歌舞伎NEXT 『阿弖流為』感想

歌舞伎NEXT 『阿弖流為』感想

一部ネタバレしています。
特にこれから舞台をご覧になる方はご注意下さい。


5月末からのいきなりの慌ただしさの中で、
郡山(福島県)での勘九郎七之助兄弟の公演チケットを
買っていたのに行けなくなってしまったり、
シネマ歌舞伎三人吉三』も行きそびれてしまったりして、
どっと落ち込んでしまった私。
どんよりしてた私の耳に、『阿弖流為』絶賛の声声声・・
行きたい!でも今さらチケット取れないだろうなぁ、と、
半ばあきらめムードのままチケット販売サイトを覗いたら、
なんと1週間後の昼の部が数枚だけ残ってる!
(たぶん たまたまキャンセルが出たんじゃないかと)
何という奇跡!キャッホー!
あわてて購入ボタンをポチッとしたのは言うまでもありません。


で、『阿弖流為』。
もうね、何だか物凄いことになっちゃってました。
ドラマチックな筋立て、転換の速さ、殺陣の機敏さ・激しさ、
音楽や照明の巧みさ、衣装や小道具の美しさ、舞台全体の疾走感・・
それらはもう、紛れもなく「劇団☆新感線」のものなんだけど・・
しかし同時に、どこをどう切っても これは「歌舞伎」である、と、
そうとしか言いようがない 揺るぎない確かなものがあって、
それを認めざるをえなかった私個人の不思議と清々しい嫉妬と羨望
(いのうえさんがついに歌舞伎に嵌(はま)っちゃったよ〜的な)と、
その数倍もの心地良い満足感・幸福感とが同時に押し寄せて来て、
観ている間中、私はずっとドキドキしっぱなしだったのです。

新感線と歌舞伎が、
これほどまでに補い合い、混じり合い、融合し、
これほどまでに質の高い面白い舞台を作り上げる、
そんなことが出来るなんて!

いのうえさんを筆頭とする新感線軍団の
歌舞伎界への容赦ない斬り込み方も めちゃくちゃかっこよかったけど、
迎え撃つ歌舞伎勢の、
若手からベテランまで整(ととの)った層の厚さ、
飽くなきチャレンジ精神、何でもありの自由さ、半端ない吸収力、
伝統芸としてのふところの深さ、矜持(きょうじ)
それらを育む土台となっている 演技や所作の確かさ 等々
もまた 思い知らされた気がします。


「歌舞伎俳優がやりゃあ歌舞伎になる」と
勘三郎さん(十八世中村勘三郎)はおっしゃったそうだけれど、
歌舞伎独特のセリフの緩急だったり、さまざまな約束事だったり、
そういうものが一切殺されることなく・・
と言うよりむしろ、より一層魅力的な輝きを放って
新感線が設(しつら)えた舞台上に息づいている不思議。

なぜ、こんなことが出来るんだろう。

きっちり見せ場を作って観客を物語に引きずり込む力を持った中島脚本、
細部にまでこだわって高度な動きを練り上げ、それを出演者に叩き込み、
見事に舞台全体の調和をはかった いのうえ演出、
彼らの並々ならぬ気合と実力のほかに、
今回は、徹底したビジュアルの完成度の高さにもすごく惹かれました。
マンガやアニメと言うより、むしろゲームのキャラクターに近い感じ、
と言ったらいいか。
そのあたりは やはり 新感線の力が最大限に発揮されている。
衣装や小道具、メイク、装置、照明、音楽、効果音、
はてはプログラム(パンフレット)の作り方に至るまで、すべてが高次元、
とにかくお客を楽しませようという精神に溢れていて、ワクワクさせてくれる。


もちろん、それらを背負って登場する演じ手たちが
魅力的でなければならないのはあたりまえで、
そういった新感線色に歌舞伎の人たちがうまく嵌るかどうか、というのは、
ひとつの賭けでもあったと思うんですが。

いやいやこれがねぇ、
私の勝手な推測かもしれないけれど、
染五郎さん、勘九郎さん、七之助さん、ばかりじゃなく、
彌十郎さん、萬次郎さん、亀蔵さん、といったベテランも、
新悟さん、廣太郎さん、鶴松さん、といった若手も、
みんな自分を酷使しつつ夢中になって稽古しているうちに、
歌舞伎って、こんなことも そんなことも あんなことも出来るんだ、
という、さまざまな気づきがあって、
そんな新感線マジックに彩られた歌舞伎の新しい魅力に、
彼ら自身が一番夢中になっている、って、
そんな気がしてしょうがなかった。

その熱が、舞台上の そこかしこでスパークして、
観る者をぐいぐい引きずり込む。


二つの花道の向こうとこちらで名乗り合う
阿弖流為市川染五郎)と田村麻呂(中村勘三郎)のかっこよさ!
打ち合う剣の確かな力強さ、声通りの良さ、
男同士の友情と、共感と、戦わなければならない宿命と。
スケールの大きなこの舞台を背負って立つ染五郎さんと勘九郎さんの、
実直で真摯な役への入り込み方が役に沁み込んでいて、
何とも心地良かった。

対する悪役が、
無碍随鏡(澤村宗之助)→佐渡馬黒縄(市村橘太郎)
→藤原稀継(坂東彌十郎)、と、どんどんスケールアップして行くあたり、
ゲームのような感覚もあって、ワクワクドキドキして。


中でも、私がこの舞台で最も歌舞伎らしさを感じ、心奪われたのは、
女方」という存在そのものだったように思います。

主要女役4人のうち、
立烏帽子(中村七之助)、御霊御前(市村萬次郎)、阿毛斗(坂東新悟
の3人は、人でありながら神に近い存在で、
それら「普通の女性ではない」独特の個性を演じる上で、
男性が女性を演じる女方ならではの妖しさや 性を超越した存在感が、
それぞれの役の上にとても魅力的に反映されていて、
私は ‘彼女' たちの姿や声に、ただただ見惚れ 聞き惚れるばかりでした。


特に立烏帽子の七之助さんは、
もうもう ほんとに 凄い!の一言。
最初の阿弖流為との再会、ヤマ場と言ってもいいはずのシーンが
あまりにもあっけなくて、
おいおい、ここはもっと劇的に盛り上がるところじゃないの?
なんて、軽く脚本にツッコミを入れつつ観ていたら、
実は立烏帽子は・・という、大きな謎解きが終盤に待っていて、
すべてに合点がいく、という、
そのあたりは中島さん(脚本)の組み立てのうまさで、
だけど、この役を普通の女優さんが演じていたら、とてもとても、
脚本の意図をこれほど忠実に、
それどころか、こんなふうにさらにスケールの大きな魅力的な役として
具現化してくれることは、かなり難しかったんじゃないか、と思う。

華麗でありながら力強く激しい太刀さばきは、
決して「男」のものではなく、かと言って「女」のものでもなく、
それを、当たり前のように自然にこなして行く七之助さんを観ていたら、
何だか胸が熱くなってしまった。
歌舞伎が何百年に渡って綿々と引き継いで来たものの正体の一端を
ほんの少しだけど垣間見たような気がして・・
もちろんそれは、
染五郎さんにも勘九郎さんにも感じたことではあるんだけど。

立烏帽子が、斬られた阿弖流為の息を吹き返らせるために、
持っていた赤い珠にむかって「アテルイ」とささやく、
その声は、まだ私の耳に鮮明に残っているし、
阿弖流為に向けて放つ
荒覇吐(あらはばき)神としての哀しい哀しい最期のセリフは、
まるで東北の自然そのものが立烏帽子に乗り移って、
その口を借りて私たちに話しかけているようにも思えて・・
それが、中島さんが脚本に込めたものであったのか、
ただ私が福島で生まれ育ったからそんなふうに思えたに過ぎないのか、
は、定かではないけれど。

ともあれ、
徐々にその場を制して行く立烏帽子→荒覇吐の迫力ある空気に
こちらはすっかり魅了され、ただただ心の中で
うわ〜っ!うわ〜っ!と感嘆の声を上げ続けておりました。

さらに、七之助さんは、今回二役。
一方の鈴鹿は、本当に少ない出ではあったんだけど、
可愛らしくって、愛らしくって、でも、どこか古風で、
これもまた、普通の若い女優さんじゃ出せないだろう雰囲気で。
立烏帽子と鈴鹿、この甘辛ミックスを
七之助さんで味わえたことも本当に幸せなことでした。


御霊御前も凄かったなぁ。
帝の実体がああいう形だったことで、
なおさらこの人の妖力の強さ・深さみたいなものが
じわりと浮き上がって来たように思います。 
市村萬次郎さんがまさに適役で、
この役造形がしっかり出来上がっていたことで、
この物語にきちんと芯が通ったように私には感じられたし、
田村麻呂のまっすぐな心根を小気味よく踏みにじる
藤原稀継の坂東彌十郎さん共々、
芝居を下支えしてくれた貴重な存在だと思いました。

それから、忘れちゃならない、蛮甲の片岡亀蔵さん。
こういう人がいてくれるから、いい意味で芝居の中に余裕が生まれる。
このあたりの層の厚さも、歌舞伎の強みだろうと思います。
熊子とのやりとりなんて、ただ笑わせるだけのものだと思っていたら、
とんでもない、ちゃんとドラマになっていて、
そこに説得力を持たせられるってすごいことだな、と。

途中、この役を新感線だったら誰がやるだろう、
なんてことをちょっと考えたのですが、
それだけ新感線と歌舞伎の垣根が私の中でなくなってたんだなぁ、と。
歌舞伎×新感線のコラボは、それほどに自然な、
受け入れやすいものになっていたと思います。
プログラムの中で、彌十郎さんが、
古田新太さんや橋本じゅんさんが歌舞伎に来ても面白いんじゃないか、
なんてことをおっしゃってましたが、
そんなことも あながち夢物語じゃない気がします。


さておき・・

歌舞伎NEXTと銘打たれた今回の舞台、
染五郎さんが、おそらく観客の多くが思っているよりずっと遠くまで
歌舞伎の行く先を見据えている・・
そんな彼から熱烈オファーを受けた勘九郎さんや七之助さんが、
染五郎さんと同じような気持ちの中で
新感線の力を自分の内に貪欲に取り込もうとしてくれている・・
と、観ている私にはそう思えた、そう感じられた、
そのことが本当に嬉しかったです。
新しい歌舞伎が、ひょっとしたらここから始まるかもしれない、
そんなことをワクワクしながら信じられる気がした、
阿弖流為』でありました。

この作品がシネマ歌舞伎として全国の映画館で観られるように、
多くの人が新しい歌舞伎の風を感じられるように、
切に切にお願いしたいです。


そしてまた・・
こりゃもう、(歌舞伎役者と新感線役者以外の)普通の俳優が出る
「いのうえ歌舞伎」なんて やること叶わずになるんじゃないか・・
なんて、そんな不安に怯え始めている自分がいたりして、
(新感線といくらか縁のある俳優さんのファンとして)
なかなか複雑な心境になっていることを告白しておきます。
いやいや、いのうえさんのことだから、
きっとまた、そんなことは軽々と超えてくれる、とは信じていますが。


7月23日(木)11:30開演 1階15列30番台


松竹創業120周年歌舞伎NEXT『阿弖流為     
公演日程:2015年7月5日〜27日/東京:新橋演舞場
作:中島かずき 演出:いのうえひでのり
出演:市川染五郎 中村勘九郎 中村七之助
坂東新悟 大谷廣太郎 中村鶴松 市村橘太郎 澤村宗之助
片岡亀蔵 市村萬次郎 坂東彌十郎 他
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