『荒神〜AraJinn〜』感想:10

 田辺誠一が演じる風左衛門(アルゴール)の魅力part2
以前、この作品の骨格は少年マンガのテイストで作られている、
というようなことを書いたのですが、
全編を通して「少年の心」のようなものが貫かれている、
と思ったので、そのことを。

 

描かれた人物像としてだけでなく、
ジン(森田剛)も、風左衛門(田辺誠一)も、
更紗姫(緒川たまき)や、つなで(山口沙弥加)にしても、
演じている人たちもまた、
少年マンガ」の登場人物のような佇(たたず)まいだった、
という印象があります。
簡単に言うと、色っぽくないんです。(笑)
男がいて、女がいて、
たとえばそこに恋愛感情のようなものがあったとしても、
普通の、熱くて濃い男と女の繋がりにはならない。

そういうものは、脚本に描かれていなくとも、
たとえば「俳優の持ち味」として出てしまう、ということも
あるかもしれないのですが、
今回は、見事と言っていいほど、色っぽくないメンバーが揃っていて(笑)
結果的に、中島かずきいのうえひでのり両氏が目指した
ジュブナイル物」に非常に即したものになっていたような気がしました。

 

で、風左衛門なのですが。
十分色っぽかっただろう、と反論される方も多数いらっしゃるだろう、
と。(笑)
でもね、たとえば
更紗姫が風左衛門の胸に顔を寄せるというシーンがあるのだけど、
男と女のナマの匂いみたいなものが皆無で、
そのさっぱり感(笑)が、いかにも田辺さんらしくて、
これでいいのよね〜と思う気持ちと、
もうちょっとグッと抱きしめてあげてくれないか(笑)と思う気持ちとが、
自分の心の中で右往左往してたのも事実だったので。

 

ただ、私は、この「田辺誠一の少年っぽさ」というのが、
大好きには違いなくて。
実はその辺が、
前に「風左衛門が、この物語の少女マンガ的な部分を担ってる」
と書いたあたりに繋がって来るのじゃないか、という気もして。

ビジュアル的なものも含め、
言うなれば、少女期の男性に対するある種の理想像、なのかな、と。
ナマの男性を好きになる前の。
こんなふうに言ってしまったら、ご本人は不本意かもしれないけれど。(笑)

 

私は今回の風左衛門というのが、とても好きです。
ああいう人間として描かれた風左衛門も、
ああいう人間として演じられた風左衛門も、
どちらもとても好きです。すごく満足しています。
田辺誠一よ、あの少年っぽさを永遠に失わないで欲しい」と願い、
「風左衛門、本当に良かったよ」と、
しっかりピリオドを打ったその後に・・・・

また、私の「妄想虫」が頭をもたげて来るのです。
脚本・演出が、もうちょっと大人の風左衛門を求めていたら、
どうなっただろうか、と。

ナマな男ではなく、かと言って、あれほど少年っぽくもない、
ちゃんと「少年マンガ」「ジュブナイル」の範疇(はんちゅう)にありながら
もう少しだけ悪くて・黒くて・絶対的な力を最後まで持ち続け、
にもかかわらず、
もう少しだけ切なく・甘く・色っぽい、風賀風左衛門―――

 

本当にわがままだ!!とは思う。
思うけど、そういう風左衛門も観てみたかった、
そういう風左衛門を演じる田辺さんを観てみたかった、とも思う。

あれだけのものを観せられたからこその大満足であり、
また、あれだけのものを観せられたからこその
「究極のわがまま」ではあるのだけれど。