『奇跡の人』感想

『奇跡の人』感想 

今年4〜6月にNHKBSプレミアムで放送されたドラマ。
遅ればせの感想です。

こんなに何度も観返したドラマは久しぶりかもしれません。
観るたびに、登場人物の言葉ひとつひとつが心に沁(し)みて、
脚本に詰め込まれたメッセージの量が多過ぎて軽々に感想を書けないなぁ
と思っていた矢先に、
相模原で大きな事件が起きてしまった。

犯人は「障害者なんていなくなればいい」と言って犯行に及んだ、
そんな彼をテレビのコメンテーターたちは こぞって
「異常な考え(思想)の持ち主」みたいに言っていたけれど、
たぶんそうじゃない、
言葉にしないだけで、犯人と同じような事を心の中で思っている人は
案外少なくないのかもしれません。

世界全体が、自分さえ良ければそれでいい、と思い始め、
分かりやすい敵を作って攻撃することでまとまろうとし始めている、
そんな 何だかギスギスした 不穏な いや〜な空気があちこちに漂う中、
事件は起きた‥
それは、そんな世の中の風潮とまったく関わりのないことでは
ないような気がします。


――― ドラマの感想に戻ります。

これはもう本当に、ただ観て下さい、と言うしかないです。
障害者が、ただ 人の助けを必要としているだけの受け身の存在ではない、
彼らから与えられるものが 受け取るものが 本当にたくさんあるんだ、
ということが、しっかりした息遣いで描かれています。
困難なことや苦労はたくさんあるけど 彼らは“普通”に生きている、
必ずしも「障害者ドラマ=お涙頂戴の感動美談」である必要はない、
と改めて思います。


私の身近にも障害児がいます。
だから海ちゃん(住田萌乃)のことは他人事ではなかった。
一択(峯田和伸)のように 他人でありながら自然に海ちゃんと接して、
彼女が生きるために闘っている姿を
ROCKだ!かっこいい!と思ってくれる人がいる、
海ちゃんや母親・花(麻生久美子)に対して、
「必要なのは ラブ&ピース&ロック&スマイルだ!」と言いながら
全身でぶつかって、
不器用ながらも 必死こいて その心と繋がろうとし、
笑顔を生み出そうとする人がいる、
それが、先生とか専門家とかではない、立派でもかっこ良くもない、
ごく普通の、馬鹿だけど素朴なロック野郎だったことが、
何だか嬉しかったし何だかちょっと切なかった。

アパートの大家で一択の親代わりでもある風子さん(宮本信子)の、
「馬鹿で何も考えてないやつが
突然まっとうなことをへたくそな言葉で訴えるとなぜか心打たれるもの、
人によってはそれを“ロック”と呼ぶらしい。
でも、ロックとは基本荒々しいもの、つまりずさんなものであり、
計画性やら現実性とは無縁のもの。
‥でどうするの?ということは何も考えていないものなのです」
「この男馬鹿である。
けれど忘れないでいただきたい、奇跡は馬鹿が起こすものなのです」
こんなナレーションに微苦笑しながらも、
その「馬鹿で荒々しくてずさん」な一択に無性に惹かれて行く。
だって この男ったら、難しいことを難しく悩まず、
道徳的なお堅い考え方とは無縁のところで、
単純に すべてロック魂で乗り越えちゃえ!って考えてるからさぁ‥w

一択のシンプルな考え方が
徐々にアパートの住人(浅香航大中村ゆりか光石研)にも沁みて行く、
迷惑に感じたとしても決して否定や拒絶はしない、
それぞれの立ち位置で花や海ちゃんに接する彼らの姿にもホッとする。
  (一択があんなに大騒ぎして海ちゃんと格闘してたら、
  彼らとしても見て見ぬふりは出来ない、否応なく巻き込まれちゃった、
  って言った方が正しいのかもしれないけどw)
そうして‥
小さなスプーンにも存在意義があるように、
誰でも どんな人間でも 生きていていい、この世に存在していていいのだ、
自分もまたどんな姿であれ生きていていいのだ、
という当たり前のことが、少しずつ外の世界へと広がって行く、
一択の祖母・イワ(白石加代子)や、友達の馬場ちゃん(勝地涼)や、
一度は逃げ出した海の父親・正志(山内圭哉)までも巻き込んで‥

このドラマをメルヘンだと思う人、ありえないと思う人、
実際にはこんなにうまくいくはずがない、
と思っている人もいるかもしれない。
どんなきれいごとを言っても、
やっぱり 障害者もその家族もかわいそうだし不幸だし、
正直自分は関わりたくないものだ、と。

だけど、そんな人にこそ言わなくちゃならない、伝えなくちゃならない、
みんな どんな形であれ生きることと闘っている、
言葉にならない声にも、軽く触れた指にも、かすかな笑顔にも、
間違いなく誰かの心を温め 動かす力がある、
そういう力をみんなが持っている、
それだけでも 誰もが生きている意味がある、
あなたも、私も、彼らも、変わりなく‥
実際に接してみれば分かる、触れてみれば分かる って、
やっぱり信じたいから‥
恐れずに 厭(いと)わずに 憐れまずに 近寄って 触れて 与えて
そして 受け取って――と。

このドラマは、小さな小さな世界の物語でありながら、
実は大きな世界のことを語っているように思います。
幸せって何だろう、生きる意味って何だろう、と考えさせられる‥
なんて言うと、大袈裟なようで気恥ずかしい気もしますがw
その難題にスッパリと切り込んでくれたのが
一択みたいなふざけたヤツだったから、
逆に、観る側としても素直にいろんなものを受け取れたような気がします。


伝えたいことをたくさん持った脚本、丁寧な演出、
そして出演者たちの熱演、すべてに引き付けられるものがありました。
特に、
一択に銀杏BOYZ峯田和伸さんを配したのはお見事!
また、海ちゃんを演じた住田萌乃ちゃんには本当に驚かされました、
三重苦の子という難役をあの歳で演じられるってすごいなぁ、と。
麻生久美子さんのシャキッとキリッとした感じも良かったなぁ。
アパートの人たち(浅香航大中村ゆりか光石研)が、
海を介して、それぞれに心を開いて繋がって行き、
大切な何かを掴みつつ緩やかに変化して行く様子も微笑ましかった。
風子さん(宮本信子)や イワさん(白石加代子)は
さすがの存在感だったし、
馬場ちゃん(勝地涼)のキャラも好きだったけど、
何と言っても 私が一番惹かれたのは正志(山内圭哉)でした。
喧嘩っ早い彼の芯にある弱さ、優しさ、彼なりのロック‥
一択以上の馬鹿なんだけど、
だからこそ奥底からじんわりと伝わる もどかしさ が何とも切なかったし、
そんな彼が、海ちゃんや一択が闘っている姿に触れて変わってくれたことが
とても嬉しかった。
しかも、最後に「貧乏な足長おじさん」なんていう
とんでもなくかっこいいところに落ち着いちゃうなんて‥(泣笑)


これから先‥
彼らがどんなふうに生きて行くのか、観てみたい。
海ちゃんには もっともっと外の世界に出て行って欲しい。
そうして、彼女が周りの人たちに自然と受け入れられて行ったように、
世間のさまざまな壁を 一択や花と一緒に打ち破って欲しいです、
障害と闘うことはロックだ、
闘いながら生きる人はかっこいい、
彼らと共に生きることは自分の糧(かて)にもなる、と前向きに素直に思える、
そんな 心しなやかで 心優しく 心たくましい人が少しでも増えて、
誰もが もう少しだけ楽に息の出来る世の中になるように。


…うまく感想がまとまりません。
もし 読んで不快な思いをされた方がいたらごめんなさい。


『奇跡の人』     
放送日時:2016年4月24日 - 毎週日曜 22:00-22:49 <連続8回>(NHKBSプレミアム)
脚本:岡田惠和 演出:狩山俊輔、田部井稔(AXON) 音楽:井筒昭雄
制作統括:後藤高久(NHKコンテンツ開発センター)、河野英裕(AXON)
プロデューサー:大倉寛子(AXON)
制作・著作:NHK、AXON
キャスト:峯田和伸銀杏BOYZ麻生久美子 住田萌乃
浅香航大 中村ゆりか 喜多道枝 勝地涼 山内圭哉 光石研 
白石加代子 宮本信子 他
公式サイト