『風林火山』(第36回/宿命の女)感想

小山田クラブ

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★『風林火山』で最も思い入れの深かった小山田信有の最期です。ドラマの前半部分には、まったく言及しておらず、小山田についての偏(かたよ)った感想に終始してしまっています。ご了承下さい。
『風林火山』(第36回/宿命の女)感想
ノベライズ「火の巻」(志賀城陥落〜)が出る以前、小山田には、まだ、
ややもすればスタンドプレイに走りたがる好戦的な武将、
というイメージが強くあって、
チクチク皮肉めいたことを言うかと思えば、
男女間の色っぽい話が大好きだったり、と、
二枚目でありながら、
甘さのまったくないところが、私はすごく面白いと思っていました。

とりわけ、ピンと背筋を伸ばした美しい坐姿や、
人を見下すように冷たく放つ視線や、
いちいち突っかかるような ものの言いよう・・といったあたり、
さまざまな個性を持った武田家臣団の中でも、
ひときわ印象的なキャラ作りをしているなぁ!と、
毎週 楽しんで観てはいたのですが・・・


それでも、その魅力的なキャラクターを、
田辺さんが十分に自分のものにしている、とは、
その時の私には、まだ感じられなくて・・・
大森寿美雄さん(脚本)が作り上げた小山田に、
まだ追いついていない、というか、
何かが足りない、というか、多過ぎる、というか(うまく言えない・・)
セリフがいかにも時代劇調であったことと合わせ、
気持ちがこちらにストレートにぶつかって来ないもどかしさ、
みたいなものがあって、
100%のめり込むことが出来ないでいたのです、実は。


でも、田辺さんのことだから、
きっとどこかでそのもどかしさを埋めてくれるのだろう、と、
ずっと楽しみにしていた、というところもあって。
その充足感を得られるとすれば、たぶん「砥石崩れ」に違いない、と。

闘将として砥石城で奮戦して大怪我して、病に倒れ、
どこかに寂寥(せきりょう)の影を漂わせつつも、
笠原夫人を愛し、領民には心から慕われ、
二年後、勘助に対して精一杯の虚勢を張りながらも
ようやく心を通じ合わせた後、惜しまれながら、はかなく息を引き取る・・
というような「小山田の今後」を、
史実(定説)を元にして妄想を膨らませて、
すごく期待してしまってたわけですね、勝手に。(笑)


ところが・・・「火の巻」を読んだら、
美瑠姫に出逢った途端、
小山田はすっかりロマンチックな恋愛担当に配置転換の様子。
それはそれで興味深かったけれど、
正直、いささか失望感があったのも事実で・・・

よし、それならば、風林火山きっての色事担当として、
大河コードぎりぎりの激しい恋をするんだぞ!
(だってそれが小山田らしいもん)と思ったら、
どうやら純愛路線まっしぐら、
挙句の果てに、劇的ではあるけれど、
あまりにも唐突に最期を迎えてしまう、らしい。

確かに、脇のキャラとしては、魅力的な最期になっている、とは思うし、
それはそれですごく楽しみではあったけれども、
反面「うーん・・それって小山田のキャラとしてどうなの?」
とも思ったわけです。

で、実際に映像として観せられた時に、
やはり、美瑠姫と出逢う以前と以後との境界線が、
あまりにもはっきりしているように思われて、
何だか、私には、
小山田の性格が分断されてしまったような違和感がありました。

美瑠姫を側室として与えられた時の、勘助に対する高笑いと、
身を寄せる美瑠姫の肩をそっと抱くだけの、
少年のような硬い閨(ねや)のシーンが、
どうしてもうまく自分の中の「小山田像」と繋がらなくて・・・
 (そのあたり、実はノベライズではちょっと違った描写になっていて、
  そちらのほうが、もっと真剣に純粋に美瑠にぶつかって行く
  感じがしたので、私としては納得出来た部分もあったのですが)


そんな、どこかすっきりと感情移入出来ない気持ちを
引きずっていた私ですが、
勘助に「諏訪の御寮人は息災か?」と尋ねた時(第29回)の、
どこか憂いを含んだ思案げな様子や、
越後から戻った勘助に
「それほどしぶといと憎み切れぬ」と言った時(第34回)の、
以前の皮肉めいた言い回しとはまったく違う なめらかな優しさ、に、
内に芽生えた人間的な温もりを ゆっくりと滲ませて
観る者に味わわせて行く、
田辺誠一流の「小山田信有」が垣間見えたように感じられて・・・


そして、いよいよ最期の回(第36回)―――

山本勘助との、最後の対面となった場面で。

勘助に語りかける その言葉の中に・・
その言葉を語る 表情や仕草の中に・・
小山田信有のさまざまに揺れる感情を表現するために、
田辺さんが、今まで俳優として積み上げてきたものすべてを注ぎ込んで
演じているように、私には思え・・・
内野聖陽という名優を聞き役にまわして、
遠慮や躊躇(ちゅうちょ)などの逃げ場を作らず、自分を追い込んで、
そうして田辺誠一が生み出した 揺るぎない空気に気圧(けお)された私は、
じっと固唾(かたず)を呑んで 画面を見つめるしかありませんでした。


物語の最初の頃の、勘助顔負けの策略家の部分も、
物語半ばの、何かと男女の話題好きな下世話なところも、
終盤での、美瑠姫を一途に愛する純なところも、
すべてがそのシーンに集約されて、
分断されていた小山田の性格が、一気に練り合わされ、縒(よ)り合わされて
自然な一人の人間の輪郭にどんどん埋め込まれ、
真の小山田像が浮き彫りにされて行く、
今までの私の 不満や物足りなさや違和感をねじ伏せるほどの 説得力で。

この時初めて、私は、
大森寿美雄さんが描いた脚本の小山田信有に負けない、
脚本の上にさらに鮮やかな色を重ねた「田辺誠一の小山田信有」を
やっと見せてもらったような気がしました。


―――そして、その想いは、藤王丸の死の場面で、さらに深まります。

我が子の死を嘆き悲しむ美瑠姫を抱きしめながら、
思わず漏らしてしまった、かすかな笑い声・・・
その声を、どう受け取ったらいいのか、私にはよく解からなかった。
ノベライズでは「安堵の笑み」となっているのに、
なぜ声に出して笑ったのか・・・


普通に考えれば、ホッとした、ということなのだろうけれど、
私には、あの時の小山田には、それだけではない、
もっともっと複雑な心境が渦巻いていたのではないか、と思われるのです。

これは、まったくの想像だけれども、
小山田は、その瞬間、脱力感にみまわれたんじゃないでしょうか。


美瑠姫に子供が出来たことを知り、
その子が自分の子ではない、と確信した時から、
さらにより深い愛情を美瑠姫と藤王丸に注ごうとして来た小山田。
彼は、美瑠姫の怨みが、決して簡単に消えるものではない、
ということを、自分の経験を通して、知っていた。
小山田自身、父の代に武田との戦いに破れ、臣下に下った人間であり、
武田に対して決して卑屈にならず、郡内領主としての誇りを持つことが、
唯一、彼に残された、武田との 彼なりの闘い方、だったのだし、
今でも、もし美瑠姫がそう望めば、
武田に反旗を翻すこともありうる、と、
物騒な謀反の気持ちを、完全に捨てたわけではない。

美瑠姫が、笠原の子である藤王丸を産み、育てようとしたことは、
「戦いに敗れた人間」の せめてもの誇り(プライド)。
武田の家臣としては、見逃せない裏切りのタネではあっても、
同じ境遇を経た人間としては、彼女の気持ちが痛いほどよく解かる。

何をしでかすか解からない美瑠姫は、自分自身の心情にも重なり、
藤王丸が大きくなるにつれ、その不穏の想いは、徐々に膨らんで行く。


しかし・・・ふたりの負荷を背負った藤王丸は死んでしまった。
その死に顔を見た時、小山田は、
それが、自分自身に見えたのかもしれません。
必死で運命に抗(あらが)って生きてきた自分の人生もまた、
ひとつの「終幕」を迎えたことに気づかされたのではないか・・
敗れた人間としての「誇り」を捨てて、
運命を受け容れなければならない、と・・・


すなわち―――「敗北」を認めること。


それは、この時代の人間にとって、哀しい受容であったかもしれない。
けれども、一方で、これで本当に美瑠姫との幸せだけを考えればいい、
という安堵の気持ちも、小山田の内にはあったような気もします。

しかし、一方の美瑠姫は・・・・


静かな静かな、あっけないほどに唐突な、純白の死―――
その穢(けが)れなく清んだ美しい瞳の奥から、
小山田は何を見たのでしょうか。
「誇り」と引き換えにして得ようとした「真実の愛」は、
彼の眼の前で、あえなく霧散したのでしょうか。


・・・いいや、そうではなくて、
自分に刃を向けた美瑠姫の前に
「敵(かたき)」としてその身を投げ出すことで、
彼は、最期の最期に、彼にとっての誇りを取り戻したのかもしれません。
美瑠姫の刃を受けることが、彼女にしてあげられる、小山田にとっての・・
そしてまた、自分の手で小山田に刃を突き立てることが、
彼にしてあげられる、美瑠姫にとっての・・ 
最も深い愛の形、だったのかもしれません。

小山田と美瑠姫・・・
二人は、「誇り」と「愛」とを両方携えて、死出の旅立ちをした、
と思いたい・・・


小山田の、勘助への深い共感と、美瑠姫に対する深い愛情、そして死――
それは・・・
長い長い大河ドラマのうちの、
ほんの十数分のことでしかありませんでした。
ほんの十数分のこと、でしかなかったけれども、
田辺さん演じる小山田信有によって表現された「愛」と「誇り」は、
間違いなく、今後 山本勘助が突き進むことになる、
愚かで一途な「愛の道」への、標(しるべ)となるだろうことが、
私には、何よりも嬉しかったし、誇らしかったし、
胸がいっぱいになるのを止めることが出来ませんでした。

こういう深い人間洞察に満ちた脚本を描いてくれた大森寿美雄さんにも、
緻密な演出をしてくれた東山充裕さんにも、
一緒に、密度の濃い場面を作り上げてくれた内野聖陽さん、
真木よう子さんにも、心からの感謝を!


そして・・・
この、重く深い愛憎渦巻く人間ドラマの中で、
小山田が、物語の根底に眠る「何か」を揺り動かし
目覚めさせる小さな力になった、と・・
それは、ひょっとしたら、美瑠姫を心から愛し、
それゆえに命を落とした、
愚かな小山田にしか出来ないことだったのかもしれない、と・・
小山田信有を田辺さんが演じることで、より確実に吹き込むことが出来た
「息吹」だったのかもしれない、と・・
そう感じさせ、確信させてくれた田辺誠一さんに―――


9ヶ月間、本当にお疲れ様でした。そして・・・ありがとうございました。