忠臣蔵~決断の時(talk)

2003・1・2放送(テレビ東京系)
★このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。

  翔:DVDが欲しいなぁ・・・・
  夢:え?え? 何をいきなり。(笑)
  翔:観直してみて、つくづく面白いドラマだなぁ、と思ったから・・・  
  夢:ああ、そうか。 
  翔:もう、何度も観て、流れとかもちゃんと分かっているんだけど、何度観ても泣ける。 脚本も、演出も、俳優も、深くて、趣(おもむき)があって、上質、というか。 こんなに質の高いドラマは、そうそうあるもんじゃない。 これはもう、老後の楽しみにDVDを買っておこう、と思っても、不思議じゃない、と。(笑)
  夢:老後の楽しみ・・ねぇ。(笑)
  翔:ドラマって、やはり「人」なんだなぁ、と、つくづく思う。 「人」がきちんと描けていれば、設定が少々奇抜だろうが、物足りなかろうが、ある程度観られるものになる。 最近のドラマに魅力をあまり感じないのは、「人」がきちんと描けてないからなのかな、とも思う。
  夢:うんうん。
  翔:それと、今回、俳優陣の力、みたいなものも、すごく感じた。 このドラマは、本筋はもちろん、枝葉のエピソードも 本当に良く出来ている、と同時に、そこで演じている俳優さんたちが、また、とても「任(にん)」を心得た演技をしている。
  夢:任・・・・?
  翔:そう。 大石内蔵助を演じた中村吉右衛門さんのおちつきと時代劇に欠かせない所作の美しさ、浅野内匠頭を演じた上川隆也さんの優しさと激情の絶妙な配合・・・・
  彼らが形にして観せてくれたものは、決して派手なものじゃなく、かえって、隊士たちのエピソードの方が、ずっと面白みのあるものだったかもしれないんだけど、でも、吉右衛門さんや上川さんが、自分の役を、地味ながらしっかりと演じてくれたから、このドラマの品格、みたいなものが決まったんじゃないか、という気もするんだよね。
  夢:ああ、うん。
  翔:たとえば橋爪功さんの吉良上野介にしても、まるで子供みたいなところのある吉良になっていて、ひとつ間違えば、違和感さえ抱いてしまうほどだったんだけど、橋爪さんが、安心してああいう役作りが出来たのは、対の立場にいる吉右衛門さんや、受け手である上川さんや色部又四郎役の岸部一徳さんあたりが、自分の任をきっちり踏まえて演じていたからなんじゃないか、と。

 夢:橋爪さんの吉良、いやらしくて駄々っ子みたいで・・・面白かった。(笑)
  翔:吉良という人間の性格を作り上げて行く時に、ギリギリのところまで遊びを入れて、自由に役作りをしていた、という気がする。 吉良って、あんなふうにも演じられるんだな、って・・・
  夢:何って言ったらいいか・・・色っぽいよね、橋爪さん。
  翔:そうだね、吉良上野介を色っぽく演じられる人って少ないと思う。 私は、亡き西村晃さんを思い出したんだけど。
  夢:ああ、うんうん。 ・・・で、いずれ田辺さんにもやって欲しい、と。
  翔:いや、今はまだ吉良のイメージのかけらもない人なんだけど、ひょっとしたら、田辺さんなら、遠い将来、まったく新しい吉良を演じられるんじゃないか、と。 そういう可能性も、まったくないとは言い切れないんじゃないか、と思うので。
  夢:なるほど。 
  翔:・・・・・・・・
  夢:・・・最近、翔って、田辺さんに、何でもかんでも やらせたがってない?(笑)
  翔:・・・確かに、そういうところ、あるかも。(笑)
★    ★    ★
  夢:さっき翔も言ってたけど、今回、隊士たちのドラマがすごく面白かったよね。
  翔:主役級ばかりじゃない、脇にいる人たちも、出過ぎず、引っ込み過ぎず、自分の「役」をきちんと掴んで、しかも、自分が前面に出て来る時は、しっかりと主役並みの存在感を持って演じていて、すごい、と思った。
  夢:うん。
  翔:私が好きだったのは、大高源五石丸謙二郎)が、両国橋で出会った宝井其角奥村公延)と、句のやりとりをするところ。 「あした待たるるその宝船」と詠んだ後に見せる決意を秘めた顔と、去って行く後ろ姿が、すごく良くて。 討ち入りの夜、ふたりは松浦邸で再会するんだけど、その時の大高もすごく良かったし。 石丸さん好きだ!と。(笑)
  夢:うんうん。(笑)
  翔:他にも、早野勘平(高橋和也)の蹉跌(さてつ)を背負った哀しさとか、赤垣源蔵(船越英一郎)の磊落(らいらく)な中にある柔らかさとか、天野屋利兵衛(萩原流行)の背筋のぴんと伸びた商人のきびきびした語り口とか、寺坂吉右衛門金田明夫)の実直な忠義者の眼とか、なみ(池上季実子)の武士の母親としてのきりっとした美しさとか・・・・よく知られたエピソードの上に俳優たちが重ねて行った色合いみたいなものが、どれも見事で、何度観ても見飽きることがなくて、ただただ 面白いなぁ、すごいなぁ、と。
  夢:・・・・・・・・
  翔:そんな中に、たとえば一角(田辺誠一)とお信(奥貫薫)とか、一角と小林(中原丈雄)とのやりとりとかも、自然に入っていて。 「田辺さんだから」じゃない、好きな場面、心に残る場面を挙げて行ったら、自然と一角のいるいくつかのシーンが入っていた、という感じで、良い意味で、田辺さんを、たくさんいる登場人物のひとり、として観ることが出来たことが、私としては、とても嬉しかった。
  夢:一角・・・・素晴らしかったよね。
  翔:こんなに早く、時代劇で、こういう田辺さんが観られるとは思っていなかった、正直言って。
  夢:うんうん。
  翔:清水一角(一学)が、あんなふうに多面的に描かれる、ということ自体、私にとっては嬉しいことだったんだけど、それを、演じ手が、あんなふうに具現化してくれた、たくさんの色味を重ねて演じてくれた、ということも、とても嬉しかったし、その演じ手が、他ならぬ田辺さんだった、ということが、またこの上なく幸せで嬉しいことだったから。
  夢:・・・・・・・・
  翔:・・・・本当に「嬉しい」と思ったんだ、彼が生み出した色味に、濁(にご)りがないような気がして。
  夢:にごり・・が ない?
  翔:そう。 短いけれど、とても丁寧に描かれた脚本の中の清水一角に、田辺さんが、そっと近づいて、寄り添って、溶(と)けるように重ね合おうとする。
  冷たさも、厳しさも、強さも、弱さも、切なさも、痛みも、優しさも・・・・すべてを自分の中に溶かして、ひとりの人間が持ち合わせるものとして、決して不自然じゃない形で、微妙で複雑な感情を、さまざまな色味の変化で表現する・・・・その「一角の作り方」みたいなものに、余計な欲や雑念が入っていない感じがしたから。
  夢:う~ん・・・・なるほど。
  翔:そうなって初めて、きっと、あの、脚本が描いた以上に 演出が望んだ以上に 深みのある「清水一角」が出来上がった、という気がするので。
  夢:うんうん。
  翔:ただ、田辺さんのような人があの一角を作り上げるには、精神を研ぎ澄まして、気持ちをぎりぎりの状態に追い込まなければならなかったような気がする。 カットの声が掛かっても、きっとしばらく一角から抜け出せない、そういう状態だったんじゃないか、と。
  夢:うん。
  翔:それでも、きっと彼にとっては、完璧に満足出来る一角ではなかった、と、信じたい。 まだまだ、もっともっと、という、突き上げるような想いが、彼の中にあった、と信じたい。 そう思う自分がいるのも、また、確かだったりするんだけど。
  夢:・・・・・どこまで貪欲なんだか。(笑)
  翔:本当に。 自分でも嫌になるくらい。(笑)
  夢:ということは、これだけ褒(ほ)めちぎってても、まだ、翔自身もまた、何かが足りない、と思ったわけだよね。
  翔:一角の心情みたいなものは、私としては100%近く満足している。 でも、「清水一角」を表現する上で、「秘めた恋をする男である」と同じぐらい、「一流の剣客である」ことって、とても大事な要素なんだよね。 田辺さんの一角は、それを観ている人間に十分に納得させるには、まだ足りないものがたくさんある、と思った。
  夢:たとえば?
  翔:井戸のところでお信とのやりとりがあって、顔に水を掛ける、その後に、小林の存在に気づく、という場面があるんだけど。
  夢:ああ・・・うん。
  翔:「剣客」なら、背後に誰かいると気づいた時の反応が、あんなにゆっくりしたものじゃないはず。 あと、吉良邸で伊助(尾美としのり)が不審な態度を取る、それを咎(とが)める時の一角の背中も、無防備な感じがしたし。
  少なくとも、剣客として画面に登場する時は、いつもどこかに剣客としての張り詰めた緊張みたいなものを持っていないと。
  夢:うーん・・・・
  翔:それよりもっと基本的なことを言うと、「殺陣」。 これはもう、ちゃんとそれなりの経験を積まなければいけない気がする。
  夢:・・・・・・・・
  翔:たとえば、実際に敵と向き合った時の、剣の構え、討ち合う時の型、重量感、みたいなものを、気迫や殺気とまぜ合わせて、より本物に近いものにしないといけない。 そのためには、いくら気持ちで近づこうとしてもダメなんだよね、何度も経験して、慣れて行かないと。
  夢:ああ、そうか。
  翔:「気持ち」だけじゃない、「型」としての所作の習得、が、絶対に必要になって来る。 時代劇では、特に。
  夢:うん。
  翔:田辺さんの一角は、その部分で、まだまだ満足の行く出来ではなかった。
  夢:ふぅ~、キビシイ。 でも、その辺は、『怪』、『からくり事件帖』から続いてるテーマ、だよね。 田辺さんの弱点、と言ってもいいと思うんだけど。
  翔:確かにそうなんだけど・・・
  夢:あれ?違うの?
  翔:いや、確かに弱点には違いない。 だけど、今回、「立ち回りが苦手」と言っていた田辺さんが、「だからやらない」のではなく、とにもかくにも「ぶつかって何かを得よう」と、懸命に取り組んでいる、その真剣さ、みたいなものは、十分に伝わって来ていたから・・・
  夢:・・・・・・・・
  翔:又市(@怪)や兵四郎(@からくり事件帖)の時には、正直、そこまでの「ぶつかる気持ち」が感じられなかった、私には。
  夢:ん~・・・
  翔:もちろん、プロである以上、完璧なものを見せるのはあたりまえのことなんだけど・・・ ひょっとしたら、剣客である一角を演じるのに、田辺さんよりふさわしい俳優さんがいたかもしれないんだけど・・・ でも、田辺さんは田辺さんで、今出来得るすべての力を注いで、懸命に役と闘って、剣客・清水一角であろうとした――少なくとも、私には、そう感じられたから。
  夢:・・・・・・・・
  翔:今、叶わなくても、きっといつかは叶う。 その遠い未来のために、逃げ道を断って、全力でぶつかって行く。 それが「技術」の問題ならば、いつか必ず、私たちの満足の行くものを見せてくれるだろう、と、そんな気がしてならないんだけどね。
  夢:うーん、そうかぁ・・・・
  翔:いや・・・もちろん、それは、私個人の希望的観測でしかないんだけれども。(笑) 
★    ★    ★
  夢:今、田辺一角のすごく良かった部分と、足りなかった部分と、という話をしたわけだけど、今度は、シーンを追って、具体的な話をして行きたいんだけど。
  翔:はい。
  夢:第一部・第二部は、それぞれ本当にワンシーンだけの出で。 これだけかいっ、って思ったんだけど。(笑)
  翔:でも、あの短い時間の中に、堀部安兵衛伊原剛志)とお信と一角との関係が、すごくうまく表現されていると思った。
  それ以前の3人について、ほとんど何の説明もされてない、畳屋文吉(石橋蓮司)に「お信に会いに行ってやれ」と言われて安兵衛が会いに行く、そして、一角と安兵衛、安兵衛とお信、それぞれの短い会話がある、ただそれだけ、なのに、それだけのことで、3人の繋がりがきちんと見えて来るような気がしたから。
  夢:最初の場面、田辺さんが やけに緊張してるように見えた。
  翔:でもあれは、一角としての緊張でしょう。 あの場面、お信の気持ち、というのが明確になっていない、おそらく、まだ安兵衛に未練があるような感じだから、突然元の恋人(安兵衛)が現われたことで、バンッと防護壁を張ってしまう一角の気持ちが、私には、よく分かるような気がした。
  夢:ああ・・・・
  翔:さらに、恋敵というだけではない、剣客としてライバル関係にもあって、しかも どちらも遅れをとっていると思い込んでいる一角は、安兵衛に対して二重に劣等感を抱いているわけだし。
  夢:ん~そうか。
  翔:第二部になって、赤穂のお家断絶という事態になって、もう安兵衛は帰って来ないだろう、と思えるようになって、内心では、ようやくお信の気持ちが自分に向くかも知れない、と、かすかな希望を持ち始めた、というか、「お信、もうおまえは俺のものだ!」みたいな感情さえ感じられて、それは、絶対に口に出して言えないことだからなおさら、一角の内部で強く発酵しているようにも思われたり。 でも、お信が「みんな死んでしまう」と赤穂のことを口にしただけで、途端に、お信を安兵衛にさらわれそうな気持ちになって不安になったり。 
  その辺の一瞬の感情の揺れ、みたいなものが、細かく表情に刻まれる、今回、田辺さんを観ていて、そういうところも興味深かった。
  夢:あれだけ短い中の、ほんのちょっとの言い回し、仕草、で、それほどのものが読み取れた?
  翔:ん~・・好意的に観過ぎているかもしれないけれど・・・(苦笑)
  夢:いやいや、面白いけどね、翔らしくて。(笑)
  翔:あ、あと、忘れないうちに言っておこう。(笑) 私、この時の、薬を袋に入れながら話している一角が、ビジュアル的にはとっても好きです。
  夢:あたしも~!(笑)
   ―――さて、第三部になって、やっといろんな一角が見えて来る。
  翔:磯貝に喧嘩をふっかけたのは、仕官に目が眩(くら)んでお信を捨てたにも関わらず、主君の仇も討たずに浪人の身のままでいる安兵衛に対する憤(いきどお)りというか、蔑(さげす)みというか、そういう気持ちが、赤穂の人間に向いたせいだと思う。
  夢:「よいのか、死んでも」と言った時の田辺さんの表情、というのは、今まで観たことがなかった気がするんだけど・・・
  翔:そうだね、あの表情、というのは、私もちょっとグッと来た。 一角の中にある、プライド(誇り)の裏返し、というか、今までずっと浪人として生きて来た自分の方が、今 目の前にいる赤穂の連中よりもずっとまっすぐに生きているじゃないか、という気持ちがあって、所詮(しょせん)たいした奴らじゃないんだ、みたいな、ちょっと馬鹿にしているような。
  夢:うんうん。
  翔:剣には絶対の自信を持っている。 元は仕官の身と言っても、おまえらいったいどれほどのものなんだ、この俺に勝てるのか、という思いも、絶対に持っていたと思うし。
  そういういろんな感情というのは、結局は、磯貝の向こうにいる安兵衛に向けられていた、という気がするけれど。
  夢:で、当の安兵衛と再会して。
  翔:実は、仇討ちを考えていることをほのめかされて、また、劣等感みたいなものが頭をもたげて来て・・・・
  夢:揺れる?(笑)
  翔:そうだね。(笑)
  夢:安兵衛に痛いところを突かれて、また突き落とされて・・・
  翔:でも、生真面目な部分を変えられない自分、器用に身を守ることが出来ない自分、というものを、彼自身、決して嫌いなわけじゃない、と思う。 そういうふうにしか生きられない自分、というものを、どこかで許している。
  それは、彼が、安兵衛のように、どこかで嘘をついて生きているわけじゃない、清貧に甘んじてはいても、浪人の身ではあっても、常に、心は正しい方を向いているのだ、という、密かな自負があるから、のようにも思える。
  夢:う~ん・・・・
  翔:その辺の、彼の弱くもあり強くもあるところが、最後、安兵衛との討ち合いに反映されていたような気もするし。
  夢:・・・・え?
  翔:いや、そのあたりのことは、後で詳しく話すけど。
  夢:うん。――で、その後、長屋に帰って来て、翔が「切ない」と言っていた、井戸のところでお信とのやりとりがあって。
  翔:いつも思うんだけど、まさにこれが「田辺誠一の真骨頂」なんじゃないか、と。 
  「あの剣客・清水一角が、こんなに優しくていいのか!?」というぐらい、お信のことが好きで好きでたまらないんだけど、手を出しかねている、という・・・まるで、少年の初恋のような、純情(うぶ)な感じ、が伝わって来る。
  お信の瞳が、まっすぐに一角に向けられて(奥貫さん絶品)、でも、それをきちんと受け止められない一角がいて・・・・ その、想い合っているのに、最後の一歩を踏み出せないふたり、というのが、私にとっては、まさに「切ない」ところ、と言えるので。
  夢:やがて小林に見出されて、吉良家に召抱えられるわけだけど、第四部になって、さらに、一角のいろんな面が見えて来るよね。 伊助を掴まえて拷問するシーンなんか、すごく冷酷で残忍で、お信と一緒の時と全然違ってて、まるで二重人格じゃないか、と思えるほどで。(笑) だけど、どっちも、ちゃんと「清水一角」なんだよね。 なぜなんだろう、両極端のふたつの顔を持ってることに、不自然な感じがしないのは。
  翔:たとえば・・・伊助が帰る時、一角が その後ろ姿をじっと見ているシーンがあったよね。
  夢:うん。
  翔:あそこは、私のとっても好きなシーンでもあるんだけど・・・・ あの時の一角の眼、というのは、冷たい疑いのまなざしじゃなかった、と思う。
  夢:・・・ん・・・・?
  翔:伊助が米屋に戻ったのを見届けた時、思わずフッと息を吐く、あの、どこかホッとした様子というのは、もちろん、間者かもしれない人間を排除することが出来た、どういうやり方であれ、自分の任務を果たせた安堵感、というものもあっただろうけど・・・
  夢:・・・・・・・・
  翔:私は、むしろ、立場上 伊助に厳しい詮議(せんぎ)をしてしまったけれど、それが決して本意ではなかったこと、さらに言えば、実は一角は、伊助が間者でないことを密かに祈っていたんじゃないか、と、そういうふうにさえ思えて仕方ないんだよね。
  夢:う~ん・・・・
  翔:あの時に一瞬漂った優しさ・柔らかさ、というのが、一角の「核」には、常にある。 だから、剣客として、どんなに冷酷な表情や態度を見せても、彼の内身は、お信といる時のままなんだ、と、信じられたんだと思う。
  夢:・・・・なるほどねぇ。
  翔:一角が、貰った手当を持ってお信の家に行くのだけど。
  夢:うん。
  翔:お信が、一角の足音を聞き分けて、身体を起こす、それだけで、彼女が、どれほど一角を待ち続けていたか、毎日毎日、ひたすら病の床で耳をすませていたか、どれほど一角を好きになっていたか、が、よくわかって、胸にしみた。
  夢:うんうん。 
  翔:最初は、確かに、安兵衛への想いというのも残っていたかもしれない。 だけど、月日が流れるうち、いつのまにか彼女の心に棲んでいるのは一角ただひとりになっていて・・・・ あの時の奥貫さんの「好きだ」という気持ちをひたすら抑えている感じ、すごく良かった。
  夢:で、田辺さんがまた、犬が宝物掘り当てて、それ口にくわえて、いさんで飼い主のところに持って来た、みたいな感じで。(笑)
  翔:ほんとほんと。 子供がテストで100点取って帰って来た、みたいな・・・(笑)
  夢:もう、なんであんなに可愛らしくなってしまうのか。(笑)
  翔:清水一角、なのに。(笑)
  夢:清水一角なのに~(笑)
  翔:ところが、それを、お信は受け取らない。途端に不安。
  夢:褒めてもらいたくてしっぽパタパタさせてるのに、頭をなででもらえなくて、シュンとする。
  翔:あげく「安兵衛から貰ったと思え」って・・・・
  夢:切ないね・・・・
  翔:いつもいつも、一角はお信のことを考えている。 お信を大切に想っているから傷つけたくない、お信が傷つくぐらいなら自分が傷つく方がいい、と思っている。 だから、肝心の一歩が踏み出せない。
  夢:例の 「優しさゆえの躊躇(ちゅうちょ)」(注・TVdrama4b「ガラスの仮面2」参照) ってやつ?
  翔:そう。
  夢:はぁ~誰がやっても こうなってしまうのか、それとも、田辺さんだから、なのか。
  翔:誰がやっても、ある程度のところまでは表現出来るんだろうと思う。 だけど、田辺さんだから一層如実に、その辺の「優しい臆病さ」みたいなものが伝わって来た、という気がする。
  夢:うん。
  翔:・・・・で、お信はお信で、病気のせいで、一角は自分に近づかないのだ、と思っていて。 お信がそのことを打ち明けるまでの、一角の刻々変わる表情が、アップでしっかり撮られていたせいか、うんとこちらに伝わってくるものが多くて。
  夢:そうそう。
  翔:心の奥にひた隠しにしていたものが、少しずつ少しずつ解き放たれる・・・・お信に「好きです」と告白されて、「もう離さぬ」と彼女を強く強く抱きしめて・・・・そうして「想い」は成就する・・・・
  夢:よかったね、ほんとに。
  翔:はい。
  夢:・・・・でも、翔はこのシーンを最初に観た時、ちょっと物足りなさを感じた、と言ってたよね。
  翔:いや・・・物足りない、というのとはちょっと違うんだけど・・・
  あの頃(放映された2003年1月当時)の田辺さんって、人間的なふくらみみたいなものが役にも投影され始めていた時期で、それが、一角の鋭利な感じや切なさを、若干削ぎ落としてしまっていた、と言えなくもないんじゃないか、と。
  特にお信との切ないシーンでは、役が練られてまろやかになったせいで、逆に、以前のような ギリギリ追い詰められた痛々しさ、というのが薄れて、こちらの胸にキュンと来るものが少なかったような気もしたから、最初に観た時は。
  夢:・・・・・・・・
  翔:でも・・・今回観直して、違う、と思った。 私ったら、どこを観ていたんだろう、と。
  夢:・・・・ん?・・・・
  翔:この『忠臣蔵』という物語の中で、清水一角と向き合っている田辺さんを改めて観直した時に、たとえば、速水(@ガラスの仮面)とか 滝川(@月下の棋士)とか ツグオ(@冬の河童)とか、そういう以前の切ない系の役と比べて、「作っている」部分って、すごく多い気がした。
  夢:作ってる? 
  翔:そう。 今言ったような役って、非常に誤解を招く言い方かもしれないけれど、俳優として‘未熟’だから出来た部分、怖いもの知らずでぶつかって行ったから出来た部分、というのも、間違いなくあるんじゃないか、と。
  夢:・・・・うーん・・・・・
  翔:たとえば、今までのTVドラマの中で、私が一番強く「役を作っている」と感じたのは、『月下の棋士』の滝川幸次なんだけど・・・
  夢:うん。
  翔:あの時の田辺さんも、役作りにすごく悩んだんじゃないかと思う。それこそ今回のように、自分をギリギリ追い詰めて、滝川を作って行ったんじゃないか、と。
  夢:・・・・・・・・
  翔:だけど、答えを出せずに見切り発車してしまった部分というのも、きっとたくさんあったんだろうと思うんだよね。 その辺が、俳優としてのキャリアを積んでいない悲しさ、でもあり、逆にそれが、あの滝川独特の一種の不安定さに、うまく繋がったような気もする。
  夢:うんうん。
  翔:今、俳優として年月を重ねて、それこそうまくもなり、まろやかにもなり、厚みも深みも増して来た田辺誠一という俳優が、そういうものを一旦投げ捨てて、というか、奥底に抑えて、また滝川の時のように、きりきりと痛むような役作りをする・・・・
  夢:・・・・・・・・
  翔:そういう作り方に戻って行く時のエネルギーの放出の仕方は、身に付けたものが多い分、怖いもの知らずになれない分、以前よりずっと難しかったんじゃないか、という気もする。
  夢:・・・・滝川の時よりさらに?
  翔:そう。――なのに、お信の前であのかすかな怯えの表情が出来る・・・ 討ち入りの夜、小林と話している時の、ひんやりと冷たいあのまなざしが出来る・・・ 
  夢:・・・・・・・・
  翔:それって、もしかしたら、すごいことなのかもしれないなぁ、と。
  夢:小林と話してる時の一角って・・・どう言ったらいいだろ・・・一角の過去にこっちがシンクロさせられて、すごく哀しい気分になったんだけど。
  翔:そうだね、確かに哀しい・・・けれど、底に流れる気概というか、武士の魂(たましい)というか、そういうものは、ちゃんと感じられる。 その哀しさに負けていない一角、というのも、確かにいる。
  夢:あ・・あ、そう、確かに・・・そうだね。
  翔:そのあたりを感じることが出来た時に、あ、もしかして田辺さんが変わった部分って、こういうところなのかなぁ、と。
  夢:・・・・・ん?
  翔:以前の田辺さんって、「切なさ」とか「繊細さ」とかと同時に、「弱さ」みたいなものも、間違いなくあったような気がする。
  夢:弱さ・・・・それは、田辺さん自身が?それとも役の上で、ってこと?
  翔:役の掴み方、と言ったらいいのかな。役全体をガチッとわし掴みにするんじゃなくて、指一本でおずおずと引き寄せていた感じ、というか。 すごく危ういところで・・・心もとないところで役作りをしていた、という気がするので。
  夢:・・・・・ああ、うん。
  翔:だけど、この一角は、堂々と役にぶつかっている感じがして。 たとえそのせいで、私が大好きな 「田辺誠一が紡ぎ出す切なさ」 がいくらか薄れたとしても、それは仕方ないことで、彼ならば、いつかそういう部分さえ、演技で見せてくれるんじゃないか、という気もする、そういう期待が、決して不相応なものじゃない、と信じられる、そういう感じがしたから。
  夢:堂々と役にぶつかってる、ねぇ・・・
  翔:最初から最後まで、一角の「精神」みたいなものが、揺らぎなく貫かれていた、というか。 安兵衛との一騎討ちの後の最期の表情にしても、残念とか無念とか、何か心残りを置いて行った感じが全然しなくて。
  夢:・・・うん。
  翔:たぶん、あの相討ちは、互いに振り下ろされた剣の強さは同じぐらいのものだったんだろうと思う。 けれど、一角は致命傷を負い、安兵衛は負わなかった。 何が違ったかと言えば、一角は生身の身体に剣を受け、安兵衛は鎖帷子(くさりかたびら)に守られていた、ということなんだろうと思う。
  夢:うんうん。
  翔:鎖帷子という「自分を守る術(すべ)」を持って闘った安兵衛と、そういう手だてを何も持っていなかった一角と。 もっと言えば、嘘の部分を抱えていた安兵衛と、ありのままの自分を貫いた一角と。
  夢:・・・・・・・・
  翔:それを、最後の一太刀で悟った一角は、決して幸せな境遇ではなかった自分の一生が、実は、討ち入りを果たした恋敵以上に、誇りを持っていいものだったのだ、と、死の直前に、そんなことを思ったんじゃないだろうか。
  夢:うーん・・・・
  翔:運命を受け入れて死ぬ、それは、主君のために仇討ちをして、そして死んで行く赤穂浪士と、何の差があるわけじゃない、自分もまた安兵衛と同じ武士として死ねる、その喜びみたいなものも、確かにあったような気がして。 
  夢:・・・・・・・・
  翔:お信のことにしてもね、彼女を愛したこと、彼女に愛されたこと、ただもうそれだけで、一角としては満足だったんじゃないか、って。 これから先、お信と末長く幸せに暮らす、そんなほんの些細な幸せさえ、自分にはもったいないものだと思っていたんじゃないか、って。 何だかそんなふうに思えてしまって・・・・
  夢:・・・・・・・・・ああ・・・・
  翔:ん?
  夢:いや・・・久しぶりだなぁと思って。 こんなふうに あれやこれや いろいろと翔が感じて受け取ったものを聞くのって。 
  翔:・・・・そう?
  夢:そうだよ。 今、『月下の棋士』とか『2001年のおとこ運』とかの頃にタイムスリップしたみたいな気分になったから。(笑)
  翔:・・・・そうかな。(笑)
  夢:いや、これはね、翔が、作品も良くて、田辺さんも良い、と思えないと出来ないのかもしれないんだけど、その辺の、作品や田辺さんに対する翔の観察力みたいなものって、すごく面白いと思う。
  翔:いや・・・私の言ってることっていうのは、観察力、とか言うより、想像・・・もっと言えば空想・妄想のたぐいなんだろうけれど。(苦笑)
  夢:だからきっと、当たりはずれ、っていうのも絶対ある、とは思うんだけど。(笑)
  翔:そうね。(笑)
  夢:それにしても、話を聞いてると、じゃもう一回観てみよう、って気分になる。(笑)
  翔:はい、ぜひ観て下さい、もう一度。
★    ★    ★
  夢:ということで、一角の登場シーンを中心に振り返ってみたわけだけど、でも、これだけ絶賛しといて、翔は、まだまだ もっともっと行ける とも思ってたわけだ。(笑)
  翔:(苦笑)
  夢:なんか、翔が月影千草(@ガラスの仮面)に見えて来たんだけど。(笑)
  翔:「想像力+創造力」そしてさらに「表現力」の3つが必要なのよ、とか?(笑)
  夢:え?
  翔:ふふ・・・まぁ、その辺のことはいいとして。
   ―――今回、一角を観直して思ったのは、演じる田辺さんと演じられる役(一角)とのあいだに、少し 距離があったんじゃないか、ということなんだけど。 
  夢:・・・・ん・・・・・?
  翔:どうして距離が出来るのか、と言うと、それは、田辺さんの持っているものとか経験とか、そういうところからは 入り込めない「役」だからじゃないのかな、と。 だから、一角との距離があるのは仕方のないことでもあって。
  夢:・・・・・・・・・
  翔:さっきの話を繰り返すようだけど・・・
  そういう「役」に当たった時に、田辺さんが、強引に自分の中に役を引きずり込むのでも、自分が役の中に飛び込んで行くのでもなく、清水一角という人間に田辺誠一という俳優(自分)をより近く寄り添わせようとした、一角と同じ目線で同じ方向を見ようとした・・・・
  そういうことは、過去に演じた役でも感じることがあったけれど、今回は、より確かに、より自覚を持って、田辺さんが「そうしようとしていた」という気がするので。
  夢:うーん・・・・・
  翔:清水一角という人間を「演じる」ことで表現して行くことは、田辺さんにとって、自分の中にないものを、想像力を働かせて、創造力を使って、形にして行く、ということだと思う。
  それは、ひょっとしたら「嘘」をつくことなのかもしれないんだけど、でも、逆に、「演じる」ってそういうことだと思うんだよね、嘘をつく・・・ん~~自分に正直に嘘をつく・・・・というか。
  夢:「自分に正直に嘘をつく」か・・・
  翔:いつもいつも、自分の引き出しの中にあるもので役を作れるわけじゃない。 自分が持っていないものを想像して、創造しなければならないこともある。
  でも、観客の前で、自由自在に「自分で創り上げた嘘」がつけるようになったら、演じることが、もっともっと楽しくなる、あるいは怖くなる・・・・
  夢:正反対?(笑)
  翔:確かに。(笑) だけど、楽しさも怖さも含め、もっともっと「演じること」を突き詰められる、演じ尽くせるようになる、という気もする。
  夢:・・・・うーん・・・・・
  翔:果たして田辺さん本人が、それを求めているか、それを目指しているか、というのは、分からないわけだけれども。
  夢:・・・・・やっぱり・・・
  翔:・・・・え?
  夢:「もっと!もっと! もっと!」って・・・・あたしには、翔が月影先生に見えるよ。(笑)
  翔:もうほんと、どうしようもないね。 田辺さんに対して、これでもかこれでもか、となってしまう、私の この 「性(さが)」 というか 「業(ごう)」 みたいなものは。(苦笑)
  夢:でも、それがあるから、≪翔夢≫がこんなに長く続いてる、とも思うけどね。(笑)