今さら『青天を衝け』感想(その4/第32回~最終回)

2021年2月14日 - 12月26日NHKで放送された大河ドラマ『青天を衝け』(第32回~最終回/実業〈算盤と論語〉編)の、今さらながらの感想です。

▶第32回~最終回(実業〈算盤と論語〉編)
栄一(吉沢亮)は大蔵省を辞め、第一国立銀行の総監役として、新たな道を歩み始めます。西洋の簿記の指導を受ける際、算盤(そろばん)の必要性を認めさせるなど、何から何まで西洋をまねる必要はない、という栄一のフラットさが気持ちいいです。

母・ゑい(和久井映見)が体調を崩し、栄一のもとに身を寄せます。
子供の頃、みんなが幸せになるのが大事、と話していたことを栄一が忘れずにいてくれたこと、ゑいは嬉しかったんじゃないでしょうか。でも、「近くにいる者を大事にするのを忘れちゃいけねえよ」とクギを刺すことも忘れない、さすが栄一の母、ですね。
ゑいの臨終の場に、千代が くに(仁村紗和)を連れて来ます。ゑいの千代への「ありがとう」は、辛抱強く栄一を支え子育てをしてくれたこと、くにを受け入れてくれたこと、自分を看病してくれたこと、等々、もうすべてのことに感謝しての言葉だったんだと思います。

小野組が放漫経営で倒産し、多額の貸しつけをしていた第一国立銀行も連鎖倒産の危機に陥ります。
三井組の三野村利左衛門(イッセー尾形)は、この機に乗じて銀行の乗っ取りを企(くわだ)てますが、栄一は、銀行を守るため、日本で初めての西洋式銀行検査を行い、大口の貸し付けが三井組に偏っていて合本銀行として不健全、との評価を得ることで、三野村との一世一代の大勝負に勝ちます。

久しぶりに論語を読む栄一。千代(橋本愛)に、「大事なのは民だ。今のような世のままでは先に命を落とした人たちに胸を張れねぇ。貧しい人や親のない子を集める養育院を預かろうと思う」と話します。
一方、喜作(高良健吾)は、横浜の外国商人が日本の主要輸出品である蚕卵紙(さんらんし)を買い控えして値崩れを待っていることに憤慨しますが、政府は通商条約で手が出せません。
これは民が解決しなければ、と言う伊藤博文(山崎育三郎)に、大久保利通石丸幹二)や大隈重信大倉孝二)は栄一を思い浮かべます。この時の、「あいつには絶対頭を下げん!」という大隈の栄一への苦手意識がねぇ、いろいろあっただけに面白かったです。
仕方なく大久保が栄一に会い、「自分を助けるのではなく国を助けると思って味方になって欲しい」と頭を下げるのですが、この時の栄一の「おかしれえ、やってやりましょう」という一言が、かっこいいったらなかった。誠意をもって話せばちゃんと通じる相手だったんですよね。

栄一は、蚕卵紙をすべて買い占め焼き尽くす、それを新聞に載せ世間に広く報せる、と言って、喜作や惇忠(田辺誠一)たちを驚かせます。
次々運ばれる蚕卵紙に火をつける3人。「焼き討ちだい、10年越しの俺たちの横浜焼き討ちだい」という喜作の言葉に頷く栄一と惇忠。人同士が殺し合う戦ではない、別な戦い方がここにある、と。
‥うわ~、ここで焼き討ちの伏線を回収して来ましたか!

三野村が渋沢家を訪ねて来ます。「怖いのは、あまりにも金中心の世の中になって来たってことですよ。誰もが金を崇拝し始めてる。私ら、開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれませんね」と、意味深な言葉を残して去り、栄一は懐にあった〈論語〉に手を当てます。

西南戦争勃発。政府の税収の実に9割近くが戦費に費やされました。
西郷隆盛博多華丸)は戦争で、大久保は不平士族に襲われて死に、その頃の日本の税収を動かしていたのは大隈重信でした。
伊藤から、世論を集めるために商人の会議所を作って欲しい、と依頼された栄一は、
外国に負けぬ商売をするためにも力のあるお方と手を組みたい、と、海運で力をつけていた岩崎弥太郎中村芝翫)を誘うことに。

栄一は岩崎弥太郎から宴席に誘われ、意気投合しますが、あくまで合本(多くの民から金を集めて大きな流れを作りまた多くの民に返す)を主張する栄一に対し、「強い人物がバーッと儲けて税金を納めんと日本は破綻する。貧乏人は貧乏人で勝手に頑張ったらええ」と言う岩崎。
その迫力に呑み込まれそうになるところを、偶然居合わせたやす(木村佳乃)に、「あんたはあんたの道を行きな。あの人のためにも、きっといい世にしておくれよ」と背中を押され、その場を去ります。
いや~思いがけない所で平岡(堤真一)が出て来てくれたの嬉しい!そして栄一を踏みとどまらせてくれるとは!やすさん、いい仕事してくれました。

アメリカ前大統領・グラント将軍来日が決定。20年来の不平等条約改正が悲願だった政府は沸き立ちます。
民間を代表して接待することになった栄一は、千代やよし(成海璃子)にも協力を頼みます。渋るよしに、「おなごの私たちが大切な仕事をいただいたんだ、がんばんべえ」と千代。こういうところはいかにも尾高家らしいですね、母・やへさん(手塚理美)を思い出します。

千代たちが、大隈綾子(朝倉あき)や井上武子(愛希れいか)らの指導を受け、西洋式マナーの習得に悪戦苦闘しつつも、みんなでワイワイ楽しげに頑張ってるのが良かったです。この回は女性陣奮闘の回ですね。何だかほっこりしました。

歓迎行事は順調に進みますが、突然、グラント将軍が渋沢家を訪ねたいと言い出し、栄一は悩むも、千代は、なんという僥倖、こんな光栄なことはない、と、さっそく手配を始めます。ぐるぐるする千代、こんなに生き生きしていて魅力的な彼女を観るのは初めてかもしれない。
心のこもったもてなしを受けたグラントは、「多くの欧米人、特に商人は、日本が対等になることを望んでいない。日本が独立を守り成長するのは大変なこと。しかし私はそれが成功することを願っている」と温かい言葉を残して帰ります。

日本が国力を高めることに力を注ぐ中、政府の保護のもと海運業を独占したのは、岩崎弥太郎率いる三菱でした。
「経済には勝つ者と負ける者がある。才覚があるもんが力ずくで引っ張らんと国の進歩はない」という岩崎の言葉を噛みしめる栄一。

そのころ、長女・うた(小野莉奈)と穂積陳重(田村健太郎)が結婚、渋沢家が幸せな空気に包まれますが、突然、千代が病に倒れてしまいます。
政府の命で、岩崎弥太郎に対抗するため共同運輸会社発起人大会が開催されますが、千代の看病で栄一は来ない。泣きそうな喜作の表情、切なかったです。

「あなたの道を生きて下さい」という言葉を残して千代が亡くなり、栄一は憔悴していました。そんな折、やすの紹介で伊藤兼子(大島優子)と出会い、後妻に入ってもらうことに。

東京府会では、千代が心を砕いて来た養育院が廃止されようとしていました。「貧民などがどれだけ苦しもうが一向に構わん、自ら努力もせぬ人間に汗水たらした我らの税を使われたくないのは当然だ」と。

一方、海運業の覇権をめぐって、栄一の共同運輸と弥太郎の三菱が熾烈(しれつ)な競争を繰り広げ、やがて両社は値下げ戦争に突入、消耗して行きます。
これ以上の争いは不毛と、五代友厚ディーン・フジオカ)が、三菱と協定を結ぶよう栄一を説得、両社を仲裁しようとしますが、栄一は、これは岩崎さんの独裁と俺の合本の戦いだ、刺し違えても勝負をつける、と息巻きます。
しかし、岩崎が「日本を一等国に、世界の航路に日本の船を、日本に繁栄を!」という言葉を残して亡くなり、五代もまた、消耗しきった日本の海運業はやがて外国の汽船会社に牛耳られる、と、三菱と共同運輸に合併を促(うなが)した後、亡くなります。

栄一はこの10年でさまざまな産業に関わるようになり、東京養育院を自ら経営するなど、教育施設や福祉施設充実にも力を注いでいました。
栄一の長男・篤二(泉澤祐希)は、後継者として期待されていましたが、栄一のあまりにも幅広い活躍ぶりに、劣等感を募らせることに。
栄一は、遊び癖が抜けない篤二を退学させ、栄一の妹・てい(藤野涼子)が篤二を血洗島に連れ帰ります。
篤二は、10歳の時初めて父・栄一と草むしりをした思い出をていに語ります。「母様の病は悲しかった。でも普段ほとんど家にいない父がずっと家にいるのが嬉しくてたまらなかった。‥母様は治らなかった。今でも夏は苦手です」
根は優しい子なのだよなぁ。栄一が立派過ぎるゆえの劣等感というか、空虚感というか、手の届かない感じというか、なんか身につまされます。

明治27年夏、日清戦争が起こり、やがて日本中が戦勝に湧く中、伊藤の、日本はやっと一等国になった、という言葉に、慶喜(草彅剛)を東京に呼び寄せる機が熟した、と考える栄一。
朝敵だった過去を忘れてはならぬ、と強く固辞していた慶喜が、栄一たちの熱意に応え、ついに東京に戻って来ました。

栄一は、惇忠や喜作を誘って慶喜に会います。弟・平九郎(岡田健史)のこと、富岡製糸場のことをよく知ってくれていた慶喜、自分のそばに歩み寄って「長く生きて国に尽くされ、言葉もない。残され生き続けることがどれほど苦であったことか。私はねぎらう立場にないが、尊いことと感服しておる」この言葉に、初めて慶喜の顔を見て感慨深く頭を下げる惇忠、そして喜作。こののち、惇忠は亡くなりますが、いや~惇忠じゃなくてもいろんなことが頭をめぐってしまって、胸が熱くなりました。
残され生き続けることがどれほど苦であったか‥それは慶喜も同じなんですよね。そしてそれを尊いと、そう思うに至った長い年月の積み重ねが、今、苦しいだけでない何かを彼らの内に育ててくれている、という気がしました。

栄一たちは、韓国に手を伸ばそうとするロシアに警戒感を抱きます。
この時の、「国というのは、それほど どんどんと大きくならないといけないものなんですか?」という妻・兼子の素朴な疑問が実にいいですね。栄一は「そういうもんだ」と、言うだけでしたが、この素直な問いかけの持つ意味って、すごく大きい気がします。

栄一の活動が世界に広がるにつれ、放蕩を重ねてきた篤二も家業を手伝うように。
やがて、日露戦争が勃発。財界代表として戦争への協力を求められた栄一は、日本がロシアと戦うのは仁義の戦である、との演説で公債購入を呼びかける役割を担ったのですが、本心はどうであったのか‥この時の栄一の声、視線、全体から醸し出される空気感が、とても雄弁だったように思います。
篤二が演壇を降りた栄一に向けた厳しい視線‥栄一は、胸を押さえて倒れてしまいます。
父上は戦争の時に限って病になる。よほど体質に合っていないのかもしれない、と言う篤二。
病はさらに悪化、兼子は、覚悟するように、と医者から言われます。
栄一から、あとは頼んだ、と言われ、動揺する篤二。見舞いにやって来た慶喜に、「僕も逃げたい!それでもあなたよりはましなはず。あなたが背負っていたのは日本だ、日本すべて捨てて逃げた。それなのに、今も平然と‥」そこまで吐き出して、篤二はハッと我に返り、屋敷を飛び出して行くのですが‥この時の慶喜の顔、怒っているような、悲しんでいるような、それをみんな吐き出してしまいたいような、いろんな感情が混じり合った表情で、やるせなかったです。

ロシアとの戦争も優位に立った日本。しかし内情は、日本海海戦でようやく奇跡的な勝利を得るも国力を使い過ぎ、限界に達しようとしていました。
2か月後、なんとか講和条約ポーツマス条約)を調印しますが、国家予算の6倍もの戦費負担を強いられた国民の怒りが爆発、責任の一端は民を焚きつけた自分にもあると責任を感じる栄一。

世情が落ち着かない中、栄一たちは、慶喜の功績を後世に残すため、伝記の編纂(へんさん)を始めます。しかし、慶喜は、汚名がすすがれることは望まぬ、私がなすすべもなく逃げたのは事実、と、大坂城のことを思い返すのです。
「人は誰が何を言おうと戦争したくなれば必ずするのだ。欲望は道徳や倫理よりずっと強い。ひとたび敵と思えばいくらでも憎み残酷にもなれる。私は抵抗することが出来なかった。ついにどうにでも勝手にせよと言い放った。それで鳥羽伏見の戦が始まったのだ。失策であった、後悔している。多くの命が失われ、この先は何としても己が戦の種になることだけは避けたいと思い、光を消して余生を送って来た」と言う慶喜に、喜作は「それはただ逃げたのとは違いましょう。あれほど数々のそしりを受け、なにもあえて口を閉ざさずとも‥」と言いますが、「いいや、人には生まれついての役割がある。隠遁(いんとん)は私の最後の役割だったのかもしれない」と。
戦争の矢面に立ち、その責任を一身に背負った経験のある者であるからこその深い悔恨であり、たどり着いた境地‥なのでしょうが、国民の幸せのために自分が出来ることが、自分という存在を忘れてもらうこと、というのは、もうほんとに‥何とも切なくて胸が痛みます。

慶喜たちが帰った後、「私の道とは何だ」と篤二に尋ねる栄一。「日本を守ろうといろんなことをやって、ようやく外国にも認められるようになって来た。しかし、私のめざしていたものはこれか?いいや違う。今の日本は心のない“はりぼて”だ。そうしてしまったのは私たちだ。私が止めねば」そして「近く実業界を引退する」と。

60以上の会社を辞職、実業の第一線を退いた栄一が、伊藤と話します。「ようやく間違いに気づきました。我々はずいぶん前に尊王攘夷から足を洗ったはずが、つい最近までどこか変わらぬ思想でいたんだ。この線からこっちに入る気なら、清国をそしてロシアを何としても倒さねばならんと。自らの保身のために他国を犠牲にして構わんとはなんと傲慢で自分勝手だったことか。自分たちが同じことをされたらどうです、それこそ焼き討ちだ」 伊藤は「怖かったんじゃ、絶えず列強に怯えてきた。日本を守ろうという心が強すぎて臆病心が出とったんじゃ」 「しかりです。恐れや臆病から来る争いはとても危うい。これがある限り、人は戦争を辞められません」
栄一の言葉に、ふいに、このドラマが伝えたい最も大事なことが浮かび上がって来たような気がして、何だか身震いしてしまいました。

アメリカにいて排訴されようとしている10万人以上の日本人を救うため、栄一ら渡米実業団一行は、特別列車で60都市を巡り、民間外交に奔走します。
栄一は、日本に友好的なタフト大統領の、「これから先は日本に“平和の戦争”(商売の戦い)を挑むつもりだ」という言葉にわだかまりを感じます。平和と戦争‥まったく相容れないはずの言葉です。
「争いとは人体の熱のようなものだ。適度な熱は人を生かす、ほとばしる気力を与える、しかし過度になれば人を殺すのもまた熱だ。日本があくまでおびえず憤らず平熱を保っていられるように励まねば」と栄一。 

道中、長年の友、伊藤博文暗殺の知らせが飛び込みます。
排日運動の激しいサンフランシスコでの講演で、長年の友が殺された、と話す栄一。「私は人生において実に多くの大事な友を亡くしました。互いに心から憎しみ合っていたからではない、相手を知らなかったからだ。知っていても、考え方の違いを理解しようとしなかったからだ。相手をきちんと知ろうとする心があれば、無益な憎しみ合いや悲劇は免れる。日本人を排除しようとするアメリカ西海岸もしかりです。
日本人は敵ではありません。我々はあなた方の友だ。日本人移民はアメリカから何かを奪いに来たのではない、この広大な地の労働者として役に立ちたいという覚悟を持ってはるばるこの地にやって来たんです。それをどうか憎まないでいただきたい。
日本には“己の欲せざる所人に施すなかれ”という忠恕の教えが広く知れ渡っています。互いが嫌がることをするのではなく、目を見て、心開いて、手を結び、みんなが幸せになれる世をつくる、私はこれを世界の信条にしたいのです。大統領閣下は私に「ピースフル ウォー」とおっしゃった。しかし私はあえて申し上げる、ノーウォー!ノーウォーだ!どうかこの心が、閣下、淑女、紳士諸君、世界のみんなに広がりますように」
この演説は喝采を浴びます。
ホールの外で掃除をしていた黒人にも。駅で待っていた移民家族にも‥

日本に帰ってしばらくすると、篤二が再び問題を起こし、責任を感じた栄一は廃嫡という苦渋の決断を下します。外ばかり案じて一番近くにあったはずの篤二の心を‥あいつの辛さを理解出来ていなかった、と自分のあさはかさを悔やむ栄一。
喜作は、生物学が好きな篤二の息子敬三(笠松将)に、「おまえのおやじはよく頑張っておった。ただ向いていなかったんだ。栄一は、近くにいる者からすれば、引け目ばっかり感じさせる腹立たしい男だい」と言い、敬三は微笑みます。

明治天皇崩御、大正時代に。
血洗島のあの木の下に、栄一と喜作がいます。中国に行って中国の人たちと語り合いたい、と言う栄一に、少しは諦める心も覚えろ、と言う喜作。誰もがおめえみてぇに前ばっかり向いて生きられるわけじゃない、と。この年、喜作は亡くなります。

そんな中、慶喜の伝記の編纂は大詰めを迎えます。栄一は、慶喜から、「自分はいつ死んでおれば徳川最後の将軍の名を穢さずに済んだのかとずっと考えて来た。しかし、ようやく今思うよ、生きていて良かった。話をすることが出来て良かった。楽しかったなぁ。‥しかし困った、もう権現様のご寿命を超えてしまった」と。
よく生きて下さいました、と頭を下げる栄一、そなたもな、と応える慶喜。尽未来際ともにいてくれて感謝しておる、と。
「快なり!」と声をあげ、微笑む慶喜、天寿全う。徳川歴代一の長寿でした。最後は、じわ~んと心に沁みるような、本当にいい表情でした。

第一次世界大戦勃発。
栄一は、大隈首相から実業界の協力を依頼されるも、欧州列強が内輪喧嘩をしているうちに大陸に手を伸ばそうとしているだけではないか、と疑います。
「日本は徳川の世が終わってからその後たびたび戦争をし、そのたびにせっかく育ててきた経済が打撃を受けた。民もそうだ、たび重なる増税と物価高に苦しめられ、反論すれば政府が力でねじ伏せようとして来る。そして平気で噓をつく。日本にはもっと外国と腹を割って話し合うべきことがあるはずではありませんか」
「日本ば守るためにも国土を広げねばならんのじゃ。国は大きくならんばならんとや。日本のみ友好などとほざけば、戦争で一気に潰されるのみ」
「もっと自信をもって下さいよ。私たちが作って来た国ではありませんか。だいたい80に近い年寄りになってまで、なぜまだ首相などやっておるのか」
「誰も首相などやりたいもんがおらんからである。伊藤は死んだ、井上も病気、おいは一人で今も維新の尻ぬぐいをしているのである」
結局、日本は日英同盟にもとづきドイツに宣戦布告、戦争に参戦します。

ーー最終回のはじまりに、家康はこう言います。
渋沢栄一の物語を閉じるにあたって、ぜひ皆さんに感じていただきたいことがあります。真心を込めて切り開いた彼らの道の先を歩んでいるのは、あなた方だということを。是非に」

ドイツの降伏で第一次世界大戦は集結。
パリ講和会議以降、日本は、アジア支配を世界中から警戒されるようになります。中国や朝鮮半島反日運動が起こり、喜寿になって実業界から完全引退した栄一も、あちこちから日本が嫌われる状況になっていることを悔しがります。
慶喜の伝記も完成。しかし毎日15時間は熱心に働いている、と敬三のナレ。
(最終回は敬三がナレーションしているのですが、さわやかでとてもいいです)
敬三は、栄一の願い通り経済の道に進み、跡継ぎとして栄一を手伝っています

栄一は悪化する一方の日米関係を民のレベルで改善しようと活動を続けていました。
アメリカ人をもてなすためにトイレ掃除を懸命にやってる敬三が可愛い。こういうことこそが大事なんじゃないか、とも思います。

栄一はワシントン会議に合わせて再び渡米し、移民問題も議題に加えるよう進言、「なぜこの会議で移民問題が大事か、国と国の関係が結局は人と人とのかかわりだからだ、人間の根っこの心の尊厳の問題だ」と。しかし、会議は排日移民の問題を取り上げることなく終わります。
それでも栄一はあきらめず、平和を訴える旅を続けました。そして、旅の途中、大隈の死を知るのです。

敬三は、岩崎弥太郎の孫娘・木内登喜子と結婚(このあたりも縁を感じますね)、イギリスに渡ることに。
敬三は、父(篤二)に会って欲しい、と栄一に頼みます。父にこの家に戻って来て欲しい、父を許し今一度再生の機会を与えてはいただけないでしょうか、と。

関東大震災が発生。事務所も何もかも燃え尽き、すべてを失った栄一、そこに篤二がやって来て、ふたりは互いに生きていたことを喜び合います。
焼け出された暴民が裕福な家を襲うといううわさが立ち、栄一の周囲の者は彼を血洗島に戻るよう諭しますが、「私のような老人はこんな時にわずかなりとも働いてこそ生きる申し訳が立つんだ。これしきを恐れて何のために生き残ったんだ」と、避難者の救護所を開くため動き出します。篤二は、「父上の言うようにさせてやろう、あれこそ渋沢栄一だ」と。
栄一は、内外の実業家に寄付を呼びかけ、救援の最前線に立ちます。すると栄一からの電信に応え、世界中の企業から多くの支援が寄せられます。

しかし、アメリカでは、排日移民法が議会両院を通過、日本では、アメリカは日本を劣等国の烙印を押した、と、米国討つべしの声が大きくなって行きます。
何度も何度も繰り返された戦争、その兆候が、また‥

数年後、中国で大水害、91歳になった栄一は、これは中国に日本が友人だと示す好機‥と、ラジオを通して自らの思いを伝えるため、気力を振り絞ってマイクの前に立ちます。
「思い出して下さい、かの関東の震災の時、中華民国の人々は我が国を救おうとたちどころに多くの義援金を贈ってくれた。当時反日運動のさなかだったにもかかわらずです。あの時私たちがどれほど励まされたか。今度は日本が立ち上がる番だ。
私が言いたいことはちっとも難しいことではありません。手を取り合いましょう、困っている人がいれば助け合いましょう。人は人を思いやる心を‥誰かが苦しめば胸が痛み、誰かが救われればあったかくなる心を当たり前に持っている。助け合うんだ、仲良くすんべえ。そうでねえととっさまやかっさまに叱られる。みんなで手を取り合いましょう。みぃんなが嬉しいのが一番なんだで。どうか切に切にお願い申し上げます」
募金は驚くほど集まります。しかし、満州にいた日本関東軍奉天郊外で鉄道を爆破、満州事変を引き起こし、中国の厳重な抗議の意思表示のため救援物資は受け取ってもらえなかったのです。
病床で栄一は、手を繋ぐべぇ、みんなで幸せに‥と言い、俺はまだ生きてるかい・・そうかい、死んだら教えてくれよ‥と兼子につぶやき、亡くなります。穏やかな死に顔でした。

追悼式で。敬三の挨拶。祖父から皆さんに宛てた伝言を預かってまいりました、と。
「長い間お世話になりました。私は100歳までも生きて働きたいと思っておりましたが、今度という今度はもう立ち上がれそうにありません。これは病気が悪いのであって私が悪いのではありません。死んだ後も私は皆さまの事業や健康をお守りするつもりでおりますので、どうか今後とも他人行儀にはして下さらないようお願い申します。渋沢栄一
どこかユーモアがあってかわいらしいです。

血洗島を訪れる敬三。そこにいる若き日の栄一に尋ねられます、「今、日の本はどうなってる?」 敬三は答えます、「それが‥恥ずかしくてとても言えません」 「ははは‥何言ってんだい、まだまだ励むべえ」と鍬を振るう栄一。
みんなの声が聞こえ、笑って走り出す若い栄一。同じ空を見、青天を衝くように手を伸ばす敬三‥その空は今の私たちの上にも広がっている‥ 沁みるような余韻の残る終わり方だったなと思います。

どうしても、前半の方が印象が強くて、リアルタイムで観ていた時は、このあたり(終盤)は何となくサラッと流してしまったのですが、今回改めて観て感じたのは、なぜ戦争は起こるのか、どうすれば戦争はなくなり、人々が幸せに暮らすことが出来るのか‥いわばこのドラマの髄の部分が、このドラマなりの答えが、ここで描かれていた、ということでした。

幕末から明治へ、そして大正・昭和へ。
江戸時代の終わりというのは何となくごちゃごちゃしていて、どういう流れで明治へとつながって行ったのかが良く分かってなかった私、最後の将軍・慶喜についてもいろんな解釈があって、あまり関心を持つことが出来なかったのですが、幕末と言ったら定番の、勝海舟坂本龍馬も出てこない、しかも一平民だった渋沢栄一の視線で描かれる、さらにその栄一を吉沢亮さんが演じる、ということで、興味が途切れることなく最後まで楽しむことが出来ました。
特に、政治だけではなく、経済面も色濃く描きながらの、江戸から明治へ、システム大改造中のてんやわんやとその顛末‥というところは、私のような歴史苦手な人間でも、とても興味深く、結果、描きつくされた感のある幕末が、まったく新しいドラマとして再生されたように感じられて、本当に面白かったです。

通常より10回ほど短い作品となりましたが、もしその10回があったら、脚本の大森美香さんは何を描こうとしたでしょうか。
あのエピソードを、あの出来事を、あの人をもうちょっと深堀して欲しかった‥などと、自分なりに妄想を広げられたのも楽しかったです。


登場人物について。
渋沢栄一吉沢亮さん
吉沢さんのあの目力は本当に魅力的で、勢いや熱量がストレートに伝わって来て、とても気持ちが良かった。きれいに澄んで 力強い まっすぐな視線が 全編を貫いていた、という感じがしました。
ぐるぐるしたり、むべむべしたり、収まりのつかない感情を持て余しているところも、偉人と言うより もっとずっと身近な人に感じられて、好きにならずにいられなかったし、とにかくもう “渋沢栄一吉沢亮”の牽引力半端なかった。その勢いに、1年間、観る側も心地良く引っ張られ続けた気がします。
ただ、意気軒昂な人というイメージもあり、実際いつまでも若々しかったのかもしれませんが、晩年は、さすがにもうちょっと老けさせた方が良かった気がします。(吉沢さんの演じ方というより、メイクとかもうちょっと工夫出来なかったか、と)それが唯一残念でした。

渋沢喜作/高良健吾さん
栄一の幼馴染にして相棒。
侍としての矜持(きょうじ)を持って生きることを望んだ喜作と、市井(しせい)の人間として生きることを望んだ栄一‥自分の死に場所を求めて戦争に赴いた喜作と、人々が幸せになるために自分のすべてを懸けようとした栄一‥二人の対比が、江戸時代の終焉という怒涛の中での、物語の核になっていたように思います。
それでも、長七郎のように何もかも背負い込んで閉じこもってしまうようなキャラにならなかったのは、喜作の生来の明るさ・朗らかさがあったからのような気がするし、そういう喜作を、高良さんが絶妙な軽やかさで演じてくれていたから、だとも思いました。

千代/橋本愛さん 
前半の静かに耐え忍ぶ姿から、女性としての働き場所を見出した後、生き生きした様子に変わって行くところがとても良かった。
千代が持つ芯の強さ、きりっと凛々しく、常にまっすぐに生きようとする姿勢‥橋本さんだからこそ表現出来たところも多かった気がします。

慶喜/草彅剛さん
この人独特の空気感が、慶喜という役にも存分に生きていました。
特に、平岡を失い、大坂を離れ、汚名を着せられ、一人になった慶喜が、自分の死に場所を探していたというくだり。苦しいはずなのに、切羽詰まったギリギリ感はなくて、死さえも自然に受け入れてしまうような ひっそりとした佇まい、と言ったらいいか。
時が経ち、栄一らと再会し、徐々に心がほぐれ、ついには生きていて良かったと言うに至る、その流れがまったく不自然でなくて、どこかファンタジーにさえ思えてしまう、吉沢さん演じる栄一とは正反対の、役にしっかりした芯が通っていない、だからこそ伝わるものも確かにあって。草彅さんのそういうところが好きだな~、と改めて思った次第。

長七郎/満島真之介さん
この人の、何者かになりたくてあがいてあがいて、結局何者にもなれなかった姿って、この時代の多くの若者に共通するものだったんじゃないか、という気がします。ある意味、時代そのものを背負ったような負の立ち位置を、満島さんは存分に表現してくれていた気がして、すごく心に刺さりました。

市郎右衛門/小林薫さん ゑい/和久井映見さん
栄一がやりたいと思うことを何でもやらせてくれた‥栄一を信じて任せてくれた‥間違いなく、渋沢栄一という大木の根っこを作ってくれた人たちですよね。小林さんと和久井さんの安定感というか、安心感というか、が、すごく大きくて、どのシーンも心穏やかに観ることが出来て、ほっこりと温かくて心地良かったです。

他に、特に印象に残ったのは、大隈重信大倉孝二さん)・三野村(イッセー尾形さん)・篤二(泉澤祐希さん)・敬三(笠松将さん)といったところ。
篤二や敬三については、もう少し掘り下げて欲しかった気もしますが‥
兼子(大島優子さん)の千代とは違った佇まいも好きでした。控えめに、しかし ちゃんと栄一を見つめている、というか。

惇忠/田辺誠一
栄一や喜作から兄いと呼び慕われ、尊王攘夷の思想を彼らに指南した人。
兄い‥もうこの言葉がぴったりでしたね。
自分のせいで二人の弟を失った、という悔恨はずっとこの人の中に生き続けていた、それでも前へ進むために、みんなが幸せになるために、栄一の誘いを受けることを決める‥そこまでの葛藤が、短いながらもじんわりと、でも確実に伝わって来て、ファンとして何だか勝手に嬉しいような誇らしいような気持ちになりました。

感慨深かったのは、慶喜との面会シーン。「残され生き続けることがどれほど苦であったことか。私はねぎらう立場にないが、尊いことと感服しておる」と慶喜が言った時、惇忠がその言葉に共鳴したんじゃないか、という気がして。
それは、何度も共演している草彅さんが相手だったから、でもあるのかな、と。(二人のファンとしてそう思いたい)

栄一や喜作たちを子役が演じていた時からずっと同じ役を演じ続ける‥最初の出が10代で、ちょっとびっくりしましたが、あれ、最近そんな役をやった人いたよね、と考えて、思い出したのが『カムカムエヴリバディ』の濱田岳さんでした。
濱田さんと同じように、田辺さんが惇忠を初回からその死まで一人で演じ続けることによって、“青天を衝けの時代(序盤)”にひとつの芯が通ったような気がして、その存在意味も大きかったんじゃないか、と、まぁこれもファンとしての勝手な妄想ですがw、リアルタイムで観ていた時にそんな感慨に浸ったのを思い出しました。


大河ドラマ『青天を衝け』
放送:2021年2月14日 - 12月26日 NHK総合 毎週日曜 20:00 - 20:45
脚本:大森美香 音楽:佐藤直紀
演出:黒崎博 村橋直樹 田中健二 川野秀昭 鈴木航 渡辺哲也 
制作統括:菓子浩 福岡利武
プロデューサー:板垣麻衣子  制作:日本放送協会
出演:吉沢亮 高良健吾 橋本愛 草彅剛 
中村芝翫 イッセー尾形 大倉孝二 山崎育三郎 
大島優子 泉澤祐希 笠松将 和久井映見 田辺誠一北大路欣也 他
公式サイト