害虫(talk)

2002・3公開
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。

 
  夢:・・・・・・・・
  翔:・・・・・・・・
  夢:久々に無口だね。
  翔:・・・この映画をどういうふうに話したらいいか、って、ずっと考えてたんだけど、どうも、うまく まとまらない気がして・・・・
  夢:むずかしい?
  翔:いや、ちゃんと受け取ったものはあるような気がするんだけど、「それは、これです」、って示すことが出来ない、と言ったらいいかな。
  夢:翔は、『DOG-FOOD』と ダブるところがある、って言ってたよね。
  翔:何と言うか・・・観る側に預けられてるものがすごく多い、という気がする。 謎の部分がたくさんあるから、画面に表われたものをピースにして、自分なりに組み立てないと、へたすると、何も残らない、ということもあるんじゃないか、と。  
  夢:うーん。
  翔:頭の隅とか、指の先とかが、ちりちりと焼かれる感じ。 言葉になって出て来ないことが、もどかしくて、どこをどう話せばいいのか、分からなくて。
  夢:・・・でも、とりあえず、形にならないにしろ何にしろ、ちゃんと受け取ったものがあった、ってことよね。 あたしとしては、サチ子(宮崎あおい)の気持ちというのが、どうもよく分からなくて、一歩も二歩も引いて見てたようなとこがあったんだけど、翔は、その辺はどうだったの?
  翔:いや、私にもよく分からなかった。 だから、本当に、今回の感想は、いつも以上に、まるっきり 感覚的でしかないものになってしまうと思うんだけど・・・・・ ただ・・・・・
  夢:ん?
  翔:私、最初に観た時、サチ子とキュウゾウ(石川浩司)が火炎瓶を投げたのは、サチ子の家だと思ってたんだけど、今回観直して、夏子(蒼井優)の家だ、ということに気づいて、で、少し、見えて来たものがあったかな、って。
  夢:見えて来たもの?
  翔:う・・・ん。 サチ子、って、子供と大人の端境期(はざかいき)にいるよね。 大人ではない、かと言って、子供と言い切ることも出来ない、胸がふくらんで、たぶん生理も始まって、イヤでも「女」を意識しなければならなくなって。
  夢:・・・・うん。
  翔:一番身近にいる母親・稔子(りょう)は、良くも悪くも「女」であることを引きずっていて、ズブズブと「女であること」にのめり込んで、身動きが取れなくなっている。
  夢:ああいう人が母親だと、娘としては、すごく辛いものがあるんじゃないかな、と思うんだけど。
  翔:でも、きっと、嫌いではない。 夏子みたいに、稔子に向かってモラルを振り回す気もない。 ただ、母親が持っている「蠢(うごめ)くもの」「毒を含むもの」「自分自身でコントロール出来ないもの」・・・そういうものの存在を自分の内にも感じている。
  夢:・・・・・・・・
  翔:その頃の自分、というのを思い起こしてみると、何かから圧迫を受けている、というか、思い通りにならない苛立ち、というか、身体の成長と共に、急速に吸収するものとか、急速に失うものとか、そういうものと、イヤでも付き合わなくちゃいけない、という・・・・何と言うか、「縛りつけようとする何か」への抵抗、みたいなものと、「縛りつけられそうになっている非力な自分」への嫌悪、みたいなものが、どちらも、自分の内に間違いなくあった。 人間であること、女であること・・・・そういうものに、一つずつ屈して行く自分への歯がゆさ、とか。
  夢:・・・うーん・・・あたしはそんなこと考えてたかな、その頃・・・・(笑)
  翔:サチ子ほどではないにしろ、かなり屈折していたかも、私。(苦笑)
  夢:・・・・・・・・(笑)
  翔:そういう意味で、サチ子と夏子の対比って、私はすごく興味深かった。
  夢:サチ子と夏子?
  翔:そう。 ・・・・まっすぐに正しく生きる「善」である夏子と、その「善」の中に収まり切れないサチ子。 優しさや思いやりを押し付けて来る夏子と、それをすんなりとありがたく受け取れないサチ子。 「サチがかわいそう」と稔子をなじる夏子と、夏子が言うほど傷ついていないサチ子。 純粋ゆえに痛みを感じ、でもそれをちゃんと消化出来る夏子と、痛みを感じる前に、心に防護壁を作ってしまうサチ子。   
  夢:・・・・・・・・
  翔:「人間」として「女性」として、きちんとステップを踏んで、一歩一歩大人に近づいている夏子と、「女」として生きることが大切か、「人間」として生きることの方が重要なのか、その選択さえ、ままならない自分。
  夢:・・・・・・え?え? ・・・・でもそれって、どちらかひとつ、って選択出来るもんじゃない・・よね。
  翔:そうかもしれない。 でも、「女性という種類の人間」として生きて行く前に、そのふたつの間で揺れる時期というのも、確かにあるんじゃないか、と。 もちろん、みんながみんな、ではなくて、夏子みたいに、普通に、すんなりと受け入れて行く子がほとんどなんだろうけど、でも、そういうふうには うまく行かない子もいるんじゃないか。
  夢:・・・・・・・・
  翔:唐突な話になるけど、『おもひでぽろぽろ』というアニメの中で、主人公が、「分数の割り算が出来なかった」と告白するシーンがあるのだけど・・・
  夢:・・・・ああ・・・高畑勲監督の?
  翔:そう。 「どうして、割る方の分子と分母をひっくり返して掛ければ答えが出るのか、というところでつまづいたままだ」 と。
  夢:うんうん、思い出した。
  翔:いったん、「何故、どうして」というところで足踏みしてしまった人間は、もう、そこから抜け出すことが出来なくなってしまう・・・・その疑問の答えが見つからないうちは、問題を解くことさえ出来なくなってしまう・・・・まるで迷宮にでも迷い込んだみたいに。
  夢:・・・・・・・・
  翔:まあ、「分数の割り算」は例え話だし、ちょっと大袈裟な言い回しをしたかもしれないけれど、でも、サチ子の迷走も、それに近いものがあるんじゃないか、と。
  夢・・・・・?・・・・・・
  翔:「何故」「どうして」というところで足踏みしてしまう・・・足踏みした為に、自分の内側と向き合わなければならなくなる・・・見なくてもいいものを見、感じなくてもいいものを感じてしまう・・・そんな自分を持て余す・・・そういう人間の、「痛さ」 というか。
  夢:・・・・・・・・
  翔:「善」というまっすぐなレールから半歩はみ出した時に、今まで見えなかった、見ようとしなかったさまざまなものが、自分の内に、一気になだれ込んで来た。 それらを、軽やかに受け流しながら、時には、重く受け止めながら、心の中では、「何故、どうして」という疑問のタネを、どんどん大きく成長させて行く。 その疑問を支え切れなくなった時、サチ子は、疑問の元である「善なるもの」の正体を見たくて(あばきたくて?)、夏子の家に火炎瓶を投げつけたんじゃないか、と。
  夢:・・・・うーん・・・・
  翔:でもそれは、本人からしたら、他愛ない「禁じられた遊び」ぐらいの感覚だった。
  夢:・・・・ところが、思いも掛けず惨事になって・・・?
  翔:自分の内で育ったタネの成長が、大きな事件を引き起こしてしまった。 自分の存在を、自分で抱え切れなくなった時、サチ子は、切実に、緒方(田辺誠一)に逢いたい、と、思ったんじゃないかな。
  夢:・・・・・・・・
  翔:でも、身内に飼っている「害虫」ごと、緒方にぶつかって行った時、果たして彼は、受け止め、支え切れるのか・・・・母親も、友人も、誰にも支え切れなかったものを、自分自身でさえ持て余しているものを、緒方、という、もっとも自分の精神に近いところにいる人間に、ぶつけてしまったその先にあるもの、に、ものすごい不安を感じて、恐くなって、サチ子は、咄嗟(とっさ)に、緒方に縋(すが)ることを回避したんじゃないか、と。
  夢:・・・・・・・・
  翔:自分のすべてを支えようとしてくれている人だから、なおのこと、自分のすべてを支えてもらっちゃいけないんだ、と、サチ子は、そんなふうに考えたのかな、って。
  夢:・・・あたし、喫茶店で緒方とすれ違いになった時、どうして車から飛び降りて、緒方のところに行かなかったんだろう、と思ったんだけど・・・
  翔:私も、そこのところがどうもよく分からなくて・・・でも、車の中で、緒方を振り返って、で、次に前を向いてうつむいた後に まなじりを上げた時には、もう、サチ子の内では、緒方を・・と言うか、緒方に象徴される「何か」を、すっぱりと切っていたのかな、という気がしたけどね。
  夢:緒方に象徴される何か?
  翔:うーん、よくわからないけど・・・
  夢:おいおい。(笑)
  翔:(笑) いや、でもそれが、サチ子なりの「大人へのステップ」の踏み方だったのかなぁ、と。
  夢:・・・・・・・・・意味がわかんない。(笑)
  翔:・・・・私も。(苦笑)
  夢:翔~(苦笑)
★    ★    ★
  夢:さて、今までは、サチ子の視点から見て来たんだけど、今度は、緒方の視点から、ということで・・・というか、どうも、この二人の繋がりっていうのも、あたしにはよくわかんなかったんだけど。
  翔:私も。
  夢:こらこら、投げるな!(笑)
  翔:(笑) いや、でも、ほんとに「よくわかんない」のオンパレードで、どうしたものかと。
  夢:そこはそれ、翔の想像・妄想フル回転させてさ。(笑)
  翔:・・・そもそも、緒方にとって、サチ子の存在って、どういう意味があったのかな、って、そこのところからつまづいてしまってるから。
  夢:・・・・・・・・
  翔:緒方の部屋で、サチ子の濡れた髪を拭いて上げてるシーン、その後の、ベッドに横になってるサチ子をちらっと見るシーン、って、緒方の気持ちが読めなくて・・・・
  夢:でも、緒方って、サチ子に対して、恋愛感情は持ってないような気がしたけど。
  翔:私も、最初はそう思った。 小学生のサチ子に対する恋愛感情というと、普通、ロリータコンプレックスに近いものになるんだろうけど、緒方には、そういう感じはまるっきりなかったし、手紙のやりとりの内容からすると、まるで「同志」というか、対等な人間、という感じだったし。
  夢:うん。
  翔:でも、ひょっとしたら、緒方の中には、サチ子を「女」として見てた部分もあったのかな、って。
  夢:え?
  翔:髪を拭いてた時って、先生と生徒、だったと思うんだよね。 少なくとも、緒方には、サチ子は自分の教え子である、という箍(たが)がある。
  夢:うん。
  翔:でも、ベッドに横になってるサチ子を見た時、一瞬の揺らぎがあった。 それって、緒方が、その箍に懸命に縋(すが)っている、それなのに ふと こぼれてしまった感情の発露、とも取れるんじゃないか、と。
  夢:うーん・・・・
  翔:もちろん、それは、「抱きたい」「自分のものにしたい」という類(たぐい)の感情ではなく、もっと違う・・・・うーん、自分の内側にある、「女性像への憧れ」みたいなものを重ねてる、と言うか。
  夢:・・・・・・・・
  翔:ただ、緒方としたら、サチ子に対して、そういう根源的な感情であれ何であれ「女」を重ねて見た、ということで、自分を許すことが出来なかったのかな、と。 まして、先生と生徒、という、乗り越えてはいけない立場にあったわけだから。   
  夢:・・・・そこまで潔癖に考えてしまうことってあるのかな。
  翔:わかんない。 ただ、ラストの 「先生は、どうして自分を許すことが出来なかったの?」 というサチ子の問いの答えは、その辺にあるのかな、という気もするので。
  夢:うーん・・と、緒方が原子力発電所に勤めてる、というのも、何か意味があるような気がするのだけど。
  翔:結局、「善」と「悪」のはざまにあるわけじゃない?
  夢:ん?
  翔:原子力、って、使い方を一歩間違えれば、「悪」になるわけだから。
  夢:うん。
  翔:そういう場所に自分をわざと追い詰めて行く、緒方って、そういう人間なのかな、と。
  夢:・・・なるほどね。 だから、「けれどもいまの僕は、ここから逃げるわけにはいかないのです」 という手紙の文面になるのかな。
  翔:・・・待って・・・・サチ子に「女」を重ねて見た、という感じより、もっと・・・「善でないもの」に踏み込めない自分への嫌悪、みたいなものも、あったのかな・・・・
  夢:ん?
  翔:『害虫』って、考えてみれば、ものすごくショッキングなタイトルなんだけど、結局、ほとんどの大人には理解出来ない生き物、が、サチ子だった、ということかな、と思うんだけど。
  夢:・・・・・・・・
  翔:ただひとり、緒方だけは、サチ子を、サチ子として認め、受け止めようとしていた。 それは、サチ子の内に秘めた『害虫』の存在を、彼だけが認知し、自分の何かと共鳴させたから、なのかもしれない。 けれど、その『害虫』に引き込まれ、自ら身を投じてしまいそうになって、怖くなって、彼女のそばを離れてしまった。
  夢:・・・・・・・・
  翔:自分に戒(いまし)めを課すような種類の人間である緒方が、サチ子が逢いに来た、ということで、めちゃくちゃ取り乱す。 それって、彼がサチ子を愛してるから、と、簡単に一言で括(くく)れない、もっと深い、もっといろんな感情が入り混じっていたから、という気もするけどね。  
  夢:・・・・うーん・・・・??
★    ★    ★
  夢:緒方という役を演じた田辺さんについては、どう?
  翔:私としては、緒方の、サチ子を見た時の一瞬の揺らぎの表現、というのが、絶品だったんじゃないか、と思うんだけど。
  夢:うんうん。
  翔:監督の意図としては、あそこは、あえて、性欲みたいなものを排除していると思うのね。 その一歩前で踏み止まってる緒方の、サチ子に触れることへの‘畏(おそ)れ’とか‘おののき’とか、うーん・・もうちょっと崇高なもの、と言ってもいいのかもしれないけど、とにかく、そういうものが必要だったんじゃないか、と。 で、田辺さんは、そういう表現させると、とんでもなく うまい な、と。
  夢:とんでもなく・・・(笑)
  翔:うん。(笑)
  夢:なるほどね・・・・やっと最後になって、まともなトークになったかな。 今回、翔、やたら「わかんない」を連発してたから、まとまるかどうか心配だったけど。(笑)
  翔:・・・でも、この映画は、細かく追求していく映画じゃない、という気もするんだよね。 わからない心地良さ、みたいなものも、なかったとは言えないし。
  夢:焦点がぼけてしまっても、それはそれでいい、と?
  翔:つまりは、「そういう映画」だった、という気がするから。 好きに考えて下さい、という。
  夢:うーん、そうかぁ・・・・・ 

以下は、BBSに載せた『害虫』の感想です。
『害虫』 投稿日:2002年11月29日(金)
13歳のサチ子に、あれだけさまざまな「経験」と「想い」とを注ぎ込むことが出来るなんて、
なんだか、映画ってスゴイ!と思いました。

宮崎あおいちゃん、好演。
田辺さんは、ベットに横になったサチ子を見つめる表情・・あの「揺らぎ」が絶品でした。

「先生は、どうして自分を許すことができなかったの?」

自分の心の内に芽生えた密かな感情さえ懸命に隠そうとする、その臆病さの中に、
より強いサチ子への想いが潜んでいた、と、そんな気がしました。

しかし・・・この映画は、受け取ったものを言葉にするのが、
ものすごくムズカシイ。
これほど悩むのは、『DOG-FOOD』以来かもしれません。