『八犬伝』感想:3

八犬伝』(シアターコクーン)感想:3 【ネタバレあり】
注意!一部ネタバレしています。
これから舞台をご覧になる方は、あらかじめご了承の上 お読み下さい。


出演者について。


阿部サダヲさん(犬塚信乃)
いつも120%全力投球!みたいなイメージがあるのですが、
今回は、かなり余力を残して演じている感じがしました。
どんな場面でも余裕があって、遊びがあって、
自由に力加減をコントロールしているように見える。
だから、相手の出方によって、いろんな駆け引きをすることが出来る。
(そのあたりは、ちょっと『あべ一座』の時と似ているかもしれない)


今回、若いメンバーが多いのですが、
サダヲさんが先頭を突っ走って、皆が後を追いかける、のではなくて、
よーし、みんなで行こうぜ!みたいなフラットな感覚があって、
だからこそ、八犬士それぞれが、それぞれの個性を、
思う存分立たせることが出来たんじゃないか、という気もします。


大人計画の舞台だと、ちょっと違うんですけどね。
皆さんベテランだし、あうんの呼吸で分かり合える部分もあるので、
サダヲさんがどんな突拍子もない役をやっていても、
何となく、どこか周囲に甘えている雰囲気が感じられて、
そこがまた魅力的だったりもするんだけど、
今回は、座長として、全体への目配り・気配りをしよう、というような、
一歩引いて全体を見ようとする気持ちが感じられました。



瀬戸康史くん(犬川荘助)
他の若手犬士に比べると、瀬戸くんはちょっと不利だったかなぁ。
いや、力のあるなしではなくて、
彼は、自分の任に合った役を与えられていないんですよ。
八犬伝なら、どう考えても信乃だろうと思うんだけど、
下男の荘助という役なんですね。


これは、私個人の印象ですが、
彼は、たとえば、『里見八犬伝』(TVドラマ)で信乃をやった
滝沢秀明くんあたりに通じるような、
ジュブナイルの空気感を持っている俳優さんのような気がします。
しかし、今回の役は、そういう、
さわやかで まっすぐで 美しい、といった部分は必要とされなかった。


そこは演出上の考えもあってのことのような気がしますが、
彼なりの頑張りは、かなり感じられたので、
今後、より魅力的に役を作り上げて行けるんじゃないでしょうか。
たぶん、徹底的に信乃(=阿部サダヲ)を好きになること、
がむしゃらにぶつかって行くこと、が必要なんじゃないか、と思うし、
瀬戸くんは、もう、そのあたりのことをちゃんと分かっている気がします。


自分のどこを求められての荘助なのか、という問いかけは、
自分自身に対して、常にしていて欲しいです。
そこから、今後俳優を続けて行く上で大切なものが、
見つかって行くのではないか、という気がするので。


中村倫也くん(犬坂毛野)
終盤、毛野があんなふうな役回りになるとは思わなかったので、
びっくりしましたが、
女形という難しい役どころにも、重い任を負ったラストにも、
観ていて不安になるところがまったくなくて、
演技に余裕さえ感じられたことに驚きました。


最後まで男に戻ることなく、女形を通したところも良かった。
非常に美しく、仕草・口調含めて妖艶なところもありながら、
声音に力が入って男性寄りの発声になっても、違和感がない。
素直に、すごいな〜と思いながら観ていました。


中村くんは、まったく知らない俳優さんだったのですが、
今回で完璧に私の頭の中にインプットされました。


尾上寛之くん(犬飼現八)
彼とサダヲさんの対決が楽しかった。
如才なく役の芯を掴んで、安定感があり、
アドリブも余裕で、ガンガン自由に演じられそうな感じがするので、
慣れて来たら、あのシーンはもっと楽しくなる気がします。


基本のところで、実力のある人なんでしょうね。
これから、舞台や映画やTVにどんどん出て来るんじゃないか、
出て来て欲しい、と思いました。


太賀くん(犬江親兵衛)
この人に惹かれたことをカミングアウトしておこう。w
何だろうなぁ、どこか気持ちよくスコーンと抜けてるところがある。
それは、役として、ということもあるんだけど、
彼がもともと持っているものが、そう見せているのかなぁ、
という気もするんです。
親兵衛が、八犬士の中で、一服の清涼剤の役割を果たしている、
と思えたのは、彼のおかげかと。


以上の若手たち(二階堂ふみさんを含め)は、
それぞれに、自分の持ち役の消化がきっちり出来ていて、
それをどう見せて(魅せて)行くか、という判断も、きちんと出来ている。
しかも、それを、ちゃんと魅力的なものとして表現出来る技術がある、
という・・いやはや凄いですね、まったく!


津田寛治さん(犬山道節)
ある意味、八犬士の支柱になっているように思いました。
端正で、控えめで、落ち着いていて、安心して信頼出来る。
こういう人がいてくれると、全体が締まります。
まぁ、本当は、信乃や現八のように、
自由にやりたい放題したいんじゃないか、という気はしますけど。w


近藤公園さん(犬村大角)
同じ劇団(大人計画)で一緒にやってる気安さもあるんだろうけど、
彼が、シレッとして面白いことを言ったりやったりする、
それにいちいち良いタイミングで反応するサダヲさんが可愛かったです。
この二人のやりとりも、今後いろいろ変化して行きそう。


辰巳智秋さん(犬田小文吾)
面倒見のいいお兄ちゃん、という雰囲気が随所に出て、
津田さんとは別の意味で、全体に安心感を与えてくれていました。
役の捉え方も、非常に柔軟性がありそう。
客席通路でのゝ大(田辺誠一)とのやりとりは、
田辺さんに余裕が出て来たら、
もっと遊べるんじゃないかと思うんですが・・


二階堂ふみさん(浜路 他)
初舞台だというのに、まったく物怖じしていない。
まだ18歳、ということですが、
後半はもちろん、前半の浜路にしても、
可愛らしいとか可憐とかいうより、老練なベテランという感じがして、
またまた凄い女優さんが出て来たな、と。
特に終盤は、役を楽しんでいるような余裕さえ感じられて、
驚いてしまいました。


増沢望さん(網乾左母二郎 他)
浜路に対して押せ押せの役で、小悪人を分かりやすく
余裕しゃくしゃくな感じで演じていました。
きっちり観客に伝わるものがあって、安心して楽しめました。


佐藤誓さん(番作 他)
内田慈さん(亀篠 他)
ワキでいろんな役をやって盛り上げてくれた二人。
こういう人がいないと、舞台に奥行きが出ない気がします。


横山一敏さん(赤岩一角)
おどろおどろしい妖気的な雰囲気も、八犬伝の重要なアイテム。
物語の一番不気味な部分を背負っていた気がします。
立ち回りは見応えありました。
犬士たちとの呼吸がもっと練れて来たら、さらに良くなりそう。


河原雅彦さん(簸上宮六)
前田悟さん(軍木五倍二)
新感線でいうところの、橋本じゅんさんや右近健一さんみたい、
と言ったらいいか、軽〜いお笑い担当。
二人とも、とっても楽しそうでした。観ている私も楽しかったです。
特に、前田さんのキャラが好きでした。


田辺誠一さん(ゝ大法師)
感想:2であれだけ書いておいて、まだあるんかい、って感じですがw
書き忘れたことがあるので、ちょっとだけ。
「お笑いに逃げられない」と前回書いたのですが、
クライマックスで、観客に ゝ大のスケールの大きさを見せつけることが
出来るようになったら、
ある程度遊びを入れても大丈夫になるんじゃないかと思うのですよね。


私が観た時は、まだ、ゝ大法師という役を広げ切れずに、
遊びを入れるのも躊躇(ちゅうちょ)している感じでしたが、
今後、ラストで信乃に対して不足ない
十分に手ごわい相手になることが出来れば、
前半、遊び(笑い)を入れても、
ゝ大のキャラが崩れることはない、という気がする。


こういう思い切ったストーリーの中でなら、
『あべ一座』の時のような、『七人の恋人』の時のような、
阿部サダヲvs田辺誠一の、あの微妙な面白さが使えるんじゃないか、
という気がするんだけど、
ラストにああいう対決が待っている信乃とゝ大では、
さすがに、それは無理というものでしょうか。
二人が醸し出す独特のお笑いの空気感が好きな者としては、
もったいない、と思ってしまうんだけど。


いや、でも、一方で、
阿部vs田辺が(お笑い抜きで)かっこ良く全面対決!という
今回のラストのようなシチュエーションを心待ちにしていたのも確かなので、
阿部×田辺の真剣な言葉の応酬や激しいぶつかり合いに、
こちらが惚れ込むだけのカタルシスが得られたら、
今回はお笑い抜きでも一向に構わなかったわけですけどね、
かっこいい阿部サダヲも かっこいい田辺誠一も 大好物な私としては。



    ここでは「カタルシス」をこんな意味合いで使っています。
    【俗に音楽や文学、演劇などの連続性のある芸術作品において、
    あるポイントを境にそれまで準備され蓄積されてきた伏線や地道な表現が
    一気に快い感覚に昇華しだす状態や、またその快い感覚のことを正式
    用法の「抑圧からの解放」になぞらえてカタルシスと表現することも多い。
                                  はてなキーワードより】