『ちかえもん』感想

ちかえもん』感想 【一部ネタバレあり】

とても面白いドラマでした!
テンポ良く進むストーリーの巧みさ、セリフの面白さ、
演じ手の表現力の確かさ、画面から伝わる空気感の心地良さ‥
毎回毎回 泣くやら 笑うやら 考えさせられるやら、
登場するすべての人にいろんな感情移入しながら、
終わったらすぐに続きが待ち遠しくなる、
8回が本当にあっと言う間で、終わってしまうのがすごく残念で。


どの登場人物もすごくすご〜く魅力的だったのですが、
ここはやはり ちかえもん近松門左衛門)役の松尾スズキさんを
一番に挙げたい。
この人の、情けないやら切ないやら辛いやら‥みたいな表情は、
本当に絶品。
そこに「あか〜ん」やら「ええ〜〜っ」やらの
力の入らないフワ〜ンとした空気みたいなセリフが乗ると、
何だかもうそれだけで、観ているこっちは肩の力がぜ〜んぶ抜けてしまう、
そしてその後に、いつも、“物書き(戯作者)の哀感”みたいなものが
ゆっくりと立ち上って来るのを感じる。
それは、松尾さん自身が脚本家であり作家であることと無縁ではない
ようにも思えます。

NHKと松尾さんというと、
私は 断然『TAROの塔』を一番に思い出してしまうのだけれど、
あの時の岡本太郎といい、今回の近松門左衛門といい、
この人は 物を一から作り出す人間の悩みや苦しみを、
一定の距離を保ちつつ ペーソスを持って表現することに
とても長けているように思います。
加えて、自由自在の顔芸といい、セリフの言い回しの味わい深さといい、
今回は本当に俳優・松尾スズキを堪能し尽くした感で、
何だかすごく嬉しくもあり 得した気分にもさせてもらいました。


不幸糖売りの万吉に青木崇高さん。
大人の事情や迷惑を顧みずどんどん突き進んで行く、
童話『はだかの王様』で「王様は裸だ」と正直に声を上げた子みたいな
シンプルな子ども目線を持っているなぁ、と思って観ていたら、 
最後の最後で、なるほど!と納得行きました。
だから、近松門左衛門を「ちかえもん」としか言えなかったんだね。
(ネタバレ自粛w)
万吉もまたちかえもん同様フワリと地につかないような空気感があり、
青木さんがそのあたりを実に自然に表現してくれていました。
タイトルの一番最初に名前が出て来る、つまり主役ということなのですが、
どう見ても主役はちかえもんじゃないの?とずっと思っていて。
でも、最後まで観た後、
万吉のまっすぐな視線や心根こころねが、
いつもこのドラマのど真ん中を貫いていたことを考えた時、
やはり主人公は万吉なんだな、と納得行きました。

青木さんと脚本の藤本有紀さんといえば『ちりとてちん』。
その絡みなのかどうか、
桂吉弥さんとか茂山一門とか さりげなく出ていたのが嬉しかったです。


徳兵衛(小池徹平)とお初(早見あかり)。
二人の恋が純粋に心中へと昇華して行く過程というのは、
舞台ではなくテレビのような画面を通してしまうと、
観ている側が照れくさくなったりしてしまうのですが、
この二人に関しては、役の上での感情移入がしっかり出来ていた上、
観ているこちらの気持ちもしっかりと惹き込んでくれて、
本当に凄いなぁと思いました。

徹平くんも早見さんも良かったけれど、
そういう空気感が無理なく醸し出されるように盛り上げてくれた
周囲の人たちの力も大きかった。
徳兵衛の父(岸部一徳)、番頭(徳井優)、
天満屋夫婦(佐川満男高岡早紀)、お袖(優香)。
お初徳兵衛との絡みはなかったけれど、
ちかえもんの母(富司純子)や竹本義太夫(北村有紀哉)も良かったなぁ。

そんなベストマッチな配役の中でも、
若い二人を心中まで追いつめた黒田屋(山崎銀之丞)の存在は、
この物語に 心地良いまでの仇役の色味を差し込んでくれた。
何故この男は平野屋を憎み、徳兵衛を陥れたのか、
そこのところがきちんと描かれないまま最終回になって、
あれれと思い始めたら、ちかえもんとのサシの勝負の場面になって‥
そこから先の黒田屋とちかえもんとの一騎打ちは
それまでの空気とは一変、重厚なものに練り上げられて行って、
ドラマのクライマックスとして本当に見応えがありました。

「お初徳兵衛が死んだのを幸いと、面白おかしく浄瑠璃に仕立て上げ、
金と名声を得ようという、あさましい腐れ戯作者!」
と黒田屋にののしられるちかえもん
彼は それまでのどこか浮遊感のあるものとはまったく違う
真剣な眼差しを黒田屋に向けて こう言い返します、
「死んで もの言えん二人の想いを浄瑠璃にして何が悪いんや!
わしかて金も名声も欲しい、腐れ戯作者や。
けど、この ほかの誰にも出来んあさましい仕事するのが わしの務めや、
作家に生まれた者の背負うた業(ごう)や!」

戯作者として ちかえもんが必死で守ろうとするものに、
この作品の脚本家・藤本さんの心情がぎゅっと詰まっているようで‥
そして、黒田屋のように心無く容赦ない刃を、
自分も「視聴者」という立場で 今まで観たいろんなドラマに
向けていたのではないか、という気もして‥
だけど こっちだって真剣に観て感想書いてるんだよ、
と言い訳したくなったりして‥
何だかいろんな感情がこみ上げて来て、ちょっと胸が痛みました。
‥だから(ドラマの感想を自分目線で書いているから)なのか、
あんなに真剣に刃を振るってちかえもんに挑む黒田屋を、
私はどうしても憎めませんでした。

ということで、私は 松尾さんと共に あの緊張感に満ちた空気を
画面いっぱいに作り出した山崎銀之丞さんにも拍手を送りたいと思います。
すっかりファンになってしまいました。


ちかえもんを取り巻く人々の描写には、
全体に、私には「落語」の空気と似たものが感じられたのだけど、
それは私が 同じ藤本有紀さん脚本の『ちりとてちん』が
大好きだったからでしょうか。

漢字尽くしの絶妙なサブタイトル名、
毎回ちかえもんが歌う昭和歌謡フォークソング
お初徳兵衛が抱き合うシーンの 蜷川版の舞台みたいなBGMや照明、
「おしまい」という文字と共にイラストで登場するキャストの
大団円的エンディングの楽しさ、等々、
そこかしこにちりばめられたお遊びもすご〜く楽しかった!
いい作品に出逢えて本当に幸せでした。見逃さないで良かったです。


ちかえもん     
放送日時:2016年1月14日 - 毎週木曜 20:00 - (NHK
原作:近松門左衛門 脚本:藤本有紀 演出:梶原登城、川野秀昭 音楽:宮川彬良
制作統括:櫻井賢 プロデューサー:木村明広 劇中アニメーション:岡江真一郎
制作:NHK大阪放送局
キャスト:青木崇高 優香 小池徹平 早見あかり 山崎銀之丞 徳井優
佐川満男 高岡早紀 岸部一徳 富司純子 松尾スズキ 他
公式サイト