『ジヌよさらば〜かむろば村へ』感想

『ジヌよさらば〜かむろば村へ』感想 

「何も買わない、何も売らない、ただ生きていく」―――
ある事情でお金に触(さわ)れなくなってしまった元銀行マンの青年が、
限界集落寸前の田舎の小さな村でお金をまったく使わないで生きて行こう
とする話。
荒唐無稽のようだけど、案外こんな田舎なら成立してしまうかもしれない、
と思わせるところが面白く、
やがて、これが、小さな村の話だけではなく、
日本やら世界のいろんな国やらの話にも思えて来るから不思議。

万事おおらかに大ざっぱに生きているかむろば村には、
お堅い法律や規律に縛られない自由があります。
ここに生きている人々は、
自分に対しても、人に対しても、赦し、認め、信じ、愛する…
その 人間としての根本のところが揺らいでいないような気がします。

犯罪者だろうが、やくざだろうが、奔放な女子高生だろうが、
お金に触れない男だろうが、神様だろうが、
みんな等しくそこに存在することが認められている、
その「縛り」のゆるさは かむろば村=田舎ならでは・・
というか、この村では、法律とか表面上の正しさとかよりも
自分の目や嗅覚を信じるようなところがあって、
不思議なものを不思議なまま受け入れてしまう良い意味の鈍感さもあって、
何かと決め事が多く 他人の視線が厳しい 都会の息苦しさや窮屈さとは
真逆の、ゆったりとした時間が流れているように感じます。

確かに田舎は不便で、面白い遊び場もなくて、
お金儲けの大チャンスが転がってるわけでもなく、刺激もなく、
つまらないところかもしれない。
だけど、そこで生きて行くことの(お金では買えない)豊かさを、美しさを、
都会の人は少し軽(かろ)んじているんじゃないか…
ちょこっと都会暮らしをしただけで、あとはずっと田舎に住んでいる
福島県在住の私は、そんなことを考えさせられました。

村長は言います、
「私は今朝留置所の中で美しいものを見ました。
それはお湯を注いだごはん茶碗の底に沈んでいる真っ白い飯粒でした。
私はかむろば村に似てると思いました」
村長選に出るよう隣町の町議に圧力を掛けられていた助役は、
町議に弾(たま)の入っていない猟銃を向けて言います、
「弾が入ってなくとも怖いもんは怖いでしょ。
あんたのやってる政治は、こういうことですよ」

――私たちは何か大切なものを失おうとしている。
お金をいっぱい持ってる人が偉くて、お金持ってない人は負け組で、
貧しいことは情けないことで、お金がなくちゃ幸せになれなくて、
だからお金のために頑張らなくちゃいけなくて、
それが唯一の価値観で…
大人も子供も目先にお金がぶらさがっていればすぐ飛びつく、
そんな世の中で、
子どもは親に殺され、嫉みや妬みはSNSで拡散され、いじめはなくならず、
政治家は金をばらまいて大事なことをうやむやにしようとし、
正義や道徳はただの紙切れの上の話でしかなくなりつつある…

誤解しないで欲しいのは、
「田舎はのんびりしてていいよ」「みんな田舎で暮らしましょう」
なんてことを言いたいのじゃない。
実は、田舎には、貧しいゆえ、金がないゆえのシビアな現実があるんです。
でも、だからこそ、何百万何千万ではなく、千円の価値を知っている、
そんな気がするのです。

  (ここまでの文中[田舎]と[都会]という言葉をあえて観念的に使いました
   気を悪くされた方ごめんなさい)

自分が持っていたお金を全部焼いて、タケが言う、
「これで正真正銘の無一文になりました。
俺が見せられるのはもう生き様しかありません。
無一文‥これが高見武晴の本当のスタートです」と。
そうして彼は村長になります。
彼の座右の銘は、なかぬっさん(神様)の言った
「必ず何とかなる、思った通りではないけども」という言葉。
それを聞いて、「普通だな」と返す元村長夫妻が、
何だかすごくかっこよかった。

タケが女子高生・青葉とヨリを戻した理由を村長に訊かれ、
「SEXが半端なく良くて」とあっけらかんと言い、
その言葉に、子どもも、大人も、年寄りも、みんながおおらかに笑う、
その屈託のなさに、元来人間の持つエネルギーみたいなものを感じて‥
人間って捨てたもんじゃないよね、なんてことを
ふんわりと思う自分がいました。


笑って笑って人生を考える、
『キレイ』に続き、私の中に大きくて確かな何かを落としてくれた
松尾スズキ監督に感謝。
松田龍平さん、二階堂ふみさん、松たか子さん、
片桐はいりさん、オクイシュージさん、モロ師岡さん、中村優子さんらが
キャラの立った役を自然に演じてくれたことも、
阿部サダヲさん、松尾スズキさん、荒川良々さん、皆川猿時さん、
村杉蝉之介さん、伊勢志摩さんら大人計画メンバーの大挙出演も、
西田敏行さんの本物の福島弁に じんわりと温かいものを感じられたのも
とても嬉しかったです。


『ジヌよさらば〜かむろば村へ』     
監督・脚本:松尾スズキ 原作:いがらしみきお『かむろば村へ』
音楽:佐橋佳幸 主題歌:OKAMOTO'S「ZEROMAN」
プロデューサー:武部由実子、中田由佳里 製作代表:木下直哉、奥村健、長坂まき子、都築伸一郎
企画製作:キノフィルムズ、グリオ 制作:シネグリーオ
製作:『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』製作委員会 配給:キノフィルムズ
出演者:松田龍平 阿部サダヲ 松たか子 二階堂ふみ 片桐はいり 中村優子 
村杉蝉之介 伊勢志摩 オクイシュージ モロ師岡 荒川良々 皆川猿時 
松尾スズキ 田中仁人 宍戸美和公 近藤公園 顔田顔彦 堀田眞三
三谷幸喜(写真のみ) 西田敏行 他
公式サイト