『花の誇り』感想

 『花の誇り』NHK総合 12月20日21:00-22:30)

主人公・寺井田鶴(瀬戸朝香)は、
養女に迎えられた先の義兄・新十郎(山口馬木也)に
淡い思慕を抱いていたが、
新十郎は、田鶴の友人・三弥(酒井美紀)と恋におち、
その三弥が彼を裏切って別な男と結婚したことで、自裁してしまう。
以来十数年、新十郎を救えなかった後悔と、
三弥に対する複雑な思いを抱えつつ、
織之助(田辺誠一)を婿に迎え、寺井家を支えていた田鶴の前に、
新十郎と瓜二つの男が、藩の不正を暴露する密書を携えて現われて・・
というお話。

 

原作は藤沢周平の『榎屋敷宵の春月』。
私は、実は藤沢さんの小説は読んだことがないし、
このドラマ自体、かなり脚色してあったようなので、
簡単に原作と重ねて見てしまってはいけない、とも思いますが、
それでも、登場人物それぞれが持つ情感や、感情の機微(きび)など、
おそらく原作の中に流れていたと思われる空気感は、
脚本・演出・出演者の どのパートにおいても、
きっちりと表現されていたのではないか、という気がしました。

 

小太刀の名手であり、
寺井家を支え、切り盛りしている凛々しい女性・田鶴は、瀬戸朝香さん。
瀬戸さんが持つ「硬さ」が、この役にはとても有効で、
魅力的でもありました。

 

三弥は、酒井美紀さん。
やわらかさの中に芯のしっかりしたところも見せて、
瀬戸さんとの対比も良かった。

 

田鶴の父の大谷亮介さん、叔母の松金よね子さん、
筆頭家老の石橋蓮司さんら、
ワキの人たちの、でしゃばらない存在感がまた、すごく心地良くて。

 

そんな中、田鶴の夫を演じた田辺さん。
このところ、たとえば『ハッピーフライト』の鈴木にしても、
阿久悠物語』の阿久悠にしても、『最後の戦犯』の野田にしても、
ほとんど隙(すき)のない、細やかで確実で頼もしい演技を
見せてもらっているので、
内心、すごくワクワクしていたと言うか、楽しみにしていたのですが、
一方で、単純に「頼りない夫」という枠に嵌め込まれてしまったら
つまらないな、とも思っていて。

でも、それはまったくの杞憂(きゆう)でした。
織之助という男は、頼りなげに見えるけど、実はそうではなくて、
ただ、寺井織之助という人間の「ど真ん中」を生きていない、というか、
居場所が見つからなくて彷徨(さまよ)っている、というか、
そういう人間のように、私には見えました。
(それは田鶴も同じなんだろう、とも)

 

その彷徨(ほうこう)が、「弱さ」や「痛み」として表現されない・・
いったん自分の中に練り込まれた後に
「やさしさ」や「思いやり」として表現される・・
そこに、織之助の「大人」としての分別や、知性や、愛情が
染み込んでいるようで、観ていて、彼がとても好きになりました。

それは、おそらく(脚本や演出の力もあったでしょうが)
織之助を演じていた田辺さんが、そういう役を、そういう役として、
しっかりと芯を通して、最初から最後まで演じ切っていたから、
のように思うし、正直、そういう部分に限れば、
彼が演じた過去のほとんどの時代劇において
(あの『風林火山』の小山田信有でさえ)
十分な満足感を得られなかった私としては、
ファンとして、すごく嬉しく、幸せな気持ちにもなりました。

 

それにしても、田辺さんの所作には、あいかわらず心惹かれます。
上司に頭を下げる時の背すじや、膝の前に置かれる手の美しさ、
話し言葉の鷹揚(おうよう)さ。
田鶴や、筆頭家老(石橋蓮司)、叔母(松金よね子)とのやりとりは、
織之助の感情が、控え目に、けれど、すんなりと伝わって来て、
どれも好きなシーンでしたし、
コアなことを言えば、画面の一番奥で、義父を見送る時に一礼する、
そのほんのちょっとの仕草にさえ、萌えた私(笑)なのでありました。

 

いいなぁ、田辺誠一の時代劇♪
活劇としての時代劇もいいけれど、
今回の藤沢周平や、山本周五郎のような、
しっとりとした情感の深い作品に、また出てもらいたいです。

 

ちなみにこのドラマのプロデューサーの一人・若泉久朗さんは、
笑う三人姉妹』『風林火山』の制作統括をされていた方。
田辺さんと縁がありますね。