『熊沢パンキース03』感想:3

『熊沢パンキース03』感想:3 投稿日: 2003年8月25日(月)showm
田辺誠一VS宮藤官九郎
この顔合わせは、もう、単純に、ただただ楽しみにしてましたね。
そして、実際に舞台を観て、
宮藤さんの「俳優を見る眼」というものに、ものすごーく興味が湧いて。
こちらが期待していた以上に、すごいな!、すごい人だな!
という印象を持って。

 

田辺さんだけじゃなく、佐藤隆太くんにしても、大人計画の面々にしても、
演じる前に、その俳優が持ち合わせている「味」というか、「色」というか、
うーん、もっと深い「精神(心)」のようなものまで、
全部見抜かれている感じ、と言ったらいいか。

俳優それぞれの「精神」をうまく練り込んで、それぞれの役を作っている、
と感じるのは、観てるこちらの錯覚でしかないのかなぁ・・・・
どうなんでしょう?

 

田辺さんが演じた「五十嵐」というのは、
他の登場人物とは、まったく色が違ってて、
やることなすこと ずれてて、(笑)
絶対にパンキース色に染まりそうもないのに、
いつのまにか、自然に、みんなから受け入れられてるんですよね。

それは、もちろん、病気のことがあって、みんなが彼に頼らざるをえない、
という、揺るぎようのない現実があるから、
さらに、彼もまた高校球児(ピッチャー)だった、という共通項があるから、
と言ってしまえば、それまでなんだけど、それだけじゃなくて、
五十嵐が、まったくの異分子でありながら、
最後には、みんなの信頼を得、一目置かれるようになる、
その、根拠となるのは、
滝のことを尋ねられた彼が、「好きですよ」とサラリと言ってのける、
そのあたりの柔軟性、吸収力、がポイントだったのでは、と。
そして、それって、イコール田辺さんが持っているもの、なんじゃないか、
とか。

少なくとも、宮藤さんは、
田辺さんの中に、そういうものを見出したんじゃないか、と。
カチッとして、一見踏み込めない雰囲気を持つ田辺さんの奥にある、
すごーく柔らかい部分を。(いや、まったくの想像ですが)

 

反対に、隆太くんについては、
ものすごく人懐っこそうな中に、人に踏み込んで欲しくない部分を
持っていたり、
いろんな疑問とか、悩みとかに対して、
深く深く自分を突き詰めて考えてしまったり、
そういう部分を抱えてる人なんだ、と、分析したのかな、とか。

 

その辺の、俳優と役との近づけ方、というのは、
ハッシュ!』の橋口監督にも、近いものを感じたけれど、
宮藤さんとの違いは、
橋口さんは、ある意味、強引に「田辺誠一の自然な演技」を引っ張り出した、
という感じがするけど、
宮藤さんは、本当に、「そのまんまでOK」だったんじゃないか、と。

橋口さんが、スパッと斬り込んで来る感じだとしたら、
宮藤さんは、ちょっと遠くから観察してる感じ。

もちろん、おふたりの、田辺さんとの出逢いの時期、というのも、
意味があるんでしょうが。
すなわち、「俳優として目覚める前の田辺誠一」と、
「目覚めた後の田辺誠一」という。

 

でも、この五十嵐は、ひょっとしたら、覚醒前の田辺さんでも
同じように演じられたかもしれない。
もちろん、うまい、へた、という差は、歴然としてあるとしても、
宮藤さんの狙いは、そこではなく、
もっと広い意味、大きい意味で、「田辺誠一を使う」ということだった、
という気がするので。