2005・5公開
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。
夢:『時効警察』ですっかり有名になった、三木聡さんの脚本・監督作品。 翔は、初見の時、田辺さんが演じた大森を、すごく買っていたよね。
翔:このDVDを初めて観た年(2005年)って、お正月に『徳川綱吉~イヌと呼ばれた男』が放送され、その後『約三十の嘘』と『フリック』のDVDを初見し、春に『荒神』(舞台)があって、その後『笑う三人姉妹』や『離婚弁護士Ⅱ』が放送されて、秋に『大奥~華の乱』『アウトリミット』が放送され、『七人の恋人』(舞台)があり、という、ものすごくいろいろなものを観せてもらった年で・・・・
夢:随分と密度の濃い1年だったんだね~。 8本のTVドラマと2本の映画が公開された2002年と双璧、っていうぐらいの・・・
翔:そうだね。 その頃の田辺さんって、まだ、きっちりと俳優として固まっていない、というか、出来上がっていない感じが、私の中にはあって・・・だから、どこまでフィールドを広げてしまうのか、すごく興味を持って観ていたようなところがあって。
夢:うん。
翔:そういう時期に、今挙げた作品群との出逢いがあって、それらひとつひとつが、田辺さんにとって、とても意味のある作品だ、と感じられたし、演じる為に必要なものを、確実に、しかも幅広く掴み取って行っている、とも感じられて、すごく頼もしく思ったわけなんだけど。
夢:うんうん。
翔:で、そういうバラエティに富んだ数々の作品の後に、この『イン・ザ・プール』を観て、大森和雄という役を、こんなふうにリアリティを突き詰めて演じていたことに、改めてすごく感動したんだよね。 生意気な言い方になるけど、ここに行き着いた田辺さんの、俳優としての成長・・というか、進歩というか、そういうものに、何だかものすごく心が揺さぶられてしまった、というか
夢:翔がBBSで「橋口さん、観てる?」と書いたのも、そのあたりの気持ちから、だったんでしょう?(注:橋口さん=『ハッシュ!』の橋口亮輔監督のこと)
翔:「俳優として新たな何かを掴んだ」 というと、すごく硬い言い方になってしまうけど、でも、初見の時は、本当にそういう気持ちだった。 『離婚弁護士Ⅱ』のトークで、「田辺的リアリズム」という話をしたけれど、この大森は「田辺的」でさえない、本当のリアリティ・・という言葉はおかしいかもしれないけど、でも そういう感じがしたから。
夢:BBSで翔が言ってた「まるで、少し若い佐藤浩市がいたみたい」に?(笑)
翔:はい。(笑)
自身の個性や感性のみで役を作り上げる俳優がいてもいい・・ 美しい空気感や、独特の翳(かげ)りの表情や、面白いキャラクターや、そういう「勝負出来るもの」を持っているなら、うまい下手は重要じゃない・・ とも言えるのかもしれないけど・・・・ でも、俳優として、「観ている人間の誰もが納得出来る登場人物」を作り上げる根本になっているものは、やはり、「演技力」だと思うんだよね。
夢:・・・・・・・・
翔:で、その演技力が最大に発揮されるのは、実は、個性の強い役じゃなくて、ごく普通の平凡などこにでもいる人間、なんじゃないか、と思う・・・・あくまで私の感覚だけど。
夢:今回の大森は、そういう役だった、と?
翔:そうだね。 だから初見の時には、ある種の強い感動があった、田辺さんが、いよいよ本格的にそういう‘域’に入って来た、と感じられて。
夢:なるほどねぇ・・・・
翔が、初見の時に、大森に対して、「脂分(しぶん)」という言葉を使っていたのが、すごく印象的だったんだけど。
翔:・・・・私としては、大森から一番強く受け取った印象、というか、感覚は、それまでの田辺さんの演技からはまったく感じられなかった、「脂分」のようなものだった、と思ったので。
夢:うーん・・・でも、正直に言うと、あたしは、「脂分」って、田辺さんにはあまり似つかわしくない形容なんじゃないか、と思うんだけど。
翔:・・・・・・・・・・・・
夢:ん?どうしたの?
翔:・・・そうなんだよね~・・・・
夢:え?
翔:今回、改めて観直した時に、ラスト近くで、自分でも思いがけない気持ちになったものだから、実はちょっと戸惑ってる。
夢:え?それは、どんな?
翔:どう言えばいいだろう・・・・うーん・・・・ 私は大森和雄という役をどうしても愛することが出来ない、ということに気づいてしまった――と言ったらいいのかな。
夢:大森を愛することが出来ない・・・?
翔:たとえば同じ患者でも、オダギリジョーが演じた継続勃起症の営業マン・田口に対しては、病気になってしまったことへの理解、というか、同情というか、そういうものが自然と湧いて来たのに・・・ 市川実和子が演じた強迫神経症のルポライター・涼美に対しては、病気になった原因については納得出来にくかったとはいえ、罹(かか)ってしまった病気に関しては、すごく同情してしまったのに・・・ 2人に対するそれらの気持ちは、観直してもまったく変わらなかったのに・・・ 大森に対してだけは、今回は全然そういう気持ちになれなくて、こちらの心を寄り添わせることが出来なくて、そのことが、何だかすごく辛(つら)くなってしまって・・・・
夢:・・・・・・うーん・・・・
翔:仕事をシャキシャキやってるように見えるけど どこか上の空で、奥さんと 心がすれ違って、ストレスがたまって、いらいらして、愛人に対して のらくら逃げて、性病になってプールに入れなくなって、ますますストレス溜め込んで、情けない顔でトイレの洗面台に水ためて手を突っ込んで、あげく、頭にろうそく立てて大きな木槌持って狂人のごとくプールの扉に襲い掛かる・・・そういう役を、なぜ、田辺さんが演じなければならないんだろう、って。
夢:・・・・・・・・
翔:あたりまえのことだけど、田辺誠一が演じているなら、どんな役でも好きになれる、というわけではないんだよね。 それは、役そのものに魅力がない、という場合がほとんどなんだけど、たとえそうでも、私としては、その役を得た田辺さんが、どういうふうに役を捉え、演じるか、田辺さんが演じることで漂う香りが どんなものになるのか、それだけでも ものすごく興味深くて、田辺さんが演じる役に拒否反応を示したことがほとんどない、と自負しているんだけど・・・・
夢:・・・・うーん、確かに、あたしがどうしても好きになれなかった『R-17』の乃木先生にしても、翔は、ちゃんと評価してたもんね。 ・・・・・でも、今回は、そんな翔でもダメだった?
翔:いや、この役を演じている田辺さんの、役への取り組み方、というのは、とても好きなんだけど。 彼が演じることで出来上がった「大森和雄」という男の輪郭も、中身も、よくぞここまで、というぐらい、田辺さんにとっては、かなり悩んで、苦しんで、その上で、見事なくらい的確に出して来た、という気がするから。
夢:・・・・・・・・
翔:ストレスを抱え、それをどうにかして拭い去ろうと躍起になっている「人間」という哀しい生き物・・・ その姿はどこまでも滑稽(こっけい)なんだけど、でも笑えない。 そういう「笑い」に転化出来ない切実な人間の「痛さ」を、田辺さんが的確に演じている、その姿を観たら、もう、胸がいっぱいになってしまった、というのも、嘘じゃないし。
夢:・・・・・・うん。
翔:そんな痛い人間でありながら、映り方としては、どこからどう観ても「整った二枚目」で嬉しかったし、この役を、ちゃんと そこ(二枚目)に収まらせた田辺さんにも、ますます惚れたし、 それだけでも十分に(笑)、私にとってはこの役を高評価する意味があったんだけど。
夢:うん。(笑)
翔:だけど・・・・
役を演じる俳優であるからには・・・ どんな汚い役でも、どんな醜い役でも、どんなに同情に値しない役でも、どんなに観る人間を不快にさせる役でも、そういう役を受けた限りは・・・ 自分の持てる力の限りで演じなければならないのはあたりまえのことではあるんだけど・・・・
でも、大森和雄という人間が持つ‘狡(ずる)さ’とか‘醜さ’といったようなものを含んだ「澱(おり)」みたいなものを、田辺さんが澱(よど)みなく演じているのを観た時に、「演技だから」「田辺誠一が演じているから」ということで帳消しに出来ない、許せない、愛せない、そういう気持ちになってしまった自分自身にびっくりしたのも事実で・・・
夢:・・・・・・・・
翔:田辺さんが大森という役を演じている、そのことに、何だかすごく息苦しさを感じてしまったのも、また、確かで・・・
夢:・・・・・うーん・・・・・
翔:ひょっとしたら、それは、「演技力」の賜物、なのかもしれないんだけどね。 役が持つ苦味(にがみ)を、俳優の個性や持ち味によって、いい具合に弱めたり、薄めたり、オブラートに包んだり、ということを一切しない、苦いままで味わわせることが出来る、というのは。
俳優の魅力を役に上乗せしない、色付けしない・・・ それは、ひょっとしたら、「大森和雄」という人間を、もっとも的確に表現している、ということになるのかもしれないんだけど。
夢:・・・・うーん・・・・たとえば、『スクール・デイズ』の赤井豪なんかは、あたしとしてはどうしても好きになれなくて、それこそ、何でこの役を田辺誠一がやらなくちゃならないの?という思いがあったんだけど、今回の翔の拒否反応は、そういう気持ちに近いものではないの?
翔:いや、赤井豪は好きなのよ。(笑) 確かに、ものすごくハチャメチャな役だし、観ていて 痛々しいところも 辛(つら)いところもあるんだけど、あそこには「田辺誠一が演じる意味」みたいなものが ちゃんとあるような気がするし。 ・・・・まぁそれも、実際にまた観直したら、印象がガラッと変わるってこともあるのかもしれないけど。
夢:(笑)
翔:さっき話に出た『R-17』の乃木にしても、役そのものに魅力があったかどうか、というのは確かに疑問だけど、でも、あの役が田辺さんに与えられたことで、初めて浮き上がってきた乃木の一面、というのも、確かにあったような気がするから。
夢:・・・・・・・・
翔:むしろ、『南くんの恋人』とか、『蒼い描点』とか『弁護士のくず』とかで田辺さんが演じた役の方が、大森を再見した時の私の落ち着かない気持ちとシンクロするものがあるかもしれない。
夢:でも、『南くん・・』は別として、他の2本に対しては、初見の時の翔は、この映画の大森と同じように、それなりの評価をしていたような記憶があるけど。
翔:そうだね。 さっきも言ったように、俳優を続けて行く上で、そういう役を与えられ、演じる、ということの意味も、確かにあるんだろう、という思いがあったからね。 制作側の、田辺誠一という俳優に対する役の与え方が、ものすごく広がって来ている、そういう「普通」の役まで、田辺にやらせたい、と思われるようになったんだ、という嬉しさも、確かにあったには違いないし。
夢:うんうん。
翔:だけど、正直に言えば、その一方で、田辺さんの俳優としての独特の魅力・・・・ 透明感とか、硬質な味わいとか、切なさ、純粋さ、瑞々(みずみず)しさ、みたいなものがスポイルされちゃうんじゃないか、という不安もまた、大きくなってしまっていたのも事実で。
夢:・・・・うん。
翔:田辺さんが、そういう「普通」の役を 「普通」に演じる、というだけの 「普通の俳優さん」になっちゃったら、たとえ演技力がついたとしても、意味がないだろう(少なくとも私にとっては)なんてことを思ってしまったのも事実で・・・・
夢:・・・でも、翔のその気持ちというのは、ある部分、田辺ファンの多くがずっと持ち続けていたフラストレーションでもあるんじゃないのかなぁ。 むしろ、ようやく翔が、そういう田辺ファンの感覚に近づいたんじゃないか、って気もするけどね。(笑)
翔:・・・・そうなのかもしれないけど・・・(苦笑)
夢:・・・・しかし、なぜここに来て、いきなり大森拒否、みたいな気持ちになったのかな。 何かきっかけみたいなものがあったの?
翔:・・・・・たぶん・・・・・
夢:ん?
翔:『ホテリアー』の緒方耕平を観たせいかもしれない・・・(笑)
夢:・・・・えっ!?
翔:このDVDを観た時に、ちょうど『ホテリアー』と『風林火山』がOAされてて・・・・
夢:うんうん。
翔:あの緒方を観てしまったら、なぜ大森みたいな役を田辺さんがやらなきゃならないんだろう、っていう理不尽な気持ちが、急激に湧き上がって来てしまって。(苦笑)
田辺さんが作り出す空気が、あんなふうに澱(おり)に沈んでしまうことが・・あんなふうに濁(にご)ってしまうことが・・なんだか ものすごくもったいない気がして、それで、急に、大森に対して引っ掛かりを感じるようになってしまって・・・・
夢:・・・・・(笑)・・・・・
翔:・・・・・え?・・どうしたの?・・・
夢:・・・・いや、今、急に、翔の言葉が、緒方耕平(を演じた田辺さん)への愛の告白みたいに聞こえてしまったので・・・
翔:えーっ!?
夢:要するに、翔としては、大森和雄より緒方耕平の方が好き、緒方を演じてる田辺さんの方が好き ・・・ってことなんでしょ?(笑)
翔:・・・・・う~ん・・・・図星・・かも。(笑)
夢:図星だよ。(笑) ――でも・・・そうかぁ、緒方総支配人ねぇ。 彼は、あたしにとっても「田辺誠一の理想形のひとつ」だったからね~、 確かに、翔がそういう気持ちになったとしても、決しておかしくないと思うけどね。
翔:・・・・結局、私の「大森和雄を愛せない」という気持ちは、田辺さんが大森をあんなふうに演じたことが原因じゃないんだよね。 ファンとしての私の、田辺さんを観るスタンスの問題、私が田辺誠一という俳優に、最終的に何を求めているのか、という問題、なんだろうと思う。 ―― その辺は、またおいおいに・・・『ホテリアー』の時にでも(笑)トークして行きたい、と思いますが。
夢:このあたりからしばらく続く「普通」とか「リアリティ」のトンネルを、早く抜けたいよね。(笑)
翔:そうだね。 でも、それも、その先に 緒方耕平(@ホテリアー)や小山田信有(@風林火山)が待っている、と分かっているから、言えることなのかもしれないけどね。(笑)