『とげ〜小市民・倉永晴之の逆襲』感想

『とげ〜小市民・倉永晴之の逆襲』感想

昨年10〜11月に東海テレビ(フジテレビ系)の「オトナの土ドラ」枠で
放送されたドラマ。遅ればせの感想です。

これは私としては面白かったなぁ。

わにのくに市役所・市民相談室主査の
倉永晴之(田辺誠一)のもとには、
日々、市民から とんでもなくたくさんの苦情や要望が寄せられます。
さらには、奥さん(西田尚美)の不倫問題、
息子(五十嵐陽向)のいじめ問題、家への投石や落書き、等々、
職場でも家でも息つく暇なく これでもかこれでもかと災難が降りかかる。
もうその時点で観るのがしんどくなってしまって、
もうちょっと救いがあればいいのに〜‥と思うのですが、
でも、ひとつひとつは とてつもなく大きな問題というのではなく、
どれもこれも、私たちの身近で よくある話ではあるな、とも思う。

倉永が、市民の力になりたい、と いくら頑張っても、
市民の声は市役所内をたらい回しされてちっとも改善されない。
ぎりぎり追い詰められたところで、
役所内に彼と同じような考えを持った仲間達がいることが分かり、
観ているこちらもちょっとホッとします。
何とかこれからうまく行ってくれるといいな〜‥と思ったのもつかのま、
今度は市長(鹿賀丈史)という大きな壁が倉永の前に立ちはだかるのです。
はぁ〜しんど。

この市長が、徹底的に腹黒い悪役というわけではなく、
傲慢無礼なところはあるとしても、悪意がなくて、
彼の言い分にも一理ある、というところが面白い。

逆に、酔った勢いで倉永にケガを負わせたのに謝りもしない市長に対し、
思い余った倉永が策を練って陥れようとする、というのは、
主人公はいつも正しい(正しくなければならない)、というドラマの不文律に
慣らされて来た私としては、あまり後味がいいものではなくて、
そのあたりは観ていてちょっと辛かったです。
たとえば、『半沢直樹』や『花咲舞が黙ってない』あたりの
悪に果敢に立ち向かい 悪を裁く主人公、といった
単純明快な勧善懲悪としての爽快感は得られない、
なんとなく、おいおい主人公がそんなことやっちゃっていいのか、
という モヤモヤした気持ちになってしまって‥

だけど、あの時 自分の顔を何度も殴った倉永の
切羽詰まった想い、というものを考えた時、
何だかすごく切ない気持ちになってしまったのも確かで。
そうでもしなければ大きな歯車を動かすことが出来ない、
権力を持たない小市民ゆえの
窮鼠猫を噛む行動だったんじゃないか、という気がして。

よく考えたら、倉永は、あの行為によって強烈な しっぺ返しをされる。
最も相性の良くない部署に移動になってしまい、
結局は市役所を退職させられるはめになる。
悪いことをすればむくいが来る、
それは、主人公だろうが敵役だろうが平等なんだ、ということ。
そもそも悪いことをしないことが前提の主人公のドラマでは、
そこのところをちゃんと描くことが出来ない、
このドラマの主人公だから描くことが出来た部分だという気がするし、
そういう意味で、倉永は、
私が時折ドラマを観ていて感じるモヤモヤしたものを
晴らしてくれた主人公でもあった気がします。

1年前に 田辺さんが演じた『撃てない警官』WOWOWの主人公・柴崎も
出世欲にとりつかれた男でしたが、惹かれるところも多々ありました。
人間が正しいことをし続け、正しいまま生きていく、ということは
そんなに簡単な事じゃない、という気がするし、
潔白な人間が、人間として魅力的かというと、
必ずしもそうは言い切れないのではないか、という気がします。

ドラマの中で、
正論には逃げ道がない、まっすぐな正義はつまづくと後戻りできない、
というセリフがあったけれど、
人間は、清廉潔白なだけではやっていけない、
自分なりの正義を貫くため、家族や自分を守るためには、
時に ずるくもなるし、抜け目なく立ち回りもする、
倉永の、ある意味人間らしいそんな小市民なりの少しとげのある
視線や姿勢というものに、何だかちょっとホッとしたのも
事実だったりします。

偶然なのかどうか、
田辺さんが今年演じた役の多くが、
そういった、単純明快ではない甘みも苦みもある風味を持つものだった
というのも、なかなか興味深いことではありました。


キャストは、田辺誠一さんをはじめ、
西田尚美さん、木の実ナナさん、山口良一さん、
遊井亮子さん、大河内浩さん、西村和彦さん、鹿賀丈史さん、といった
メインの顔ぶれそれぞれに個性の強い味わいがあって面白かったです。

脇を固めた人たちでは、
同僚役の内田滋さんや原扶貴子さんが私は好きでした。
内田さんの倉永への大阪的ツッコミが毎回ものすごく効いていて、
倉永のダークな部分にぶつかってちょっと落ち込んだ時など
観ているこちらの気分を上げてもらって、嬉しかったし楽しかった。

また、明瞭な悪役に終始した村杉蝉之介さんや、
宍戸美和公さん、ふせえりさん、まいど豊さん、梨本謙次郎さん等々
ところどころにピリッと辛みの効いた俳優さんが出ていて、
彼らが出て来るたびに、心の中で、
オ〜ッ!とひそかに盛り上がってた脇役好きな私でありました。


ドラマを観終わった後に思ったこと。
私も わにのくに市ぐらいの人口の市民のひとりとして、
市に何かをやってもらいたいと要求するばかりじゃなくて、
「見直すべきは私たち自身の当事者意識です」という倉永の言葉を
噛みしめつつ日々の生活を送る人でありたい、と思いました。


『とげ〜小市民・倉永晴之の逆襲』     
放送日時:2016年10月8日 - 毎週土曜 23:40- <連続8回>(東海テレビ・フジテレビ)
原作:山本甲士『とげ』(小学館文庫刊)
監督:本橋圭太、岡嶋純一 脚本:三國月々子、大林利江子、小川眞住枝
主題歌:BEGIN「網にも掛からん別れ話」
プロデューサー:西本淳一(東海テレビ)、岩�啗文(ユニオン映画)
制作著作:ユニオン映画 制作:東海テレビ
キャスト:田辺誠一西田尚美、五十嵐陽向、
大河内浩、西村和彦山口良一内田滋、原扶貴子、遊井亮子
村杉蝉之介宍戸美和公ふせえり、まいど豊、梨本謙次郎
木の実ナナ鹿賀丈史 他
公式サイト