『LAST HOPE/ラストホープ』感想まとめ(その2)

ラストホープ』感想まとめ (その2/第6-11話)

   

ラストホープ
放送日時:2013年1〜3月毎週火曜 21:00- (フジテレビ系)
キャスト:相葉雅紀 多部未華子 田辺誠一 小池栄子 北村有起哉 
桜庭ななみ 江口のりこ 菅原大吉 平田満 高嶋政宏 小日向文世 
脚本:浜田秀哉 
演出:葉山裕記(7.9.11話)石井祐介(8話)谷村政樹(6.10話)
プロデュース:成河広明 古屋建自

『ラストホープ』公式サイト

 

▼『ラストホープ』(第6話)
毎回、先端医療の現状や問題点を挙げつつ、
過去話を随所に絡(から)めて来るので、
患者の背景に関しては、書き込み不足は否めないんですが、
それでも、患者への治療(手術)を通して、
メインを担(にな)った医師が、確実に何かを掴んで、
医師としても人間としても成長して行く、その姿が描かれるので、
観ていて、どこか さわやかで前向きな気持ちになれるのも事実で。
    (実際に病気と闘っている人からしたら「さわやかで前向き」というのは
    不謹慎な言い方かもしれないけれど)

 

今回は副島(北村有起哉)がメイン。

 

医療をビジネスと捉えている彼にも、
彼なりの医師としての誇りや自信があるのだ、というあたりを、
手術への取り組みや、過去の経験と重ねて行くことで、
じんわりと見せてくれて、
彼の中にどんな野望や夢があったとしても、
この「医師として」のベースがしっかり出来上がっている限り、
とんでもない方向には進まないだろう、という安心感が芽生えて、
ますます副島が好きになりました。

 

医者として延命を第一に考えるべきか、
患者の望む眼科治療を優先すべきか・・
「私にとって写真を撮ることは生きることだ。写真家として死にたい」
という篠田(石黒賢)の望みこそが彼のラストホープと捉え、
メンバーは眼科手術を優先することになるのですが・・

 

副島に、素直に不安を打ち明ける篠田。
「今からでも脳腫瘍の手術を優先しようか・・
眼の手術をしても見えるようにはならないんじゃないか、
そう考え始めたら、無性にもっと生きたくなった。
覚悟を決めたのに・・自分の弱さに腹が立つ」。
そんな彼に、副島は言う、
「私は、私以上に優秀な眼科医を知りません」と。
このシーンが、私はすごく好きでした。

 

篠田の不安を受け止めた副島が、
私なら10%の成功確立を50%にまで引き上げることが出来る・・と。
それだけの自信が本当にあったから言ったのかもしれないけれど、
私はむしろ、そう言い切ってしまうことで、
副島自身が、篠田に対する医師としての責任を、
自分の持てる力すべてを使って果たそうとしているようにも思えました。

 

手術中、何度も小さく息を吐く、
副島が、どれほど緊迫した中で手術をしているのかが
如実に伝わって来る。
その見事な捌(さば)き方を見て、高木(田辺誠一)が言う、
「あそこまで無駄がないのは、何度も頭の中でイメージを固めたからだ」。
その言葉から、高木や橘(多部未華子)が、最初の頃、
懸命にシュミレーションを繰り返していたシーンが思い出されて、
10%を50%に引き上げるための最大限の努力を
副島も懸命に払っていたんだ、と、なんだ、こいつもいい奴じゃないか、と、
ちょっとウルッと来たりもして。

 

2週間後、篠田の眼帯を、
橘が「失礼します」と言ってそっと外したのも良かった。
「患者の命が第一」と考えていた彼女に、
医者が望むことと患者が望むことが同じとは限らない、と、
身を持って教えてくれた篠田。
彼に出会ったことで、
副島と同じように、橘もまた成長したように思います。
だからこそ、彼女が篠田の眼帯を外す役目を担うことにも
意味があったのではないかと。

 

篠田が望んでいたものは、
ひょっとしたら「カメラマンとしてファインダーを覗くこと」
ではなかったのかもしれない。
再び眼が見えるようになって味わえた、
(カメラマンとしての原点回帰とも言える)一人の人間としての、
小さな感動・驚き・・
命の尽きる前に心に写し撮ることが出来た、
自分がイメージしていた姿とは違っていた幼顔の女医の、
はにかんだ微笑み顔・・

 

結局、篠田は死んでしまったけれど、
彼の最後の望み(ラストホープ)は叶えられた。
副島や橘にとっては、患者の身体を治療するだけでなく、
心(願いや祈り)を掬い取ることも大事だと知った、
貴重な経験だったように思いました。


一方、過去話は・・
高木と波多野(相葉雅紀)が、その周囲の状況を描き進むことで、
徐々に本人の芯に近づく感じがして来た
(これは、役としてそういう作りになっているということもあるけれど、
俳優の持ち味とも関係している気がする)のと対照的に、
副島と橘は、芯が最初にあって、
そこにさまざまな感情が肉付けされて来た感じ。
その中間に、バランスの取れた荻原(小池栄子)がいて、
全てを包含するように古牧(小日向文世)がいる・・
波多野の過去を含めた全体が、ジワジワ古牧に近づきつつある、
という感じがします。

 

次回はいよいよ斉藤健(たける高橋一生)の登場。
波多野周辺が、加速度をつけて動き始めることになるのでしょうか。


気になった人たち。

 

篠田を演じた石黒賢さん。
眼の見えない演技というのは、なかなか難しくて、
そうと言われなければ そうとは見えないことも多いのですが、
石黒さんは、視線の先の対象物にピントを合わせない眼の動きが
ほぼ完璧に出来ていて、説得力がありました。
あと、この人の持つ独特の(感情過多にならない)人間味も、
この役には、とても有効だったように思います。

 

北村有起哉さん。
いつもは、ほとんど温かい感情の部分を見せない副島だけど、
今回は、そういうところが じんわりと滲み出て、
それでも、自分のキャラはくずさない、
そのあたりを、北村さんが抑制しつつ演じることで、
役に、さらに奥行きが出ていたように思います。
こういう、ワキでピリッとした存在感を見せてくれる人に、
私はめっぽう弱いですw。

 

相葉雅紀さん。
篠田が、波多野に対して「掴みどころがない」と言ってましたが、
それはそっくり、相葉くん本人にも言えることなのではないか、とw。
しかし、波多野を演じるうちに、
徐々に何かを掴み掛けている(自分を広げている)感じもして。
だから、前回、【波多野の まっすぐな性格の内にある陰影を、
相葉くんがうまく出し始めている】と書いたのですが、
今回は、病床のお母さんとのやりとりが良かった。
何だろう・・今まで一度も波多野に感じられなかった、
キンと冴えた空気感、みたいなものが初めて伝わって来て、
これからますます難しくなりそうなこの役を、
彼がどこまで掘り下げて演じてくれるか、楽しみになりました。

 

田辺誠一さん。
前回、【どの一瞬を切り取っても、高木淳二という一人のキャラとして
まったく違和感ないのが、本当に嬉しいし、本当に観ていて面白い】
と書いたのですが、今回は、ちょっと引っ掛かってしまった。
カンファレンスのシーン、
私には、おちゃらけてる高木が、白石(@デカ黒川☆鈴木)に見えてしまった。
あの緩(ゆる)さは、高木が持っている緩さじゃない気がしました。
そんなことを考えていたせいか、
高木が、カンファレンスの流れに乗り切れず、
全員の言葉の応酬の中にうまく溶け込んでいないようにも
感じられてしまいました。
(もちろん、あくまで私個人の感覚です)

 

それと、高木には、
紗枝との交際や別れによって生まれた感情とか
物の見方とかが何かしらあるはずで、
「医者が望むことと、患者の望むことは違う」という言葉も、
紗枝があの時 彼に望んだことに由来していると思うのですが、
今回、「白石的軽さ」のせいもあったのか、
愛する人の死に際に関わったことによる痛みと悼(いた)みが、
十分に高木の言動に反映されていないように感じられたのが
ちょっと残念な気がしました。
そのあたりを掘り下げたら、もっと深みが出るだろうに・・と。

 

そういう高木の深さを、いつか描いてもらえると思ったから、
【「一人の患者さんをちゃんと救うことは、そんな簡単なことじゃない」
そこを、今後 このチームが共通認識出来るのかどうか・・
おそらく、今のところ、波多野以外では、高木が、
それを一番良く理解しているんじゃないか、という気がする】
と、4話の感想で書いたわけなんですが。

・・すみません、自分でも、あまりにも細かいことを求め過ぎている
気がしますけれども。(苦笑)

 

ところで、高木の眼の件(老眼疑惑?)は、
ただのギャグ的エピソードなんでしょうか?
それとも、深い意味のある伏線なんでしょうか?
まさか、チームバチスタ的展開には・・ならないですよね・・
(だから深読みし過ぎだってば!w)

 

ゲスト:坂井真紀


▼『ラストホープ』(第7話)

前回あたりから、患者の病気の治療だけでなく、
心のケア、というところにも踏み込んで来た気がします。

 

「治療のために、やりたいこと全部我慢して来た、
なのに白血病になった。
どうせ死ぬなら、治療の苦しみから解放されたい。」
余命半年と診断され、治療を拒む西村杏子(谷村美月)に、
何とかして希望を見出してやりたい、と、
波多野(相葉雅紀)は、坂崎多恵(石田ひかり)に杏子を会わせ、
病気が治った後の夢を書くスターティングノートを勧めます。
ノートは、もともと高木(田辺誠一)の恋人・紗枝が書いていたもの。
紗枝から多恵へ、そして杏子へ・・と、
ノートを通じて「想いが繋がって行く」感じが
じんわりと温かく伝わって来て、ほっこりしました。

 

一方、荻原(小池栄子)は、
「患者と医者が全力で立ち向かわないと勝ち目はない。
私は、杏子ちゃんのためなら、何ひとつ諦めない。まかせて、私に。」
と、力強く励まし、やがて杏子も、前向きな気持ちになって行きます。

 

・・これって、本当に、医療の理想の姿ですよね。
先端医療という、命ぎりぎりの現場で、
何のために患者を治療するのか、と言ったら、
患者の身体を健康な状態に戻してやることももちろんだけれど、
そうすることで、患者の心を再び前向きな気持ちにさせ、
生きる希望や夢を体内に満たしてやるため、なんじゃないか、と。

 

そのためには、医師が、揺るぎない存在として、
患者に寄り添う必要がある。

 

前回の、副島(北村有起哉)の
「私は、私以上に優秀な眼科医を知りません」
という言葉もそうだったけれど、今回の荻原の、
「私は、杏子ちゃんのためなら、何ひとつ諦めない」
という言葉もまた、どれほど患者を勇気づけるものだったか。

 

命に直結する現場で治療に携(たずさ)わる医師は、
患者に、絶対と言えるぐらいの安心感を与えなければならない。
患者(とその家族)との信頼関係=気持ちの繋がりを築けなければ、
「命」を扱えない。

 

そのあたり、医師という仕事が、
実はとても繊細なものだ、ということが伝わって来ましたし、
それに対する医師の負担や重圧がどれほど大きいか、
どれほどのリスクを抱えているのか、を考えると、
何だか胸が痛くなってしまいました。
もちろん、その分、報(むく)われた時の達成感・充実感は
計り知れないものがある、というのも、確かなことだろうとは思いますが。

 

次回、多恵の病状の急変が、杏子にどんな混乱を引き起こし、
それを、医師たちがどうやってケアして行くか、
そして医師たち自身が、自分の気持ちとどう闘って行くか・・
難題はまだまだ続きそうです。


一方、過去話も、核心に近づいて来たように思います。

 

斉藤健(高橋一生)の登場、
しかも彼は再生不良性貧血で余命1年・・
そのあたりから、私の妄想が、一気に膨らんでしまいました。

 

彼の病気は、後天性ではないのかもしれない、とか・・
斉藤夫妻が何とかして息子の命を救いたいと願ったことが、
すべての発端になっているんじゃないか、とか・・
そこに大きく関わっているらしい波多野卓巳の存在、とか・・
彼が生まれて来た理由、とか・・

 

20数年前に立ちはだかった医療の限界。
しかし、先端医療はめざましく進歩している、
年を経て行くごとに、救える可能性は高くなって行くに違いない、
そこに、彼らは賭けたのかもしれない、とか・・

 

それは、「正面突破出来る問題じゃない」という副島の言葉や、
「先端医療だからこそ・・‘未来の命’も救えるかもしれない」
という鳴瀬(高嶋政宏)の言葉の意味にも
繋がって来るんじゃないか、とか・・

 

古牧(小日向文世)の研究の最も有効な使われ方、とか・・

 

私の頭の中では、
このドラマの哀しくて優しくて切なくて温かなエンディングが、
徐々に形になって来ているわけですが・・
・・・まぁ、だからそれは、
所詮(しょせん)私の妄想の話でしかないんだけれども。w

 

一方、高木(田辺誠一)が背負うのは、
やはり、リスクの問題、ということになりそうですね。
2000冬NYで、
彼に再び医師としての道を拓いてくれた大森(小木茂光)が
何故「医者を辞める」と言ったのか。
連想されるのは、三枝久広(@ジーンワルツ)。
ああいう事例は、アメリカの方が多いような気がするし。
(あくまで私個人の印象ですが)

 

リスクへの恐れが、大森の、医師としての行動を制限してしまう、
ということになって行くのかどうか・・
彼が言った、「来月帝都大に行く。交換研究員制度で20年ぶりの日本だ」
も、かなりいろんな意味を含んでいるようで、気になります。

 

古牧(小日向)の研究は、
やはり「Clone」という方向に進んでいるらしい。
そんなことになるのかなぁ、と、うっすら想像してはいたんですが、
最初の頃は、まだそれをSFや夢物語としか捉えられなくて、
そんな方向に進んでしまったら 話について行けなくなるんじゃないか
と、ちょっと不安で複雑な気持ちもあって。

 

でも、7話まで観て来て、
先端医療の凄さをいろいろ実感させられた今は、
そういうことが実際に起こりうる時代になっているのだ、と、
素直に納得し、受け入れている自分がいて、
古牧の心情を考えた時に、ばっさり切り捨てる気持ちにもなれなくて。
でも、もちろん、それは、いくら最愛の人のためであっても、
人間の入り込んではいけない神の領分だ、という想いは根強くて。

 

彼の研究がどういう実をつけるのかは分からない・・けれど・・
結局、彼がいつも聴いている落語のお題が、
最後には 効いて来るのかな、という気もしていますが。


浜田秀哉さんの脚本について。
謎の正体が徐々に見えて来るにつれ、
改めて、脚本の構築の緻密さに恐れ入っています。

 

以前『ライアーゲーム〜The Final Stage』という映画を観た時に、
リンゴゲームのルールや、登場人物の綿密な動かし方、等々、
数学的な組み立て方の面白さに嵌(はま)ったことがあったのですが、
このドラマも、まるで「ジグソーパズル」のように、
ひとつひとつのピースの置き場所が綿密に練られていて、
四隅から置かれ始めたピースが、思わぬところで繋がったり、
予想外の図柄を浮かび上がらせたりして、
こちらの想像を軽く超えて来るので、本当に一瞬も気を抜けなくて、
だから、いつも、1時間が 信じられないくらい速く、
あっと言う間に過ぎて行く感じがするし、
毎回、3回4回と何度もリピするのが当たり前になっています。

 

予告でさえ、重要なヒントを見つけ出す大切な手立てになるから、
最後まで集中力を緩めることが出来ない。
次回予告も、「波多野卓巳くんの手術をやって・・」なんて
重要なセリフがポロッと出て来ているし。
まったく、本当に、次の火曜日が楽しみでなりません。


今回は告知も良かったです。
高木と副島が同じイヤホン使っているところが、萌えポイントでした。
(いい大人なのに可愛いんだよね、二人とも)
私にとっては、田辺誠一北村有起哉が並んで立っている、
というだけで、相当「すごいこと」だったりします。
だから今回、二人並んでタブレット覗いてたシーンも嬉しかったです。w

 

う〜ん、二人が本格的に対(たい)で演じるシーンというのは、
今後もないんでしょうかねぇ。
非常にもったいない!と思うんですが。

 

ゲスト:谷村美月 石田ひかり 紺野まひる


▼『ラストホープ』(第8話)
「生きる覚悟」と「死ぬ覚悟」・・
坂崎多恵(石田ひかり)が残した
スターティングノートとエンディングノートは、
彼女が、潔(いさぎよ)く生き、潔く死に立ち向かった証(あかし)・・

 

「所詮(しょせん)はドラマ」などという軽い観方では
許されないような気分になってしまう程、
いろんなことが心に響いて、いろんなことを考えさせられて、
命の重みがズシンと伝わって来る、彼女の死でした。

 

杏子(谷村美月)が、多恵の生き方・死に方から学んだ、
「死ぬ覚悟を決めた。絶対生き抜いてみせる」という言葉も、
すごく良かった。
このドラマに出て来る患者さんたちは、
毎回、何かしら温かいものを心に宿しつつ前に進もうとしてくれるから、
命を賭けたギリギリの現場なのだけれども、
どこか「救い」があるような気がします。

 

高木(田辺誠一)や波多野(相葉雅紀)や橘(多部未華子)が、
手術中、脳死状態になるかもしれない、と分かっていても
手を止めることが出来なかった、
ひたすら患者の心臓を動かすことだけに夢中になった、
そこにある、医者としての反射神経というか、本能と言ったらいいか、
そのあたりのことを話すメンバーの会話も、興味深かったです。
(手術中、もっと画面からぶつかって来るような緊迫感があったら、
さらに伝わるものがあった、と思うのですが、そこがちょっと残念)

 

吉野万奈美(紺野まひる)と、多恵の話をする高木(田辺)。
この時の高木が本当に優しげで、
スターティングノートが、自分の恋人である紗枝から多恵へ、
そして、杏子や万奈美へ繋がって行くことで、
彼の中で、いくらかでも浄化され、救われるものがあったのかなぁ、
と、そんなことも思いました。

 

一方、坂崎多恵の死がセンターに与えたダメージは大きかった。
教授たちに糾弾される、鳴瀬。
しかし、彼は、院長にこう言い放ちます、
「身を引く、というのは、責任を取るポーズに過ぎない。
これからも、センターの医者の使命として、医療の限界に挑み続けます。
辞めない。それが私の覚悟です」

 

医療の限界に挑む限り、それが難しければ難しいほど、
今回のようなことは、頻繁に起こり得る。
世間や家族(遺族)からは一方的に非難され、
それどころか、橘(多部)のように裁判沙汰になることだってある。
それでも、そういう彼らの存在がなければ、新しい医療は生まれない。
「未来の医療」への礎(いしずえ)にはなれない。

 

そんな重いリスクを背負ってなお、
自分を信じて最大限の力を発揮し、医療に全力を尽くす・・
そういう気概を胸に秘めた医師たちを、
鳴瀬(高嶋)は、このセンターに集めたような気がします。
橘しかり、高木しかり、波多野しかり、荻野(小池栄子)しかり・・
副島(北村有起哉)にしても、金儲けというだけではない、
もっと自分なりの医療への想いや夢に添った「ビジネス」の姿を
追っているような気がするし・・

 

過去話。

古牧(小日向文世)が息子・聡史に語った
「行動の選択が人間の価値を決める」は、とても重い言葉だと思います。
息子がかばって命をおとした、その友達が意を決して古牧に謝りに来る、
その時のその子の気持ちを思うと、胸が苦しかった。
「聡史を誇りに思う」という古牧の言葉に、その子も救われたんじゃないか、
そのことで浄化されるものは、古牧にはなかったんだろうか・・
等々、あれこれと考えてしまいました。

 

橘(多部)が佐々木教授に詰め寄った時、
「金か?」という思いがけない言葉が出て来て、何だかドキッとした。
まさか金銭絡みの話になるとは思っていなかったので。
一気に生臭くなって、
それがどう本筋に絡んで来るのか、の興味も広がります。

 

波多野卓巳について。
斉藤仁美(霧島れいか)が、鳴瀬(高嶋政宏)に
「波多野卓巳くんの手術をやって・・」と頭を下げたのが、1985年。
この時、卓巳は2歳。
おそらく卓巳はこの時、病気も怪我もしていなかったんじゃないか、
という気がしますが、本当のところはどうだったのでしょうか。

 

そして、トンネル事故に遭った斉藤夫妻(神尾佑・霧島)が、
鳴瀬に懇願した、最後の希望・・
どうやらそれが、このドラマにとっての「ラストホープ」にも繋がって行きそう。
先端医療・再生医療が、ひとりの人間の命を救う「最後の希望」となる、
その道筋(ドラマ上の)が、少しずつ見えて来たようにも思います。
(・・と、私の頭の中で 妄想があれこれ勝手に疾走中w)

 

次回は、父と子のお話。
どこか、波多野(相葉)にもリンクしているように感じられます。
親と子を結ぶものは何か・・
ストレートに、遺伝子、と言うことも出来ますが、
でも、それだけに留まらない、
年月(時間)と感情の積み重ねで生み出されるものも、確かにあるわけで・・

 

先端医療・再生医療を扱ったこのドラマが、
そのあたりの「情感」をどう描いて行くのか、
引き続き、楽しみに観続けたいと思います。

 

ゲスト:谷村美月 石田ひかり 紺野まひる


▼『ラストホープ』(第9話)
9話を初めて観た時に、
あまりにもセリフがサラサラッと流れて行ってしまっているように思えて、
おいおい大丈夫か?と心配になったのですが、
再見したら、あまり気にならなかった。
セリフの意味を噛み締めながら真剣に観ていると、
感情過多な言い方は、かえって邪魔になる気がして、
特にカンファレンスなど、無機質っぽい話し方で丁度いいのかもしれない、
なんて、今更なことを考えたりして。
久しぶりに、全体のセリフのスピードが速かったから、
ちょっと戸惑ったのかもしれないです、
最初の頃は、そのスピード感を楽しんでいたはずなのに。(苦笑)

 

さて、9話。
今回の患者は、経済界の超VIP・町田(中原丈雄)。
彼のすい臓がんの治療について、カンファレンスするメンバーたち。
例によって、波多野(相葉雅紀)のスイーツがヒントになって、
皆で治療法のいい流れを組み立てることが出来たのに、
それを大学病院に持って行かれてしまいます。

 

初の再生治療(坂崎多恵=石田ひかり)が失敗に終わったことで、
大学側が、センターに不信感を持つようになったのが原因。
(正確には、失敗したのではなく間に合わなかったのですが)
相当難易度が高かったにも関わらず、町田の手術は成功。
大学病院にも、高木並みの優秀な外科医がいた、ということでしょうか。

 

ところが、彼はほどなく合併症になり、再びセンターに戻って来ます。
そして・・ というところまでが、今回のお話。
予告を観ると、次回は「生体肺移植」ということになりそうですが、
町田と二人の息子(要潤石田卓也)との関係が、
大きなポイントとなって来るようですね。

 

重篤な患者の治療のために、
健康な人間の身体にメスを入れ、リスクを背負わせる・・
いくら治療のためとは言え、
本当にそれが、医療のあるべき正しい姿なのかどうか。
いや、お互いの気持ちの繋がりや情も絡んで来るから、
移植をしようとする人間側に、
自分の身体の一部を与えてでも救いたい、という明確な意志があれば
問題ないのかもしれないけれど、
たとえばそれが、何の意志も持たない小さな子どもだったら・・
遺伝子等の問題で、移植はその子にしか出来ない、と判断されたら・・
移植を受ける患者が、すぐにでも手術しなければならない状態だったら・・

 

誰かを救うために、誰かを(わずかでも)危険にさらすことを考えると、
何とか、移植に依(よ)らない治療はないのか、と思いますが、
このドラマでは、そこに、一筋の光明を与えているようにも思います。
すなわち、細胞を初期化して再生し直す、という
古牧(小日向文世)の「細胞リプログラミング」研究の存在。

 

実際、本当にそんな研究がなされているのかどうかは分かりませんが、
iPS細胞のことを考えると、あながち夢物語でもないのかなぁ、
という気がします。

 

ドラマでは、その研究に、2つの問題を重ねています。

 

ひとつは、日本では、認可までに長い時間がかかってしまう、ということ。
今までも、メンバーの間で何度も話題にされて来たし、
今回のカンファレンスでも、大きな問題として話されていました。
日本の医療研究はすごく進んでいるのに、
国の認可の問題があって、実用化は他国に先を越される、と。

 

もちろん、丁寧に行うことで、より安心して使える、
より臨床の安全性が高まる、というメリットもありますが、
「安全性を求めているあいだに、何人死ねばいいんです!?」
という副島(北村有起哉)の言葉の意味も大きくて。

 

高木(田辺誠一)との会話の中で、
紗枝(高木の元恋人)の有効な治療薬が、
当時の日本では未認可だった、それがあれば助かったはず、と語る副島。

 

「認可の問題は、現場の医者が考えなければならない」
「それを私が考える、どんな手を使ってでも」
という副島の言葉は、なかなか物騒なものをはらんでいますが、
一方で、彼が考える「医療ビジネス」の姿が、
明らかになって来た気もします。

 

もうひとつの問題は、
肝心の古牧が、自分の研究が公(おおやけ)にされることを
あまり望んでいないように思われること。

 

彼の基礎研究は、100万人を救うほどの価値あるものなのに、
彼は、他のこと(息子を再生すること)に気を取られている。
そのことにイライラを募らせる副島。
自分が考えるビジネスを軌道に乗せるためには、
小牧を説得しなければならないのですが、果たして・・?


過去話。

 

斉藤夫妻・四十谷・桐野・・彼らに共通する研究とは何か?
その研究の解析過程での不明瞭な点とは?
「偶然の産物から生まれた」という斉藤の言葉の意味は?
宇田(前田亜紀)は、なぜ、橘(多部未華子)に
「あの事件の原因はあなた」だと言ったのか?
斉藤仁美のお腹の子供はいったい・・?
等々、まだまだ分からないことも多いのですが、それはそれとして。

 

今までセンターが行って来た数々の手術や治療・・
センターのメンバーたちに複雑に絡む過去話・・
それらすべてを包含しつつ、
私には、何となく、物語全体の歯車が、
ひとつの命を救うために動き始めた気がします。
町田の命はもちろんですが、
もうひとつ、すべての人々の願いや想いを背負った命がある・・

 

残り2話、その「ラストホープ」に向かって、
ドラマはどんな展開を見せてくれるのでしょうか。
そして、私の妄想は当たっているのでしょうか。w


今週の高木(田辺誠一)。
副島との会話で、フッと弱みを見せるシーンも良かったし、
(脚本の浜田さん、北村さんと対のシーン作ってくれてありがとう〜♪)
鳴瀬(高嶋政宏)に複雑な心境を語る場面も良かったし、
おねえちゃんの香りを嗅いで橘に突っ込まれるところも、
真一(要潤)に辛らつなことを言う波多野に、
またかよ〜、と何とかストップかけようとするところも、
カンファレンスで、橘の「大丈夫なのか」というツッコミに、
ちょっと不安になってしまうところとか、
波多野に、スイーツ早く食べろ、と言うところとか、
俺を誰だと思ってる、なんて、すぐ強気になっちゃうところとか、
かと思うと、陰で町田の手術のシュミレーション死ぬほどやってたりとか、
やること言うことすべてに、高木らしい すごく多彩な味わい が
染み込んでいたように思います。

 

他のメンバーにしてもそうですが、
キャラ設定が脚本段階ですごくしっかり出来ているので、
どういう人間なのか、という輪郭が明解で心地良い。

 

特に、高木は、
喜怒哀楽すべて、いろんな感情を幅広く出せる役なので、
観ていて本当に楽しいです。
ちょっとサジ加減を誤って 白石(@デカ☆黒川鈴木)になってしまった、
なんて感じられたことも以前はありましたが、
今回は、同じようなシーンで、少しだけテンションを落とすことで、
うまく「高木のキャラ」として成立させていて、
カンファレンスでの軽〜いタッチの高木を観ていて、
妙に感動してしまいました。

 

いや〜、もうあと2回しか高木を観られないのか、
何だか無性に淋しいなぁ!

 

・・ということで、これから引き続き第10話を観たいと思います。
どんな展開が待ち受けているか、わくわく。

 

ゲスト:中原丈雄 要潤 石田卓也 高橋一生


▼『ラストホープ』(第10話)
冒頭のカンファレンスで、
町田恭一郎(中原丈雄)を救うには生体両肺移植しかない、
という結論になり、ドナー候補の二人の息子に状況説明、
父親と一緒に仕事をしていた次男で養子の恵介(石田卓也)は、
ドナーになることを即決しますが、
父親と確執があり、妻や子を持つ長男・真一(要潤)は拒みます。

 

「ドナーと患者の中立の立場に立つ。
それ以外に医者は何が出来るだろう・・」と悩む波多野(相葉雅紀)。
「町医者にしか出来ないことがあるだろう」という
橘(多部未華子)のアドバイスを受けて、
ドナーにならないと言った真一に迷いがあると感じた波多野は、
再び真一に会いに行くのですが・・

 

この時の波多野の医師としての姿勢に、
何だかじんわりと感動してしまった。
「後悔しない選択をしなければならないのは真一さん自身です。
(ドナーになってもならなくても)私たちはあなたの選択を支持します。
迷っているなら、いくらでも話を聞きますよ」
患者やその家族の立場として、
すごく重いもの(選択への責任)を突きつけられているのですが、
同時に、世間の目や心情的負い目を感じることなく、
自分の正直な気持ちで決めていい、
どっちにしても、医者はその結果を受け止め、全力を尽くします、と、
こんなふうに言ってもらえたら、言われた人間はどれほど安心か、
どれほど正直に自分の気持ちと向き合えるか。

 

結局、真一はドナーになることを決め、
移植手術へと着々と準備は進められるのですが・・

 

一方、橘(=四十谷希子)を追い回し、
暴露記事を書きまくっていた雑誌記者・宇田(前田亜紀)は、橘に会い、
彼女の父親・四十谷孝之(鶴見辰吾)の事件を追っていた際、
突っ込んだ取材をしようとして何らかの圧力が掛かり、
デスクに止められたことから、逆に、徹底的に真相究明しようと決意、
橘を記事にすることで四十谷が自分に接触して来ることを狙った、
と言うのですが・・
うーん、そのあたりはちょっと解(げ)せない感じがしました。
今まで彼女が記事にした内容が、皆、スキャンダラスなゴシップっぽくて、
宇田朋子という人間の、ジャーナリストとしての高潔な意志とか
矜持(きょうじ)が感じられなかったせいかなぁ・・
私の個人的な印象でしかないけど。

 

そして、ここでまたひとつ、大きな謎が発覚。
四十谷は、事件前、同僚に
「桐野を止められない。希子が狙われている」と言っていた、と。
・・いやいや、ラスト直前になっても、攻めて来る脚本です。

 

2012年3月、シアトル。
以前、高木(田辺誠一)をどん底から救ってくれた大森(小木茂光)が、
帝都大〜コロンビア大で遺伝子の研究員をやっていたのだけれど、
重篤な病気になり辞職。
本人でさえ死を覚悟しているにも関わらず、
何とか助ける道を探し出す、と手術を請け負う高木。
そんな彼に、大森はこう言います、
「きみは信念を曲げずに医者を続けて来た。
だがそれは、単に運が良かっただけだ。私の二の舞になるな」
患者の家族とのトラブルが、彼をリスク恐怖症にし、
結果的にそのことが、荻原(小池栄子)の母親を救おうとしなかった、
あの出来事に繋がって行った、ということなんでしょうね。
何だか私には、大森の臆病さが人間くさくて嫌いになれないんですが。

 

「運がいいなら、その運が途切れるまで医療の限界と向き合うと決めた」
最先端医療の真っ只中に飛び込んで行く決意を大森に語る高木。
リスクの恐れと闘いながら、自分を信じて突き進む、
この前傾姿勢は、センターの他のメンバーにも通じるものであり、
「あなたたち6人がなぜこのセンターに集められたのか・・」
鳴瀬(高嶋政宏)のこの言葉に繋がって行くものでもある気がします。

 

町田の手術は、倫理委員会からストップが掛かってしまいます。
リスクを恐れて二の足を踏む教授たちに、鳴瀬は、
「私は、リスクがあるからと言って、患者を見捨てることは出来ない。
医療の限界−−最先端の医療にたずさわれば、常にそれを思い知ります。
しかし、患者の、家族の、希望になれるのは、我々医者だけです。
生体肺移植は、今医者が出来る唯一の道です」
そう言って深々と一礼。 

 

そこから、鳴瀬の回想は、
1985年10月、このドラマの第1話冒頭シーンに戻るのですが・・
いや〜この流れのうまさに、思わずトリ肌。

 

この手術は医者として本当に正しいことなのか・・と葛藤する鳴瀬。
「でも、やらなければ5歳の男の子は死ぬ。
難しい手術だ、迷っているとミスをする。やるしかないんだ。
今出来る、医者として唯一の道だ」
そう応えたのが波多野の父(平田満)というところが、何とも切ない。

 

倫理委員会を説得し、やっと町田の移植手術が出来る・・という矢先、
今度は、町田本人から、
息子二人の身体を傷つけてまで移植をすることは望まない、と言われ・・

 

医者の「救いたい気持ち」と、患者の「助かりたい気持ち」が、
ぴったりと重なり合わないこともある・・
ただ存命させればいい、という単純な問題ではない。
「人の命を救うことは本当に難しい」という鳴瀬の言葉が重いです。

 

さて、次回はいよいよ最終回。

 

荻原(小池栄子)の母親を見捨てた大森(小木茂光)を
高木(田辺誠一)が手術で救ったこと・・
古牧(小日向文世)の研究の実用化を、
副島(北村有起哉)が急いだこと・・
橘(多部)が、父親の過去をあえて背負おうとしたこと・・
そして、波多野(相葉)がこの世に生まれ、医師になったこと・・

 

そんな彼らの、人としての想いや、医者としての姿勢や行動が、
何らかの縁(えにし)で繋がって、やがて報(むく)われる・・
そう、「すべてが報われる」・・そんな最終回であって欲しい、と願っています。

 

ゲスト:中原丈雄 要潤 石田卓也 高橋一生


▼『ラストホープ』(第11話=最終回)
観終わった後、ふと、こんなことを考えました、
「医療の限界」・・そのラインを、このドラマではどこに引こうとしていたのか・・

 

人間の遺伝子レベルでの研究は、どんどん進んでいて、
キメラやクローンを作り出すことも、夢の話ではなくなっている。
もちろん、そこに、さまざまな可能性が含まれているのは確かだし、
そういう、未知の世界を切り拓こうとする研究者たちの情熱が、
医療をここまで進歩させて来たのも確かだけれど・・
でも、それが本当に「人を幸せにするもの」なのかどうか。

 

「研究」と「臨床」。
顕微鏡や試験管の世界から、意思(感情)を持つ人間の世界へ。
そのふたつを繋ぐものは、
その研究を生かして人の役に立ちたい、患者を救いたい、幸せにしたい、
という医師たちの切なる願い(希望)に他ならない。

 

世界初の救世主兄弟=ドナーベビー。
兄を救うために、遺伝子を操作して生み出された命・・
普通の人間なら、その事実を突きつけられたら、
移植をするかしないかより先に、きっと、まず、心が折れる
波多野卓巳(相葉雅紀)がそれを受け入れられたのは、
ひとえに、彼が医者だから、なんだと思う。

 

医者は常に患者を救うことを考える。
患者を救うにはどういう手段があるのかを探り出そうとする。
「それが患者を救う唯一の道」ならば、その道を拓くために全力を尽くす。
卓巳は、何よりもまず医者として、健(高橋一生)を救う道を選んだ・・
そして、そんな卓巳を支え、護(まも)り、救済するために、
温かい家族と、頼もしい仲間を用意した・・
それが、このドラマが出した、ひとつの答えだったように思います。

 

いつか・・
古牧(小日向文世)の「細胞リプログラミング」が実用化されて
自己再生治療が可能になったら、
彼らを悩み苦しませた「移植」という治療法は なくなるかもしれない・・
研究を正しく有効に使うことの大きな意義がそこにはある。
最先端医療のこれから先、医療の限界、への光明は、
そういうところにあるのかもしれない、と。

 

研究者二人(古牧と四十谷)を分かつもの。

 

古牧が、息子を再生させることを思い止まったのは、
橘歩美(多部未華子)の身を切るような鋭い説得ももちろんですが、
センターのメンバーたちとカンファレンスをする中で、
自分の研究が 誰かの「希望の光」になることの意味を、
少しずつ受け入れて行ったからなのかな、とも思います。

 

研究を盗んだ副島(北村有起哉)を赦したのは、
もともと古牧は、根っからの研究者で、功名心や欲がなく、
金儲けになるとか、高い評価を得るとか、
そういうことにまったく興味がなかったから、なんだと思うし、
そういう古牧だから、副島も思い切って研究を盗んでしまえたのかな、
という気もします。
この二人には、研究者とその信奉者、といったような、
言葉にしなくても通じる一種のシンパシーがあるんじゃないでしょうか。
確かに副島は悪いことをしたんだけど、
その底には古牧への深い尊敬の念があるような気がして、
なんだか 清々しさ さえ感じてしまいました。

 

その一方で・・
四十谷孝之(鶴見辰吾)が、
実際は正当防衛だったにもかかわらず、
自分の研究を守るために 殺人の罪を被って刑を受けた、
というのは、どうも釈然としなかった。
それが、研究者の身勝手なところ、と言われても・・
この事件の顛末が 古牧のクローン研究の歯止めに繋がる、
とは分かっていても・・
父親が捕まって以後の歩美(希子)の苦しみを
さんざん見せつけられて来ただけに、なんだか後味が悪かった。
たとえば、娘を護るため、というような、
何かしら人間味のある流れに出来なかったものか・・
彼や桐野の生きざまに どこか澱(よど)みがあったことが、
古牧と副島の関係を、より澄んだものとして見せる効果はあったにせよ。

 

・・・と、まぁ、割り切れないところもいろいろあったには違いないし、
キメラとか、クローンとか、救世主兄弟とか、医療の限界とか、
話を大きく広げ過ぎて、最後に畳み切れなかったうらみはありますが、
私の総括的感想としては、
毎回非常に興味深く観続けることが出来たドラマでした。
こんなに何度もリピートしたドラマは、最近なかったかもしれない。


脚本。

最初から最後まで、内容の詰め込み具合が半端じゃなくて、
毎回の患者の病状とその対応にしても、過去話にしても、
正味50分足らずの中に、よくこれだけの情報量を入れられるものだ、
と、感心しきり。

 

正直に言うと、面白い、というより、勉強になった、という感じで、
そういうドラマ感想って どうなの?・・とも思わないではないけれど、
ドスンドスンとこちらの心に重く強く響くセリフもたくさんあったし、
最先端医療の現状を(ほんの一端だけど)学ばせてもらったし、
医者が持つべき患者への想いや姿勢(の一種理想の姿)を、
こんなに丁寧に描いてくれたドラマは、
少なくとも今まで私が観た中には ほとんどなかった気がするので、
毎回、きちんと襟を正して観なければ、と思っていました。

 

物語の中に細かく差し挟まれる過去話は、難解なパズルのようで、
読み解くのが本当に楽しくて、
しかも、たいして重要じゃないパズルまで何枚も入っているものだから、
謎解きするぞ!と気負っていた私は、どれだけミスリードに引っ掛かったか。
そのせいで、見当はずれなことを書いたり、余計な妄想を連発したり・・で、
次の回を観て、あらら〜、なんてこと、たびたび。(恥)
(ちなみに、私は、最終回、大森(小木茂光)が帝都大にいた頃に
偶然 四十谷事件のキーを握る立場にいて、
それが公になることで、四十谷の無罪が証明されるようになる・・
古牧の研究を盗んだ副島が実用化させた治療法で、
1年後、健が救われる・・と妄想していましたw)

 

妄想がはずれた時は、
脚本の浜田さんに負けた気分になって悔しかったですが、
最近のドラマで、ここまで熱心にウラを読もうと思った作品が
私にはなかったので、面白かったし、楽しかったです。
まぁ、正直、もうちょっと過去の伏線を整理して欲しかった気もしますが、
すべての出来事が、後々大きな意味を持つ、なんて、
実際には有り得ないわけですから、
繋がるものと繋がらないものがごっちゃに存在する、というのも、
ある程度は あり かな、という気はしました。

 

6人それぞれの回想がこま切れに入りすぎて、
全体の流れを滞らせた、と見る人もいますが、
過去が紐解かれるにつれ、彼らの言動の意味や理由まで
浮き彫りになって来るようで、私はとても興味深かった。
特に、終盤、
ドラマで現在進行している場面のほんの半歩後ろをなぞるように、
彼らのいろんな行動や考えの空白部分が埋まって行くところは、
なんだかパズルの残りのパーツが収まって行く瞬間に立ち会っているような
気分になって、ちょっとドキドキしました。

 

最終回、初見では、
いきなり キメラや救世主兄弟の話が出て来て面食らったせいか、
人間的な温かさや、先端医療への限りない希望、というより、
どこか冷え冷え(殺伐)とした空気ばかりが伝わって来た
ような気がしてしまったのですが、
考えてみると、
ここに至るまで、さまざまな患者を手術・治療して行く上で、
医師としての冷静な視線の中に、控えめに・・ではあるけれど、
人間としての温かいまなざしを、ちゃんと注いで来たメンバーだった、
というのも間違いないことで、
そのあたりの押し付けがましくない感じも いつも好(この)もしかったし、
最終回にしても、その部分は変わりなかったなぁ、と。


キャスティングの妙。

登場人物のキャラ設定・・たとえば、性格とか年齢とか過去とか、
一人一人しっかりした明確な色づけが出来ていて、
人間的な厚みが感じられたこと、と、
演じる俳優さんたちが、その役をしっかり自分の色に染め上げて、
土台になるキャラをさらに魅力的にしていたこと。

 

結果、特にセンターの6人の医師たちの、
6人全体から醸し出される雰囲気がすごく魅力的で、
それを観るだけでも、このドラマを観る価値があったのではないか、
という気がしました。
ま、それは私が、田辺誠一さん演じるところの高木に惚れた勢いで、
卓巳も、歩美も、副島も、荻原も、古牧も、
みんな好きになっちゃったから、なのかもしれないけれど。w

 

以下、一人ずつ。

 

相葉雅紀くん(波多野卓巳)
この人の魅力は、役に向き合う際に、
ピントを絞り込まないところなんじゃないか、という気がします。
役をがっちり掴んで演じるタイプではないから、
全体的にシャープにシャキッとは伝わって来ないけれど、
でも、だからこそ、全体にふんわりと優しい雰囲気が醸し出されて、
好感が持てるし、心がざわつくことなく観ていられるし、
しかも、芯には何かしっかりした硬いものがあるから、
甘ったるい感じはしない・・
重い宿命を背負っているにも関わらず、
波多野卓巳に、何もかも受け入れて浄化させてしまう、
不思議な包容力と馴染みやすさが感じられたのは、
相葉くんがそういう人だから、のように思いました。(例によって妄想)

 

多部未華子さん(橘歩美=四十谷希子)
年齢から言っても、キャラから言っても、
また、彼女の可愛らしいベビーフェイスや小柄な体型から言っても、
年300もの手術をこなすマシーンのような医師、というのは、
かなり無理のある役だったと思うのですが、
あまり違和感がなかったのは、
彼女の眼力(めぢから)が、いつもしっかりしていたから、でしょうか。
それに加え、彼女が持つ、特有のけなげさやいじらしさが、
うまく役に上乗せされていたようにも思います。
父親や卓巳にふと見せるやわらかさ・・が、
ごくごく少しだけしか表に出て来ないんだけど、
だからこそ魅力的にこちらに響いて来るのですよね。
10歳以上年上の高木(田辺誠一)へのタメ口も良かったなぁ、
何言われても嫌な気持ちになってないらしい高木も良かったけど。

 

小池栄子さん(荻原雪代)
小池さんが持つ、温かみがありつつ芯が強い、みたいなところが、
役にぴったりはまって、すごく魅力的でした。
常に前向きに突き進んで行く強さが、実にオトコマエでかっこよかった。
母親の死から学んだことが、
ちゃんと荻原の中に息づいているところも素敵でした。
出来れば、
相葉×多部コンビの さわやかさや初々しさと対になる形の、
田辺×小池のアラフォー二人の大人風味をもうちょっと味わいたかった。
初めて会った時の一度きりだったという高木との関係・・
せめてその口説きシーンを見せて欲しかった、というのは贅沢でしょうか。

 

北村有起哉さん(副島雅臣)
義経』で気になり出し、『SP』で惚れ込みました。
いつか田辺さんと共演してもらいたい、と思っていた俳優さんの一人。
なので、この共演は、すごく嬉しかった。
カンファレンスで、いつも、皆と少し距離を取っていたところとか、
冷たいようでいて、案外人情派じゃないの、と思わせてくれたところとか、
副島という役に塗り重ねた北村カラーがものすごく的確で、
いつも安心して観ていられた。
だからこそ、最後の裏切りも、納得づくで受け入れられた気がします。

 

ワキでこういう色彩を放ってくれる人が、私は本当に大好き。
北村×田辺という魅惑のおっさんコンビで、
スピンオフ2時間ドラマとか作ってくれないかしら、
本編で容赦なく切り捨てられた
高木の老眼疑惑エピソードwを膨らませたりして。

 

小日向文世さん(古牧利明)
自分の研究によって息子を生き返らせようとする・・
SFでも何でもない、普通のドラマの中で、
この設定に真実味を持たせるのは、本当に大変なことだったと思う。
でも、カンファレンスでのまくし立てるような話し方や
天敵・時田(桜庭ななみ)との微笑ましいやりとり、
何でもかんでも冷静に分析して言葉にするところなど、
ユーモアを含みつつ、研究者としての風変わりな一面をうまく表現していて、
説得力がちゃんとあって、
ほんの一瞬見せたマッドサイエンティストめいた表情がまた
うまく辛味になっていたり、と、
改めて凄い俳優さんだなぁ、と思いました。

 

ちなみに、古牧が聴いていた落語のお題は「子別れ」。
「聡史に会いたい・・」という一言が切なかったです。

 

桜庭ななみさん(時田真希)
古牧の天敵w。
だけど、古牧にとって彼女の存在は大きかったんじゃないでしょうか。
聡史を亡くした彼にとっての、娘のような存在・・に、
徐々になって行くのではないか、と。
桜庭さんは、若手女優の注目株。もっと出番があっても良かった。
小日向さんとのやり取りがいつも可愛らしくて、楽しくて、
彼女が出てくるとホッとしました。
高嶋×桜庭×田辺・・『ふたつのスピカ』の顔ぶれが揃っていたのも
懐かしかったです。

 

江口のりこさん(今井麻衣)
時田が古牧の天敵なら、高木の天敵はこの人・・かも。w
高木へのシニカルでドライな視線が快感でした。
江口さんにこういう役やらせると、半端なくはまります。
この人も、もうちょっと出番が欲しかったなぁ。

 

▼菅原大吉さん(倉本茂)
最後に病院長に歯向かったところがかっこよかった。
倉本にこういう美味しいシーンを与えるために、
鳴瀬が倒れたんじゃないか、なんて・・
いやいや、さすがにそれはないでしょうけど。
鉄面皮・鳴瀬と、彼の言動をハラハラしながら見ている倉本、
というコンビも、味がありました。
及び腰ながらも、ちゃんと倉本なりの信念がある、
それが菅原さんの演技から伝わって来て、
この役もまた魅力的なものになっていたように思います。

 

高嶋政宏さん(鳴瀬哲司)
鳴瀬の思わせぶりな発言と胡散臭さ(うさんくささ)が、
特に波多野卓巳周辺の謎に対しての迷彩になっていて、
彼が、単なる悪役ではない、という想像はついても、
どんなふうにどこまで絡んで来るのか、の全体像がなかなか読めなくて、
ドラマのいいスパイスになっていた、と思いました。
高嶋さんは、どんなことにも動じないスケールと重量感があって、
こういう役柄には ぴったり だったと思います。

 

平田満さん(波多野邦夫)
重い宿命を負った卓巳の父親として、
人間的な温かみが絶対に必要な役だったと思うのですが、
平田さんが演じることで、医者としての厳しさと、父親としてのぬくもりが
いい具合に混在して伝わって来たように思います。
30年近く父と息子として育んで来たものが、
しっかりと間違いのない揺らぎのないものだったからこそ、
卓巳は、自分の重い過去を受け入れることが出来た・・
平田さんと相葉くんとで作り上げた、温かくて優しくて誠実な空気が、
物語のキーとなるその部分にしっかりと説得力を持たせていて、
だからこそ、なかなか受け容れがたい卓巳の過去設定にも、
観ている側が、ついて行けた気がします。

 

高橋一生さん(斉藤健)
途中から、キーマンとして登場。
この役はものすごく難しかったと思うのですが、
徹頭徹尾 前に出て来ない、弱い存在、としての役作りが、
(特に眼の)表情や言葉の端々から確実に伝わって来て、
うわ〜高橋一生すごい・・と、またも思わされてしまいました。
卓巳から生体移植される側の健の感情というのは、
脚本段階できっちり描けているとは思わなかったのだけれど、
かなり強引に、観る側に斉藤健という人間を認めさせてしまった・・
高橋さんのその力技に感服。

 

田辺誠一さん(高木淳二)
第1話の「俺がニュータイプだったらなぁ」というセリフで、
高木という人間がすごく好きになりました。w
そういうセリフがあること自体・・つまり脚本段階で、
すでに面白い役ではあったと思うのですが、
田辺さんが そんな高木の骨格に肉付けして行った部分が、
多彩で、自在で、自由で、
めちゃくちゃ幅広い演技経験値を持つ彼だからこそ のキャラ作り
のように思えて、毎回観るのが楽しかったです。

 

外科医としての腕は確かでありながら、
カンファレンスでそんなふざけたことを言っても違和感ない40代・・
それをここまで軽妙に自然に演じられる。
また、その軽さの中に、自在に深い色味を差すことが出来るのも、
この俳優さんの特徴であり、興味深いところ。
本当はもっともっと繊細な表情を役に込めることが出来る人でもあるので、
今回そういうところを封印していたのがちょっと残念ではあったのですが、
でも、なぜ高木が鳴瀬からセンターに誘われたか、を考えると、
そういう繊細さ(優しさゆえの揺らぎ)は、今回は必要なかった、
と言えるのかもしれません。

 

それにしても・・
今まで、とんでもなく幅広くいろんな役をやって来過ぎて、
俳優としての魅力がどこにあるのか何だか掴み切れなくて、
すごい量の仕事をしているのに、案外 世間の認知度が低くて、
もうこのまま深く静かに渋いワキ役への道を邁進して行くのね・・
なんて、5〜6年ぐらい前は考えていたのに。
そこから先の、この俳優さんのはっちゃけた仕事ぶりは、どうしたことか。
やっと時代が田辺誠一に追いついた、ってことでしょうか。w

 

40代になって、ますます自分を開放出来るようになって、
自由な息継ぎが出来るようになって、そうなると不思議なもので、
ちゃんとこんな魅力的な役が回って来るようになるものなんだなぁ・・と、
ちょっと感無量。

 

波多野や橘や荻原や副島や古牧と一緒にいる時の高木が、
すごく好きでした、田辺さんが本当に楽しそうで。
一人一人の個性がしっかりと立って、
バランスの取れた、とても魅力的なカンパニーだったので、
何度も言うようですが、ぜひ、何らかの形での続編をお願いしたいものです。

 

それとは別に・・・改めて。
田辺さんとか北村さんとか、
誰か、このあたりの魅力的なおっさん何人かをメインに使って、
ドラマを作ってくれる奇特なプロデューサーは いませんか!

 

ゲスト:中原丈雄 要潤 石田卓也 高橋一生