『撃てない警官』(第5話[最終回]=抱かれぬ子)感想

『撃てない警官』(第5話[最終回] =抱かれぬ子)感想 
【ネタバレあり】

ネタバレ注意!これからドラマをご覧になる方はご注意下さい。

ゴミ箱に遺棄された 生まれたばかりの赤ちゃん、
その 小さな泣き声が、
前回の、川を流れて行く段ボールの中の仔猫の声に重なる。
無防備で、誰かに護(まも)られなければ長く生きてはいられない
もっとも弱き者の存在…

『撃てない警官』最終回は、
女子高校生がデパートのトイレで出産、
大量出血して踊り場の椅子で気を失っているところを
偶然買い物に来ていた柴崎(田辺誠一)が発見するところから始まります。
もう このシーンからドキドキ。
だって、以前の柴崎なら、ペットボトルがころがって来たぐらいで
様子を見に戻るなんてことはしなかっただろうから。

赤ちゃんとその母親である亜紀(YUKINO)は、
柴崎の義父・山路(山本學)が警察退職後に勤めている病院に搬送され、
母子ともに一命を取り留めます。
ところがこの赤ちゃんが突然いなくなり、誘拐事件に進展し…
というのがプロローグ。

この事件には 名倉看護師(ともさかりえ)の哀しい過去が
関わっているのですが、
この回想シーンが非常に簡潔かつ雄弁で、
このドラマに一貫した「説明し過ぎない画面」を如実に物語るものに
なっていたように思います。

母親とは離別、一緒に生活している父親にも見放され、
誰が赤ちゃんの父親か分からないような自堕落な生活の中で、
一人で赤ちゃんを出産した高校生の若い母親・亜紀は、
病室のベッドの上でいったい何を思っていたのか…

赤ちゃんが見つかったと知って病室から出て来た彼女が、
名倉に背中を押されて、
遠くで待つ柴崎や助川(嶋田久作)、山路、病院の医師たちのところに
一歩ずつゆっくりと近づいて行く、
「弱き者」を護る役目を担う「頼るべき大人たち」のところに…

この時の亜紀の表情が 素晴らしかった。
名倉の想いが亜紀にも伝わったと信じたい、
これから赤ちゃんを介していろんな人と繋がって行く、そのことが、
彼女の心に何か温かいものを芽ばえさせてくれると信じたい、
そう思えたことに 何だか ほっとしました。


デパートで現場に居合わせた柴崎の息子・克己(加部亜門)は、
赤ちゃんのことが気になって、病院の祖父・山路のところにやって来ます。
その時、自分の赤ちゃんの時の写真を見せられて、
「赤ん坊はしゃべれんからな、泣いてお父さんやお母さんを呼ぶんだ」
という山路の言葉に、何かを感じ取った様子。
一方、克己の父親である柴崎は、名倉から
「あんまり泣かないんです、泣いたら誰かを困らせると思ってるみたい」
と “美帆”と名付けられた亜紀の赤ちゃんのことを聞かされます。

この2つのシーンを観ていて、私は、
このドラマに今まで登場した人たちを思い浮かべていました。
「泣く」という唯一の手段さえ使い方を知らないかのように
声をあげようとしない赤ちゃんが、
苦しい思い、つらい思い、切ない思い、どうしていいか解らない思いを
胸に抱いて生きている そんな人たちに重なって見えた、
今回の亜紀も、名倉も、そして克己も含めて。
最終回に このエピソードを持って来た意味、というようなものを
すごく考えさせられました。


一方、中田(石黒賢)の不正の証拠をつかんだものの、
そこに 義父である山路が絡んでいることを知った柴崎、
意を決して山路を問い詰めると、
「きみが本庁に戻れるように働きかけるため中田に会った」との答え。
ところが、この不正には上層部も関わっていることを中田から聞き、
さすがに見過ごすことが出来なくなった山路は、
警視総監に告発しようとします。

この時の山路の、
「巨大な組織には多少の不正はつきものだ」という言葉に、
(誤解を恐れずに言いますが)不謹慎にも うなづいてしまった私。
もちろん、悪いことをするのは許されない、
それは間違いなく絶対に揺るぎないことではあるのですが、
けれども、それをとことん突き詰めてしまい、
何が何でも清廉潔白でなければならない、という制限をかけてしまうと、
些末なことに縛られて身動きが取れなくなってしまったり、
もっと大きな不正に立ち向かう力を削がれてしまうこともある、
とも思うのですよね。

酸いも甘いも噛み分けた上の そのあたりの線引きが
山路にはちゃんと出来ている、
この不正だけは誰がどう考えても見逃せない、
だから、中田が左遷されると本庁に戻る術(すべ)を失ってしまう柴崎が
山路に対して脅しめいた言葉を吐いた時、観ているこちらとしては、
「おいこら目を覚ませ、柴崎!」とイラッとしたし、
    (柴崎もそれは重々分かっていて、それでも黙って山路を行かせる
    ことが出来なかったんだろうな、とも思いますが)
だからこそ、山路がそんな柴崎に対して言った
「警察あっての自分じゃないか」という言葉に、一層重いものを感じました。


結局 誘拐事件は、赤ちゃんが無事戻って来たものの、
犯人が分からないまま、足立署の捜査本部は解散。
事件の詳細を書き込んだホワイトボードを消していた助川が
部屋に戻って来た柴崎に、
「直接警務課に電話してくる人間なんて限られてる」と言ったところで、
こちらも、「あ!そういうことか」と納得、
一気に裏が見えて来て、「なるほど〜」と感心してしまいました。
そうしてみると、
中田との会話中に署から柴崎に電話が掛かって来た、というのも
絶妙なタイミングで意味深い気がしてしまいます、
ま、妄想し過ぎだろうとは思いますが。w

「お前に任せる」「おやじさんによろしくな」と続く助川の言葉を
柴崎はどう受け取ったのか、
彼のほんのかすかな笑みが物語っているようで、
何だかほっこりしました。


その帰り道、
克己のサッカーの試合に行き合わせ、
そこで息子の反則を見つけた柴崎が大声で叫ぶ、
「反則だ!卑怯だぞ!審判ペナルティーだ!」
この時の真剣な表情、克己に向けられた厳しい視線に、
警官としてとか、父親としてとかより以前に、人間として、
悪いことをしたら(罪を犯したら)ペナルティー(罰)があるということを、
克己に知らしめようとした柴崎の
「護るべき立場の人間=大人」としての姿勢が伝わって来て、
響くものがありました。
そして、親(という大人)として息子に本気でぶつかろうとする
柴崎の真剣な眼差しの意味を、
克己も間違いなく受け取ったように感じました。


結局 山路の告発により中田は左遷され、
中田と柴崎の間の二重スパイのような立場だった石岡(高橋和也)は
交番の巡査になります。
柴崎もまた本庁復帰の道を絶たれることになりますが、
彼は諦めないのですよね。

本庁ですれ違う柴崎と中田、
この時、二人は、初回とは反対の立場になっています。
「私には本庁の空気が一番合っている。
中田さんならどこにでもすぐに馴染めますよ」と ハッタリかます柴崎も
中田の萎(しお)れない態度も好き。
このシーンは、お互いの意地の張り合いが垣間見えて
非常に面白かったです。

助川も好きだったなぁ。
人事異動の用紙を見ながら、「おまえの名前はあったのか」なんて、
柴崎の痛いところを突いてくる。
でも、この人に本物の底意地の悪さは感じない。
助川なりの生き方、信念、みたいなものがちゃんとあって、
すべての言動がそこから発せられている、
そのブレのなさが、柴崎の心にストンと落とし込まれる。

それに対して、パソコンのキーを打ちながら「いいえ」と応(こた)える
柴崎の 感情の読めない 本心の読めない声音に、
逆に雄弁なものを感じてしまったのは、
このドラマの徹底した説明し過ぎない姿勢が
観る側にいろんなことを想像させてくれたからのような気がします。

   *

全5話が終わって思うのは、
人間も、背景も、非常に丁寧に 密度濃く作られていた、ということ。
登場人物それぞれに欠点もあるんだけれど、
欠点があるからこそ人間らしい、
万能ではない人間の視線や考え方だからこそ深みや重みがある、
登場人物たちそれぞれが単純ではない、一筋縄では行かない、
だからこそ輪郭も中身も非常に魅力的なものを持っていた、と、
そんなふうに感じました。

演じる側としてはどうだったのでしょうか。
全員、感情の起伏があまりない、過剰な動きもほとんどない、
激高することも泣きわめくことも大声で笑うこともない、
その振り幅の極端に少ない中で伝えるべきものを表現して行く難しさが
演じ手にはあったと思うのですが、
でも、観ている側としては、そこがまた面白いと感じました、
短い言葉の重み、かすかな笑みの深さ、何かを訴えかける視線 等、
演じる人の力量をきっちり見せてもらえた気がして。


画面から伝わる場面ごとの空気感も素晴らしかったです。
私は特に足立署警務課が好きでした。
画面の隅っこに至るまで、
人の動きや雑然とした物から伝わって来るものに嘘がなくて、
いつも惹き込まれ、警務課が出て来るたびにワクワクしていました。

官舎での生活感・仕事場の空気などリアリティのある“重み”は、
セットではなかなか作り出しにくい。
WOWOWのドラマに共通していることですが、
ロケによる撮影は、リアルな空気を画面に焼き付けてくれる気がします。


最後、何となく中途半端で終わってしまったような印象を持つ人も
いたかもしれない、
普段のドラマなら、もっとカタルシスのある終わり方にしたかもしれない、
でも、そんな観る側のかすかな期待さえも裏切って、
ひたすら地味で、爽快感・達成感のカケラもない、
しかし 観方によっては非常に味わい深い終わり方になっていたのも、
いかにもこのドラマらしい気がしたし、
そんなふうに最後までブレない姿勢が好もしく感じられた作品だった、
そのことが ほのぼのと嬉しかったです。



登場人物について。
・中田(石黒賢さん)
全体のバランスの中では重要なポイントで使われていたとは思いますが、
個人的には、もうちょっと出番が欲しかった気がします。
この人の 常に上っ面しか見せないところが 逆に魅力でもあったし、
説明し過ぎないところがいい、と自分でも分かってるのですが、
この人の腹の中をもう少し深読みしたかったな、という
私的なわがままで、ちょっと残念な気持ちがあるのも確かなので。

・石岡(高橋和也さん)
この役 好きでした。
所詮使われる立場にしかなれない男ではあるんですが、
柴崎の息子の万引きの話が出た時にはドキッとした、
まさに 窮鼠(きゅうそ)猫を噛む、
この男を敵に回すとやっかいなことになるぞ、どうするんだ柴崎、
って本気で心配しました。
最後の自転車蹴飛ばすオチが、いかにもこの人らしかったです。

・小笠原足立署署長(諏訪太朗さん)
署長としてすごい力を持っているわけではない、
助川のように野心があるわけでもない、
あとは定年を待つだけ、
でもそれまでは、彼なりに忠実に真面目に仕事をこなそうとしている、
そんな空気感が常にあって、私はこの人も好きでした。

・柴崎雪乃(中越典子さん)
息子のいじめ問題とか、夫の左遷とか、家を建てて官舎を出たいとか、
悩み事はあれこれあるのですが、
この人のあまり深刻にならない明るい雰囲気が良かったです。
夫との意思の疎通もしっかりとれていて、
いい夫婦だな、と思えた。
柴崎家を訪ねた中田と柴崎の緊迫した腹の探り合いの場面、
空気読めずに ちょこんと柴崎の隣に座った雪乃が可愛かったです。

・克己(加部亜門くん)
最後、柴崎の厳しい視線を受け止める克己の表情が、
複雑なものをきちんと内包していて、ちょっとびっくりしてしまった。
難しい役をやりとげてくれてホッとしました。
(親戚のおばちゃんのような心境w)

・山路(山本學さん)
この人の存在は大きかった気がします。
人間として、元警官として、しっかりした芯がある。
「正義の在処(ありか)」「良心の在処」といったものを測るための
ある種のものさしになっている。
だから、主人公である柴崎がどんなにダークな色に染まっても、
安心して観ていられた、
山路の存在価値はそこにあったのではないか、という気がしました。

・助川副署長(嶋田久作さん)
いやいや、もうね、警察学校で柴崎が鉛筆落としそうになって
教官の助川と視線が合う、そこからずっと、
柴崎とこの人とのやりとりは いちいち私のツボに入りまくりでした。
結構チクチク嫌味言ったり 投げ飛ばしたりwしてるんだけど、
陰湿過ぎる感じはしないし、悪意も感じなかった。
出世欲で固まっている柴崎に目を覚まして欲しかったんじゃないか、
という気がします、
泥水すすってからじゃなけりゃ、上(本庁)に行っても何も出来ないぞ、と。
自分だって刑事課長になりたいという欲はある、
だけどそれは、柴崎とは違って、
もっと実のあるもの、中身の伴うものだから、
当然ながら柴崎の薄っぺらな上昇志向を認めることは出来ない。
だけど、もし柴崎が自分の傍にいて、
しっかりと上に行ってやるべきことを見い出したら、
この人は案外、柴崎をきっちりと援護してくれるんじゃないか、
そんな気もします。

今取り上げた人たちをはじめ、
出演した俳優さんたちは、初回から最終回まで
登場人物すべてが気持ちいいほど適材適所で揺るぎなかった。
どの役も(ほんの少しの出番の役でも)はまり役だったと思います。
菅田俊さん(交番の巡査長)、千葉哲也さん(足立署刑事)ら、
シブい俳優さんが出ていて嬉しかったし、
橋本じゅんさんがちょこっと出ていて、しかも
彼独特の濃い気配をすっかり消していたのには驚きました。
図書館戦争あたりから変わった気がする)

・柴崎(田辺誠一さん)
初回に、これは柴崎の成長譚になるんじゃないか、と書いたのですが、
柴崎にそこまでの大きな変化は見られなかったですね。
人間なんてそんなに変われるものじゃない、
あいかわらず彼は本庁への復帰をあきらめず、
義父である山路を脅すようなことまで言っている。
だけど、表面からは 見つけ出すことが出来なくても、
柴崎の内で揺れ動き始めたものがあるのは何となく感じられる、
その微妙な「変化への芽ばえ」みたいなものが、
柴崎の振れ幅の狭い表情や動きから
静かに、ゆっくりと、しかし間違いなく伝わって来たように思います。

そのあたりは田辺さんの表現の面白さでもあって、
(いい意味で)ばかばかしいものやら くだらないもの、
漫画原作やら ぶっ飛んだもの、もちろんシリアスなものも含め、
ものすごい振り幅の役を演じて来たこの俳優を 長年観て来た身としては、
今回、こんなふうに振動の少ない きめ細やかな演技を観られたことが、
本当に嬉しかったです。
(田辺さんのそういう部分を求めてくれた長崎監督に感謝)

主人公は正しくなければならない、
あるいはかっこ良い悪でなければならない、という、
単純明快で視聴者の理解を得やすい白黒キャラからあえて外れ、
ダークな色を残したまま、降りかかるさまざまな問題に冷静に対処する、
この柴崎を「主人公らしい」とはとても言えない。
けれど、最近のドラマの単純キャラに飽き足らない視聴者の中には、
彼を、新しい魅力を持った主人公として
受け入れてくれる人もいたに違いない、そう信じたい自分がいます、
田辺ファンとして、ばかりではなく、一ドラマファンとして。


聞けば原作には続編があるらしい。
これはもう同じスタッフ・キャストで そのドラマ化をぜひお願いしたい! 
ということで、念を込めて…

乞う続編!


連続ドラマW 『撃てない警官』     
放送日時:2016年1月10日- 毎週日曜 22:00-(WOWOW
原作:安東能明 脚本:安倍照雄 監督:長崎俊一 音楽:大友良英
制作:WOWOW オフィスシロウズ
キャスト:田辺誠一 石黒賢 中越典子 高橋和也 加部亜門 YUKINO ともさかりえ
嶋田久作 山本學 他
公式サイト