2008・1・18/1・31観劇(青山劇場)
★このトークは、あくまで翔と夢の主観・私見によるものです。
夢:ちょうど今、NHKの大河ドラマでは『龍馬伝』をやっていて、先日まで武市半平太や岡田以蔵も登場してたんだけど、翔は、『IZO』のDVDを観る絶好のタイミングだった、と言ってたよね。
翔:私は『龍馬伝』もすごく面白いと思って観てるんだけど、そこに出て来る武市や以蔵や龍馬と、『IZO』の武市や以蔵や龍馬を比べてみると、本当に興味深くて。
もちろん、50回近くを費やして描く大河と、3時間で描く舞台じゃ、絶対に同じようなものにはならない、というのは当たり前なんだけど、時代の捉え方とか、俳優さんたちの演じ方、全体の空気、みたいなものの違いが、とても面白くて。
夢:特に どのあたりが?
翔:『龍馬伝』は、文字通り 坂本龍馬が主人公なんだけど、彼自身には実体がない、というか、彼はこのドラマでは「指針」のようなものでしかないように思える。 むしろ、彼のような人間を傍に置くことで、岩崎弥太郎とか、武市半平太とか、山内容堂とか、後藤象二郎とか、彼の周囲にいる人間の個性をはっきりと際立たせたり 複雑な感情をくっきりと浮き彫りにする、そういう役目を担ってるような気がする。
夢:主人公でありながら、実体がない・・って・・
翔:いや、制作側がそういうところを狙ったかどうかは分からないけど、観ている私にはそんなふうに感じられたし、そのことがすごく興味深くも思えたので。 物語の核になって動いて行くんじゃなくて、物語全体の空気感をふんわりと作り出すような・・・ まぁそれは、龍馬を演じているのが福山雅治さんだ、ということも、関係してるかもしれないけど。
夢:・・・・・・・・
翔:で、『IZO』(DVD)を観たら、池田鉄洋さんが、実に楽しげ~に龍馬を演じていて。(笑)
夢:うん。(笑)
翔:もちろん、笑わせ役でもあるんだけど、龍馬が持ってる突き抜けた世界観というのは、案外、こんなキャラから育(はぐく)まれたのかもしれないなぁ、なんてことも考えたりして。
夢:うんうん。
翔:どっちが正しい龍馬像か、という話じゃなくて、どっちも面白いなぁ、と。
夢:なるほど。
翔:以蔵や武市に関しては・・というか他の登場人物もそうなんだけど、ドラマの方は、非常に人間的にウェットに演じられていて、カメラにしても、演出にしても、丁寧に丁寧にその心情を接写している、という感じで、あくまで人間がメインで、「人間の背後に時代がある」「時代を作っているのは人間」というような印象を受けた。
一方、舞台は、もっと人間が小さくて、何というか・・「あっと言う間に 時代に流される ちっぽけな人間」みたいな捉え方のように思えた。
夢:・・・と言うと?
翔:ドラマの武市は、本当に人間的。 以蔵が拷問にかけられて瀕死の状態になってるのを見るに見かねて、弥太郎に毒饅頭を食べさせるように頼む、とか・・人間らしい感情が優先されている。 だけど、舞台版の武市は、以蔵に対して、吉田東洋殺害の濡れ衣を着せて、毒殺しようとまでする。
夢:うん。
翔:投獄された仲間を救うため、という事情はあったにせよ、人を人とも思わないような見捨て方で、すごくドライでクールなんだよね。 でも、それは、武市自身が冷酷非道で、以蔵という人間の命をカスのように思っていたから、じゃない気がする。 そういう、個人的な感情ではなくて、もっと、時代に身を預けた人間の達観みたいなものから来てるんじゃないか、と。
夢:時代に身を預けた人間の達観・・かぁ・・
翔:自分の個人的な欲や感情を捨てて、自分の信じる「天」にすべてを捧げようとする滅私の志が、あらゆる行動の起点になっている、というか。
夢:・・・・・・・・
翔:武市にしてみれば、自分自身の命すら、より良い時代を築くための捨石になれれば本望。 で、当然、そういう覚悟を、周囲の人間にも求めていた。 だから、以蔵を殺すことにも、ためらいはなかったんじゃないか、と。
夢:う~ん・・そうかぁ・・・
翔:ある意味、非常にストイックでもあるんだけど、そんな高潔な志なんか最初から持ち合わせていない以蔵にとっては、武市が自分を殺そうとした、という事実には、本当にショックを受けたと思う。
夢:・・・でも、以蔵には、武市を怨むとか、憎むとか、そういう感情はなかったように思うけど。
翔:ないよね。 彼は、ただ哀しくて、そして淋しかったんだと思う。 自分が求め焦(こ)がれていた相手から返されたものが、これだったのか、という・・
夢:翔は、『龍馬伝』の以蔵を観た時に、飼い犬が野良犬になる悲劇、と言ってたよね。 一方の『IZO』は、最初から最期まで野良犬だった、と。
翔:まぁその辺も、いろんな解釈があっていいと思うけど、私は、舞台の以蔵は、最初から「孤(こ)」として生きている感じがしたから。
夢:孤(こ)・・?
翔:「孤独」の孤。「孤立」の孤。
夢:・・ああ、うんうん。
翔:それに比べて、大河の以蔵は、ちゃんと人の中で普通に生きていて、少し内気なだけ、という感じがした。 だからこそ、以蔵がひどい拷問にかけられているのを見かねて、楽になって欲しくて武市が毒饅頭を食わせようとする、という、非常に人間的な繋がりの深い描き方をされているのかな、という気もしたので。
夢:う~ん・・そうかぁ・・・
翔:ドラマの以蔵は、たとえ「犬」であっても、飼ってもらっている、という安心感みたいなものがあるので、武市にそれ以上の何かを求める必要がないんだよね。 人間扱いされない、という寂しさはあるかもしれないけど、逆に、何も考えないでご主人様にくっついてればいい、みたいな人なつこさというか、人馴れしたところがある。 ・・・まぁ、私がそう思うのは、佐藤健くんが演じていたから、というところも多分にあるんだけど。(笑)
夢:うんうん。(笑)
翔:ドラマの以蔵は、最初から飼い犬で、途中で野良になって、捕まってまた飼い犬に戻った、という感じがする。 京で新撰組に追われていた時より、土佐に戻って拷問に掛けられるようになってからの方が、武市が身近にいる、という安堵感があって、「もう こうなったら 絶対に口を割りません」 という、飼い犬として忠実にご主人様に仕えようとする姿が くっきりと見えるようになった。 だから、弥太郎が毒饅頭を持って来た時も、それが毒かもしれない、と思っていても、武市が食べろと言うんなら食べましょう、と。
その死の時も、ふたりが同時に命を落とす、という演出になっていて、ご主人様である武市と一緒に飼い犬としての誇りを持って死ぬ、みたいな感覚なんだよね。 そのあたりの武市と以蔵の関係が、非常に泣かせられるところでもあったんだけど。
夢:うん。
翔:舞台の以蔵はどうか、というと、そもそも武市から人として求められていないんだよ。 そこが田中新兵衛(山内圭哉)とは違うところで、以蔵には思想も展望もなくて、無知で粗野でがむしゃらで、だから武市は辟易(へきえき)してたところもあったんじゃないか、と。 ・・で、そんな以蔵の使い道といったら、天誅を下すために邪魔な人間を殺すぐらいしかなくなってしまう。
夢:・・・・・・・・
翔:舞台の以蔵には、「飼われる」感覚がない。 たぶん、武市としては、最初は同士として仲間に加えよう、という気持ちがあったんだろうけど、以蔵は、とにかく勝手に無思想で動くから、武市としても手を焼いて、仕方なく、次は、無茶をしないように鎖をつけて、何とか飼い犬にしよう、と。
以蔵は、きっと、武市の傍にいられるなら それでもいい、と思っていたと思う。 だけど、彼は、もともと「孤」として生きてるから、そういう「規格」の中に納まり切れなくて、どうすればいいのか途方に暮れて、首に鎖が繋がれるのが苦痛で苦痛で、あばれて、ますます武市の信頼を失って・・・
夢:・・・・・・・・
翔:以蔵を演じた森田剛くんが、DVDのインタビューで、「以蔵の武市への気持ちは恋愛感情に近い」と言ってたけど、まさにそれだと思うんだよね、以蔵の心の内は。
好きだけど、それをどう表現していいか分からない。 自分の取り柄といったら剣しかないから、それで武市の気持ちを繋ぎ止めようとするんだけど、武市の思想や夢までは理解出来ないから、やってることがどんどん裏目に出る。
気持ちを伝えたい人、心を許したい人、愛したい人の前では、どうしてもうまく立ち回れない・・その切なさ、もどかしさは、「野良(ノラ)」であるがゆえ、「孤」であるがゆえ、なんじゃないか、と。
夢:・・・う~ん・・・
翔:正面からちゃんとぶつかれなくて、屈折していて、昏(くら)くて、けれど自分なりに「武市先生のために」と懸命に考えて悩んで、一途に思い詰めて・・・ だけど、そんな彼の 恋に近い感情を受け止めてやれない武市の残酷な清廉さが、さらに以蔵を追い詰める。
夢:・・・残酷な清廉さ・・かぁ・・・
翔:そのあたりは、今回DVDを観て、改めて感じたところなんだけど。
・・初見の時、武市に対して、「ちょっとでも父性のようなものが感じられたらよかったのに」というようなことを書いたけど、二度目に観た時には、そんな少しの愛情さえ、以蔵は求めようとはしていなかったんだ、と そう思うようになって。
DVDを観た時に、最期まで武市の飼い犬になれなかった、野良犬のまま、近くに寄ることさえも出来ないまま、離れ離れの心のまま、武市と対峙して、そして死んで行った以蔵という男に、また改めて、すごく惹かれて。
夢:・・・・うん。
翔:で、以蔵目線で武市のことを考えた時に、武市もまた以蔵と同じだったんじゃないか、という気もして。
山内容堂から杯(さかずき)を受ける時の武市と、武市から小遣いをもらう以蔵の、本当に嬉しくて幸せな表情に 重なるものがあって、なおさらジンと来るものがあって。 やがて、容堂に疎ましく思われるようになる武市と、武市に疎ましく思われるようになる以蔵とが、等しく哀れに思えてきて。
夢:・・・・・・・・
翔:一方的な想いが募れば募るほど、想われた相手は息苦しくなり、耐えられなくなる・・その、相手を想い続け想い続け、なのに、最後まで報われない、愚かしい一途な哀しさを、武市もまた味わっていたのだ、と。 そう思った時に、勝手に想われ人にされた人間の残酷さにもまた、何だか哀しいものを感じて、切なくなって・・・
夢:・・・・う~ん・・・・
翔:大河の武市と以蔵は、立場としては最期まで上下関係(心を重ねた飼い主と飼い犬)なんだけど、舞台の彼らは、そういう意味では、完全に対等だったんじゃないか、と。 一対一の、「人」 対 「野良犬」の。
夢:・・・・・・・・
翔:だから、最期にしても、以蔵と武市と容堂という、身分差のある人間たちそれぞれの心の奥にある「信じるもの」が、くっきりとぶつかり合う形になったんじゃないか、それが、歴史に埋もれて行く米粒ほどの人間の姿を分かりやすく伝えることにもなったんじゃないか・・・
夢:・・・・・・・・
翔:天は動く。 以蔵・武市・容堂それぞれが焦がれた「天」を、結局、彼らは、自分の近くに手繰り寄せることは出来なかった・・その埋まらない距離感を最期まで抱えて生きた・・そして時代の藻屑となってはかなく消えて行った・・そういう「時代」の虚しさや切なさが、色濃く出ていたようにも思うので。
・・・・なのに、未来への何かしらのかすかな希望に繋がっているようにも思えたので。
★ ★ ★
夢:う~ん・・もうここでトーク終了でもいいんじゃないか、と思う。(笑)
翔:いやいやいや・・・(笑)
夢:大河と舞台の違い、みたいな話で、『IZO』はもちろん、まぁどれだけ『龍馬伝』が好きなんだか、って感じだったけど。(笑)
翔:・・・・ああ・・すみません。(苦笑) いや、『IZO』との対比軸として、非常に興味深いドラマでもあったから。 『IZO』を観ていなければ、これほど『龍馬伝』に興味を持つことはなかっただろうしね。 自分としては、ドラマを観ることで、なおさら、舞台の武市や以蔵の魅力がはっきりしたような気がしているので。
夢:うんうん。 ―――で、今度は、ちょっと気分を変えて、新感線の舞台の面白さについて、話したいんだけど。
翔:はい。 まぁ、とにかくスピーディ。 舞台でありながら、非常に映画的、というか、マンガ読んでるみたい、というか。(笑) 普通の商業演劇にありがちな場面転換の時のゆるみがなくて、テンポ良くポンポンと進んで行くので、観ていて飽きない。 スタッフ総員の呼吸の合わせ方もすごいし、プログラム等を見てもそうだけど、特に美術スタッフの力量というのは、半端じゃないと思う。
夢:斬った時の血の量がすごかった。(笑)
翔:かなり リスクを負ってるんだけどね、血を飛ばすことに関しては。 ちゃんとここで、このタイミングで斬って、という決め事が多くなるから、演じている人間の動きを正確にやらないと、段取りが上手く行かない、ということもあるし。
夢:正直、そうまでして派手に血しぶきをあげる必要はあったのか、とも思うけど。
翔:あったんだろうね、少なくとも演出のいのうえさんの考えでは。 もちろん、視覚的な効果も狙ったんだろうけど、「斬られて人が死ぬ」という部分をよりリアルに見せたい、という気持ちがあったんじゃないか、という気もする。 血しぶきだけじゃなくて、内臓が腹から出るような仕掛けをしてたくらいだから。もちろん贋物だけど。(笑)
夢:臓物をうどんで作った、って言ってたよね、メイキングで。(笑) すごいこだわりだよね、そのあたりは。
翔:さっきの場面転換の速さの話にしても、それから、土佐で京の話をしているうちに京の場面になってる、みたいな、時間や空間の飛び越え方にしてもそうだけど、これは、やはり、いのうえ歌舞伎としての様式美・・というか、新しい決め事を作ってるようにも思う。 舞台としての歴史的な手法の上に、何かしらの新しい発想を重ねて、観客に「おお~っ!?」と思ってもらえるだけのものを作り出そう、とする、挑戦的な取り組み方、と言ったらいいか。
夢:常に前向き。
翔:そうだね、だから、この舞台の時も、暗くて重くて「いのうえ歌舞伎らしくない」というファンの意見もたくさんあったようだけど、いのうえさんにしたら、安定した評価の上に胡坐(あぐら)をかいてるなんて気持ち悪くて出来ないのかもしれない。 間違っても、失敗しても、新しいことをやらなくてどうする、ということなのかもしれない。 そのチャレンジ精神が、新感線の推進力になってるような気がする。
そのあたり、何となく、北野武監督の、自由な遊び心や、既存の評価を(良いものも悪いものもひっくるめて)ぶち壊してやろう、という、反骨精神に近いものを感じるんだけど。
★ ★ ★
夢:今回はDVDを観ての感想トーク、ということだったけど、ナマで観た舞台との違い、というのは、何か感じた?
翔:いや・・みんな汗かかないなぁ、と。(笑)
夢:あせ?
翔:あれだけ動いてるのに、ほとんど汗をかいてない。 舞台中継だと、登場人物の顔がアップになることも多くて、こまかい表情がはっきり観られるのは嬉しいんだけど、アップになることで、汗まみれになって演技しているのが分かってしまったりすると、場合によっては興ざめすることもあるので。
夢:そういえば『新・近松心中物語』の舞台中継を観た時に、梅川と忠兵衛の最後の道行きで、ふたりが汗をかいてるのを観て、違和感があった、って言ってたよね。
翔:雪の中で、忠兵衛が梅川の首を絞める、という、凄く美しいシーンなんだけど、熱演しているのがもろに伝わって来るような汗で、それを観て、演じている人のリアルな息づかいみたいなものを感じてしまって、その場面にのめり込むことが出来なかった、ということがあったので。
夢:以蔵とか、相当派手に動いてるのにね。
翔:メイクのうまさなのか、照明のうまさなのか、演じ手の発汗を抑える調節の仕方なのか、は 分からないけど、観ていて、そういうところでリアル(な意識)に引き戻されることがなかった、というのは、良かったように思う。
夢:細かいことかもしれないけど、あたしは、捕えられた後の武市のひげが気になったなぁ。アップになった時にテープが光って見えたので。 翔の言葉を借りれば、あたしはあそこでリアルに引き戻される感じがしたから。
翔:あ・・そうだね、それは私も、ちょっと残念だった。 まぁ、多少そういう引っ掛かるところもあるにはあったんだけど・・
夢:うん。
翔:あと、ナマで観た時よりセリフが鮮明に聞こえたので、何を言っているのかがはっきりして、芝居の流れに乗りやすかった、というのもあった。 私が実際に舞台を観た時は、森田くんの声がかなり枯れていて、何を言ってるのか伝わらないもどかしさが、ところどころあったので。 それでも、彼は、それを補うべく、より気合を入れて演技していた、というのもまた間違いないところではあるんだけど。
夢:う~ん、そうかぁ・・
翔:それから、上手(かみて)高いところからのカメラアングルというのが興味深かった。普段じゃ絶対に観られない角度からの映像だったので。
夢:ああ、そうそう、あの角度からってのは面白かったね、確かに。
翔:メイキングも含めて、どうしたら楽しんでもらえるか、というのをすごく考えて作っている、という気がした。 そして、やはりこれは、森田くんの舞台だったんだ、ということを確認した。(笑)
夢:う~ん・・そうか、なるほどなるほど。(笑)
★ ★ ★
夢:さて、次はいよいよ登場人物について、ということだけど。
翔:これは、だからもう森田剛くんの話で終わっちゃっていいんじゃないか、と。(笑)
夢:(笑) 翔は、二度目に観た時に、「これは、以蔵(森田剛)と武市(田辺誠一)の話でも、以蔵とおミツ(戸田恵梨香)の話でもなく、以蔵ひとりの話だったんだ」と言ってたよね、そういえば。
翔: DVDを観て、なおさらその想いを強くしたんだけどね、さっきも言ったように。
夢:田辺さんのファンとしては、そんなふうに割り切ってしまうのが、なんだかちょっと淋しい気もするんだけど。(笑)
翔:いや・・以蔵中心に観ることによって、逆に、周囲の人たちが浮き上がって来るところがあるような気もするから。 以蔵目線のほうが、ちゃんとひとりひとりの輪郭がはっきり見えて来る、と言ったらいいか。
夢:そのあたり、他の俳優さんについては、リアルタイムの感想(↓よりリンク)で取り上げているので、そちらを読んでもらうことにして、ちょっと以蔵と武市に絞って話したいんだけど。
翔:はい。・・・さっき、舞台の以蔵は、最初から「孤(こ)」であり、「野良犬」だった、と言ったけど、それはやはり、森田くんだからそうなった部分でもあるような気がする。
夢:森田くんだから、かぁ・・・
翔:森田くんの以蔵は、ものすごい飢餓感みたいなものがあって、それを埋めたくて埋めたくて、必死になって武市にその気持ちを伝えようとするんだけど、野良犬だから上手く伝えることが出来ない、という感じがした。 何とか気を引きたいんだけど、どうしていいか分からなくて、がむしゃらに剣を振り回して、また嫌われる・・という・・・
夢:うんうん。
翔:・・・で、武市を演じた田辺さんとしては、以蔵が自分にぶつけて来るそういう一途な気持ちを受け取らないというのは、なかなか辛いことだったんじゃないか・・と、これはあくまで私の想像だけど、そんなことも思ったりして。
夢:あんなに必死に武市に声を掛けられるのを待ってる森田・以蔵を見たら・・ねぇ・・・
翔:森田くんって凄い俳優さんだと思う。 大河ドラマ(毛利元就)の頃からずっと気になってる人で、もっともっと使われて欲しいと思ってるんだけど。
夢:うん。
翔:森田くんと田辺さんって、すごくバランスがいいんだよね。 なんというか、ふたり揃うことで、どちらの魅力もうまく引き出される相乗効果があるような気がする。
だから、田辺さんのファンとしては、たとえば、『月下の棋士』の氷室と滝川とか、『荒神』のジンと風左衛門みたいな、ライバルや恋敵といった、きっちりとぶつかり合う・・対決する場面を、今度もまた見てみたかった、というのは、間違いなくあるんだけど。
以蔵の切ないまでの一途さに対する武市のリアクションが、ほとんど怒ってるだけ、というのは、やはり物足りなかったし、以蔵のそういう想いをちゃんと受け止めた後の武市を、田辺さんがどう演じてくれるんだろうか、という興味も、小さいものではなかったので。
夢:そうなんだよね~、やっぱりふたりが対等にぶつかるところを観たかった気がする。
翔:だけど・・・ DVDを観終わって、その感想をどうまとめたらいいかを考えていて、で、さっき、ふと思ったんだけど、これは、以蔵の一方的な片想いの物語、なんじゃないか、と。
夢:片想い・・?
翔:そう。 森田くんが言ったように、「以蔵は武市に恋に近い感情を抱いていた」とすると、これはもう、切ない切ない片想いのお話なのかな、とも思えたので。
夢:・・・う~ん。
翔:でね、またそこに戻るのか、と失笑されるのを覚悟で言うと、結局このふたりの関係というのは、『ガラスの仮面』のマヤと速水なんじゃないか、と。
夢:え~~っ!?
翔:いや、自分でもそこに辿り着いてしまったことにびっくりしてるんだけど。(笑)
夢:おいおい・・(笑)
翔:いい加減『ガラかめ』から離れたい気持ちは私にもあるから(笑)、別の例(たと)えで話したいんだけど、この以蔵と武市の関係性をどう伝えようか、と思った時に、自分の中で一番しっくり来るのが、マヤと速水だったんだよ。 武市をマヤ、以蔵を速水に置き換えると、ものすごく納得出来る気がしたので。 ・・・まぁ、呆れてもらって構わないんだけど。(苦笑)
夢:あたしも『ガラかめ』は好きだけど、正直飽きたって気がしないでもない。 けど、翔の考察は聞いてみたい気がする。(笑)
翔:じゃあ、まぁ サラッと聞いて下さい。(笑)
夢:はいはい。(笑)
翔:マヤ(武市)はまったく速水(以蔵)の気持ちを知らない。速水(以蔵)は、マヤ(武市)のために、自分のすべてを投げ打って尽くそうとするけど、ことごとく裏目に出る。 それでも・・・ 嫌われても嫌われても離れられない・・好きだから。 好きで好きでたまらないのに、どう表現していいか分からない・・不器用だから。 そうして、心を伝える術(すべ)を知らないあわれな男は立ち尽くす、叫び出したい想いを飲み込んで・・・
夢:・・・う~ん・・・・
翔:そう考えると、武市は以蔵と向き合う必要はないんだよ。ツンケンして以蔵を突っぱねていればいい、ということになる。
夢:・・・・そうかぁ・・確かに・・・
翔:そういう目で観ると、以蔵の決して手の届かないところにいる人、としての武市を、田辺さんは、大きく、強く、まっすぐに、以蔵が惚れるのも さもありなん、という雰囲気で、演じていたなぁ、と。
夢:うんうん。
翔:以蔵が憧れ焦がれる、でも、以蔵みたいな男にとっては遠くでジタバタするしかない、そういう 濁った血にまみれた人間を跳ね返すような武市だったなぁ、と。 『龍馬伝』のふたりの関係性とはまったく違う、その遠い距離感が、ドラマとは別な意味で面白いと思えるようになったんだけどね、マヤと速水に置き換えることで、ますます。
夢:・・・・・・う~ん・・・なんだろうねぇ・・・面白いよね、田辺さんが時代劇をやると、翔の考察が時々とんでもないところに飛んで。(笑)
翔:いつも のめり込んでしまうから。 今回も、BBSにまとめた感想とは違うところに節操なく飛んでしまった気がするし。
夢:人斬り以蔵と速水真澄をイコール(=)で結び付けるんだからね、まったく。(笑)
翔:・・・・・(苦笑)
夢:いや、でも、だからこそ、こうやって改めてトークする意味もあると思うから。
翔:まぁ、そう言っていただけると、ちょっと安心、という気もしますが。(笑)
夢:好きなんだろうね・・・
翔:何が・・?
夢:・・・・・妄想が。(笑)
翔:(笑)そうだね~、 『IZO』の魅力に引きずられて、『龍馬伝』も興味深く観ることが出来たし。
夢:でも、ちゃんと最後には田辺さんのところに戻って来てるしね。(笑)
翔:すべては田辺誠一ありき、なんだよ、私にしてみれば。 たとえば、『龍馬伝』で武市半平太を好演した大森南朋さんにしても、同じ役を演じた田辺誠一というフィルターを通すことで、興味が倍増したように思うし。 田辺さんが武市をやらなければ、こんなに幕末に詳しくならなかったと思うし。(笑)
夢:そうかぁ・・いやいや、まったく・・・すべての芝居は 田辺誠一に通ず、なんだね、翔の場合。(笑)