょろくも、単純でもないぞ、
と思うことがある。
時には、もっと映画としてのクオリティの高いところで
堂々と勝負して欲しい、と思うこともあるから‥
渡辺さんが、この作品を、
自信を持って「映画」として世に送り出してくれたことは、
映画を観る人間を信じて、一人前に扱ってくれたから、のような気もして、
何だかとても嬉しかったです。

 

田辺誠一さんについては,改めて。