DOG-FOOD(talk)

2000・4・5ビデオ発売(ポニーキャニオン  
このトークは、あくまで、翔と夢の主観・私見によるものです。

  夢:・・・・・どうだった? 楽しみにしてた『DOG-FOOD』は。
  翔:いろいろと絡(から)まっていたものが ほぐれてきた感じがする。 『眠らない羊』で見失った「田辺誠一」の断片を、『DOG-FOOD』のあちこちで見つけ出して、少しずつ、また立体にしていくことが出来ている、と言ったら良いのかな。
  夢:「出来てる」ってことは、現在進行形なわけ?
  翔:少しずつ、ね。 観直すたびに新しい発見があるから。 一気に解(わ)かろうとするから、「眠らない羊症候群」(Creative.2 『眠らない羊』参照)なんてことにもなるんだろうし、今現在は解からなくとも、いつかは解かる時が来るだろう、と・・・別に、『DOG-FOOD』からすべての答えを導き出さなくてもいいわけだし、と・・・・・
  夢:うーん、その辺が、『羊』からいろんなものを受け取り過ぎて苦しんだ人間の、到達点、ってことなのかなぁ。
  翔:到達点なんて、そんな たいそうなものじゃないけど。(笑) ・・・でも、逆に、『DOG-FOOD』を、「田辺誠一」という人間を知る手掛かりにしてしまっていいのか、そういう観方をしてしまっていいのか、ということも言えるんだけど。
  夢:それはノープロブレムでしょ。 表現者はさ、田辺さんに限らず、結局 自分を知って欲しくて作品を創り出してるんだと思うもん。
  翔:・・・そうだね。 そういうふうに考えれば、『眠らない羊』で見失ったものが、『DOG-FOOD』で見えてきた、というのも、当然と言えるのかもしれない。 もちろん、見えてきた「田辺誠一」は、私の、私なりの、私が想像する「田辺誠一」に過ぎない、ということも、今度は肝に銘じておかないと、とも思いますが。
  夢:翔は、何でも深く読み取ろうとし過ぎるんだよ。 だから、自分の想像だにしなかった、読み切れなかった姿をポンと見せられると、パニクるんだと思う。
  翔:そうかなぁ・・・
★    ★    ★
  夢:本題に入りましょう。 『DOG-FOOD』、あたしには、ちょっと難しかった。
  翔:言いたいことを直接言わないで、「これはどういうこと?」って、観る側が抱いた疑問を、「あなたはどう思う?」って、逆に訊き返されたみたいな感じがした。 だから、観る側の接し方によって、映画の印象が、どんなふうにも変わってしまう、と言うか。
  夢:「食べること」がキーワードなんじゃないか、って、翔は言ってたけど?
  翔:これ、いろんな切り口で「語れる」映画だと思うんだけど、わたしは、すごく「食べる」シーンに意味があるように思えた。
  夢:たとえば?
  翔:月曜日、「エサ、アゲテナイデショー」とイラン人に言われて、「俺だって、何も食べない時あるから」と、突き放すように言った男。 その男が、夜、ようやくパオパオ(犬)にエサをやるんだけど、缶のフタ開けて、そのままポイッと犬の鼻先に突き出す。 
  夢:ああ、うん。 「明日の分」って言って、もう一個開けて、それをパオパオが懸命に食べてた。
  翔:すぐ近くに、犬用の食器があるのに、男は、そこにエサを空けてあげようなんて、つゆほども考えない。 犬に対してばかりじゃない、自分自身に対しても、「食べる」ことに、まったく手間隙(てまひま)かけない。 かけようとしない。 カップラーメンにお湯を注ぐだけ。
  夢:うん。
  翔:そのカップラーメンだって、好きで、おいしいと思って食べてるんじゃない。 「食べる」という、一番基本的な行為でさえ、こんなに無頓着で、無感動。 
  一事が万事・・・お風呂のお湯がぬるかろうが、シャンプーが切れてようが、別に、どうでもいい。 イラン人にお風呂を貸すのだって、おそらく、奥さんが好意でしていたことを、断るのが面倒くさいから続けているだけのこと。 そこには、自分の感情や意思は、まったくない。
  夢:うーん・・・そうかぁ。
  翔:犬にエサをやる、とか、イラン人に風呂を貸す、とか、他人に何かをしてあげる、というのは、そこに、好意や愛情が間違いなくあるはずなのに、男には、それがまったくない。 それどころか、自分自身が生きるために必要な「食べる」という行為さえ、ただ、口に流し入れているだけ。
  相手を、自分を、ちゃんと見る・・・きちんと向き合う・・・・要するに‘思いやる気持ち’が失われている、と言ったらいいかな。
  夢:自分を思いやる・・・か。
  翔:奥さんが忘れ物を取りに来て、夕飯の準備をする、その後姿を見ながら、男は何を思ったんだろう。 毎日毎日、男のために食事を作り続けた奥さん、今も作り続けている彼女・・・・男が好きなものを、男に食べてもらうために。
  夢:・・・・・・うん。
  翔:奥さんが作ってくれたオムライス、作ってくれている間、じっと彼女の背中を、腕を、見つめている男。 毎日、どんな思いで、彼女はここに立っていたのか。 
夢:・・・・・・・・
翔:つい数日前まで、目の前に食べ物が出て来るのは、男にとって当たり前のことだった。 「いただきます」も「ごちそうさま」も「うまい」も「まずい」もなく、ただ、それを口の中に流し入れていた、いつもいつも、毎日、何の感情も持たず・・・・
  夢:・・・・・・・・
  翔:出来上がったオムライスを、テーブルに乗せようとして、奥さんの手が、つと止まる。 机の位置が、替えられている。
  夢:あ、男が動かした・・・・
  翔:彼女が家にいた時、そこにあった‘もの’は、そこにあるべき理由があった。 机は、出来上がった料理を乗せやすい位置にしてあり、そうすることが、奥さんにとって一番収まりのいいことだった。 奥さんが料理を作る姿を、きちんと心に留めていれば、分かったはずなのに、男は気づかず、動かしてしまった。 それは、大袈裟に言えば、「妻」の存在を、男によって否定されたようなものなんじゃないか・・・・
  夢:机ひとつで?
  翔:そう。
  夢:うーん・・・・・ でもさ、そもそも、どうして奥さんは帰って来たの? 「忘れ物を取りに来た」というのは、明らかに口実でしょ?
  翔:・・・・前の日にパオパオが交通事故で死んでしまったよね。
  夢:うん。
  翔:奥さんは、そのことを風の便りに聞いて、男が、痛みを感じているんじゃないか、傷ついているんじゃないか、と、気になって来たんじゃないのかな。 もちろん、そうでない、そうならない男だということは、うすうす分かっていたけど、でも、もしかして・・・・と。
  夢:しかし、やっぱり痛みを感じない男だった?
  翔:・・・「未来だけじゃなく、過去も変えられると思う」と奥さんが言うけど、結局、「今、どうなのか」ということだよね。 いま、過去のいろいろな出来事に感情を注いでやれば、無意味だったり、馬鹿げていたり、失敗したりしたことがあっても、今の自分を肯定してやれる、愛してやれる・・・・うーん、うまい言葉が見つからないんだけど・・・・・
  夢:なぜ、奥さんはそんなことを?
  翔:解からない。 だけど、変わるにはエネルギーがいる。 それを男に思い出して欲しかった、ということなのかなぁ・・・・
★    ★    ★
  夢:翌日、男は、河原で、買ってきたおにぎりに塩をかけて、握りなおして食べるよね。 好きなシーンだったんだけど。
  翔:初めて、自分のために「何かする」シーン。 コンビニおにぎり、たぶんずっと薄味だと思いながら、でも、面倒くさいからそのまま食べていたんだろうな。 それに塩を振って、自分が「おいしい」と思える味にして、しかも、もう一度握り返す、自分の体温を込める・・・・・無意識に、でも、少しずつ、自分を好きになろうとしてる、ということなんじゃないのかな。
  夢:ああ・・・・そうかぁ・・・・
  翔:その夜、男は、改めて自分の家の中を見回す。 奥さんがいた台所に目をやって、そこに、ベトナムの本と、犬の遊び道具だったぬいぐるみを見つける。 この家の中で、奥さんと犬は、間違いなく「感情」を持って生活していた。 じゃあ、自分はどうだったのか?
  見ようとせず、見る努力も払わず、見えないことを不審にも思わず、ただ、目の前に砂が降り積もるのに任せていた。 そのことに気づきさえもせず、気づこうともせず、ただ、逃げていた。
  夢:・・・・・・・・
  翔:ベトナムの本とぬいぐるみ、ふたりの感情・体温・ぬくもり・・・・なぜ奥さんは出て行き、犬は自殺したのか、考えようと努力することさえしなかった自分。 DOG-FOODを、犬は、本当においしいと思って食べていたのか・・・・?
  夢:で、自分も食べてみた?
  翔:でも、分からない、解からない。
  いつものように、ペットボトルのお茶を注ぎ、氷を入れようと冷凍庫を開けて、男はそこに、ヨーヨーを見つける。 そして気づくんだ、あの縁日の屋台で、奥さんになる人のために、何度も何度もヨーヨー掬(すく)いをした自分、人のために何かをしてやろうと懸命になっていた自分、彼女の指にヨーヨーをかけてやった時、間違いなく、そんな自分の想いも彼女に手渡したはずなのに・・・結婚するって、そういうことのはずだったのに・・・・・
  夢:あ、だから婚約指輪が、彼女の指にあったのか。
  翔:そう。 ・・・・だけど、流れる時間の砂の中で、男はそれを忘れ去り、女は、その想い出を永遠に残して置きたくて、冷凍庫に凍らせておいた。 あの日、花火の夜、置き忘れて来たものが何だったのか、ようやく男は気がついて、そして少し、男の中で、何かが変わった。
  夢:次の日、「飯食って行くか」と男がイラン人に声かけるじゃない? 初めて他人に対してアクション起こしたわけだよね。
  翔:まだ不器用だけど、でも、人が何を考え、どうして欲しいと思っているのか、ということに気持ちを向け、人に何かしてあげるために自分から動き出そうとしてる。
  夢:一緒に食べたカップラーメンの味は、今まで一人で食べてたのとは違うよね、たぶん。
  翔:そう思う。 奥さんがいなくなってから、ずっとひとりで食べていたカップラーメンが、砂を噛むように味気ないものだったと、そんなことが感じられる人間になろうとしてる、と思いたいけどね。
★    ★    ★
  翔:「慣れたらだめだよ」と男がイラン人に言うよね。
  夢:うん。
  翔:奥さんがいること、犬がいること、温かい食事が目の前に出てくること、お風呂はいつも適温で、シャンプーがなくなったらちゃんと補充されている、そういう「家」があること・・・・・慣れて、当たり前になって、そしてやがて見えなくなってしまったそれらのものに、去られてみて、去ろうとして、初めて意味があることに気づいた男の、正直な気持ちなんだと思う。
  夢:・・・・・うん。
  翔:自分さえも大切に出来ない、自分を愛していない人間に、人を愛せるはずがない。 
   「本気で好きな人がいた。浮気ではなかった」 「彼女を愛していた」 と、男は言うけど、その感情が本物かどうか、というのは、分からない。 愛してる、という想いは、彼女と一緒に暮らしていないから、たまにしか会わないから、新鮮に、本物のように感じるだけで、もし、一緒に暮らすようになって、日常の中に身を置くようになったら、やはり、奥さんの二の舞になってしまうような気がする。 彼女は、男にとって、名前どおり「かざり」なんじゃないか、って・・・・
  男が変わらなければ、結局、状況は、なにも変わらない。
  夢:「だらしない男の再生の物語」と、田辺さんは言ってたけど、男は「再生」出来るのかな、本当に。
  翔:なんとも言えないけど、ただ、自分の上に降り積もった砂を、他人に掃(はら)ってもらうのではなく、自分自身がアクションを起こすことで掃おうと思い始めている、という気がするから、以前の男とは、変わってきたのは事実かな。
  夢:男が家を出る時、ヨーヨーを門のところに掛けて行くよね。 あれ、気になったんだけど。
  翔:どうなんだろう・・・・想いを残して行く、ということなのかな? だとすれば、かざりには残酷なことだよね。
  夢:かざりが、ヨーヨーに気づいて手に持って、ハッとするよね。 で、男の後姿が映って、すぐ暗転になるんだけど。
  翔:この暗転は、結末を、完全に観客に預けた、ということだよね。 あなたがかざりなら、このあとどうしますか? あなたが男なら・・・あなたが奥さんなら・・・・って、田辺監督から預けられた私たちは、あとは自分の中で終止符を打たなければならない。
  夢:・・・・・で、翔は、終止符を打てた?
  翔:ううん、まだ。 
  夢:あ、珍しいじゃない? いつも、きっちり結論出したがる人なのに。(笑)
  翔:なんとなく、○(まる)にしたくないんだよね。
  たぶん、次に観たら、また新しい何かが解かる、その次に観たら、また違う何かが解かるんじゃないか・・・・ だとしたら、無理してピリオドを打たなくていい、「今」感じたものを、「今」想うように語って、あとは、また次に心が揺れた時に、形にして行けばいい、って・・・・・
  夢:翔・・・解かったよ、なんとなく・・・翔が、『DOG-FOOD』を観て、「眠らない症候群」を完治させたわけ。
  翔:そう?
  夢:結局さぁ、『眠らない羊』の時は、あの本のすべてを語りたい、今、語り尽くしてしまいたい、という想いが強過ぎた、ってことだよね。
  翔:・・・・・そう、たぶん。
  夢:だけど、『DOG-FOOD』は、観るたびに、少しずつ印象が違うから、最初から、すべてを語り尽くそうとしたって、絶対無理なわけで。 で、今語れることだけでいいじゃないか、それで十分、という気持ちになった、ってことなんじゃない?
  翔:そう・・・そうなんだと思う。 「田辺誠一」の、頭の先から足の先まで、全部語らなくても、田辺さんの右の人差し指一本を語っただけでも、それは、紛れもなく、「田辺誠一」を語ったことになる、と、そんなふうに思えるようになった。 だから・・・・
  夢:・・・・・そうかぁ・・・そうなんだ・・・・ ああ、なんか、あたしまで肩の荷がおりた気分。(笑)
  翔:いろいろ、ご心配をお掛けしました。(笑) 
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  夢:きのう話したばかりなのに、もう、新しい何かを見つけたって?
  翔:昨日まで、全然気に止めなかったんだけど、今日ビデオ観てて気づいたら、もう、居ても立ってもいられなくなって・・・・
  夢:で、どういうこと?
  翔:友人か誰かにTELしてる時、男が机の下からエアマックスを見つけるじゃない。
  夢:最初の頃・・・・日曜日だったよね。
  翔:そう。 で、「なつかしいなぁ・・・」というシナリオにはない台詞があるんだけど、これ、字幕では、「I forgot it」、つまり、「忘れてた」となってるんだよね。
  夢:あ、そうだった?
  翔:「犬飼いはじめのころ、犬がさ、ガケみたいなとこから落ちてさ、それ助けてボロボロ・・・」という、そういう事件があった。 男は、それをすっかり「忘れてた」のに、犬はちゃんと覚えてて、だから、自分を助ける為にボロボロにさせてしまったエアマックスの替わりに、靴を、何足も何足も拾ってきては、自分の「家」の中に仕舞っておいたんじゃないか、って。
  夢:あ!
  翔:エアマックスは、パオパオにとっては、奥さんのヨーヨーと同じ意味があったんじゃないのかな。 男が、自分のために一生懸命になってくれた、その証拠品、みたいな。
  夢:うん・・・・うん。
  翔:パオパオが何故自殺したのか、というのは、私には、まだ謎のままなんだけど、男が家を出て行く時、パオパオの家の中に、たくさんの靴を見つけて言った、「エアマックスじゃないよね」というセリフの意味って、犬が何故こんなに靴を集めたのか、その理由に思い当たったから、ということなんじゃないかな、と。
  夢:そうかぁ、あの時、男がすごくいい顔してる、と思ったんだけど、それなら説明がつくね。
  翔:うん。
  夢:・・・・・翔、明日も『DOG-FOOD』観る?
  翔:え?
  夢:また、新しい発見があるかもしれないから。(笑)
  翔:(笑)