『八犬伝』感想:2

八犬伝』(シアターコクーン)感想:2 【ネタバレ注意】
注意!クライマックス部分のネタバレがあります!
これから舞台をご覧になる方は、あらかじめご了承の上 お読み下さい。

 

感想:2 は、田辺誠一さんについて書いています。
八犬伝』全体についての感想は、『八犬伝』感想:3 をご覧下さい。

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さて、ゝ大法師を演じた田辺誠一さん。
最近の田辺さんにはめずらしく、お笑いテイスト皆無で、
ほとんどのシーン、ひたすら厳しい顔をしていて、
このところ、ドラマでも 実際の舞台でも そういう顔を観ることが少なくて、
少し寂しい想いをしていたファンとしては、
キリッとしたその表情を観ることが出来ただけで眼福・・
ではあったのですが・・

 

青木豪脚色のこの『八犬伝』が、
終盤、原作とまったく違う新たなクライマックスに向かう、
その思い切った発想を支えられるのは、
信乃と、その対極にいる ゝ大法師なんじゃないか、と思うのですが、
正直、ゝ大をそこまで大きく演じるには、
現時点での田辺さんの役に対する消化具合では、
まだまだ物足りないように感じました。

 

ゝ大は、なかなかの難役です。
お笑いに逃げられないのはもちろん、
前半のセリフのほとんどが状況説明なので、
伝えなければならない情報量と、ゝ大自身の感情と、
その両方のバランスをうまく取ってセリフにするのがすごく難しい。

 

さらに、旅の途中では、八犬士の良き後見人として、
頼りがいのある大人である、という揺らがない面も見せる。

 

でも、そのあたりまでは、田辺さんのゝ大にほとんど不足はなく、
多少セリフに振り回されている感はあるものの、
口跡もしっかりしているし、押し出しも良く、見栄えもして、
なかなか頑張ってるじゃないか〜という印象。
(いつもどおりの上から目線 ご容赦)

 

ところが、クライマックス、
八犬士が対峙する「最後の敵」として、
己の主張を述べる場があり、激しい殺陣があり、
という、非常に重大な役割が与えられる段になると、
どうしても弱さが露呈してしまう・・決定的な何かが足りない・・

 

言葉(脚本)なのか、動き(演出)なのか・・
確かにその段階で、ゝ大というキャラをどういうものとして見せるか、の、
明確な擦り合わせが出来ていないように思われたのも確かですが、
それよりももっと、
演じ手である田辺さんのキャラの捉え方が十分でないことが、
一番の問題だと、私には感じられました。

 

信乃に向かってどんな言葉を吐いたとしても、
結局は清潔なまま あそこに立っている(ように見える)ゝ大に
何だか違和感があって、
もっと毒があってもいいんじゃないか、
もっと堕ちた人間の屈折があってもいいんじゃないか、
もっと何か・・もっともっと・・と想い焦る気持ちを止めることが出来なくて、
非常に重い役目を負っているにもかかわらず、
観ている側に強烈にぶつかって来るものがないことが、すごく残念で。

 

      せめて、玉梓の肩を抱くぐらいのことをしてくれたら・・
      せめて、そんな空気を匂わす視線ぐらい送ってくれたら・・
      ・・ひょっとしたら私は、ゝ大に、玉梓以上の毒々しい悪の香りを、
      舞台いっぱいに放って欲しかったのかもしれないですが。
      (そういうの、ずっと、田辺で観たい、と想い続けて来たから)
      ・・ま、ヲタ発言ですけれども。w

 

ゝ大法師は、八犬士の母とも言える伏姫の、もと婚約者。
人間の傲慢さ、欲深さによって、彼女を殺されたも同然で、
そう考えると、ゝ大の中に芽生えた人間に対する不信感が、
のちのち、元は敵同士の玉梓を引き入れることにもなったのかなぁ、
という気もします。

 

信乃と対峙した時、ゝ大の胸にあったのは、
怒りなのか、怨みなのか、憎悪なのか・・
八犬士から珠を奪い、玉梓さえも味方に引き入れ、
そうまでして彼がやろうとしたことは何だったのか・・

 

以下、私の想像でしかありませんが・・・

 

信乃とゝ大の闘いは、
善か悪か、正か偽か、敵か味方か、といった
単純な二極のぶつかり合いではなかったように思います。
憎しみ合って闘った、と言うのとは、ちょっと違う気がする。
信乃には信乃の信念があり、ゝ大にはゝ大の信念がある。
その「譲れない想い」のために闘ったのだ、と・・

 

単純な敵でも悪でもない、憎しみでも怨みでもない、
ある種 純粋な、しかし 違う形の心を持ってしまった者同士の、
自分の信念を賭けた、だからこそ負けられない闘い・・

 

玉梓という「極悪妖怪キャラ」を切り捨てた八犬士の前に、
ラスボスとしてゝ大が立ちはだかる意味は、たぶんそこにあるのだし、
ゝ大を田辺誠一が演じる意味もまた、そこにあるのではないか、と。

 

だとしたら、
その「信念・想い」を「視覚」として見せる「闘いのシーン」は、
非常に重要だ、ということになるのですが、
それにしては、田辺さんの殺陣は、勢いも迫力もまだまだ足りない。
・・いや、もう本当に、ものすごく頑張ってはいるし、
闘っている最中の超真剣な表情を見たら、
何も言えないぐらいなんだけれど、
それでも、ゝ大の気持ちが観る者に十分に届かないのであれば、
やはり、もっともっと精進してもらいたい、と思ってしまう。

 

      棒術は、相手との間合いを取るのがとても難しいし、
      棒を振り回すだけでも相当の体力が要るんだろうと思う。
      何回か、一瞬 動きを止めてキメのポーズを取れるといいんですが、
      動きが流れてしまって、メリハリがなかったのが残念。

 

田辺誠一(=ゝ大法師)が、
阿部サダヲ(=信乃)に拮抗するほどの力を観客に見せつけるのは、
まったくもって本当に本当に容易なことではない。
それでも、こんなチャンスは二度とないかもしれないんだから、
こういう役を今度はいつ貰えるか分からないんだから、
今、それに乗らない手はない。

 

ゝ大が、信乃を見下すほどの余裕を持つことが出来たら・・
八犬士に、観客に、「ゝ大は最強の相手」と思ってもらうようになれたら・・
そのためには、セリフの十分な咀嚼(そしゃく)と その表現はもちろん、
殺陣を徹底的に身体に染み込ませるよう、
まだまだ稽古・稽古・稽古を重ねるしかない。

 

信乃や八犬士との激しいぶつかり合いの中で、
彼らをギリギリまで追い詰めるほどの強さ・大きさを見せることが、
ゝ大の主張や信念を観客に理解してもらう一番の近道である、と信じて、
ぜひ、頑張って欲しいです。

 

ほとんど完成形に近いこの舞台で、
少しでも新しい力になる伸びしろがあるとしたら、
まず第一に、田辺さんのゝ大法師じゃないか、と思うし、
実際、いつも上演回数を重ねるごとに良くなって行く人なので、
我ながら、毎度 偉そうなこと言って うっとうしいとは思いつつも、
苦言を呈しました。

 

      これがいつもの私(翔)の感想の書き方ですが、
      もし、お読みになって不愉快な思いをされた方がいたら、
      ごめんなさい。

 

観劇日 2013.3.13 13:00- XC席/18:30- I席