今さら『造花の蜜』感想

今さら『造花の蜜』感想 【ネタバレあり】
ネタバレ注意!事件の結末に言及しています。
これからドラマ(DVD等)をご覧になる方はご注意下さい。

2011年11月〜12月、WOWOW(連続ドラマW)で放送されました。
全4話。

途中まで、かなり上質なミステリーになっていて、
意外性も緊迫感も十二分にあり、
町工場に息づく人たちの生活がリアルに描かれる中、
事件が思いがけない方向にスピーディに進展して行くあたり、
非常に惹かれるものがありました。


一つの誘拐事件の裏で、もう一つの誘拐が同時に起きていた、
その当事者は、自分が誘拐されたとは思っていない、
しかも、知らず知らずのうちに自分の誘拐を手伝わされている・・
表に出せない闇金が身代金に使われ、
身代金を払った人間は、
誘拐が公(おおやけ)になることで地位や名誉を失うが、
代わりに、もっと大事なものを手に入れる・・
結果的には誰も傷つかず、
そうして、犯人の言う「美しく潔白な犯罪」が成立する。

第一の事件については、
このプロセスが非常にうまく組み立てられていて、
うわ〜そう来たか!という驚きと面白さがあったのですが・・


肝心の、事件の首謀者である‘蘭’という女性については、
私としては、どうしても好きになれなかったです。
これだけの犯罪を企て、男たちを働き蜂として自在に動かし、
まんまと橋場以下の刑事たちを翻弄し、7億の闇金を奪い取る・・
その手口の鮮やかさに、蘭自身の魅力が追いついていないように、
私には思えてしまったのですよね。

蘭を演じたのは、檀れいさん。
とても美しくて、すてきな女優さんですが、
今回、彼女のその‘美しさ’を見せることに終始しすぎたことで、
写真集やPV(プロモーションビデオ)を見ているような、
着せ替え人形がただ立っているような、味気ない印象になってしまい、
蘭という女性にミステリアスな深みが感じられなかったのが、
すごく残念でした。

檀さんなら、もっと魅力的に演じられたのではないか、と思うのですが、
スタッフが、彼女に役を渡す以前に、
蘭という女性の魅力を徹底的に掘り下げることをしていなかったために、
結果的に、彼女を魅力的に撮ることが出来かったように、
私には感じられました。


蘭は、ただ見た目が美しいだけの女性ではない。
精神的な気高さ、孤高の美しさ みたいなものを
内在させていたんじゃないでしょうか。
そのあたり、彼女が持つ思想や背景がもっと掘り下げて描かれていたら、
違った形で魅力的に伝わって来るものもあっただろうし、
ラストシーン、スカッと心地良い爽快感が味わえていたのではないか、と。

そういう意味では、
蘭の高校時代のエピソードを、もっとふくらませて欲しかった気がします。
彼女にとって「美しく潔白な犯罪」のきっかけとなる行為が、
ただ、クラスメイトが盗んだペンダントを盗むだけ、というのでは、
あまりにも物足りない。
蘭の生い立ち、性格、世間を見つめる視線 等々に、
「他人が盗んだものを盗む、結果的に誰も傷つかない、
その行為は‘美しく潔白な犯罪’である」、
という彼女の主張に正当性が感じられるような、
誰もが納得する理由付けが しっかり描かれていたら・・
あるいは、複雑な家庭ばかりを狙う意味が、どこかで描かれていたら・・
私は、もっともっと蘭に共感出来たように思うのですが、
そのあたりが明確に描かれていなかったために、
蘭が、あまり魅力的な人間に感じられなかったことが、
私がこの物語全体に心地良く乗り切れなかった大きな要因に
なってしまっていたような気がします。


他の登場人物について。
小川印刷工場の人々(国仲涼子 鶴田忍 長谷川朝晴 白羽ゆり)の、
ちょっとくたびれたような空気感が、
蘭の華やかな美しさと対照的で、すごく良かったです。

蘭の魅力の虜となり、彼女の働き蜂となって、
結局は自らの誘拐に手を貸すことになる川田に、玉山鉄二さん。
正直なところ、蘭や父親(國村準)との関係においては、
この役は、もうちょっと若い俳優さんの方が
合っていたような気がしますが、
印刷工場でインクまみれになって働く青年の実直な雰囲気や、
父親との確執が解けて行くシーンなど、
さすが、と思わせる空気感を作り出していて、好感が持てました。


第一の事件が、思いがけない展開で惹き付けられたのに比べると、
3話終盤から4話にかけて描かれた第二の事件については、
小杉家の人々(金田明夫 伊藤裕子 谷村美月ら)の
人物描写もそれほど深くはなく、
事件そのものも、ミステリー好きには物足りなかった気がします。

ただ、康美(谷村美月)に関しては、
私は そのキャラクターにすごく惹かれました。
大学受験に失敗して軽い引きこもりになって・・ぐらいしか
背景として描かれていないのに、
谷村さん演じる康美には魅力的な陰影があって、
蘭のことを話す時、瞳はキラキラ輝いていて。
彼女に対する橋場刑事がまた、
蘭を介した共犯者めいた空気を醸し出していて、
この二人が一緒にいる時のほの昏い空気が、
私にはすごく魅力的に感じられました。
蘭にもこのぐらいの陰影があったら、もっとずっと素敵だったのに、
と、つい また残念な気持ちが・・(苦笑)


私は原作を読んでいないのですが、
おそらく、脚本の岡田惠和さんが原作と最も変えたのは、
橋場有一(田辺誠一)だったんじゃないか、と思います。
原作のあらすじを見ると、
橋場がクライマックスのキーパーソンになっているらしいのですが、
それが映像化しにくい展開になっているようで、
ドラマ化にあたっては、そこをどうしても変更せざるをえなかった。
で、岡田さんが橋場をどういう男に変更したか、というと、
「心ならずも蘭に手を貸すことになる共犯者」だったんですよね。

高校時代の蘭との約束に縛られた形で
嫌々ながら第二の誘拐につきあわされていた、
でも、いずれは形勢を逆転させ、彼女を逮捕しようと考えていた彼が、
康美との会話あたりから、
蘭の犯罪に対する考え方に興味を示し、徐々に蘭に傾倒して行く、
その流れが、私としてはすごく興味深かった。


橋場は、決して強い正義感から刑事になったわけではない、と思うのです。
刑事として悪い人間を捕まえる、というのは、
彼にとって、あまり大きな問題ではなかったのかもしれない。
天才的な頭脳を持てあましていた彼にとって、
自分に戦いを挑んで来る「手ごわい相手」を倒すこと、それこそが、
唯一、自分の飢餓感を埋めてくれる行為だったのかもしれません。

そんな橋場が、第一の事件で蘭に敗北した。
第二の事件で、約束どおり蘭の働き蜂となった彼は、
何とかして彼女に勝ちたいと願うが、
徐々に蘭の言う「美しく潔白な犯罪」に興味を示すようになる。
そして・・


おそらく岡田さんの意向としては、
最後は、蘭と橋場が手を組み、「怪盗」のような存在になるのを
ほのめかして終わりたかったんじゃないかと思うのですよね。
魅力的な大人の女と男が、
恋愛感情を表立たせることなくビジネスライクに手を組む
「クールなチーム」と言えばいいか。

ですが、肝心な蘭が、そこまでの背景を背負えるほど
しっかりしたキャラになっていなかったので、
結果、ラストの橋場の行動もインパクトが弱くなってしまった気がして、
蘭と橋場がドラマ全体に及ぼす空気感が
もっともっと都会的でおしゃれでクールでかっこいいものに
なって欲しかった私としては、そこがすごく残念でした。


怪盗で男と女のコンビ・・というと、
私がまず思い出すのは『ルパン三世』なのですが(単純ですみませんw)
蘭と橋場は、峰不二子とルパンのような関係には
なれなかったんでしょうか。

不二子にとって、ルパンって働き蜂だと思うのですよね。
ルパンも、それを承知で不二子のいいように使われている。
あえて働き蜂に甘んじているのは、
彼に不二子をねじふせる力がないからじゃなくて、
そういう立場を余裕を持って楽しんでるからなんじゃないかと。

もちろん、キャラとしての味わいは全く違うけれども、
ルパン三世のような思い切りの良さ、洗練されたセンスの良さ、が、
蘭にも、橋場にも、このドラマ全体にも欲しかった気がする。
それが成功していたら、
康美も含めた3人で、今までのドラマではなかなか観られなかった、
とても魅力的な「実写版日本の怪盗」が出来上がったんじゃないか・・

・・いや、それはもちろん、
私の「そうだったらいいな」という妄想でしかないのだけれども、
何だかすごくもったいない気がしてしまいました。


脚本の岡田惠和さんと 田辺誠一さん。
夢のカリフォルニア』の中林にしても、『小公女セイラ』の亜蘭にしても、
とても印象深い役を与えられています。
今回は、中途半端じゃない「突き抜けたかっこよさ」を求められた、
それが成功していたら、
また一皮むけた田辺さんが見られたんじゃないかと思うのですが、
そこまでかっこよくなりきれなかった感じがあって、
(田辺さんばかりじゃなく衣装等の問題もあったと思うけれど)
蘭との関係性においても、
大人の色っぽさみたいなものがもっと出ても良かったのに、
脚本と田辺さんを結びつける役割を負った制作側が、
そこまで彼を追い詰めてくれなかったことが すごく残念でした。

・・なんだか‘残念’を連発しているような気がしますが(苦笑)
でも、それが私の正直な気持ちなので。
だから、私としては、観ている間 ずっと心の中で、
「もったいない・・もったいない・・」とつぶやく結果になってしまいました。
こんなおいしい役、もう二度と巡って来ないかもしれないのに・・ね。


造花の蜜     
放送日時:2011年11月-毎週日曜 22:00-(WOWOW)全4回
脚本:岡田惠和/演出:小林義則/原作:連城三紀彦
キャスト:檀れい 玉山鉄二 国仲涼子 谷村美月 國村準 田辺誠一
鶴田忍 長谷川朝晴 白羽ゆり 金田明夫 伊藤裕子   『造花の蜜』公式サイト