今さら『アライブ』感想

昨年(2020)1-3月、毎週22:00からフジテレビ系で放送された連続ドラマ。今さらながらの感想です。

がんのスペシャリストと呼ばれる腫瘍内科の女医・恩田心(松下奈緒)が、腕利きの外科医・梶山薫(木村佳乃)とバディを組み、さまざまながん患者やその家族と向き合って行くドラマ。
がんに特化したドラマというのは珍しく、ややもすると患者の人生そのものが大きく揺さぶられるような病気でもあるので かなり重い展開になるのかな、とも思ったのですが、バディを組んだ二人が女性である、さらには脚本メイン(倉光泰子)も演出チーフ(高野舞)も女性である、ということもあったからでしょうか、全体的にソフトで優しいドラマで、無理に泣かせようとするあざとさもなく、観ていて必要以上に 苦しい想い・つらい想い・切ない想いをしないで済んだのは救いになりました。ジェンダーに囚われているつもりはないけど‥型にハマった捉え方してるかなぁ‥じぶん^^;)

もちろん、実際の患者さんや家族からすれば、こんなにきれいごとでは済まないだろうとも思うし、父親をがんで亡くしている私の身からすると、病気になった人間も家族もこんなに容易に素直に病気を受け入れることは出来ないぞ、とは思うけれど、あくまで理想として、もし自分ががんになったら こういう人たちに囲まれて こういう生き方が出来たらいいな、と素直に思えるような温かさが全編に流れていて、ギスギスせずに心穏やかに観ていられたのが良かったです。

回ごとに新しい患者さんが登場し、それぞれに印象深かったですが、何と言っても、初回の村井恵子(石野真子)と山本忠司(田口トモロヲ)のインパクトが強かったですね。特に石野さんのまったく飾り気のない姿は、観る者がドラマ全体に引き込まれて行く一つのきっかけになってくれていたように思います。
2話の赤城紀子(ふせえり)も良かったなぁ。役としてとても魅力的だった。
7話の がんが再発した武井(平田満)と引きこもりの息子(篠原篤)の話も印象的でした。今の時代に即した切実な問題なんじゃないか、という気がしました。
全編通じて登場する高坂民代(高畑淳子)は、この物語のキーパーソン。樹木希林さんを参考にしたという高畑さんのキャラ作りは さすがでしたね。彼女が演じる民代には、がんと闘わずに素直に受け入れて自分の内に共存させてしまおう というような柔軟な強さがあって、考えさせられるところも多かったです。
(まったくの余談ですが、今『ガラスの仮面』の実写化をするなら月影先生は彼女がいいと密かに思ってるのですが いかがでしょう)
2話の乳がんの回から登場する佐倉莉子(小川沙良)の若くてまっすぐなまなざしもいい。乳がんの先輩である薫が、彼女の不安を取り除くために躊躇なく自分の胸をさらすシーンには、莉子ともども背中を押され、励まされたような気分になりました。

ドラマの中盤(4話)からは、事故により意識不明となっていた心の夫・匠(中村俊介)の死が描かれます。
匠の死後、無理をして休まず頑張ろうとする心に、「悲しむ行 為は立ち直るための大切なプロセスです。一人で立ち直ろうとしなくていい、一緒に悲しむ家族がいる」と話す阿久津先生(木下ほうか)。
思いっきり感情を吐き出して、思いっきり泣いて、夫の死を、父親の死を、息子の死をゆっくりと受け容れて行く心たち家族の姿にも、染(し)み入るものがありました。

このあたりから、優しく温かいこのドラマの中で もっともつらくて苦しい展開に。
医療ジャーナリスト・関河(三浦翔平)の取材により、匠の死が、薫の医療過誤だったのではないか、という疑惑が浮上、心と薫の厚い信頼関係にヒビが入ってしまうのです。
実は、実際に手術を担当した須藤(田辺誠一)の、医療過誤とまで言い切れないミスが原因だったのですが、須藤はその後始末を薫に押し付けてしまい、結果、薫は自分が罪をかぶった形になってしまいました。
それが、乳がんになった自分を支えてくれた須藤に報(むく)いること‥だと薫が少しでも思っているとしたら、それはもう純粋な恋愛とは言えない‥そんな気持ちを抱いたまま、須藤の愛情を素直に受け入れることも出来ない‥

薫が心のいる病院に移ったのを知って「一生彼女を支えて生きて行くつもりか」と尋ねた須藤に、「そのぐらいのことをしたの」と答えた薫。
薫がなぜやむにやまれず心のもとに行こうと思ったのか‥
彼女は逃(の)がれようとしたのかもしれない、重い一つの命の責任を負わずにいる病院から‥須藤から‥そして、無言のまま罪を背負うことで匠の死にピリオドを打とうとしている自分自身から‥

須藤の薫への気持ちは本物だと思うけれど、彼が言う「結婚しよう」と、薫が最初の頃に心に言う「私に出来ることがあったら何でも言って」は、その言葉の中に秘めた贖罪(罪滅ぼし)の意味を含んでいるように思えて、だからどちらも 私にはすんなりと響かなかった。
真実を心に告げ、真正面から突きつけられる彼女の怒りや哀しみを逃げずに全身で受け止めることで、ようやく彼らは一歩を踏み出せる。それでも、罪が消えるわけではなく、背負い続けなければならないには違いなく‥

須藤の風情からは、教授選への欲が感じられない。打算で動いているようにも思えない。手術の尻拭いを薫にさせてしまったことに自責の念を抱いていて、「結婚しよう」という言葉に愛情以外の意味が含まれてしまっていることや、自分もまた 薫と同じように このままではいけないという気持ちを抱いている、ということに自分でも気づいていたのではないか、という気がします。
だからこそスッパリと本当のことを関河に話したんだろうし、病院も辞めてしまったんだろうし、遅ればせではあるけれど 心と京太郎(北大路欣也)に真摯に頭を下げたんだろう、と。

失敗を失敗と認めるのが怖かった‥という須藤の告白を、心は「くだらないプライド」と言ったけれど、私には少し違って見えた。医者とは、なんて “間違いの許されない世界”に囚(とら)われて生きなければならないんだろう、と改めて思う。
「あなたがこれから何千何万の命を救おうとも、医者を辞めようとも、匠は生き返りません。あなたのことを許せれば、私たちも少しは楽になれるのかもしれない。でも無理です。だから許すことは諦めます。私は匠の死を死ぬまで嘆き、あなたへの怒りを抱えて行きます。それが私の本心です。こういう人間がいることを忘れないで欲しい」
医者として人の命を担うことの責任と誇りと不安と‥須藤に投げかけた京太郎の言葉を聞きながら、改めて考えてしまいました。
この時の須藤の気持ちを考えると(田辺ファンにつきどうしても須藤を追いかけてしまう)何だかとても苦しかったです。

終盤は民代の死までの様子が描かれますが、前向きに力強くがんと共に生きる意志を貫き、最期まで好きなことを思いっきり満喫しようとする彼女の笑顔に、心や薫たちだけでなく、私もすごく救われた気持ちになりました。(個人的に、前回まで須藤の姿を見ていてつらかった、ということもあったので)

そして、薫の乳がんの再発、心の国立がん医療センターへの移籍話‥
須藤が薫の乳がん再発を知って会いに来ますが、面会を断られ、ひっそりとリハビリ室の薫を見て涙ぐむ‥彼女を最後まで支えてやれなかった無念‥そこには間違いなく薫に対する須藤の純粋な愛情がある、と感じられて、切ないながらも、少し心が和(やわ)らぐ気がしたし、薫が心を伝(つて)として須藤に伝えた「ありがとう」という言葉もまた、感謝だけでなく いろんな意味が含まれているように、私には感じられました。

心は、国立がん医療センターへの移籍を断ったのに 待ってもらってると嘘をついて 薫を支えて行く決心をするのですが、その陰で、いつか新薬を開発したい、という心の夢を後押しすべく、薫が落ち着いたら心が医療センターに行けるよう 阿久津先生が何度も頭を下げて関係者に頼み込む姿にホロリとさせられました。

そして3年後‥
国立がん医療センターで働く心と、ハードな外科手術をこなす薫の姿が‥‥


―――全体を通して、心を演じた松下莉緒さんと薫を演じた木村佳乃さんの、キリッと締まった空気感の中に漂う優しい色合いがとても素敵でした。友人というより恋人と言うほうが近いような距離感もまた私には魅力的なものに感じられました。

心の家族(中村俊介北大路欣也・桑名愛斗)、同僚(清原翔岡崎紗絵藤井隆・木下ほうか)、患者たち(高畑淳子・小川紗良・石野真子ふせえり遊井亮子平田満相島一之ら)もそれぞれ良い持ち味が出ていたように思います。
描き方によっては悪役になる可能性のあった須藤や、ジャーナリストの関河、結城(清原翔)の母親(とよた真帆)でさえもこのドラマは悪い人間としては描かない。それを、(ドラマとして)物足りない、と捉えることも出来るかもしれませんが、少なくとも私は、あからさまに’悪い人間’を登場させて無理矢理ドラマチックな展開にするよりは、こういうドラマの方が好きだし、どの回も(民代が亡くなった回でさえ)基本的に希望を持たせるような終わり方になっていたことに好感が持てました。

田辺さん。観る前はもうちょっと薫との関係が深く描かれるのかなと思ったのですが、むしろ心の夫である恩田匠の死とのかかわりの方が比重が大きかったですね。
薫の背負ってしまった重荷を下ろせるのは須藤ではなく、心しかいなかったことを思うと、こういうラストになるのも宜(むべ)なるかな、という気がしました。
それでも‥
田辺さんで恋愛ものを観たい、という夢をず~っと抱き続けている長年のファンとしては、今回はひょっとしたら‥とも思っていたので、須藤と薫の恋愛部分の描き方が弱いまま終わってしまったのが 何だか物足りなかった。
最後に薫を見つめる須藤@田辺さんのあの表情を観たら、なおのこと、須藤と薫の大人の恋を観たかったなぁ、と改めて残念な気持ちが募ってしまった、というのが正直な気持ちなのも確かで。
そして‥もう一つだけ‥蛇足とは思いつつ やっぱり言いたい。
田辺さん、ディアシスターの石原さとみさんしかり、今回の木村佳乃さんしかり、松下奈緒さんに好きな人さらわれちゃったの 何だか切ないよぉ‥


『アライブ~がん専門医のカルテ』    
放送:2020年1月9日 - 3月19日 毎週木曜 22:00 - フジテレビ系
脚本:倉光泰子 神田優  演出:髙野舞 石井祐介 水田成英
音楽 :眞鍋昭大 オープニング: 須田景凪「はるどなり」
プロデュース:太田大 有賀聡  製作:フジテレビ
出演:松下奈緒 木村佳乃
清原翔 岡崎紗絵 小川紗良 中村俊介 三浦翔平 田辺誠一
藤井隆 木下ほうか 高畑淳子 北大路欣也 他