金曜プレステージ『淋しい狩人』感想

10月7日再褐
金曜プレステージ『淋しい狩人』感想 【ネタバレあり】
原作は宮部みゆきさんの短編小説ですが、
作品へのトリビュートを十分に感じさせつつも、かなり脚色してあり、
新しい作品、と言ってもいいようなものになっていて、
原作から大胆に引いたもの、そこに綿密に足して行ったもの、
それら両方のバランスが素晴らしく、
素直にスタッフに頭を下げたい気持ちになりました。


特に‘事件’に絡む人々の描き方については、
一人一人の人間性に根ざした言動が丁寧に積み重ねられ、
人の死の重み、罪の重み、が、しっかりとこちらの胸に響いて、
登場するすべての人たちの心の痛みがじんわりと伝わって来て・・
「面白い事件を作り出すための人の死」になりがちな
普段の2時間サスペンスでは なかなか描き切れないような、
味わい深い作品になっていたと思います。


脚本の浜田秀哉さん。
ラストホープ』でも感じたことだけれど、とにかく密度が濃くて、
2時間の中に詰め込んだエピソードにボリュームがあって、
心地良い満足感を味わえました。


原作には なかった部分・・
イワさんの息子であり、稔の父親であり、 梨沙子の夫である雅史が、
自殺か事故か分からない死に方をしている・・
刑事の樺野は雅史の親友である・・
安達明子は目が見えず、父・和郎はひっそりと別な家庭を持つ・・
犯人には、世の中を変えたい切実な想いがあり、
そのために‘傍観者’が狙われ、その掌に38の数字が刻まれる・・
といった、ドラマ向けに新たに組み込まれた設定が、
物語に複雑な厚みを加え、事件を読み解く面白さを生み、
登場人物を、より魅力的にしてくれていたように思います。


このドラマには、絶対的な加害者がいないのですよね。
善人と悪人の境界線があいまいで、
誰もが被害者にも加害者にもなり得る・・
犯人が言うように、‘傍観者’もまた加害者であるとすれば、
私たちだって、無意識のうちに そうなってしまっている可能性がある。
悪意はどこにだって転がっている・・
もちろん、決して犯人の行動を容認するわけではないけれども、
そんな無意識下の悪意・悪趣味がはびこる世の中だからこそ、
登場人物たちに(そして観ている私たちにも)
この犯人に対する共鳴や受容が生まれたのではないか・・


さまざまな事情を抱えた人々が、事件に近づくことによって、
それぞれの心の奥に抱えていた痛みを露呈させ、
その、痛みを抱えているがゆえの視点で事件を見つめ直して行く・・
だからこそ、明子は父親を見つけ出すことが出来たのだろうし、
イワさんは優人を説得することが出来たのだろうし、
事件に関わったすべての人間が、少しだけ痛みを乗り越えて行けそうな、
そんな余韻を感じさせるエンディングになったのではないか、
という気がします。


演出は麻生学さん。
空飛ぶタイヤ』同様、ドラマ全体の空気感が素晴らしかったです。
セット撮影がまったくなかったと思うのですが、そのせいか、
特に、書店やイワさんの家の茶の間の、生活感というか生息感というか、
そういう本物の空気がしっかりと伝わって来るなど、
1カット1カットが、とても丁寧に作られていて、
画面全体が、まるで映画のような肌触りで、
何だかそれだけで、じんわりと嬉しくなってしまいました。


クレジットが流れた後のエンディング、
明子によって明かされる過去の雅史とのエピソードと、
そこに流れるナットキングコールの「スマイル」が、
陰惨な殺人事件のほろ苦い後味を静かに溶かしてくれて、
何だか優しい気持ちになりました。
(『空飛ぶタイヤ』の「テネシーワルツ」を思い出しました)



登場人物について。
どの俳優さんも、作り物の感じがしなくて、役にうまくはまっていたし、
それぞれの心の動きや言葉に 無理をしているところがないので、
素直に感情移入出来ました。


北大路欣也さん(岩永幸吉)
本が雑多に並んだ背景にしっくり溶け込んで座っていて、
控えめで落ち着いた古書店の店主=イワさんになりきっていたのが、
すごく好もしかった。
無理やり事件に首を突っ込むこともなく、
明子や樺野を介して事件と関わる、その距離感が良かったです。
もっと押し出しの強い俳優さんだと思っていたのですが、
全体的に突出せず、抑制が効いていて、
しかも普通のおじいちゃんで、名探偵という感じではないのに、
ちゃんとかっこいいところもあって、魅力的でした。


加藤あいさん(安達明子)
盲目でありながら、強くて清らかでまっすぐな心を持った女性・・
この役を加藤さんが演じたことは、ドラマにとって大きかった気がします。
目が見えない演技、というのは、難しくて、
相手や対象物に焦点を合わせてしまうと嘘くさくなってしまうのですが、
加藤さんは完全に焦点をしぼらずに、視線をうまくはずして、
言葉を発している人に、まず耳から近づいて行く感じなど、
演じ方としても素晴らしかったと思います。


窪田正孝くん(野呂優人)
難しい役でしたが、ラストのイワさんとの対峙シーン、
気持ちを吐き出す場面でも、感情過多にならないようにセーブしていて、
だからこそ、より伝わるものがあったように思います。
主人公ではないので、
殺人犯の、外に発散出来ない 重く蓄積された感情の行き場を、
十二分に描いてもらっていたとは言えないけれど、
イワさんとの短い会話の中に、
優人の心が、静かに浄化されて行くさまが見て取れて、
なんだかジーンと来てしまいました。


須賀健太くん(岩永稔)
原作では、事件と平行して、
稔と年上の女性の恋愛問題が絡んで来るのだけれど、
今回はその部分がばっさり切られています。
しかし、父親の不審死、という、
より 犯人に近い痛みを持った設定になっていることで、
事件との距離感がすごく近くなって、かえって良かった気がします。
稔が素直に育っていることが、亡き父・雅史への慰めにも
繋がっているんじゃないか、なんてことを思いました。
須賀くんの、イマドキの子という感じじゃない、
アクがなくてさっぱりとした佇まい(たたずまい)は、稔役にぴったり。
イワさん役の北大路さんとの相性も良かったです。


田辺誠一さん(樺野俊明)
この人の刑事役はずいぶん観ていますが、
刑事としての顔と、私生活の顔とを
ここまでバランスよく見せてもらえたことは、あまりなかった気がします。


実質的に犯人を追い詰めて行くのは刑事たちなのですが、
その中心となる樺野自身には、
刑事としての能力が突出している感じはなくて、
むしろ地道にコツコツ積み重ねて行くタイプに見えることで、
市井(しせい)の一刑事、という立ち位置からはみ出さないところが、
かえってこのドラマには合っていたように思います。
 (そんな‘普通さ’の中に、
 犯人を追って機敏に動く姿とか、上司(中村育二さん)とのやりとりとか、
 個人的に好みのシーンがあちこちにちりばめられていて、
 私としては十分満足させてもらいました)


一方、かけがえのない親友を失った喪失感を抱え、
イワさんの家に家族同様に出入りする樺野には、
相手を警戒させないような一種の天真さがあるように思えて、
そこがいかにも(最近の)田辺さんらしい、という気がしました。
ここ数年、コメディ作品を多くやって来た賜物でしょうか、
あるいは、もともと持っていた独特のやわらかな空気感を、
より自在に出せるようになった、ということなのでしょうか。


ともあれ、思っていたよりも事件やイワさん一家にからみ、
人柄や仕事ぶりがしっかり書き込まれて、
見応えのある役になっていたのが嬉しかったです。


前出の藤田朋子さん(岩永梨沙子)、中村育二さん(樺野の上司)の他、
森本レオさん(安達和郎)、中田喜子さん(安達侑子)、
中島ひろ子さん(和郎の同居人)、増沢望さん(岩永雅史)、
おかやまはじめさん(野呂巡査)、螢雪次朗さん(出版編集者)等々、
キャスティングは地味めですが適材適所、持ち味がいい感じに出ていて、
私のようなワキ役好きにはたまらないドラマでもありました。


全体的に、キャスト・スタッフのアンサンブルの良さを感じました。
プロデューサー(ホリプロの菅井敦さん、井上竜太さん)の手腕でしょうか。
ぜひ、シリーズ化して欲しいです。



『淋しい狩人』
放送日時:2013年9月20日(金)21:00-22:52 (フジテレビ系)
脚本:浜田秀哉/演出:麻生学/プロデュース:菅井敦 井上竜太
原作:宮部みゆき『淋しい狩人』
キャスト:北大路欣也 加藤あい 須賀健太 窪田正孝
中島ひろ子 中村育二 増沢望 おかやまはじめ 螢雪次朗
藤田朋子 中田喜子 森本レオ 田辺誠一