月下の棋士(第6局~最終局)(talk)

2000・1-3月放送(テレビ朝日系)
★このトークは、あくまで翔と夢の主観・私見によるものです。

第6局/手段は選ばぬ!三人の名人戦
  夢:久しぶりのトークだけど、恐る恐る、って感じ?
  翔:ちょっと、ね。 でも、『月下』のおかげで吹っ切れた。身体の内でモヤモヤしていたものが、一気に晴れた気がする。(CreativeWork『眠らない羊』参照)
  夢:『第6局』、凄かったね!
  翔:凄すぎるよ! これで夢と話さなかったら、絶対後悔する!と思ったから。 特に今回は、滝川(田辺誠一)だけじゃなくて、大原(中尾彬)も、氷室(森田剛)も、すごく良く書けていて、3人のポジションがはっきりしていて、ドラマとして、ものすごく面白かった。
  1時間なんだけど、2時間ドラマを観ているみたいな、濃厚な時間だったと思う。 ずーっと肩から力が抜けなくて、ガチガチになりながら、それさえ忘れて、画面に釘付けになっていた。
  夢:やっぱり、中尾さんの存在感って、大きいよね。
  翔:滝川と氷室だけだったら、これほど真に迫ったものにはならなかった。 「名人」というものがどんなものか知り尽くしている大原・・・ある意味、誰よりも「名人」に執着している彼の存在が、滝川と氷室の関係をも 明確にしている、という気がする。
  「名人になって、名人のまま死にたい」という執念、あの、朦朧(もうろう)とした意識の中で、自分をもう一度将棋盤の前に呼び戻すほどのタフな精神力・・・・ 「名人」というものへの‘固執’という点だけを見れば、おそらく氷室も、滝川でさえも敵(かな)わない。 そういう役を、中尾彬が演じている凄さ! 田辺誠一も、森田剛も、ある意味、太刀打ち出来ない存在感。
  だけど、田辺は、‘丸太’をふりまわしてくる中尾に、‘真剣’で立ち向かい、森田は、‘素手’で懐に飛び込んで行った。 これは、大原・滝川・氷室という「棋士の闘い」であると同時に、中尾・田辺・森田という「俳優の闘い」でもあったと思う。
  夢:うーん、鳥肌立って来た!
  翔:中尾さんの凄さは、自分をきちんと‘見せて’いながら、田辺さんや森田くんという伸び盛りの俳優が、持っているものを全部、100%、ひょっとしたら120%引き出すことが出来るような環境を作ってやったこと。
  ストーリーが荒唐無稽だろうが何だろうが、関係ない。 俳優は、もともと虚構の世界の生き物なんだから、そこに確かに生きている、という感覚を、観客に味わわせることが出来れば、それこそ俳優冥利(みょうり)。 そういうことを、若いふたりに、身をもって教えてくれたんじゃないか、と。
  夢:うんうん。
  翔:もちろん、演出とか脚本とかの良さ、ということも、あったと思う。
  夢:1日目の夜、大原が千代子(川島なお美)を部屋に呼ぶでしょう。 ヤバイ展開になってしまうんじゃないかと思ったら、思いもかけず、ああいう展開になって、これは、スタッフは、本気(マジ)で「勝負師のドラマ」を作るつもりなんだ、と思った。
  翔:そうだね、あそこで好きだ嫌いだってやられたら、一気に興ざめするところだった。 大原の「弱い部分」を見せられてしまったから、2日目、大原が、滝川に対してどんな誘い水を向けても、「汚い、嫌なヤツ」とは思えなかった。 
  逆に、ああいう状態になった大原を見てさえ、負けを認めず、あくまで駒を指しに行った滝川が、ものすごく憎たらしく見えた。
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  夢:今回、森田くんも良かった。
  翔:もう 将棋が指したくて指したくてたまらない!って、そりゃ目の前で大原と滝川があんな物凄い勝負をしていたら、自分も指したいって思うのは当たり前だと思う。 でも、自分がふたりに追いつくには、現状の将棋界のシステムだと まだまだ時間がかかってしまう・・・その苛立ち・焦(あせ)り。
  夢:酒を飲んでも、芸者と遊んでも、何やっても気が晴れない?
  翔:だって、彼がやりたいのは、「将棋」なんだもの。
  夢:だけど、彼には、大原や滝川のような「名人」へのこだわりはないよね。 とにかく「強いヤツと将棋がしたい!」っていうだけ。 
  翔:彼にとっての将棋は、シロクロはっきりさせるための道具で、負けてしまったら本当に悔しいけれど、「よし、もう一回!」って、また挑めばいいだけのもの。 だから、大原の強さを素直に認めることが出来るし、反対に、いさぎよく負けを認めようとしない滝川に、怒りを爆発させたのだと思う。
  夢:こうしてみると、将棋に対する姿勢って、三人三様だね。
  翔:「名人」だけに与えられる名誉を、命がけで手にしようとする大原、「名人」にこだわらず、ただ将棋を指すことを楽しみ愛する氷室、「将棋の神」に愛されている証(あかし)として、「名人」の名にしがみつかずにはいられない滝川――この三人のコントラストを、今回、きっちりと明確に見せてもらえたことが、凄くうれしかった。
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  夢:三人ももちろん良いんだけど、今回、脇の人たちがすごくいいと思った。
  翔:なんと言っても千代子さん(川島)が良かったよね。 氷室にも大原にも滝川にも、三人それぞれに関わっている女性だけれど、ベタベタしたところがまったくなくて、勝負師の妻であり、自身も勝負師だった、というスタンスを崩さないから、女性から見ても、すごく共感出来る。
  滝川が、マザコンの甘ちゃん青年にならずに済んでいるのは、千代子のキリッとした姿勢・態度によるところも大きいと思う。
  夢:変な話、大原に対してさえ、母親のような包容力があったような気がした。
  翔:そうだね。 滝川も氷室も、彼女に母親を重ねて見ていると思うし、ある部分では、同志のような存在だろうし、もちろん女性として見ている部分もあるだろうし・・・・ すごくいろんなものを、彼女に重ねて見ているんだろうな、と。
  夢:滝川は特にそうなんだろうな、きっと。
  翔:私、原作をザッと読んだ時、滝川が恋焦がれている女性が、けして好きだと打ち明けられない相手だと知って、ますます滝川が好きになったのだけど、TVで、その女性の代わりに千代子が出てきた時、あの原作の滝川のドロドロとした恋慕が、安っぽい恋愛にすり替えられてしまうんじゃないかって、すごく残念に思った。
  夢:あたしは原作読んでないけど、翔の話だけでも、尋常じゃないものを感じた。 滝川の心の奥底の、暗い情念を見せられた感じ。
  翔:だけど、精神的には強靭(きょうじん)なんだよね。 その辺の話は、後でゆっくりしたいと思うけど。
  とにかく、私の心配は、杞憂(きゆう)だった。 少なくとも、今回の千代子には、原作の女性に引けを取らない慈愛に満ちた、しかも高潔な雰囲気があって、「参りました」と、素直に頭を下げたい気分になった。
  夢:真由美(山口沙弥加)も、おちゃらけてるだけじゃなかったよね、今回。
  翔:「将棋の世界には、魔物が棲んでいる」ということを、真由美は、今回初めて実感したんだろうと思う。
  大原が病院に運ばれ、そのあとに滝川が出てきて記者たちに取り囲まれた時、遠くから視線を送ってきた真由美。 滝川にとって、ある意味、どんな評論家や記者やファンよりも、心の痛む視線だったんじゃないか。 「いいのか、あなたは本当にそれでいいのか」って。
  夢:うーん・・・すごいなぁ、みんな・・・・
  翔:今回に限らず、他にも、寺田農さん始め、徳井優さんとか、阿部サダヲさんとか、脇でキラッと光っている人が多くて、改めて、アンサンブルの整ったいいドラマだなぁと思います。
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  夢:さて、いよいよ滝川幸次なんですが・・・
  翔:今回、ほんとに「イヤな奴」で、でも、何故か、その汚さ、いやらしさを引きずっている滝川が、ものすごくいとおしく思えてしまって、切なくて胸が痛みました。
  夢:壮絶だよね。
  翔:将棋って、「名人」より上がないんだよね。 その、細い細い針先のような頂点に立って、滝川は何を得たんだろう。 「自分は神に愛されている」という自信をよりどころにして、ここまで勝ち進み、「名人」という地位に辿り着いたけれども、本当に滝川は、「神に愛されている」と信じる事が出来たんだろうか?
  夢:・・・・・・・・
  翔:同じ「名人戦」でも、挑戦する側と、受けて立つ側との、メンタルな面というのは、おそらく天と地ほどの差がある。
  「選ばれし者の恍惚(こうこつ)と不安、我にあり」という言葉があるけれど、名人になって「選ばれし者の恍惚」を感じていられるのは、ほんの一瞬で、次の瞬間にはもう、いつ誰に蹴落(けお)とされるか、ひたすら「選ばれし者の不安と恐怖」ばかりを味わうことになる。
  夢:前回の「名人戦」と、顔ぶれは同じでも、滝川と大原には、それぞれに精神的な違いがあった、と?
  翔:滝川は、今回、「名人位」を防衛しなければならない立場。 「名人=神に愛された人間」は、勝ち続けなければならない。 どんな手段を使おうが、「勝つ」ことが第一義、なんだよね。 少なくとも、滝川の中の「名人」というのは、そういうもの。 たとえ負けても、いい将棋をしたと信じれれば、それでいい・・・というのは、滝川からしたら、「逃げ」でしかない。
  夢:だから大原が倒れた時、なお将棋を続けようとして、氷室に「認めねえぞ!」って罵(ののし)られても、「これぞ名人!」って言い切れたのか。
  翔:だけど、滝川のこの考え方は、孤独を生(う)む。 ヒューマンな部分を削ぎ落として、ひたすら勝敗のみにこだわる、というのは、普通の人の感覚では、「非情」なだけだから。
  夢:ずっと観てて思ってたんだけど、滝川の周りって、本当に人がいないよね。 記者とかファンとか、そういう人たちはいても、滝川に寄り添ってくれる人がいない。 勝った時に一緒に喜び、負けた時に一緒に悔しがってくれる人が、誰もいない。
  翔:そう。 たぶん、畏(おそ)れられることはあっても、尊敬されない。 おべっか使う人間しか、周りに寄って来ない。
  そんな中で、真由美は、動機はどうであれ、「名人・滝川」でなく、素(す)の滝川に興味を抱き、彼の周りをうろつくようになった。 そんなふうに自分に興味を持ってくれた人は初めてだったから、滝川も、何かといえば、真由美に頼み事をするようになる。
  まぁ、滝川が、一方的に利用しているだけだけど、それでも真由美は、犬みたいにキャンキャン言いながら、くっついてくるから、彼もちょっと心を許しているところがある。
  夢:真由美は「犬」かぁ・・・
  翔:だけど、名人戦の後、滝川が記者に取り囲まれた時、真由美が投げてきた視線には、全面的に主人を信頼していた、かわいい犬の憧憬(どうけい)は失われていた。 ・・・私が、さっき、「滝川にとって、ある意味、どんな評論家や記者やファンよりも、心の痛む視線だったんじゃないか」と言ったのは、そういうことです。 
  夢:・・・もう一人の女性、千代子は?
  翔:担架で運ばれる大原を見送った後、滝川に言った、「名人って、哀しいものですね」という言葉、私には、滝川への、深い共感・共鳴が言わせたものだったんじゃないか、と思える。
  誰も・・・、氷室でさえ、「名人・滝川」の陥(おちい)った孤独や苦しみを理解することが出来ない。    だけど、千代子だけは、自分がかつて目指し、自分の夫が目指した先にある、「名人」という名の魔物の正体を、おぼろげに解(わ)かっている。 千代子の、いとおしさと深い共感を持って発せられた一言、「名人って、哀しいものですね」・・・・だけど滝川は、その想いを受け止めるどころか、彼女に視線を返すことさえ出来ない。
  夢:なぜ?
  翔:千代子なら、自分の辛(つら)さを分かってくれる。 だけど、寄り添えない。 絶対に、今の滝川は、彼女に好きだとは打ち明けられない。 神に愛された者が、人間的な感情を抱いてしまったら、勝負に徹することが出来なくなる。 切っ先に立つ身に、迷いは許されない。
  「自分はもう『将棋の神』の手を取ってしまった。 たとえ、どれほど恋焦がれる相手でも、その手を取ってしまったら、自分自身が真っ二つに裂かれることになる」
  振り返りたい! 振り返りたい! 振り返って、千代子の胸に飛び込めたら、どんなに楽になれるか!・・・だけど、滝川には、それが出来ない。 ありったけのプライドをかき集めて、千代子の前を通り過ぎる・・・・
  夢:・・・・強いな、滝川は。
  翔:・・・・・・・ううん、弱いんだよ。
  夢:え!?
  翔:他人(ひと)に、自分の弱みをさらけ出す事が出来ない。 何もかも、自分ひとりで背負い込んで、苦しくて辛いのに、それを吐き出す事が出来ない。 それって、他人(ひと)に裏切られるのが怖い、自分が嫌われるのが怖い、という、「臆病な気持ち」の裏返しなんじゃないかな。
  夢:うーん。
  翔:他人(ひと)に自分の弱みを見せられる強さ、自分の背負っているものを、分かち合って欲しい人に預けてしまえる強さ、って、絶対あると思うんだよね。 だけど、滝川には、それが出来ない。 それは、やはり、彼が弱いからなんだと思う。
  夢:・・・・・・・・(ため息)
  翔:私考えたんだけど、唯一ライバルと認めている氷室が、名人戦で、大原が倒れても、なお将棋を指し続ける滝川に「てめぇ、それでも棋士か! 俺はそんなの認めねぇぞ!」と叫んだ時、滝川に、彼への失望はなかったんだろうか。
  夢:え?
  翔:出会いの時から、その才能を見抜き、いずれは自分とタイトルを争うようになると見込んで、その成長を心待ちにしていた相手。 氷室なら、名人・滝川が辿り着いた深い深い孤独の淵に、一緒に立って戦ってくれる、と信じていたのに、彼もまた、「むこう側」の人間だった、という失望。
  夢:むこう側、って?
  翔:負けと認めたら素直にリングを降りる、自分を貶(おとし)めてまで勝とうとは思わない、誰もが認める、きれいでいさぎよい将棋をする側。
  大原も、刈田(寺田農)も、誰も滝川の求めるような相手ではなかった。 この男なら、と思った相手に、「それでも棋士か!」と罵(ののし)られる。 たぶん、この世で一番、自分を理解してくれると信じていた相手に、そう言われた時、滝川はどう思ったのか。
  「こいつもか!? こいつも『真の名人』を自分と争う相手ではないのか!?」・・・その時の失望・絶望・・・・ 「これぞ名人、棋士の中の棋士だ!」と、滝川は氷室に言うけれど、自分の想いや願いが氷室に届かない苛立ちが、籠(こも)っているように思えた。
  夢:・・・・・んん・・・・・・
  翔:みんな自分から離れて行く、真由美も氷室も・・・。  唯一見守り続けてくれる千代子にさえ、想いを伝えることが出来ない。 それら全てと引き換えにしたのは、「将棋の神に、限りなく近づくこと」。
  夢:なんか、胸が痛む・・・・
  翔:だけど、何故、滝川はこれほど自分を追い詰めなければならないのか。 神の正面に座るために、これほど身体も精神も痛めつけなければならないのは何故か。・・・・それはたぶん、彼が「天才」じゃない、からだと思う。
  夢:え?え?・・・「天才、じゃない」? あの滝川幸次が、天才じゃない??
  翔:そう。 「神に近づき、愛されたい」という滝川の冷たい情熱は、氷室には、きっと永遠に解からない。 だって、氷室は神に近づこうなんて思っていない、氷室の中に、もう「将棋の神」は宿っているのだから。
  夢:あ!
  翔:「天才」は、氷室将介のほうなんだよ。
  夢:・・・う~~・・・
  翔:「将棋の神」に愛されるんじゃない、「将棋の神」を愛するんだ。 将棋を愛して、愛して、愛し抜いた者にこそ、「将棋の神」は宿る、氷室のように。
  氷室には、将棋が出来ない辛さはあっても、将棋を指していて辛いと思うことはない。 将棋を指している間は、いつ、誰と、どういう状況で対戦していても、楽しい、ワクワクする時間なんだよね。 そこが、滝川と決定的に違うところで、もしかしたら、滝川は、将棋を指すのが辛いんじゃないか、将棋そのものを憎んでさえいるんじゃないか、と思うことがある・・・
  夢:あ!これって!
  翔:え?
  夢:『ガラスの仮面』だ!・・・「演劇の天才・北島マヤ」と、「将棋の天才・氷室将介」。
  翔:そう。で、滝川は・・・
  夢:「姫川亜弓」か!
  翔:そういうこと。
  滝川が、自分を傷つけ、痛めつけ、どうしようもない孤独の中から掴んだ大切な物を、天才・氷室は、いとも簡単に手に入れてしまう。 滝川が、努力や汗や、身を削るようにして手に入れた物を、氷室は、俺はいらない!と突っぱねる。 ・・・切っ先の上で、滝川の自信は揺らぐ。 自分自身の力、神に愛されているのは自分の他にないという確信、が、崩れそうになる。
  夢:・・・うーん、うん。
  翔:「名人就位式」、あの冷ややかな空気の中で、突然、新聞社の社長が、「王竜戦」を宣言した時、滝川は、思い知らされたんじゃないか。 「名人」である自分のスピーチに「ちょっと待った!」と割り込んでくる、そこには、滝川名人に対する尊重も敬意も何もない。 自分が、「名人」の名にこだわって手にしたものは、それだけのものだったのか、という虚(むな)しさ。
  夢:・・・・・・・・
  翔:「天才」は、たとえ灰に埋まっていても、ワラにまみれていても、自然と人々に見出される。
  「王竜戦」の話を聞いた時、滝川は悟ったかもしれない、「天才」と呼ばれるべき人間が、本当は誰なのか・・・
   本来なら、名人にとって最も晴れがましい「名人就位式」の席が、「王竜戦」の話題に取って替わられる。記者たちが、滝川の前から、あっという間に姿を消す。 そして残ったのは・・・
  夢:・・・氷室将介。
  翔:滝川は、氷室に言う、「君との対局は、数年後だと思っていました」 ・・・そうだよね、自分でさえ、奨励会から「名人」に駆け上るまで、5年かかっている。それを氷室は、1年足らずで自分の前に立とうとしているんだから。
  氷室の登場によって起こった‘うねり’は、今‘渦(うず)’となって滝川を巻き込もうとしている。 もし、氷室が「天才」なら、滝川の勝算は薄いかもしれない。 血を吐く思いをして手に入れた「名人」の座から、転がり落ちるかもしれない。すべてを失うことになるかもしれない。 それでも、滝川は、戦わなければならない、世界でただひとり、「名人」と呼ばれる者の、意地とプライドにかけて。
  夢:もしかしたら、滝川vs氷室の闘いって、受けて立つ滝川の方が、はるかに辛いんじゃ・・・
  翔:それでも、滝川は、その時を待ち望んでいる。 氷室の実力を、誰よりも早く見極め、他のどんな相手より、氷室とこそ闘いたいと願っていた、その相手と闘えるのだから。
  夢:う~、滝川vs氷室、観たいような、怖いような・・・
  翔:氷室との闘いまで、きっと滝川は、今までよりはるかに厳しく自分を追い込んで行くに違いない。 その孤高の魂が、少しでも救われるように、千代子に、「滝川に手を差し伸べてやって!」と、お願いせずにいられない。
  夢:本当に、あの孤独から、何とかして救って欲しいよね。 あのままじゃ、あんまり可哀相すぎて・・・・。 もう、千代子さんしかいないものなぁ、滝川には。
  翔:そうだね・・・
★    ★    ★
  夢:ちょっと、田辺さんの話がしたいんだけど。
  翔:うーん、今回、「滝川」が、一気にリアリティを増したので、「滝川幸次」としてしか「田辺誠一」を認識出来なくなってしまっているんだけど。(苦笑)
  夢:まぁ、そこを何とか。(笑) 第1話の後、「滝川幸次」としては、ちょっと中だるみのようになった時、翔は、しきりに、生(なま)の人間ぽくならないで欲しい、と言ってたけど・・・
  翔:第1話で、田辺さんが、「滝川幸次」の雰囲気を、完璧と言っていいほどキッチリ作り上げているのを観た時、このまま最終回まで行ったら、「滝川幸次」は、田辺誠一の代表作になる、と思った。 だけど、続けて観ているうちに、ちょっと辛いな、と思える部分が出て来てしまって・・・
  夢:でも、今回で、また評価アップ?
  翔:正直、こんなに凄い役作り・演技が出来るなんて、思ってなかった。
  夢:うんうん。
  翔:何かの雑誌で、誰が一番原作のイメージに近いか、というコーナーがあって、滝川役の田辺さんが、100%でダントツの一位だったのだけど、今回観ていて、もしかしたら、田辺さんの滝川って、「原作から一番遠い作り」になっているんじゃないか、と思った。
  夢:というのは?
  翔:さっき、原作の滝川を、「精神的に強靭」と言ったけれど、私のイメージでは、凄くバイタリティーがあって、自信に溢れていて、何かに突き動かされるように棋盤の前にやって来ては、とてつもない将棋を指して行く、という感じがある。 人間的な感情を抱えたまま、迷いや悩みを身内に封じ込めてしまった、ものすごく強い技と、強い精神力を持った勝負師・・・・それが「滝川幸次」。
  夢:うーん、田辺・滝川とは、ちょっと違うか?
  翔:たぶん、原作の滝川は、すでに「神の領分」に足を踏み入れているのかもしれない。 闘うたびに何かを吸収して、どんどん巨大になって行く。 「名人」でありながら、チャレンジャーであり続けている。 もちろん、苦悩もあるし、辛い想いもしているけど、それを微塵(みじん)も見せない「大人」である。
  夢:・・・違うね、やっぱり。
  翔:田辺版滝川は、「名人」になる前も後も、何かを削り取り、切り落としながら、将棋盤に向かっている。 「私は神に愛されている」と言いながら、それを完全には信じていないもうひとりの自分を、身内に飼っている。 人間的な感情を排除しようとして、かえってその感情に振り回されている。
  はがねのように強いかと思えば、砂のようにもろい-----この二面性は、田辺・滝川が持つ、独特のものなんじゃないかな。
  夢:「弱さ」だよね、キーワードは。
  翔:そう。 田辺版滝川が、原作と決定的に違うのは、そこだと思う。 
  原作の滝川には、ぽっかりと大きな傷を負っても、自分で舐(な)めて治せるたくましさがあるけれど、田辺版にはそれがない。 血をダラダラと流しながら、自分で舐めることも、かと言って、「苦しい、辛い」と声に出して、人に治療を頼むことも出来ない。 一度ダメージを受けてしまったら、立ち直るのに、すごく時間がかかる。
  不器用で、繊細で、子供で・・・それが、田辺さんの「滝川幸次」。 わがままで、自己チュウで、意外とさびしがりやで・・・それもまた、田辺さんの「滝川幸次」。
  夢:ああ、分かる分かる。
  翔:自分で作り上げて得たもの、他の俳優とのバトルで得たもの、役そのものから得たもの・・・「滝川幸次」は、絶対、俳優・田辺の大きな財産になる、と思う。  
  夢:こんなに憎たらしくてイヤな奴を、田辺誠一に振り当ててくれたプロデューサーに感謝したいし、それを受けた田辺さんの勇気にも、拍手を送りたいと思わない?   
  翔:スタッフ・キャスト全員に、ね。
  私、今回ほど、田辺さんが、主役をはるタイプの俳優じゃなくてよかった、と思った事はない。 主人公は、常に挑戦者。 頂点に立つまでがドラマになる。 すでに頂点に達した者の悲哀を演じることは、主人公には出来ない。
  主人公と同等に渡り合い、へたすると主人公を食ってしまうような、出来れば、こういう役を、これからも演(や)って欲しい。 ・・・・いや、それより何より、あと3回しかない「滝川幸次」を、精一杯楽しみたいと思う、今は。
  夢:あたしも!


第7局/動揺!将介出生の秘密   
  夢:未だに『第6局』を引きずってる感じの二人・・・だよね。(笑)
  翔:(笑)
  夢:翔は一昨日までトークの編集してたから、余計に・・・?
  翔:UPしてからも、『月下・・』の公式サイトに遊びに行ったりして、余韻を楽しんでいました。(笑)
  夢:さて、いよいよ王竜戦のスタートということになったけど。
  翔:氷室は、今回刈田(寺田農)で、次回大原(中尾彬)、そして最終回で滝川と対戦するようになるけれど、でも、刈田が氷室の実の父、という展開は、予告編を見るまで、予想もしていなかった。 原作でもそうだったのかどうか・・・
  夢:なんか唐突だったよね。
  翔:まぁ、そう言われればそれも‘有り’かな、とも思ったけど・・・。 ただ、そこらの安直な「父子対面ドラマ」になっていなかったのはさすが、で、特に、「銀」という駒の使い方のうまさには、思わず唸(うな)ってしまった。
  夢:ああ、氷室が指した捨て身の一手?
  翔:あの「銀」は、氷室の母親・銀子(渡辺典子)のこと。 将介は、自分の中の母親を捨てる覚悟をし、刈田は、ワナと解(わ)かっていながら、その「銀」(=銀子)を拾わずにいられなかった。 あのシーンは、そういう意味があったのじゃないか、って、勝手に解釈したんだけど・・・
  夢:う~ん、そうか。
  翔:寺田農さん、良かったな。 彼も、このドラマに欠かせないひとりだった気がする。
★    ★    ★
  夢:滝川については、どんどん翔の言う通りになって行くみたいで、怖いぐらいだった。
  翔:いや、私は‘甘ちゃん’だったね。
  夢:え?どういうこと?
  翔:滝川が殴られる、という事件が起きた時、TVキャスターが「名人戦で卑劣な勝ち方をした」と言い、それを見ていた「将棋倶楽部」の人たちが、「殴られても仕方ない」みたいなことを言ったよね。
  あの辺は、ほう、なるほど、そう来ましたか・・・みたいな、脚本の出方を待っているようなところが、こちらにもあった。 変な話、もっと滝川をいじめて欲しい、と・・・それによって、千代子が、アクションを起こせるように。
  夢:はい。
  翔:その後、千代子が滝川を訪ねて、「今日は、滝川さんと将棋がしたくて参りました」と言った時、私、浅はかにも、「ああ、これで滝川は救われる」と思って、少しホッとした。 それが、おそらく千代子としてはベストな手の差し伸べ方だし、それによって、滝川は、初めて、心穏やかに「楽しい将棋が指せる」ようになるのだろうって。
  夢:うんうん。
  翔:ところが、千代子を相手にしてさえ、滝川は、冷たく心の通わない将棋を指してしまう。 好きな人が相手でも、心を閉ざしたまま・・・ここまで滝川の気持ちが‘かたくな’になっているなんて、私は考えてもいなかった。
  しかも、「人間の将棋をしている氷室将介に、あなたは勝てない」という、最も的確な助言をしてくれている千代子に、「やっと解かりましたよ、あなたの本心が。 あなたはいつも、私の心を乱す。 そうやって氷室を勝たせるつもりなんだ!」と、千代子の滝川への「何とかしてあげたい」という想いまで疑ってしまう。
  そこまで人が信じられないのか? そこまで自分を追い込むのか? 神とただ二人だけの世界へ行きたいのか?って・・・・ 私が、もし脚本を書いたとしても、ここまで滝川を追い詰めることは出来ない。 だから、‘甘ちゃん’だ、と言ったの。 今、私は、「どこまで滝川を追い詰めたら気が済むんだ、尾崎将也!(脚本担当)」という気分です。
  夢:うーん・・・
  翔:「勝つためにみんなを敵にまわして・・・ひとりぼっちで・・・あなたはそれでいいんですか?」と必死に滝川に訴えようとする千代子に、「どうぞ、お帰り下さい」と頭を下げる滝川。 うつむいた彼の表情は見えないけれど、きっと泣きたかったんだろう。 唇噛んで耐えていたんだろう。    
  夢:辛いところだよね。 千代子がだましたと思い込んで、ああやって突っぱねるしかない、っていうのは。
  翔:それもそうだし、たぶんあの時、滝川は、千代子にああいう答えしか返せない自分自身をも、うんと憎んだんじゃないか、と思うんだよね。 何で自分は、本当に言いたい事を、本当に言いたい人にさえ言えないんだ!っていう・・・
  夢:滝川見てると、ここまで孤独になって、人は生きていけるんだろうか、って思っちゃうなぁ。 せめて、千代子の言う事に耳を傾けるぐらい出来ないものか、と思うけど。
  翔:でも、じゃあいったいどうすればいいのか、ということが、滝川には解からない。 千代子にまで「あなたは間違ってる」と言われて、じゃあどうすればいいのか、ということを、一人で考えなければならない。 そんなに簡単に性格を変えられるものじゃないから、今から氷室みたいな将棋を指せ、と言われても、絶対無理なわけだし。
  夢:それはそうかもしれないけど・・・
  翔:自分の弱い部分と直面させられて、今の滝川は、最低最悪の状態。 それでも、この時期に、その状態になった、というのは、滝川にとってはラッキーだったんじゃないか、という気がする。
  夢:どういうこと?
  翔:氷室との対戦までに、まだ時間がある、ってこと。 おそらく、自分に不足しているものが何か知ってしまった滝川が、どうにかしようとあがいてあがいて、でも、どうしようも出来なくて、それをひきずったまま氷室と闘い、闘いの中で、何かを掴んでいくんじゃないか、というのが、私の最終予想なんだけれどね。
  夢:うーん、そうすると、翔は、滝川vs氷室、どっちが勝つと?
  翔:絶対に滝川。 まだ、氷室に負けるわけには行かないでしょう。
  夢:そうか。
  翔:今日(2/29)の朝日新聞を読んでいたら、「A級棋士順位戦」の記事が出ていたんだけど、A級になった氷室が、滝川名人への挑戦権を得て、彼と戦うまでのドラマを作っても面白いと思った。
  夢:なんか、このまま終わってしまうのは惜しいよね。
  翔:そうね、せめてスペシャル版ぐらいは作って欲しいと思う。 
  夢:いくらでも、エピソードあると思うんだけど・・・
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第8局/壮絶!大原 盤上に死す    
  夢:大原vs氷室の闘いだったわけだけど・・・・結局、どうしたって、第6局を超えるもの、っていうのは、作れないのかなぁ。
  翔:7局でも思ったのだけど、今回も、将棋の闘いそのものよりも、別なところに主題が移ってしまって、ちょっと「勝負」の意味合いが薄れたかな、という気がする。 前回の刈田との対局は、彼が父親かどうか、ということで氷室の心が乱れ、今回は、大原の病気に心が揺れる。
夢:・・・・・・・
翔:第6局、大原が仕掛けた心理戦に、滝川が自分の腕を食いちぎるほど噛んで踏み止まり、実際の対局では、一手一手、お互いが身を削りながら指して行ったという「壮絶さ」があったと思うんだけど、氷室の将棋には、相手の心臓めがけてギリギリと弓を引き絞るような、真剣さがない、というか、迫力がない、というか、その辺が食い足りないと思う。 それはもちろん、森田くんが悪いんじゃなくて、脚本の問題だろうと思うけど。
  夢:今回、大原は完全に逃げてたじゃない? 滝川に「氷室と勝負しなければ、対局しない」と言われて、ようやくその気になったかと思えば、氷室に頭を下げて、勝ちを譲ってくれ、と言う。 滝川とあれだけの死闘を演じながら、ちょっとそれはないんじゃない?って感じがしたんだけど。
  翔:確かに、自分の余力を考えた時に、滝川戦に、残りすべての力を注ぎ込みたい、という気持ちも分からないじゃないけれど、ちょっとはぐらかされた気がするよね。
  夢:ま、それだけ滝川の力を恐れていた、ということではあるんだろうけど。
  翔:私は、将棋会館に着いた時の大原に、迷いを背負わせて欲しくなかった。 それこそ、酸素ボンベ10本でも20本でも持って来て、「ハエ」である氷室を蹴散(けち)らすぐらいの気概と覚悟を見せて欲しかった。 大原が氷室に頭を下げたことで、ふたりの対局が、すごく軽いものになってしまったようで、残念だった。
  夢:突然大原の孫がやってきたのもイヤだったな。 なんで勝負の最中に、薄っぺらな家族愛を見せられなきゃなんないの!?みたいな。
  翔:で、勝負のあと、「おまえがおじいちゃんを殺したんだ!」って・・・「そんなこと、てめえに言われなくても分かってらぁ!」って、氷室に替わって怒鳴りつけたかった。
  夢:かわいくないなぁ・・・
  翔:ああ・・第6局の、あの緊張感!あの迫力!が懐かしい・・・
★    ★    ★
  夢:一方、滝川幸次ですが。
  翔:苦悩してますねぇ。
  夢:悩み多き名人、だから。 それにしても、なんで滝川は、氷室のことをあれほどまでに心配し、手を差し伸べるんだろ? 好きだから?・・・あ、変な意味じゃなく。(笑)
  翔:好き、なんだろうね、たぶん。
  夢:おお! 否定されると思ったのに。(笑)
  翔:ライバルとして、早く闘いたい、という思いもあるだろうけど、大原に「氷室と闘わなければ、あなたと対局しない」と言ったり、突然「氷室くん、勝つんだ!勝ってくれ!」と祈るようにつぶやいたり、「氷室へのこだわり」って、半端じゃないもの。 「好き」なんだと思うよ、本人は気づいてないけど。・・・あ、もちろん変な意味じゃなく。(笑)
  夢:そう?
  翔:滝川は、すでに自分の欠点を知っている。 前回、千代子に「人間の将棋をしている氷室に、あなたは勝てない」と指摘されたけれど、じゃあ、いったい自分はどうすればいいのか、その答えを得るには、氷室と闘うことが不可欠だと信じている。 氷室と闘って見えてくるものが何なのか、それを知りたい、と切実に願っている。
  夢:うんうん。
  翔:だけど、滝川が、自分に欠けた部分を 氷室との闘いで埋めようとしているように、氷室もまた、無意識のうちに、自分の満たされない部分を、滝川との闘いで埋めようとしているんじゃないか・・・
  夢:どういうこと?
  翔:今のままでは、誰が見たって、絶対に滝川が不利だよね。 だけど、前回・今回と、氷室の闘い方を観てきて、滝川が持っていて、彼が持っていない、というものも、確かにある、と思った。
  夢:それは?
  翔:「勝利への執念」。 もちろんそれは、大原が持っていたものとはまったく別物の「執念」だけど。
  夢:しゅうねん・・・?
  翔:神に愛されている、と確信するための闘い・・・滝川の将棋は、いつもそれだけのために指されている。 滝川に「名人」へのこだわりがあるとすれば、名人が、「もっとも将棋の神に愛されている人間」だと信じているからに他ならない。
  大原との死闘でも分かるように、滝川は、たとえ辛くとも苦しくとも、孤高の道を突き進む決意を固めている。 大原とは違った意味で、「勝つ」ことに、自分の存在そのものを賭けて挑んでいる。 氷室に、そこまでの覚悟があるとは思えない。まだ・・・ね。
  夢:自分のすべてを賭ける覚悟が、氷室にはまだない、ってこと?
  翔:少なくとも、私にはそう見える。 たぶん、滝川の持っているものと、氷室の持っているもの、その両方を備えなければ、真の名人、「名人の中の名人」にはなれない。 滝川と氷室は、「ふたつにわかれたひとつの魂」と言えるんじゃないか、って・・・
  夢:「魂のかたわれ・・・陰と陽にわかれたもうひとりの自分」(@ガラスの仮面)ってことか。
  翔:そう。 そういう意味では、滝川は氷室に熱烈に恋しているんじゃないか・・・もちろん、それは、一般に私たちが使っている「恋」の意味とは違うけど。
  夢:でも、滝川はそうだとして、氷室には、滝川戦に、それほどの深い意味があるっていう自覚があるかな。
  翔:まだない、と思う。 もちろん、天才の勘で、滝川との闘いが、今までのものとは違う意味を持つことは気づいているだろうし、「誰とやるより、奴と勝負がしたい!」という想いは強いだろうけれど。
  氷室は、まだ、自分の弱点に気づいていない。 千代子によって、自分に不足しているものが何なのか知らされた滝川との、この違いが、最終戦に微妙に影響するんじゃないか、と思っているのは私だけでしょうか。
★    ★    ★
  夢:千代子さんと滝川の話をしたいんだけど。
  翔:うーー、頭の切り替えが・・・
  夢:ごめんごめん。 もう、来週の対局に気持ちが行ってた?(笑)
  翔:ううん、そう言うわけじゃないけど・・・ちょっと、今、あの滝川の切なげな表情を、わざとスイッチオフにしていたので・・・大丈夫、スイッチ入れました。(笑)
  夢:それにしても、手相が消えちゃうっていうのは・・・?
  翔:滝川の、不安定な精神状態が、手相を見えなくさせていた、ということでしょう。
  夢:本当に消えちゃったわけじゃない?
  翔:もちろん。 どん底の精神状態、いつ、プツンと切れてもおかしくない状態なんだから、手相ぐらい、見えなくなって当たり前、という気がするけれどね。
  夢:「そこにあるものが見えない」って、確か・・・
  翔:京極夏彦の『姑獲鳥(うぶめ)の夏』だね。 
  夢:あ!
  翔:ありえないことじゃない。 だから、千代子に手を握られた時、つまり、精神的な安らぎを得た時には、ちゃんと手相が復活していたんだと思う。
  夢:そうか!そういうことか!
  翔:・・・それにしても、今回の、苦悩する滝川には、思いっきり揺さぶられた。
  夢:田辺さん、うまいよねぇ~! ハートをわし掴みされて、グイグイ引っ張り回されたって感じ?
  翔:夢中で手を洗うところとか、髪かきむしってベッドの脇にうずくまったところ、千代子を見つめる いろんな想いのこもった眼差し、等々、またまた田辺の真骨頂を見せつけられた、という気がする。 精神状態が揺らいでいる時、ハンディカメラが、微妙に揺れるんだけど、あの‘ブレ’が、滝川の気持ちを代弁してるようで・・・・
  夢:え、そう?今度、意識して見てみよう。
  翔:カメラも良かったけれど、脚本も良かった。
  夢:あの、「もうひとりの自分がいればいい、名人じゃないもうひとりの自分が・・・」という独白には、グッときた。 
  翔:今の滝川の‘やるせなさ’がすごく出ていて、私も好きなセリフだった。
  夢:千代子さんも、「苦しむのは人間の証拠」とか「名人だって、悩んだり苦しんだりしたっていい」とか「お電話くださってうれしかった」とか、もう、殺し文句のオンパレード! 千代子さ~ん、やっぱりあなたは、あたしの分身!って思ってしまった。(笑)
  翔:(笑)
  夢:でも、あの時、千代子の膝に置いた手を握り返されたのに、なんで滝川は、彼女を抱きしめることさえ出来なかったんだろう?
  翔:そうねぇ・・・滝川の底の底にある「やさしさ」のせいかなぁ・・・
  夢:やさしさ?
  翔:ここで千代子を抱きしめれば、自分は楽になれる。 だけど今度は、千代子が、滝川と氷室に挟まれて、辛い想いをするようになる。 千代子に、そういう想いをさせたくない、というやさしさ。
  夢:うーん・・・・
  翔:あと、やはり、氷室にとっても、千代子は大事な存在で、今、彼から千代子を奪うのはフェアじゃない、と考えてるとか?
  夢:・・・それはちょっと深読みしすぎじゃ・・・?
  翔:まぁ、そこまでではないにしても、滝川なりに、一歩を踏み出せない、と言うか、踏み出さない「意味」があったんだろうね。
  夢:あたしは、滝川が、ただ臆病なだけなんだと思うけど。
  翔:それもあるけどね、確かに。(笑)
  夢:なんか、『ガラかめ』の山小屋のシーン以来の、イライラ感だったな。
  翔:そう? 私は、そうならなかったことで、ホッとしているけど。
★    ★    ★
  夢:前回、翔もあたしも、滝川が氷室に勝つ、と予想したけど、氷室が勝つと見てる人が多いみたいだね、割と。
  翔:そうだね。
  夢:最終回予想、翔の中ではストーリーが出来てる、って言ってたよね。
  翔:原作と、TV版の今までの流れと、あとは予告編から、最終回のふたりの対戦はこんな感じになるんじゃないか、っていう私なりの考えは、何となくあるけど・・・・
  夢:どういう感じなの?
  翔:ん~・・・・
対局が始まり、一気に熱を帯びるふたり。
   激闘・死闘の最中、氷室は、滝川の圧倒的な強さを知り、自分の中に眠っていた本当の闘争心を目覚めさせ、一方の滝川は、一手ごとに、神の懐(ふところ)に委ねられているような、心地よい安らぎを感じるようになる。
   寝食を忘れ、ただ将棋盤の上の駒を見続け、動かし続けるふたり。 ふたりの上で時は止まり、勝負は永遠に付かないように思われた時、滝川が、渾身の一手を指した後、気を失って倒れ、後ろに控えていた千代子に抱きかかえられた。
   その後、氷室は将棋を指したのか指さなかったのか・・・・
   滝川によって、名人と呼ばれる人間がどれほど「勝つこと」に飢(かつ)えているかを思い知らされた氷室に、笑顔はない。
   立ち去る氷室。 後を追おうと、立会人を務めていた真由美が立ち去ろうとして、滝川の顔を見、驚く。 「千代子さん、た・滝川さんが・・・・」
   その声で、腕の中の滝川の顔を見た千代子は、そこに、本当の安らぎを得て、充足感に満ちた、滝川の穏やかな寝顔を見出す。 滝川幸次は、かすかに微笑んでいた。それは、千代子が初めて見る微笑みだった・・・・
  夢:滝川の微笑み、かぁ!
  翔:氷室との闘いが、滝川にとって「救い」になって欲しい、と想っているので、ラストは、滝川が本当の安らぎを得た、という終わり方にしたいと。 ちょっと、第4局に似ているかもしれないんだけど。
  夢:そんな風に終わるなんて、考えもしなかったな。 でも、これ、ぜひとも映像にしてみたいね。
  翔:まぁ、本当はどういう終わり方なのか、わからないけどね。
  夢:楽しみだけど、終わってしまうのはすごく寂しい・・・


最終局/氷室が負ける!?     
  夢:「最終局」、観直したって?
  翔:一度観終わった後、まだまだ余韻に浸っていたい、というか、自分の中で収まりがついてない、というか、ぼーっとしてて、言葉が出ない状態だったので、ちょっと間を置いて、2回観直した。(笑)
  夢:翔のことだから、きっちり 言いたいこと まとめてきたんじゃない?
  翔:と言うか、ああこういうことだったか、と解かったことがいろいろあった。 ・・・あ、もちろん私が勝手に解釈しているのであって、脚本や演出が、私が読んだような意図で作っていたかどうかは分からないけど。
  夢:いいじゃない? 翔と話してると、時々、スタッフがそこまで考えて作ってるか?と思う時があるもの。(笑) それこそ「深読みの翔」の本領発揮!ってことで。
  翔:「深読みの・・」ね。(苦笑)
  夢:どこから行く? やっぱり最初から順を追って行こうか。
  翔:・・・その前に、前回のラストから振り返りたいんだけど。
  夢:え? 前回?
  翔:前回、大原が死に、氷室が王竜の座についたというニュースを観て、千代子が「滝川さん・・・これが勝負ですか・・・?」とつぶやくシーンがあったよね。
  夢:うん。
  翔:前に、千代子が滝川と将棋を指した時、「あなたは将棋を楽しんでいない」と千代子が言い、滝川が「将棋は、勝つか負けるかだ」と応えた、その時の彼の心情・・・ 千代子が滝川のところに駆けつけた時、あれほど精神的に参っていながら、それでも千代子の手を取ろうとしなかった滝川の心情・・・ あの孤独の淵に、まちがいなく大原もそして氷室も立ってしまった、という想い。
  夢:・・・うーん、よく分からない・・・
  翔:大原も氷室も、途中で対局をやめる気ならやめられた。 なのにやめなかった。 年齢も、地位も、キャリアも関係ない。 将棋を指したい、指し続けたい、そして、自分と相手のどちらが強いのか、それを見極めたい、という切なる想い・・・その想いに突き動かされて、大原は命懸けの闘いをし、氷室はそれに応えた。
  夢:・・・うん・・・
  翔:これが「勝負」。 滝川が、あれほどの孤独にさいなまれながら、なお求め続けているもの、大原が、命を引き換えにしても惜しくないと思ったもの、氷室が、大原の想いを受け止め、真剣勝負で応えたもの・・・・
  「滝川さん、これが勝負ですか・・・?」 千代子がその言葉の先に見たのは、たぶん、滝川のいる彼岸に行ってしまった大原と氷室のうしろ姿だったんじゃないか? 勝つか負けるか、刃と刃をかざして、命懸けの将棋を指す世界。 ・・・・そして、大原は死んだ。 氷室は勝った。 けれどそれは、氷室の苦悩が始まった瞬間でもあった。
  夢:・・・うーん、奥深い・・・
  翔:で、今回、滝川が、大原と氷室との対局記事が載った新聞を見て、「氷室くん、よくぞ勝った」と言うシーンで始まるんだけど、氷室が最後まで勝負を捨てず、とことん将棋を指し続けたことを知って、滝川は、心底嬉しかったに違いない。
  夢:心が震えるぐらい待ち望んでいた相手が、やっと自分の側に来てくれた!って感じだったよね。
  翔:結果的に、大原の死、という不幸はあったけれど、あの対局で、氷室は、「滝川のいる場所」に足を踏み入れることになった。 もう、向こう岸で、イライラしながら氷室の動向を気にする必要もない。 あとは、闘うだけ。 どれほどこの時を待っていたか! 早く早く氷室と闘いたい! というのが、滝川の気持ち。
  夢:うんうん。
  翔:一方、氷室は、というと、 彼もまた、必死に滝川と闘いたがっている。 だけど・・・・
  夢:だけど?
  翔:今の氷室は、自分の内にいるはずの「将棋の神」を、見つけ出せずにいる。 楽しいだけじゃない将棋、食うか食われるかの真剣勝負、を、大原とやってしまった氷室は、「名人戦」で、発作に倒れた大原を横目に 将棋を指し続けた滝川に浴びせた「おれは認めねぇ!」というセリフを、自分自身が引き受けることになってしまった。 これは氷室にとって、かなりキツイことだったんじゃないかな。
  夢:「滝川のいる場所」って、そういうことか。 
  翔:そう。 氷室は、滝川と同じように、将棋の深淵を覗いてしまって、滝川と同じような迷路に足を踏み入れてしまった。 滝川は、「自分は神に愛されている」と信じることで、あくまで将棋にしがみつこうとしたけれど、氷室は、将棋を捨てようとした。 
  夢:だけど、捨て切れなかった?
  翔:火の中に一旦は放り込んだ歩駒を持っていたことが、その象徴だった、ってことだよね。
★    ★    ★
  夢:一方、滝川は、「おかめ」のお面被(かぶ)ってウロウロしてたわけですが・・・(笑)
  翔:あぶないヤツだ。(笑)
  夢:あれって、何か意味があったの?
  翔:よくわからないけど・・・・ただ、あのお面をはずした時、滝川は、何かを脱ぎ去った、というか、かなぐり捨てた、というか、そんな感じは したね。
  夢:そう?
  翔:うん。 今まで、第1話から形作られてきた「滝川幸次」・・・神に愛されていると高言してはばからない、敵を徹底的に追い詰めずには置かない、特有のプロ意識・美意識を持った、孤高の魂・・・その彼が、そういった一切のものを捨てても、「氷室と勝負がしたい!」 と、内なるヒューマンな部分、燃えたぎるマグマを顕(あら)わにした瞬間!という気がした。
  夢:うーん、そうか・・・
  翔:要するに彼は、普段の生活でさえ、ずーっと「名人・滝川幸次」の仮面を被(かぶ)っていた。 けれど、それがだんだん重荷になってきて、でも、どうやって外(はず)したらいいか解からなくて、「もうひとりの自分がいればいい、名人じゃない自分が・・・」というつぶやきになった。
  夢:あ!そうか。
  翔:今、ようやく此岸(しがん)に迎え入れた氷室を、将棋連盟の連中が潰そうとしている。 氷室との対局一点だけを心待ちにしていた滝川にとって、それは到底我慢できる状況じゃなかった。
  「名人は、一番強い棋士の代名詞。 強い相手に勝ってこそ名人の証。 私は、王竜となった氷室くんと雌雄を決する必要がある。」・・・これが、滝川が思い描く「名人」の姿。 ところが、連盟は、氷室と対局することが、「名人」の名を汚す、と言う。
  夢:で、「名前や形ばかり気にする小心者。あなたたちに勝負師の魂はないのか!」と、怒りを爆発させてしまうわけか。
  翔:「名人」の名と、氷室との対局と、どちらかを選ばなければならなくなった時、滝川は、迷わず氷室との対局を選んだ、ってことだよね。
  夢:うんうん。
  翔:一方、氷室は、というと、「大原を見殺しにした」という自責から、立ち直れずにいた。 「じっちゃんとふたりで将棋やってた頃に戻りてぇ。何も考えず、将棋盤だけ見てりゃよかった・・・」という台詞が、滝川と同じフィールドに立ってしまったことに戸惑い、畏怖(いふ)さえ感じている氷室の心情を、良く表わしていると思う。
  夢:大原との対局が、氷室に、滝川の背負っているものの大きさを見せつけることになった?
  翔:たぶん氷室は、初めて、滝川の「畏(おそ)れ」や「不安」や「孤独」を、自分のものとして実感させられたんじゃないのかな?
  『エースをねらえ!』というマンガの中に、「勝負に勝った者は、負けた者の無念の想いを背負わなければならない。10人に勝ったら10人分の、100人に勝ったら100人分の想いを・・・」というようなセリフがあるんだけど、「勝った者の責任」って、絶対あると思うんだよね。 滝川が迷い込んだ迷路も、まさにそれだったんじゃないかと思う。
  まして、対戦相手の死、という最大級の荷物を背負わされた氷室は、それに押し潰されそうになっていた、大切な歩駒を火の中に投げ入れてしまうほどに・・・・
  夢:あれほど「将棋の神」に愛されてたはずの氷室が、真由美に「将棋が怖いんだ」って言うぐらいだから、よほどの重荷だったんだろうね。
  翔:そうだね。 だけど、真由美に、封じ手が入った封筒を海に捨てられて、夢中でそれを拾いに行って・・・そうして気づいたんだと思う、「将棋が怖い」んじゃない、「勝負の果てに行き着かなければならない深くて暗い‘孤独’が怖い」んだ、と。
  夢:・・・・・・・・
  翔:同時に、そういう中に身を置いて揺るぎなく立っている、「滝川幸次」という男の、真の怖さも、思い知らされたんじゃないか。
  そんな滝川が、「名人」を剥奪(はくだつ)されても氷室と勝負したい、と言っている。 氷室より、もっとずっと暗い深淵を見つめ続けて来た滝川と勝負することで、何かの光明を得られるかもしれない。 
  このどん底から救い出してくれるのは、他の誰でもなく、滝川ただ一人なのだと気がついて、彼は封筒をひっ掴み、そして電話で千代子に言う。 「おれ、滝川と勝負してぇ。今やんないと、俺が俺でなくなっちゃうから・・・」
  夢:どん底から救い出してくれるのは、滝川ただひとり、か・・・
  翔:そう。
  夢:将棋倶楽部に氷室が駆け込んで来て、滝川と眼を合わすじゃない? その時のふたりの視線が、ただ敵意を持ってる者同士のものじゃない、と思ったんだけど。
  翔:お互い、恋焦れていた相手だからね・・・って言い方をすると、また誤解されてしまうけれど、でも、たぶんあの時が、ふたりの魂がいちばん歩み寄った瞬間だったんだろうと思う。
  夢:いい顔してたよね、ふたりとも。
  翔:一瞬、なんだけどね。
★    ★    ★
  夢:で、いよいよ対局になるんだけど。
  翔:観ていてすごく力が入ってしまって・・・
  夢:格闘技を観てるみたいだった。 たとえば、うーん、なんだろう・・・?
  翔:私はボクシングを連想した。1対1の血みどろの勝負、という感じで。
  夢:うん、なるほど。
  翔:第6局の滝川vs大原の時は、将棋を指すことそのものよりも、大原が仕掛ける心理戦の面白さだったけれど、今回は、対局そのものの面白さで、真っ向勝負していて、気持ちが良かった。
  夢:正直、ただ将棋を指すってだけの行為で、どれだけドラマとして盛り上がるのか、ちょっと不安だったんだけど、とんでもないね。
  翔:対局が始まって、滝川が「77手目で私の勝ち」と読んだあと、氷室が〈8八飛成〉と指して、滝川が「なんということを! きみは棋譜を汚した!」と言うじゃない。 で、氷室が、「悪いけどな、思い通りにはなんねぇぞ!」って言うよね。
  夢:うん。
  翔:このセリフ、ふたりの将棋に対する考え方が良く出ていたと思う。
  夢:どういうこと?
  翔:滝川は将棋の王道を目ざし、氷室は将棋の可能性を追及する、って言ったらいいかな。
  滝川は、今まで幾百万・幾千万の人々が棋盤の上に展開してきた棋譜すべての上に立って将棋を指し、氷室は、定石に捕われず、己(おのれ)の感性の閃(ひらめ)くままに、駒が動きたいように動かしてやる、というような・・・
  夢:うーん、うん。
  翔:「思い通りにはなんねぇぞ!」という氷室の言葉は、いろいろな意味で象徴的で、ラストの・・・・あ、この話は後からした方がいいかな。
  夢:え?なに?
  翔:うん、後で話す。
  夢:いいけど。 でも、「思い通りにはなんねぇぞ!」っていう氷室のセリフの後に、滝川が「この報いは受けてもらう、勝負に負けるという形で!」と言った時の眼差しの強さには、参ったね。
  翔:刺すような視線だけど、憎んではいない。
  夢:怒りはあるでしょ?
  翔:そうかもしれないけど。 滝川はまだ、氷室の実力を計りかねているんだと思う。 氷室が氷室らしい手、定石から外れた手を打つことは、滝川の眼には、時に、逃げている、と映るんじゃないかな。 だから いらついて、あんな強い言い方をしたんじゃないか、と思う。
  夢:結局、正念場の一手を、氷室は〈3六香〉と指し、一気に形勢を逆転させるんだけど。
  翔:たぶん、この一手は、氷室本人より、滝川の方が嬉しかったんじゃないだろうか。
  夢:え? 窮地に立たされたのに?
  翔:だって待っていたんだから。 こんな風に遠慮なく自分を追い詰めてくる相手、自分の力すべてをぶつけて悔いのない相手、を。
  夢:うーん・・・・
  翔:氷室は、名人である自分に対して、逃げも隠れもせず、真っ向から勝負を挑んで来ている。 それに見合った実力も持っている。 「名人」だからこそ、これほどの相手と真剣勝負することが出来る・・・そう理解出来た時、名人としての滝川自身の迷いや悩みも、払拭(ふっしょく)されたんじゃないか、という気がする。
  夢:・・・・そうか。
  翔:「氷室くん、見事な一手だ。 君の震えが止まるまで、少し時間を置こう」・・・この時の滝川の心情を思うと、こちらまで胸が熱くなってくる。
  夢:もう、嬉しくて嬉しくて?
  翔:「こいつだ!ようやく見つけた!」という感じ。 おそらく、生涯最大のライバルたりうる相手との、歴史的な第1局を、今こうして迎えている幸せをかみしめているんじゃないか。
  夢:滝川が外に出て、月を見るじゃない? すごく清々しい顔してて、何かが吹っ切れたのかな、って気がしたんだけど。
  翔:そうだね。 たぶん、滝川が「将棋を好き」になった瞬間だったんじゃない?
  夢:・・・あ!
  翔:きっとあの時、滝川にも「将棋の神」が宿ったんじゃないかな。
  夢:え?え?「将棋の・・・」?
  翔:「将棋の神」が宿った瞬間だったんだよね。
  夢:・・・・・・あ!・・・ちょうちょ!?
  翔:あの蝶が、「将棋の神の化身」だった、という気がする。
  夢:・・・滝川に「将棋の神」が・・・そうか・・・
  翔:半信半疑ながら、「勝てる!」と思い始めた氷室に、今度は滝川が大きく立ちはだかる。 〈3七香〉で、再び滝川有利。 氷室もまた、滝川の底知れない強さに舌を巻き、自分のすべてでぶつかって行ける相手だと、心躍らせ、心引き締める。 「滝川、てめぇはやっぱ『滝川』だよ」・・・口の悪い氷室の、それが精一杯の賛辞。
  自分が認めた相手から、自分も認められている・・・この氷室の一言が、滝川をどれほど勇気づけたか。 滝川は、完璧に自信を取り戻す。
  夢:だから、「君の将棋は、土佐の荒海、私の将棋は、例えるなら天空」なんていうキザな台詞も復活したんだ。(笑)
  翔:そうそう。(笑) いっとき「名人」という名に押し潰されそうになっていた彼が、「私は神ではない。あくまで人間だ。しかし、将棋盤の前だけでは、限りなく神に近づくことが出来る。なぜなら私は名人だからだ」と言えるまでに吹っ切れたのは、氷室のおかげ。 そのことを、滝川は、今、十分に承知している。 そして、自分一人が負っていた重い荷物を、半分任せてもいい相手に出会えたことで、将棋に向かう気持ちに変化が起き始める。
  夢:「将棋を楽しむ」ってことね。
  翔:そう。 だけど、ただ楽しむだけではない、死ぬか生きるか、食うか食われるか、そこには、明らかに、勝負にすべてを賭けて、牙をむき出して闘う2頭の獣の激しさ・厳しさがある。
  〈6二銀〉という手を氷室が指した時、滝川が「無謀だな」と言うけれど、繊細で丁寧で緻密な滝川の将棋に、「俺のガードは金一枚だ、かかって来いよ」と挑む氷室の姿は、まさに格闘技。
  夢:格闘技、かぁ。 持ち時間9時間、ってことは、ふたり合わせて18時間だものね、フラフラになるのも分かる。
  翔:キリキリと弓を引き絞ったような緊張感。 しのぎを削るふたりの棋士。 時は止まり、重い静寂が支配する。 滝川が、渾身の力を振り絞って王手をかける。 さらに、氷室が逆王手をかける。 一気に追い詰められる滝川。 26手先には、確実に敗北が待っている?
  夢:・・・・・・・
  翔:あと11手、あと9手・・・・追い詰められた滝川が、気を失って倒れる。 だけど、氷室に隙(すき)はない。 (まだだ、滝川はこんなところで将棋を投げ出す奴じゃない!)
  滝川は這い上がる。 メガネが割れ、手が震え、それでも、名人として、棋士としてのプライドは、あくまで失わない。 「氷室くん、君の名前は永遠に残るだろう、初めて私をてこずらせた人間として・・・」
  世界中の人間が、滝川の負けを確信しても、滝川だけは自分の力を信じている。 負けることに「潔(いさぎよ)い」なんてない。 女々しくても往生際(おうじょうぎわ)が悪くても、最後の最後まで、王将の上に相手の駒が乗るまで、勝負を捨てることは出来ない。 それが、滝川の考える「棋士の中の棋士」。
  夢:・・・・・・・・
  翔:氷室は、滝川の執念を目の当たりにして息を呑む。 自分が今闘っている相手は、鬼神なのか? ならばよし、一刀両断、息の根を止めるだけだ。
  「おまえがどれだけ将棋を好きか、よーく分かった。今すぐ楽にしてやるよ」 あと7手、あと5手・・・滝川がどんなにあがいても、氷室の勝利は揺るぎない。 ‘定石通り’なら、あと3手で・・・・駒台の〔金〕を掴みかけた氷室の手が、つと止まる。
  今、自分は、勝利を得るために、「守り」に入ってはいないか? 「間違いない勝利」ために、自分の将棋を捨てていないか? 「思い通りにはなんねぇぞ!!」・・・氷室の反骨精神が、ムクムクと頭を持ち上げる。
  悪あがきでもなんでも、これほどの情熱と執念で将棋を指してくる「滝川幸次」に、氷室もまた、「氷室将介」の全人格を賭けて立ち向かわなければ、棋士としての真義に悖(もと)る。 定石なんて糞食らえ! 先が読めないから将棋は楽しいんだ! 氷室は〔金〕を捨て、〔飛〕に手を伸ばす、「自分らしく勝つ」ために・・・・。 「滝川・・・成仏しろ」 自分らしい勝利を手にしたはずの氷室。
  が・・・・ すかさず滝川の手が動く。氷室の〔王将〕の上に、滝川の〔角〕が乗る。 「氷室くん、きみの負けだ」
  「俺の・・・負け?」 滝川の一気の勝利に、呆然とする氷室。 滝川は立ちあがり、歩み出そうとして、ゆっくりと崩れ折れる。 すべての力を出し切り、精も根も尽き果てた彼の横顔には、充実感・達成感に満ちた、かすかな、かすかな笑みが浮かんでいた・・・・
  夢:・・・こうして振り返ってみると、ホントにすごい闘いだったよね。
  翔:うん。
  夢:ずーっと、どうして氷室はあの時〔金〕を指さなかったのか、って考えてたんだけど・・・そうか、翔の解説で、ようやく納得出来たよ。
  翔:いや・・・実は、氷室があの場面で定石をはずして〔飛〕の後に〔桂馬〕を指したのは、どうやら将棋を知っている人に言わせると、「勝ち急いだ」というか、自ら〔王将〕を差し出した、ということになってしまうらしいんだけどね。 でも、そんなふうにでも考えないと、どうしても納得出来なかったので・・・・
  夢:うーん・・・なるほど。で、結局、氷室が負けて滝川が勝ったわけだけど・・・
  翔:もし、あの時氷室が〔金〕を指していたら、ひょっとしたら氷室がすんなり勝っていたかもしれない。 だけど、もし勝っても、氷室には悔いが残ったんじゃないかと思う。 ただ勝てばいい、というものじゃない。 「自分らしく」勝つ、ということにこだわった氷室は、ある意味、勝利よりも大きなものを手に入れたんじゃないか。
  「負けんのも悪くねぇな。 なんかこう、力が湧いて来やがるぜ!」 そう、滝川との闘いは、これで終わったわけじゃない。 これからふたりは、何度も何度も対戦することになる。 そのたび、ふたりは、お互いに成長し、お互いを成長させることになるんだろう、生涯唯一のライバルとして。
  夢:・・・で、まずは5年後の「名人戦」、ってことだね。
  翔:滝川が本当に嬉しそうだったよね、「待ってたよ」という感じで。 でも、名人戦に遅刻する、って、いかにも氷室らしい。(笑)
  夢:羽織袴(はかま)じゃなかったし。
  翔:うーん、氷室に羽織袴、って、勘弁して欲しい。(笑)
  夢:似合わない~!(笑)
  翔:でも、彼なりに心を清めてやって来たんだよ、白い服を着て。
  夢:・・・あ!そうか!
★    ★    ★
  夢:一通り振り返ったところで、今度は出演者のことに触れたいんだけど。 翔、ここのところ意識して田辺さんの話しないようにしてたでしょ。
  翔:・・・分かりました?
  夢:分かるよ!
  翔:「滝川幸次」という役が、とても魅力的だったので、へたに、ここの田辺さんがどうの、とか言うの、何となく気が引けて・・・・
  夢:今まで、これほど 観てるこっちが のめり込んだ役って、なかったんじゃない?
  翔:「滝川幸次」という役そのものの魅力、なんだろうね、一番には。 主人公vs孤高の天才、という図式は、私にとっては、完璧に「ツボ」だったし。
  夢:しかも、その天才は、実は天才じゃなかった!っていう・・・・
  翔:「天才」の名を欲しいままにしてきた人間が、「本物の天才」と出会ったことで、自分の居場所を見失い、あがいて、傷ついて、地獄を見て・・・・それでも前へ進もうとする。 救いようのない深い孤独、癒(いや)しようのないナイーブな精神、を持ちながら、それを他人(ひと)に晒すことを良しとしない。
  しかも、そういう人間は、まず間違いなく「孤高の魂」を持っていて、何人たりとも、気安く近寄ることを許さない。 主人公には、黙っていても手を差し延べてくれる人がいくらでもいるのに、天才モドキの彼(あるいは彼女)には、誰もいないか、あるいはただ一人。 その人の手さえ振り払って、たったひとりで涙を流し、血を流し、それでも少しずつ「本物」に近づいて行く・・・・
  ・・・・これって、まさに「王者の悲哀」そのもの!じゃない? こんな「滝川幸次」にのめり込まないで、いったい誰に惚れろと言うんだ!
  夢:そうだそうだ!
  翔:しかも、この‘魂’は、TV版「滝川幸次」だけのもの、なんだよね。 
  夢:TVだけ?
  翔:そう。 前にも言ったけど、原作の「滝川」は、もっと、精神的に強靭で、彼自身も間違いなく「天才」なんだよね。 だから、原作は、天才・氷室vs天才・滝川という、まったく質の違うふたりの天才の闘いの物語と言えるのだと思う。
  夢:しかし、TVは違う・・・?
  翔:「滝川幸次」という役を田辺さんに振り当てた時点では、スタッフは、原作に忠実な「滝川」を作るつもりだったのかもしれない。 
  だけど、田辺さんが、原作の滝川と外見的には非常に似ていながら、内面的に、「滝川の強さ、どんな困難も、結局は自己完結させてしまうたくましさ」よりも、「自己完結出来ずに、血を流しても拭うことが出来ない人間の弱さをこそ表現出来る」と読んで、TVの滝川を、ああいうキャラにしていったんじゃないか、って。
  夢:田辺さんが演(や)ったから、滝川が、ああいうキャラクターになっていった、ってことだよね?
  翔:もちろん、これは私の推測に過ぎないんだけど・・・ あ、ひょっとしたら逆かもしれない。 原作とは違う滝川にしたくて田辺さんに白羽の矢を立てた、ってことも考えられるけど・・・
  でも、どちらにしても、TVの「滝川幸次」が、田辺誠一ゆえのキャラクターになったのは間違いないと思う。
  夢:うん。
  翔:だって、たとえば、滝川を別の俳優さんが演ったとして、あんなナイーブな「滝川幸次」になったと思う?
  夢:そうだよね! 前に翔も言ってたけど、肩張って、肘張って、突っ張って生きて、誰も近づけようとしない、尊大で傲慢(ごうまん)でホントにイヤな奴なんだけど、それは、背負ったものが大きすぎたせいで、裸の彼はすごく弱い人間なんだ、というあたりを、田辺さんは、ものすごく神経使って演じてた、って気がするし、実際、こっちも、悪役・ヒールでありながら、それだけじゃない滝川を、身に詰まされながら観てたものね。
  翔:田辺誠一のファンである、という点を差し引いても、私たちの評価は、けして甘くなっていない、正当なものだと思うのだけれど。 もちろん、演技技術という面では、まだまだ未完成である、ということも忘れちゃいけないけれどね。(笑)
  夢:うーん、そこが翔のキビシイところだ!(笑)
★    ★    ★
  翔:ちょっと、他の出演者についても話したいんだけど。
  夢:阿部くん?
  翔:いや・・・やはり森田剛くんが最初でしょう。
  夢:うまいよね、彼は。
  翔:うん、うまい! NHKの大河ドラマに初めて出た時、何て奴だ!って舌を巻いたんだけど、とにかく自然体で、どんな役でも、サラッとこなしてしまうんだよね。 
  まぁ‘素’のままって言えば、そうなのだけど、この人は、役を自分に引き寄せて来るタイプで、自分を役に近づけて行った田辺さんとは正反対。 だからなおさら、二人の共演は、興味深かった。
  夢:うーん、もうちょっと詳しく・・・
  翔:ひらめき型vs熟考型、って言ったらいいのかな、役に対する取り組み方が、全然違う。 森田くんは自然体で、ひらめきを大切にして、気持ちをパッと掴んでしまうタイプ。 田辺さんは、形から入って、「滝川幸次」としての様式美をきちんと作り上げて、じっくり考えながら気持ちを入れて行った、と言えばいいかな。
  夢:なるほどね。
  翔:「滝川」に関しては、田辺さんの選択は正しかったと思う。 かなり個性の強い役だから、枠組みがしっかり出来ていないと、嘘っぽくなってしまうから。
  夢:ギリギリだったよね。
  翔:あの「田辺・滝川」を生理的に受け入れられない人って、けっこう多いと思うし、あんなふうに作らなくとも、原作の滝川らしさは出たのかもしれない。 だけど、あそこまで‘変なヤツ’にしてしまったスタッフにも、あえてそれにチャレンジした田辺さんにも、私は拍手を送りたい。
  夢:皆に愛されるんじゃなくて、賛否両論ある役でもいいんじゃない?
  翔:そう思う。 これが主人公だと、そうは行かない。 あのポジションだから冒険できたんだし、結果、主役を食うほどの怪演になったんだし、私は、主役もいいけれど、これからも、こういうポジションで、やりたいようにやって行ってほしいと思う。
  夢:あ、森田くんの話だったはずなのに、また田辺さんに戻っちゃった。(笑)
  翔:(笑)
  夢:あと、取り上げたい俳優さんは?
  翔:阿部サダヲさんかなぁ・・・
  夢:途中からどんどん好きになっていったよね、翔。
  翔:昔から、ワキでキラッと光っている人に弱くて、今回の阿部さんも、たいした役じゃないと言えば言えるんだけど、最初に氷室と対局した時、メガネの曇り具合が妙にひっかかって、あれは、俳優のこだわりなのかスタッフの指示なのか?なんてことを考え始めたら、嵌(は)まってしまいました。(笑)
  夢:『F(エフ)』にも出てたって?
  翔:たまたま観たビデオに出ていて、やっぱりうまい人だなと思って、で、「男優倶楽部」にもしっかり出ていたので、「あ!すごい人だったんだ!」って。 あと、将棋会館の事務(?)をやっていた徳井優さんも好きなんだけど・・・・地味ですか?
  夢:うーん、それで もちろん田辺さんも好きなわけでしょ?
  翔:あ!それは もちろん。
  夢:翔って、あたしと興味の範囲が全然違う。
  翔:(笑)
  夢:さて、そろそろ終わりも近いんですが・・・・
  翔:だめだ・・・離れがたくて・・・・
  夢:最後に言いたいことは?
  翔:私たちファンがそうだったように、田辺誠一という俳優へも、「滝川幸次」が、たくさんのものを与えてくれた、と信じたい。 今はまだ整理がつかないけど・・・ だから、特に最終話については、言葉足らず、という思いが強いんだけど。 
  本当は、田辺・滝川の一挙手一投足について、「あそこの眼はどうだ、あそこの指はどうだ」と詳しくやりたかった。 でも、それをやってしまったら、どれだけ時間がかかるか。(笑) どこかで踏ん切りつけないと!と思って、泣く泣くピリオドを打つことにしました。 いつまでもウダウダしていてもしょうがない、いいかげん○にしないと、ね。
  でも、いずれまた、話す機会があったら、ぜひ話したい!と思います。