今さら『あんのリリック~桜木杏、俳句はじめてみました~』感想

昨年(2021年)2月27日・3月6日に前後編として放送されたWOWOWのオリジナルドラマ。今さらながらの感想です。

思うより早く次から次から言葉が口をついて出て 人との付き合いにさざ波を立ててしまう女子大生・桜木杏と、新鋭俳人として見込まれながらスランプに陥って言葉が出てこないコピーライター・連城昴が、周囲の人々を巻き込みながら それぞれの「殻」を破って行くお話。

最初観た時にはちょっとピンと来なかったのですが、二度目に見た時には、自分の才能のあるなしや それを人に認めてもらえるかどうか にはまったく興味がなく、身の内から次々と湧き上がって来るリリックをただ無心で楽しんでいる、といった桜木杏(広瀬すず)の風情(ふぜい)がすごく魅力的に感じられて、そこからどんどん引き込まれるようになりました。

一方の連城昴(宮沢氷魚)は、自分はコピーライターとして行き詰まりながら、杏の稀有な才能に対しては決して嫉妬しない。
それは、ハゲボウズ(板橋駿谷)がラッパーとして杏のリリックの魅力に嵌(はま)ってしまったのとはちょっと違う。やはり「ラップ」という杏と同じ土壌に立つハゲボウズと、同じ「制約の中で生まれる言葉のアート」でありながら出自の違う「俳句」の世界にいる昴では、杏への距離感が違うからなのかな、と。

杏と昴がお互いの棲む世界に徐々に惹かれ、二人の距離が縮まるにつれ、「ラップ」と「俳句」もまた距離を縮め、融合して‥そして一つの新しいアートが緩(ゆる)やかに生み出されて行く、サイファーと俳諧という「誰かと言葉を繋ぐ場」に集う人々を仲立ちとして‥
ラップにも俳句にも縁のない私ですが、その過程をこちら側から覗き見ているのは、なかなか楽しかったです、その「新しいアート」の輪郭がまだぼんやりとしたものでしかなく、そこからどういう魅力的なものが生み出されるか、については、まだこれから、という感じではあったにせよ‥

杏と昴が、最後に、恋愛というより、共感・共鳴みたいな感覚にようやくたどり着いた‥というような、ちょっともどかしいままで終わる、それも良かった。
まだ恋愛のとば口に立ってもいない、恋愛の息苦しいほどの熱や痛みとは無縁の、そういう感情をどんな言葉にしたらいいのか二人であれこれ考えているみたいな、それを言葉でどう綴って行こうかと楽しんでいるみたいな、そんな「これから始まる物語の1ページ目」をドキドキしながら開こうとしている初々しさが、何だかこの二人らしくて、かえっていいなぁ、と。

全体的に盛り上がらなくてつまらない、という人もいるかもしれないですし、実際私も1回目はちょっとそんなふうにも思ったのですが、観直してみて、所々に挟まれる印象派の絵みたいなアニメのタッチだとか、杏が演じるはちみつんだとか、杏の家族だとか、女子寮だとか、吟行だとか、サイファーだとか、私の頭の中でそれらバラバラな色味のいろんな要素が少しずつ絡まって行くにつれ、句会の人たちの紡ぎ出す言葉の奥行きとかそこから広がる世界観みたいなものが興味深く感じられるようになりました。
まるで、子供のころに出会った少年少女小説のページを再びめくったような、言葉や文字の持つ豊かで色鮮やかな魅力に改めて触れたような、ちょっと懐かしい、そんな気がした、と言えばいいか。

また、全体に映画みたいな空気感で、淡々としていて、せかされることなくゆっくりと画面場面を堪能出来たのも とても良かったです。
ちょっと不思議な能力を持った女性というと、最近観たドラマ『モコミ』を思い出すのですが、モコミよりも登場人物と観る側とのあいだに距離があるように感じられるのは、その(映画っぽい作りの)せいなのかどうなのか。ファンタジーの度合いというか、感情のビビットさの違いというか、そのあたりの対比みたいなものも、2作品を続けて観たせいか興味深かったです。


広瀬すずさん。
とにかく彼女の表情がすごく豊かなんですよね。目に飛び込んで来たあらゆる場面をその都度鮮やかな言葉たちに変換して行く、頭の中でリリックが勝手に踊ってる、それをすごく楽しんでる、というのが、杏の生き生きとした表情で分かる。特にハゲボウズとのお寿司屋さんのシーンが私としては白眉で、何だか圧倒されてしまいました。

宮沢氷魚さん。
宮沢さんは不思議な魅力がありますね。今回の役には家族臭みたいなものが感じられなくて、杏と違ってバックグラウンドが見えないのだけれども、それがかえって昴の掴みどころのなさ、浮遊感みたいなものを浮き立たせていて、宮沢さんの持つ色味に合っていたように思います。

周囲の人たちも本当に魅力的。
神谷(毎熊克哉)の立ち位置とか、ハゲボウズ(板橋駿谷)が杏とのバトルをしっかり受け止めるところとか。
杏の父・鷹志(荒川良々)と母・皐月(山口香緖里)も好きだった。「昴君は杏の話を最後まで聞いてくれるだろ、‥それが友達だ」というお父さんの言葉にほっこり。最初、すずさんのお父さんが良々さんなの?え~っ?って感じだったけどw(いやもともと良々さんは好きな俳優さんではあるんだけど)桜木家のあの空気感を味わってしまうと、妙に納得させられる。ちょっと引っ込み思案なところとか、朴訥としたところとか、何となく、あのお父さんにしてこの杏あり、って気がしました。

個人的に最高!と思った大学の女子寮の寮母・滝田(ふせえり)とか、いるか句会のメンバー(安藤ニコ・桂雀々・赤澤ムック・吉田ウーロン太・真魚)も実にバラエティ豊かで個性的で良かったなぁ。

塔矢ローズゆりを演じた夏川結衣さんと本宮鮎彦を演じた田辺誠一さん。
若くてみずみずしい杏と昴に対する 落ち着いた大人としての佇(たたず)まい、と言ったらいいか。若い人たちを受け止める包容力が ゆるやかだけど確かで温かくて。

夏川さんは、演じるごと・言葉を発するごとに瑞々しさが際立ちますね。しっとりとした力強さみたいなものもあって、彼女が何か話すとその周囲にサッと鮮やかに色が刷ける感じがする。打ちのめされたハゲボウズにかけた言葉が優しかった。

田辺さん、最近このような立ち位置の役が多いような気がします。でも、それぞれに違うアプローチをしているようにも感じられて面白いです。
今回の本宮鮎彦の場合、置くような話し方‥というか、ナレーションっぽいというか、役にあまり感情を乗せないで話しているのは、確信的にやっているんじゃないか、という気がします。物語全体を俯瞰(ふかん)するような、控えめだけど全体を見渡せる位置にいるような存在感と言えばいいか。それがこの役の独特の味わいに繋がっているように私には感じられました。

それにしても‥
杏とハゲボウズのサイファーとか、最後のHIKU LIVEとか観ていて、『月下の棋士』(ドラマ)終盤の氷室将介vs滝川幸次のバトルを思い出したのはなぜだろう??


『あんのリリック~桜木杏、俳句はじめてみました~』    
放送:2021年2月27日-3月6日(前後編)WOWOW
原作:堀本裕樹「桜木杏、俳句はじめてみました」
脚本:荒井修子 監督:文晟豪
音楽:Akiyoshi Yasuda(★STAR GUiTAR)
プロデューサー:植田 春菜 中川 裕規 石原 仁美
製作:WOWOW  C.A.L
出演:広瀬すず 宮沢氷魚 
毎熊克哉 板橋駿谷 荒川良々 山口香緖里
ふせえり 安藤ニコ 桂雀々 赤澤ムック 吉田ウーロン太 真魚
夏川結衣 田辺誠一 他
公式サイト